第六十二話 戻
「人間の頃の記憶が…」
「残ってる…? 」
「ほ、本当ですか!? 」
ハシヒトがショウアンに詰め寄る。
「あの子に…人間の頃の記憶が…本当にあるんですか!? 」
「断定はできませんが、微かに残っていることは確かだと思います。後は何か、記憶を呼び起こすようなことをすれば、記憶が蘇るかと…」
ショウアンが話している途中に、ハシヒトの頬を何かが伝う。
涙だった。
人間と変わらない透明の涙だった。
いきなり涙を流したハシヒトに、ヨウダイが近づく。
「どうしたの…? どうしたの…? 」
「いえ…ちょっと、嬉しくなってしまって…」
微笑みながら言うハシヒト。
バキュロの涙を初めて見た綺だったが、何故か人間の涙を見るよりも切なく感じた。
「ハシヒトさんは~、バキュロになる前からアナホベさんと面識が~? 」
美香子が聞くと、ハシヒトは涙を拭いてから答えた。
「ありましたよ。というか…その…」
ハシヒトは数秒間黙り込んでから、頬に両手を付けながら続けた。
「実は…つ、つ…付き合ってたんです…私と…アナホベ…。…ああ! お恥ずかしい! 」
ハシヒトは恥ずかしくなって、手で顔を覆ってしまった。
その言葉を聞いた綺と晃は「「えーーーーっ!!!!!? 」」と声をあげた。
「カカカ、カレカノ関係!? 」
「リア充だったんだ・・・! 」
綺と晃の反応に、美香子は苦笑いする。
その時、ゴホッゴホッ と、痰が絡まっているような咳が聞こえた。
聞こえた方を見てみると、横たわっていた鐵昌の咳だった。
「っ…」
「鐵昌さん~? 起きたのかしら~? 」
「あ…? お前ら…? 」
寝っ転がったまま、頭だけを綺たちの方に向ける。
「大丈夫ですか? 」
「ああ…今はな…。って、ここどこだ…? なんでお前らが…? 」
今の状況に疑問を抱く鐵昌に、綺たちは今の状況や、ショウアン、ハシヒトの事を説明した。
鐵昌はヨウダイの無事と、事のあらましが確認できて少し安心していた。
『おーーーーーい!!! 美香子ちゃんーーーーー!!!!! まだーーーーー? 』
飲食店の方から、大きな声が聞こえる。
美香子が戻ってくるのに待ちくたびれていた、聖間の声だった。
「そういえば、クイズの途中でしたね」
「忘れかけてたわ~。ちょっと行ってくるわね~」
美香子は一人で飲食店の方に向かった。
「では、私もこれで。アナホベが気になるので…」
そういうとハシヒトは立ち上がり、会釈をしてから綺たちの元を去った。
「お待たせしました~社長~」
『全く。色んなことがあったから僕の事忘れたのかと思ってたけど、まさか本当に忘れてたとはね。まあいいや。答えは分かった? 』
「答えは~約四十年前です~」
『ファイナルアンサー? 』
「ファイナルアンサ~」
『大当たりー! 答えは、約四十年前でしたー! というわけで、美香子ちゃんスタンプ獲得ー! 』
聖間がそういった瞬間、モニターの下の壁の部分が一部変形し、奥の方からスタンプの乗ったテーブルが出てきた。
美香子がスタンプを手に取った瞬間壁が再度動き出し、何事もなかったかのように元の壁に戻った。
『スタンプゲットできてよかったね。本当はもっとお話したいけど、もうすぐ始まる会議に顔出さなきゃいけないんだよね。ってことで、バイバーイ! 』
モニターの画面が暗転する。
「相変わらず自由な社長ね~」
と美香子は少し呆れてから、綺たちの元に戻った。
「スタンプもらえたわよ~」
美香子は、右手に持っているスタンプをちらつかせながら言った。
「おお! やったあ! あ、今出しますね…」
綺はポケットから折りたたまれたスタンプ用紙を取り出した。
そこに美香子が、スタンプを押す。
前回と同じようで、少し彫り方が違うウマヤドのロゴが彫られていた。
「三つ目のスタンプもこのままゲットしちゃいたいところですけど…」
「その前に~、鐵昌さんをコンビニに連れて行ってあげましょ~」
「そうですね。鐵昌さん、体動かせますか? 」
晃が鐵昌に聞いた。
「なんとか…動かせるぜ…」
鐵昌は自力で上体をゆっくりと起こした。
その途中、腹に鈍い痛みが走り、右手で腹を抑えていた。
「本当に大丈夫ですか? 」
「大丈夫だ…。ガキの頃から体は丈夫な方だったんだよ…」
「歩くのが無理そうなら僕が担いであげましょうか? 部活でよく土嚢とか担いだり、歩荷訓練とかも慣れてますし…」
「…気持ちだけで十分だ。…でも、手助けしてもらえるってなら、わりいけど肩貸してくれねえか? 」
晃は鐵昌の頼みを了承した。
鐵昌が立ち上がるのを晃は手助けし、晃の肩に、鐵昌は右腕をかけた。
「ショウアンさんは、ここにいるんですか? 」
「はい。…といっても、私はここの状態から、身動きが一切取れない身なので…」
身動きが取れないということは、ずっと正座の状態で過ごすということ。と、綺は解釈した。
そう考え、少し綺はゾッとした。
「足が痛くなったりはしないんですか~? 」
「麻痺しているのか、この体の構造に理由があるのかは分かりませんが、感覚は全くありません」
「そうなのですか~…。一方的に聞いてしまって申し訳ございません~。私たちはそろそろ失礼します~。ありがとうございました~」
綺たちはショウアンにお辞儀をしてから、ショウアンのいる店を後にした。
綺たちがいなくなり静かになった店内で、ショウアンは呟いた。
「…ご武運を…お祈りしております…」




