第六十六話 哀愁
投げ飛ばされたハシヒトは、勢いを落とすことなく綺たちの方へと飛んできていた。
「ハシヒトさんが飛んで来たー!! 」
「う、受け止めた方がいいかな? 」
「受け止めるって、あの勢いじゃ受け止めきれないだろうし、もしハシヒトさんの肌を触っちゃったら……」
綺が言っている途中に、ハシヒトはすぐそこまで迫ってきていた。
どうしようかと綺と晃が悩んでいるときに、晃の方からスイコとテンノが降りた。
「ワタシタチガ」
「ナントカスル」
スイコとテンノは足に力を籠めて床を蹴り、飛んでくるハシヒトと同じくらいの勢いで移動した。
背中を向けて飛んできていたハシヒトにスイコとテンノは近づき、スイコとテンノがハシヒトの背中を支えた。
ハシヒトは支えてきたスイコとテンノの勢いでスピードを殺され、一気に減速して背中を支えられたまま床に着いた。
ハシヒトは自分の背中を支えてるスイコとテンノに気づき、慌てて立ち上がった。
「スイコさん!? テンノさん!? 」
「フー、マニアッタ」
「ブジデナニヨリ」
ハシヒトは「ありがとうございます」と、スイコとテンノに頭を下げた。
その様子を見ていた綺は、ハシヒトの手が不自然なことに気づいた。
「ハシヒトさん、その手は……」
「さっきアナホベに掴まれたとき、数本折れてしまったようで……。ご心配は無用です」
折れたというのは、骨の事だろう。と綺は心の中で悟った。
折れた手は、ハシヒトの腕の動きに合わせて揺れていた。
「ハシヒトさん。あの、アナホベ……さんになにかあったんですか? なにか、様子がおかしい気が……」
晃がハシヒトに聞いた。
ハシヒトは、数秒置いて答えた。
「実は、私が蘇我見さんたちと別れたあの後……」
ハシヒトは綺たちと別れた後に、アナホベの元へ向かった。
投げ飛ばされたアナホベは、地面に座りながら頭を掻いていた。
「ハシヒト!!! もうすぐであいつ喰うこと出来たのによ!! なにしやがるんだよ!! 」
アナホベがハシヒトに怒鳴る。
「人間は食べ物じゃありません!! この前も言ったけど、私たちだってもともとは人間だったのよ!? 」
「もとが人間だったから何だってんだよ!! だったら、今人間じゃねえなら喰ってもいいってことなんじゃねえのか? 」
「いや、私が言いたいのはそういうことじゃなくて……」
ハシヒトは頭を軽く掻いた。
「大体、俺って本当にもともと人間だったのかよ? 」
「……は? 」
アナホベの発言に、ハシヒトは思わず腑抜けた声が出た。
「そんな記憶、俺の中にないんだけど」
アナホベは、ハシヒトと違って人間の頃の記憶が無い。
こんな反応をすることは予想がついていたが、実際に言われるとこんなに悲しい気持ちになるんだな、とハシヒトは心の中で思った。
「もしかして、嘘ついてるとかじゃないのか? 」
アナホベのその言葉に、ハシヒトの中で何かが切れた。
「嘘なんかじゃないわよ!!!!! 」
ありったけの大声を出した。
アナホベに人間の頃の記憶がないのは分かっているのに、感情的に怒鳴ってしまう自分に嫌気がさして下を向いた。
普段大声何て出さないハシヒトの大声を聞いて、アナホベは何故怒鳴られているのか分からず目を丸くしていた。
数秒間が開いてから、ハシヒトの目から、涙がこぼれた。
「ハシヒト……? 」
アナホベがハシヒトに話しかける。
「……豪輝」
ハシヒトは蚊の鳴くような声で呟く。
「あ? なんか言ったか? 」
アナホベが耳を傾ける。
ハシヒトはアナホベの方を向き、涙声で喋った。
「アナホベの本当の名前は……石上豪輝よ……」




