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地下鉄防衛戦  作者: 睦月
第伍章・時間潰しのスタンプラリー
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第五十五話 クイズ

 道中のバキュロをなぎ倒しながら、綺たちは二つ目のスタンプがある飲食店に着いた。


「…!?」

 何かの視線を感じ、美香子は振り向く。

 しかし、そこには誰もいなかった。


「どうかしましたか?」

「いや~…なんでもないわ~」


 晃の呼びかけに応え、飲食店に目を移す。

 

 如月駅が封鎖される前、何度かこの飲食店に来ていたことがあった。

 綺のおすすめは、特製のハンバーグ。ほどよくついた焦げ目や切った時に溢れる肉汁。


 香ばしい香りが店の奥から漂ってきて、食べる前から美味しいと食欲をそそられる。

 綺にとって、この世で一を争うぐらい美味しい食べ物だった。


 そして今、その飲食店にいる。

 普通なら席に座り、いつものハンバーグを頼み、待ち、おしぼりで手を拭いてからハンバーグにナイフを入れるというルーティーンを行っていた頃合いだった。



 しかし、その光景は普段から想像できないほど悲惨な状態だった。



 店の外に置いてあるメニューが書かれた看板には赤黒い液体が付着し、店内の椅子やテーブルは倒れているものもあれば立ってはいるもののあり得ない位置まで移動しているものもあった。

