第五十九話 彼
隣の店の入り口側の壁は全面ガラス張りだったので、外から内側の様子が見えた。
元の面影はなかった。
看板は廃れ、店内は何とは言わないが赤い液体や、朱色の塊が転がっていた。
「ここに‘‘ショウアン,,って人がいるの?」
「いると思うけど…あ、あそこ」
綺が店の奥を指さした。
人影のようなものが見えたのだ。
綺たちは店の奥へと歩を進めた。
そこに、彼は居た。
店の奥の床のところで、正座をしている影が一つ。
袖丈の長い無地の服を着ていた。
帽子を被っており、つばの部分から布が垂れ下がり、顔を見ることは出来なかった。
垂れ下がってる布の裏から、長いひげが垂れているのがみえた。
「この人~…? が、社長が言ってたショウアンさん~…?」
美香子が首を傾げる。
顔は見えなかったが、膝の上に置いてある手の色が、バキュロと同じ肌色だったのだ。
三人は襲われないか心配になったが、様子を見ていても一向に動く気配のないショウアンに、ついにこっちから話しかけることにした。
「あの…すみません。ショウアンさん…ですか?」
晃が訪ねるも、ショウアンは動く気配がない。
「…まず、生きてるのかな?」
と言いながら、綺はしゃがんで、つばから垂れ下がってる布に手をかけた。
その時だった。
「生きてますよ…」
ショウアンと思われる声が聞こえた。
「うおっ! 喋った!!」
綺は驚いて、少し後ずさりした。
「おお…意外とおじさんな声…」
綺はそう言って立ち上がった。
おじさんな声といっても、気迫のあるような感じではなかった。
簡潔に言えば、『普段は全く怒らないけど、ブチギレたら絶対に怖いタイプのおじさん』といった感じだった。
「あなたは…」
「紹介が遅れましたね。瞑想していたもので。私はショウアンという者です。ご主人様の命で、あなた様方の手助けをする者でございます。以後お見知りおきを…」
ゆっくりと手を床につけてお辞儀するショウアン。
その行動につられて、三人もお辞儀する。
「お三方の名前は承っております。蘇我見綺様、物岐晃様、天智美香子様。お待ちしておりました」
「えへへ、なんか照れるな…」
晃が頬を掻く。
「私は、この体になった瞬間に、ご主人の全てが流れ込んできました」
「全て~…ですか~?」
「左様です。ご主人様がお持ちになっておられる知識、技術、思い出。そして…脊椎動物対応型バキュロウイルスを開発をした目的など…」
「目的…? 社長がそんなことをした目的って、なにかあるんですか?」
「…それだけは、口が裂けても言えません。ただ一つ言えることは、ご主人様は、目的のない行動はしない…ということだけ…」
聖間について、ますます謎が深まった瞬間だった。
「ところで、なにかご用件がおありでこちらに来たのでは?」
「あ、そうです」
「この如月駅は~、西暦何年に開業したのですか~?」
「この駅の・・・開業した年・・・」
数秒間の沈黙が走った。
「明治四十二年、十二月六日…西暦に直すと、一九〇九年ということになります」
「早!」
「本当にあってるんですか!?」
「もし違っておられたら、ご主人様の記憶の方に支障があるかと…」
ショウアンの言葉に晃がクスッと笑ってから、三人は飲食店の聖間が映るモニターの前に戻った。
「「ヘイしゃちょー!」」
綺と晃が画面に向かって声を合わせて言う。
それと同時に、画面に聖間の姿が映る。
『それ流行ってるの? 僕人工知能じゃないんだけど』
若干苦笑い気味で話す聖間。
「答えが分かりました~」
『おっ、てことは、彼に会ったんだ』
「答えは~…西暦一九〇九年です~」
『ファイナルアンサー?』
「はい~」
『せいかーい! 一九〇九年十二月六日に、この駅は開業しましたー!』
画面の向こうで、聖間は拍手する。
美香子はホッと胸を撫でおろした。
『この調子で、最後の問題いっちゃう~?』
「あ、そっか。全部で五問だから、もう次が最後なんだ」
「行っちゃいましょうよ」
「そうね~。社長~! 最後の問題出してくださーい~!」
『了解! それじゃ、最終問題! 僕の会社、ウマヤドは、今年で開業約何十年目でしょうか! 一の位は言わなくていいよ! 約何十年かだけ答えてね! それじゃ、シンキングタイムスタート!』
聖間は新しいコップにメロンソーダをついで、一気飲みしていた。
「駅の次は会社…だけど、今度は開業してから何年目か…」
「美香子さんが子供のころには、もうありましたか?」
「あったわよ~。小さい頃はよく怪我してたから~かなりお世話になってたわよ~」
「となると二十五年以上前…」と綺は考えていたが、そもそもいつもお世話になっている会社でも、この会社は開業何年だろうなんて考えたこと無かったので、考えただけ無駄だった。
それは、晃も同じだった。
「これはまた…」
「ショウアンさんのところに行かなきゃ分かんないね…」
そういうと、綺たちは再度ショウアンのところへと向かった。
色んな用語や人名が出てきてゴチャゴチャしてきているので、いつか用語集とか作りたいと思います




