第六十七話 経緯
「俺の……本当の名前……? 」
「そう。あなたが人間の頃の名前。嘘なんかついてないわ……」
目から涙があふれ出てきた涙を、ハシヒトはリストバンドで拭いた。
「あなたの名前は石上豪輝。そして、私の人間の頃の名前は……皇女玲良」
「玲良……? 」
アナホベはハシヒトの本当の名前に、酷く聞き覚えがあった。
しかし、人間の頃の記憶が無いので、何故聞き覚えがあるのかは分からなかった。
「そう……なのか?……っていうか、その話が本当だとして、何でお前は俺の名前知ってんだよ」
「だって、私はあなたのか……」
「か? 」
言葉を途中で区切ったハシヒトに、アナホベは首を傾げる。
ハシヒトの顔が、泣き顔から赤面に変わっていった。
「彼女……だったのよ……? 」
ハシヒトはアナホベから視線を逸らした。
アナホベは「かのじょ? 」と呟きながら ? を浮かべていた。
その時、遠くの方からカツカツと足音が近づいてきた。
「意外だなー。二人ってそんなアチュラチュな関係だったんだー! 」
やってきたのは、聖間だった
聖間の姿を見たアナホベとハシヒトは、慌てて膝をついた。
「あはは。膝なんかいちいちつかなくていいよ」
「いや……しかしご主人様の前なので……」
「大丈夫だって。それよりアナホベくん。ヨウダイちゃん食べられなかったの? 」
「そ、そうなんです!!!! こいつのせいで!!!! 」
アナホベはハシヒトを指さした。
「そうなの? 」
聖間はハシヒトの方を向いた。
「も、申し訳ございません!! でも……! 」
「あやまる必要なんてないよ。ハシヒトちゃんは人間の頃の記憶が残ってるからね」
聖間はそう言うと、アナホベの方を向いた。
ハシヒトは心の中で、「あれ? なんで私謝ってるの……? 」と思っていた。
「アナホベくん」
「はい!!! なんでしょうか!!!! 」
「ヨウダイちゃん食べたい? 」
「食べたいです!!! 」
元気よく返事するアナホベに、聖間はクスッと笑った。
「じゃあ、そんなアナホベくんの願いが叶うように、僕がおまじないしてあげるよ」
そういうと、聖間はアナホベの耳元である言葉を発した。
「ヨウダイちゃんたちを、食べてきなさい」
聖間に言われた瞬間、アナホベは、自分の体内を流れる血の速さがあがったような気分になった。
「うっ」と声を出した瞬間、アナホベの額や腕に血管が浮き出た。
「これは僕からの命令だよ。分かった? 」
「……分かりました。ご主人様」
魂が抜けたような声で、アナホベは返事した。
「さてと、僕はそろそろ会議があるからおいとまするよ。またね! 」
聖間はそのまま去っていった。
去っていった聖間の背中をポカーンと見てから、ハシヒトはアナホベの方を見た。
「アナホベ? ご主人様に何て言われたの? 」
ハシヒトには聖間の声が聞こえていなかったのだ。
アナホベに尋ねるが、何も返事は返ってこなかった。
「ねえ、アナホベったら。聞こえてる? 」
ハシヒトが顔を覗き込もうとすると、アナホベは突然動き出し、一人で走り去っていった。
「……どうしたのかしら」
ハシヒトは不安そうに呟いた。
そして、走り去っていくアナホベの後を追った。
そして、現在に至る。




