第六十五話 違和感
コンビニを出てから、綺は地図を見た。
「最後のスタンプは……ここってことだよね? なんか中途半端な位置にあるなあ」
綺は最後のスタンプの在処を指さした。
赤い丸がついているところは、如月駅の通路の真ん中だった。
綺の独り言を聞いて、晃も地図を見る。
「これって、道の真ん中にスタンプがドーン! って置いてあるってこと?」
「分かんないから、とりあえず行ってみようよ」
綺の言ったことに、晃は頷いた。
その時、晃の肩に乗っていたスイコとテンノが、「ネエネエ」と晃に話しかけた。
「オクカラ、メッチャキテル」
「ハヤク、ココカラハナレヨウヨ」
晃は周りを見た。
スイコとテンノに言われた通り、奥の方から十体ものバキュロが歩を進めてきていた。
ヨウダイの匂いにつられ、呻き声を上げながら近づいてきたのだ。
「そっか。ヨウダイさんがいるから……」
「あう……私……私……いないほうが……いい……? 」
ヨウダイがどことなく悲しそうな声で言った。
「大丈夫ですよ。ヨウダイさんになにか襲ってきたら、僕が守りますので」
「私も、ヨウダイさんを守りますよ」
「……いい子ね……優しい……優しい……」
襲い掛かってくるバキュロをなんとか倒しながら、綺たちは地図に示されたスタンプの場所へとやってきた。
「本当に、ここであってるの?」
着いた途端、綺は呟いた。
そこに、スタンプは置かれていなかった。
壁や天井、床に目を凝らしても、スタンプは何処にもなかった。
「もしかして、僕たちが来る場所間違えてるとか? 」
「道の形とかもあってるから、間違えてはないと思うけど……」
綺は再度地図に目を向けた。
その時、綺の横の方からバキュロの呻き声が聞こえてきた。
綺が横を見ると、何十体ものバキュロが綺たちの方へ近づいてきていた。
「綺、こっちからも! 」
綺が晃の言葉に反応し、晃と同じ方向を見る。
通路の反対側からも、大勢のバキュロが迫ってきていた。
「え、ちょっと待って。これって……」
一本道の通路に、左右からバキュロが迫ってきている。
その間に綺たちがいる。
綺たちは、バキュロに挟まれてしまったのだ。
「どどど、どうしよう! 逃げれないじゃん! 袋小路じゃん!! 」
綺が泣きそうな勢いで、頭を抱えながら言った。
「落ち着いて。もしかしたら線路の時みたいに、全部倒せってこととかじゃない? 」
「そういうことか……って、マジで言ってるの!? めっちゃ大変じゃん! 」
「まあまあ。どっちみちバキュロ倒さなきゃ僕たち死んじゃうから」
「そ、そっか……そうだよね……」
綺は小さく溜息を吐いた。
持っていた鉄パイプを、少し力を込めて握る。
晃も肩を回し、三回素振りをする。
そして、綺と晃がバキュロをたて斃そうと足を出した時、スイコとテンノが 「「チョットマッテ」」 と声を揃えて言った。
「クル。アイツガ」
「あいつ? あいつって……? 」
綺が首を傾げると、いきなりバキュロの大群の奥の方から ドゴッ と、コンクリートが砕けたような音が聞こえた。
綺と晃が同じ方向を見る。
バキュロの大群の中に、異様な影が一つ見えた。
見えた瞬間、影の近くにいたバキュロが、四方八方に吹き飛んだ。
壁にぶつかるバキュロもいれば、綺たちの足元にまで飛んで来たバキュロもいた。
強い衝撃を受けたのか、頭は破裂していた。
その醜怪なバキュロの姿に、綺は思わず口を押える。
謎の衝撃のおかげか、通路の片方にいたバキュロの大群は、あっという間に姿を消した。
綺と晃は状況が理解できない中、あるものが見えた。
バキュロの大群が居たところに、一つの人影があった。
「あいつは確か……ア、アナホベ!! 」
アナホベが立っていた。
そんなことは、綺、晃、スイコ、テンノ、そしてヨウダイ。誰もが理解できていた。
そして、もう一つ理解できていることがあった。
アナホベの雰囲気が、さっき見た時と違ったのだ。
いつもなら、出会ったら大声を発し、圧倒的な速さと力で綺たちに襲い掛かってくるのだが、今のアナホベは違った。
何も声を発さず、ただその場に佇んでいた。
「なんか……様子おかしくない? 」
「うん……どうしたんだろ。もしかして、あの後ハシヒトさんにシバかれたとかかな? 」
晃がそう話すと、アナホベの後ろの方からハシヒトが走ってきた。
「どうしたのよ。いきなり走り出して、こんなにたおして……」
ハシヒトがアナホベに話しかけてる途中に、ハシヒトは綺たちの存在に気づいた。
「蘇我見さんたち……! アナホベ! あなたまだ懲りてなかったの!? 」
アナホベは、ヨウダイの匂いを辿ってここまできたらしい。
ハシヒトも、意識はしていなかったがアナホベの後を追ってきた時、無意識にヨウダイの匂いをかぎ取っていたのだろう。
懲りてなかったというのは、アナホベはハシヒトに投げ飛ばされた後、ハシヒトから人間を襲うなと説教されたのだ。
「ほら、さっきの場所に戻るわよ。蘇我見さんたち、お騒がせさせて申し訳ありませんでした」
ハシヒトがアナホベの左手首を掴んだ。
「……離せ」
普段の喋り声からは想像できないような低くて小さな声で、アナホベはハシヒトに言った。
ハシヒトは一瞬戸惑った。
「な、なによ……。とりあえず、戻るわよ」
アナホベの左手首を、ハシヒトは引っ張る。
その瞬間、アナホベの手が微かに震え始めた。
どうやら、力強く拳を握っているからのようだ。
アナホベの手に着いたバキュロの血液が、ポタポタと滴り落ちる。
「離せっつてんだろ!!!!! 」
大声でそう叫ぶと同時に、アナホベは右手で自分の左手首を掴んでいるハシヒトの手を、力強く握った。
あまりの強さに、ハシヒトの手からバキッと骨の折れるような音がした。
「もともと俺はあいつを喰おうとしていた!!! それに加えて!!! ご主人様に喰えって言われて!!! 喰わねえド阿呆はいねえだろ!!!!! 」
アナホベの話し声に、綺と晃はどことなく違和感を覚えた。
アナホベは怒鳴った後、ハシヒトの手を掴んでいた右手を大きく振り、ハシヒトを綺たちの方に投げ飛ばした。




