第四十六話 概要
バキュロが人間に戻った。
その真実を目の当たりにして、綺たちはただ驚いていた。
「…あれ? なんかあの人…」
晃は人間に戻った女性を見て疑問に思った。
女性は確かに人間に戻った。
しかし、その女性は明らかに挙動が不自然だった。
目は瞳孔が開いており、口は常に半開きで動く気配もなかった。
女性は力が完全に抜けて地面にへなへなと座り込んだ。
まだ感染していると疑ったが、聖間がハンカチをしまって素手で女性の手をつかんでいるところを見て、人間に戻ったと確信した。
「どういうこと…? あの女の人、生気がないというか…」
「あはは! じゃあ綺ちゃんにも分かるように説明するね」
そう言うと聖間は女性の方に手をやり、女性の前髪を上げて額を見せた。
女性に額には、まわりの肌よりも明らかに白い色をした傷跡のようなものがあった。
「バキュロになりたてのころにはね、おでこにこんな感じの跡が浮き出てくるんだよ。バキュロを人間に戻す薬、通称『ミホトケ』っていうんだけど、この『ミホトケ』の効果が効くバキュロっていうのは、この女の人みたいな感じでおでこに白い跡があるバキュロだけなんだよ。見た感じ、この人の跡はかなり小さくなってるから、バキュロになって十分弱ってところかな?」
聖間は説明を続ける。
「跡が無いバキュロに『ミホトケ』を打っても効果はない。跡があって人間に戻せても、時間が経ってたらこの人みたいに心も記憶も無くなる…簡単にいうと、脳みそがつるつるになっちゃうんだよ!」
脳みそがつるつるになる。聖間自身は可愛く言ったつもりなのだろうが、普通に考えてそんな風に表現される方が余計ゾッとする。
綺は無意識に粟立った腕をさすった。
「ということは~、その薬じゃ完全に元の人間に戻すことは不可能なのですか~?」
「いやいや。そんなことないよ美香子ちゃん。そうだなぁ…。最大三分といったところかな? カップヌードルを待つ時間。その間に『ミホトケ』を打つことが出来たら、記憶も心も人間のころのままの状態で治すことが出来るよ。…まあ、難しいと思うけどね」
「難しいって、どういうことですか?」
「生まれたてのバキュロは、そこら辺を徘徊しているバキュロの比にもならないくらい強い。時間が経っていくごとに、君たちがよく知ってる移動も動作ものろまのバキュロになっていくんだよ。君たちのどれかは見ただろうけど、駅の出入り口のシャッターが降りて駅員さんが喰われたとき、喰ったバキュロが駅員さんをタックルしてただろう? 」
聖間にそう言われ、綺はハッとした。
確かにあの日、綺は見たのだ。
あのバキュロが、物凄い勢いで駅員さんに体当たりし、喰らったところを。
そういうことだったのね。
凝視していたわけではないのであまり覚えていないが、あのバキュロの額にはきっと白い跡があったのだろう。
物事の辻褄が合い、綺は溜息をついた。
「あんなに活発な奴動きとめるのにも一苦労なのに、こんな細い注射針刺す瞬間なんてつくれやしないと思ってるよ。仮に刺すことが出来ても暴れると思うからすぐ針折れちゃうと思うし」
その言葉は、遠回しにバキュロを人間に完璧の状態で戻すのは不可能と言っているようなものだった。
聖間は綺たちの方を見て嘲笑しながら喋っていた。
「デ、ゴシュジンサマ」
「ソノ『ミホトケ』ヲメグッテ、ナニカスルンデショ?」
「ふふふ。その通り。その何かとは…スタンプラリーだーーーー!!!!」
聖間が一人で楽しそうに言う。
綺たちはポカーンとしていた。鐵昌の口からは、無意識に「は? 」と声が漏れていた。
「ってことで、地図とスタンプを押す紙がセットになったやつあげるよー」
聖間は綺に一枚の折りたたんである紙を綺に手渡した。
紙を広げると、上の方に如月駅の地図。下の方にスタンプを押す場所であろう三つの空白の場所があった。
「地図のところに赤い丸がついてるところがあるでしょ? そこに僕がスタンプを置いたんだ。綺ちゃんたちにはその赤い丸のところに行ってもらって、下のスペースにスタンプを押してもらう。コンプリートしたら、見事に『ミホトケ』をゲットー! って感じだよ!」
「はぁ、そうですか…。ん? なにこれ? 」
綺は地図を見ていた。
如月駅の南口のすぐ隣にある飲食店が、緑の丸に囲まれていた。
その近くには「ショウアン」と、書かれていた。
「ショウアン? どういう意味? 」
「ああ、それはね、もしバキュロに関して困ったことがあったとしたら相談に乗ってくれる、心強い綺ちゃんたちの味方がいるところだよ。なにかあったら、是非彼に聞いてみるといいよ。じゃ! そういうことで!制限時間は無しだから、やってもやらなくてもいいよー! …あ、後この人あげるよ」
聖間は女性を綺たちの方へと渡し、その場を去っていった。




