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地下鉄防衛戦  作者: 睦月
第伍章・時間潰しのスタンプラリー
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第五十話 ミホトケ

「におい…?」


 綺は首を傾げる。

「ヤッパリ、スイコモ、オモッテタンダ」

「ウン。ソンナツモリナイケド、タベタクナルヨウナ、イイニオイガスル」


 スイコは唾を飲んだ。

「どういうこと? なんにも匂ってなくない?」

「うーん~そうね~。特に匂いは無いと思うわ~」


 綺と美香子が鼻に意識を集中させて匂いを嗅ぐが、何の匂いも感じなかった。

「におい…におい…。わたしのにおい…へん…? へん…?」


 ヨウダイがゆっくりと首を傾げてスイコとテンノに問う。

「ヘンジャナイケド、オナカガスク」

「ニンゲンデイウ、ヤキニクミタイナ、ニオイ」


「そんな匂いするの? 全然わかんない」

「バキュロニダケ、ワカルノカモネ」







「匂いですか?」

「はい。強烈というか、美味しそうないい匂いがしてたどってきたらここに…という感じよ」


 ハシヒトはここに来るまでの事を、晃と鐵昌に話した。

「そうなんだ…でも、そんな匂いなんてしますか?」


 晃は鐵昌の方を見た。

「いや全く。…というか、ここで匂いなんざ嗅ごうとすると、血生臭くて吐きそうになる」


 鐵昌は一瞬だけ視線を周りに移した。

 床には死骸、壁には血。溜息を吐いてから、鐵昌は視線を戻した。

「そうですよね。もしかして、僕たちで言う『血生臭い』が、ハシヒトさんにとってはいい匂いってことですか?」

「血の匂い何てそんなものじゃありませんよ。本当にこう…レストランにいるような不思議な感じがしまして…」


 晃たちは匂いの正体が何なのか少し考えていた。

 その時、近くからぐちゃ、とバキュロの死骸が踏まれる生々しい音がする。


 誰かが来たのだと晃たちは分かった。

 鐵昌は大体誰が来たのか察しがついて、溜息を吐いた。


「やあやあ! 悩める少年少女たちよー!」


「ご、ご主人様!?」

 どこからか聖間がやってきて晃たちに気さくに話しかける。

 いきなり現れた聖間に驚き、ハシヒトは慌てて膝をつく。


「お前…ここで言うのも変かもしれねえけど、本当にどこにでも現れるな…」

 呆れた声のトーンで鐵昌が言う。


「確かに…。毎回凄く都合のいい時に来てくれますよね」

 晃が苦笑いしながら言った。

「あ、たまたま来たとかじゃないよ? 前聞いたと思うけど僕はずっと君たちの事見てるから、都合がよさそうな時に来たってだけ」

「それもそれで都合いいな…」


「…なんか、その…社長って、どの立場にいるんですか?」

「ん? どういうこと晃くん? 立場って…社長っていうこととか?」


 聖間は晃の言っていることがよく分からず、首を傾げる。

「そういうのじゃなくて、何というか…敵? なのか味方…なのかというか…」

「あー…」


 聖間は段々と声を小さくして黙り込んだ。

 聖間は顎に手を当てて少し考え込んだ後、口を開いた。

「…ところで、さっきハシヒトちゃんがつられてきた匂いについて悩んでたよね!」


 (あ、あれ? これってスルーされてる?)

 晃は聖間に話をそらされ、晃は少し悲しくなった。

 

 聖間はいつも通りの笑顔で話す。

「ハシヒトちゃん、もう膝つけなくていいよ。立ち上がって可愛い顔を見せてよ」

「へ…? か、可愛いだなんてそんな…」


 ハシヒトは両手で頬を覆い、恋する女子高校生かのように照れる仕草をする。

「ふふふ。それじゃあちょっと説明するね」


 聖間は咳払いをしてから話し始める。


「まあ簡単な話だよ。ハシヒトちゃんは知らないだろうけど、今綺ちゃんのところに『ミホトケ』で人間に戻した女の人がいるでしょ?」

「はい。ヨウダイさんという名前らしいです」

「へぇ…記憶が残ってたんだ…」


 聖間は意外そうな声を出す。

「じゃあヨウダイちゃんって呼ぶけど、今綺ちゃんのところにいるヨウダイちゃん。その子がハシヒトちゃんが感じた匂いの元だよ」

「…どういうことだ?」

 鐵昌が聖間の話に興味を持っているのを見て、晃は小さな声で「珍しいな」と呟いた。


「んーっと、難しい話は嫌いだから簡単に言うと、副作用っていうやつだよー。『ミホトケ』は使えば人間の肉体に戻れるけど、副作用で特殊な匂いが出てバキュロに狙われやすくなるということだー!」


 聖間は決まったように手を上にあげて決めポーズのようなものをとる。

 ハシヒトはいまいち何を言っているか分からなかったが、聖間の言っていることなのできっと凄いことだと勝手に解釈し、「ほー」と言いながら頷いていた。


「一応聞くけど、僕が進めたスタンプラリーやる?」

 聖間にそう言われ、晃と鐵昌は顔を合わせる。


 人間に戻れるのはいいが、バキュロを引き付ける。

 今この状況においてデメリットかもしれない。


「…やってやろうじゃねえか。どうせ暇だし」

 その時、口を開いたのは鐵昌だった。


「やっぱりどんな状況になっても保険は必要だしな。もらえるもんは貰うぜ」

「でも鐵昌さん。万が一使ったとしてもバキュロに狙われやすくなっちゃうんですよ?」


「狙われやすくなるだけ。必ず喰われるというわけではないだろ。…まあ、そもそも使う機会が来ないことが理想だが、もし使う機会が来たなら全力でバキュロ(あいつら)から、薬を使ったやつを守れば、どうにかなると思うけどな」

「なる…ほど…。取り合えず、持っといた方が良いってことですよね?」

「そんなところ…だな」


 段々と喋る度に、声のボリュームが小さくなっていった鐵昌。

 鐵昌は小声で自分に「らしくねえな」と言いながら、頭をボリボリと掻いた。


 晃と鐵昌の会話を聞いていた聖間は、ハシヒトに話しかけた。

「あ、そうそう。ハシヒトちゃんに説明すると、綺ちゃんたちがこの駅内を回って僕が考案したスタンプラリーをするの。それでハシヒトちゃんにお願いがあるんだけど、晃くんたちのお手伝いはあまりしないでもらえる?」

「うっ…わ、分かりました…」


 聖間の方を向いて、ハシヒトは膝をつく。

 ハシヒトは聖間に返事をしようとした時、胸のあたりで何かがドクンと動き、鈍い痛みが広がったのを感じて、声に出てしまった。

 

 ハシヒトは聖間の命令に背くことは出来ない。

 聖間がたった今ハシヒトに向けた命令が、インプットされた痛みなのだろうとハシヒトは考えていた。


 ハシヒトは、何かが起こりそうな、嫌な胸騒ぎがするのを感じた。

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