 床にはそれぞれのテーブルに置いてあったはずのメニューが散乱し、ドリンクバーのところに置いてあったコップは床に落ち、破片が散らばっていた。


 店内を徘徊しているバキュロの中には名札がついている者もおり、逃げ遅れたであろう店員であることが分かった。


「これまた酷い光景ね~」

「スタンプはこの中にあるのかな?」


 晃と美香子が飲食店に入ろうとする時、綺が「ちょ、ちょっと待って!」と呼び止めた。


「どうしたの?」

「いやーそのー…。さ、さっきの晃みたいに店に入った瞬間一人だけ取り残されたりしそうだから、三人で一緒に入らない?」


 綺が晃と美香子の袖を摘まみながら、恥ずかしそうに言った。

「いいんじゃないかしら~? なら一緒に入りましょ~」

「分かった。じゃあ一緒に入ろう」


 綺、晃、美香子は入り口のところで横に並んだ。


「それじゃ、入るよー」

「は!? ちょいと待ち!」

 晃が足を出した瞬間、綺が止めた。 


「なんだよ。一緒に行くんじゃなかったの?」

「そうだけどさ、あの、いっせーのせ、で入らない? タイミング揃えてさ」

「子供か!」

「子供だ!」

 綺の提案で、晃がいっせーのせと言ったタイミングで店に入ることになった。


「んじゃ行くよー。いっせーの…」

 と晃が言って足を出した時、綺だけ足を動かさなかった。

 晃は「え!? ちょっと!」と言って足を止めた。


「なに晃? タイミング合わせようって言ってるじゃん」

「こっちのセリフだよ蘇我見さん。なぜあなた『いっせーの』せの『の』のタイミングで足出さないの?」


「え? 『いっせーのせ』の『せ』で足出すんじゃないの?」

「いやいや、『いっせーのせ』の『の』で足出して、『せ』で足つけるんじゃないの?」


「いや、流石にそれはないでしょ」

「えー、生まれてこの方このタイミングだったんだけど」


 それから数分間、綺と晃の言い争いは続いた。

 最終的に、綺と晃は美香子に聞いて決着をつけることにした。


「「美香子さんはどっち派ですか?」」


 と聞かれると美香子は


「私は綺ちゃん派よ~」


 と、あっさりと答えた。

「うぇーい!! 流石美香子さん分かってるー!!」

「ま、負けた…。美人に罪はないのに…」


 綺は喜び、晃はガックリと肩を降ろしていた。

 美香子が二人に「そろそろ入りましょ~」と促すと、先に店に入っていった。


 綺は美香子だけ閉じ込められると思って一瞬焦ったが、何も起こらなかった。

 後に続いて綺と晃も入る。入り口は、何も変化しなかった。


「む、無駄な言い争いだった…」

「僕たち、ずっと意味もない茶番やってたんじゃん…」

 綺と晃は揃って苦笑いした。


 綺たちは店内をくまなく探索した。

 立ちふさがるバキュロを何体か倒し、スタンプを探した。

「そっちにあったかしら~?」

「いや、見当たりません」


 どこにも、スタンプが無かったのだ。

 椅子やテーブルの下、受付のところ、トイレ、厨房。飲食店内のすべての箇所を見て回ったが、スタンプはどこにも無かった。


「本当にここにあるの?」

「多分…ここで間違いないと思うんだけどな~」


 綺は地図を確認した。

 晃も一緒に見ていたが、二つ目のスタンプがここにあるのは間違いなかった。


 綺と晃が地図を確認しているとき、美香子が何かを発見した。


 レジカウンターの上に、怪しいオブジェのようなものが置いてあったのだ。

 近づいてみると、それはボタンだった。


 テーブルの上に置いてあるような店員を呼び出すボタンではなく、早押しクイズに使われるような丸いボタンだった。

 美香子はそのボタンが気になり押してみようかと思ったが、嫌な予感がしたので押すのを一旦躊躇った。


 振り返って綺たちの方に戻ろうとした時、足元にあったメニューで足を滑らせ、レジカウンターに体をぶつけた。



「きゃ~!!!」



 ガッシャーン! と大きな音が鳴り、綺と晃は驚いて美香子のところに駆け寄った。

「み、美香子さん!?」

「大丈夫ですか!?」

「いたた~…。大丈夫よ~…」


 腰をさすりながら立ち上がる。

 その時、足元が覚束ずその場でよろけてしまった。


 よろけた足が着地した場所は、床に落ちたボタンの上だった。

 足に重みがかかりカチッとボタンから音がしたとき、美香子は「あっ」と短い声を出した。


 美香子は素早くその場を離れた。

 綺がボタンの存在に気づき、「なにこれ?」と手に取ろうとしたときだった。



『押されて飛び出てジャジャジャジャーン!!』



 店の壁にかかっているテレビのモニターに映像が映し出され、気さくな声が流れた。

「しゃ、社長?」


 モニターに映ったのは、聖間だった。

『やっほー! まさか足でやるとは思わなかったけど、ボタン押してくれたんだよね?」

「え? この映像って、今繋がってるの?」

『そうだよ。美香子ちゃんがボタン押したから僕のところに信号が来て、こうして繋がってるってこと』


 聖間は映像の向こうで紅茶を飲んでいる。

 背景は真っ暗で、どのようなところにいるのかは分からなかった。


『んで…そこにいるってことは、スタンプ探しに来たんでしょ?』

「そうだよ! 社長! 探したけどどこにもスタンプ無かったよ!? この地図間違ってるんじゃないの?」


『まあまあ落ち着いてよ綺ちゃん。説明不足だった僕が悪かったね。そこのお店にはスタンプは最初から置かれてないんだよ』


「どういうことかしら~?」

『ここのスタンプの入手方法は、僕から出される問題に正解することが条件なんだよ』


「問題って、クイズみたいな感じ?」

『そうそう。んで、答えてもらうのは、ボタンを押した美香子ちゃん!』


 画面越しに美香子を指さす聖間。

 いきなり名前を出された美香子は一瞬ポカーンとしていた。

「わ、私ですか~?」


『そうそう。まあでも、綺ちゃんと晃くんからの手助けはOKだから、心配する必要はないよ。早速クイズやってみる?』


 美香子は一瞬どうしようかと思ったが、少し間を開けてコクンと頷いた。

「どんな問題が出るかにもよるけど~…」

「まあ頑張りましょう! 私も手伝いますよ」

「僕もなるべく手伝います」


「うふふ~。ありがとうね~」

 美香子がお礼を言う。


 綺たちの様子を伺ってから、聖間が話し出した。


『ちなみに、間違えたらちょっとしたことが起こるから、頑張って正解してね。問題は全部で五問! それじゃあ第一問! 僕の年齢は何歳でしょう!』


 美香子は一瞬「え?」と声を上げた。

 そういう感じの問題かと思ってから、考え出した。


「社長の年齢~…?」

「そう言われてみれば、社長って何歳なんだ?」


「う~ん~…。私より年上なのかしら…?」

「年下…美香子さんって何歳なんですか?」

「あ、綺…。女性に年齢を聞くのは…」


「大丈夫よ~晃くん~。私は二十五歳よ~」

「二十五歳…若いな…」


 綺は顎に手を当てて美香子を見た。


『そろそろいいかな~?』

「え~っと~…じゃあ~二十六歳!」


『ファイナルアンサー?』

 聖間が聞いた。


「ファ、ファイナルアンサー~…」


 美香子が恐る恐る言った。

 聖間はすぐに答えを言わず少し間を開けた。



『ざんねーん!!!! 正解は、二十八歳でしたー!!!!』


 答えを知った瞬間、綺と晃は「はい?」と声を出した。


「二十八歳であの性格はやばくないか?」

「それな。あの口調さらけ出して社会で行動してるのかな」

 綺と晃がモニターから目を背けながらコソコソと話す。


『コラコラ。聞こえてるぞーそこの思春期ボーイと思春期ガール』

 二人の会話は聞こえていた。


 その時、飲食店の奥から亡者の呻き声がした。

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