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地下鉄防衛戦  作者: 睦月
第肆章・数ある中の成功例
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第四十三話 人間



 浴場を出て鐵昌はすぐに大きなため息をついた。


 あんなにストレスを感じたのはいつ以来だろうか。


 冷静になった今考えてみた。

 背中の傷が出来たのは、鐵昌が十歳ぐらいのころだった。その出来事がトラウマとなり、以来鐵昌は他人に傷を見られるのを嫌っていた。


 プールの授業は見学、宿泊学習の風呂の時間は巨大なタオルなどで必死に隠していた。

 中学に上がった時、夏などでは汗をかいて透けることもあったので一年中長袖ジャージを着ていた。

 体育祭の時などは透けないように何枚もノースリーブの下着を重ね着していた。


 そうしてまで隠していた傷なのに、たった今見られた挙句、傷について追及された。

 だからこんなにストレスを感じたのだろう。


 いつまでも感傷に浸っている場合じゃないと思い、鐵昌は近くにあった紙コップを手に取り、ウォーターサーバーの水を入れて一気飲みした。

 このサーバーも聖間が用意したのかと思うと不快な気もした。しかし、今はそんなこと言ってられなかった。


 結局湯船に浸からずに出てきてしまったが、戻ったところで聖間(アイツ)がいるので、戻る気にはなれなかった。



 鐵昌は風邪をひかないように、ロッカーの中に置いてあったバスローブを着た。

 デザインは紫や赤などの柄が入った、世間的にいう悪趣味なデザインだった。

 それでも、着心地は良かった。


 鐵昌は持ってきたビニール袋と鋏を持って、ドライヤーがある場所へと向かった。

 

 椅子に腰かけ、作業を始める。

 作業と言っても、ビニール袋の下の方の角を鋏で切るだけだ。


 その袋の中に、濡れた衣類を入れる。

 袋の口のところにドライヤーの吹出口を入れてからドライヤーの電源を入れ、熱風を送りながら下からバンバンと袋を叩く。


 こうすることで洗濯物が乾くと母に教えてもらった。

 一人暮らしをして間もないころ、服などに興味がなかったので同じ服を何回も着ているような日が続いていた時があった。

 そんな時によくこの方法をやっていた。



 袋が大きかったので、一気に衣類を乾かすことが出来た。

 洗う前は目立っていた汚れが綺麗に落ちていたので、かなりスッキリしていた。


 バスローブを隣の椅子にかけ、乾かした衣類を着る。

 放置していて乾きかけていた髪に軽くドライヤーを当て、髪を乾かす。


 赤い髪ゴムで結んでいるとき、風呂上りの聖間が鐵昌に近づいてきた。


「まだいたんだね…って! 服乾いてるじゃん! 」

「…何の用だよ? 」

 鐵昌は明らかに不愉快そうな顔をした。

 その表情を聖間は読み取った。


「あ、もしかしてさっきの事まだ怒ってるの? 」

「言わすんじゃねえよ」

「やっぱり。僕だってちゃんと社会人なんだから謝ったりするけど…いきなり怒ることないでしょ」


 聖間はバスローブがかかっている隣の椅子に座った。


「あのね鐵昌君。僕は別に君の過去を知ってなんかいない。それに、心を読めるエスパーなんかでもないんだ。今の科学でだって人の心情を的確に読むことは出来ない。鐵昌くんの傷にどんな過去があったかなんて、僕は知らない。その『知らない』を『知ってる』に変えたがるのが人間。人間(僕たち)は『知らない』を潰したがる生き物なんだよ。鐵昌君のあのことについては、僕にとっては『知らない』の塊なんだ。傷はどうやって出来たの? 何があったの?なんでそんなに怒ってるの? っていうもので、僕にとっては埋め尽くされてるんだよ。それを『知ってる』に変えたい。何故かって? 人間だから。人間だから知りたい…」


「あーはいはい。言いたいことは分かったから落ち着け。結局お前は何がしたいんだよ」


「いやーさ。さっきの事は謝るからさ、何があったかぐらい教えてくれないかな~? 」

 結局それか。と思い鐵昌は息を吐いた。

 聖間は手を合わせて「この通りだよ」と言いながら謝っている。


 さっきの説明も聞いて、聖間が鐵昌の傷に興味をしめいているのは本人も分かっていた。

 しかし、鐵昌は教える気はさらさら無かった。


 自分自身でも、思い出すだけで背中がズキズキ痛むのだ。


「…謝れなんて一言も言ってないし、謝ったら話すとも言ってない。…お前の言い分は分かったけど、…だから過去を話せなんて言うのはおかしいだろ・・・」


 聖間その言葉を言っていた時の鐵昌の顔が、聖間には酷く悲しそうにみえた。


「…そんな悲しそうな顔で言うから、余計気になっちゃうんだよ」

「あ? 悲しそうな顔? 」


 次の瞬間には、鐵昌の顔は普通に戻っていた。

 聖間は見間違いかな? と思い「やっぱなんでもないよ」と言った。


「なんかごめんね~鐵昌くん。あ、あとこんなこと言うのもなんだけど、今すぐここから出た方がいいかもよ? 」

「お前から話しかけてきたくせに…言われなくてももう出る」


「あらそう。じゃ!またね~! 」


 聖間が鐵昌に手を振る。

 鐵昌はそんな聖間を無視して出て行った。


 無視はしていたものの、聖間が「早く出た方がいい」と言っていたことが気にかかり、嫌な予感がして足早にコンビニに戻っていった。





 鐵昌が出ていって、数分後のことだった。


「ご主人様ーーーー!!!!! いますかーーーーーー????? 」

「アナホベくん~! 遅かったじゃないか。集合時間は今から四十分くらい前だよ? なにかやってたの?」


 アナホベが走って聖間のところに入ってきた。

 聖間が鐵昌に言っていたことは、アナホベが来る、ということだったのだろう。


 アナホベは聖間に誘われて風呂に入るつもりだったようだが、遅れてきたらしい。

 聖間は腕時計を指でトントンと叩きながら、遅れた理由を問いただした。

 すると、


「時計の読み方分かりません!!!!! 」


 と、胸を張って言っていた。

 聖間は一瞬ポカーンとしてから、笑い出した。


「あはは! そうか! 読めないんだ!! 脳みそ腐っちゃってるもんね! よしよし! 今回は特別に許す! 」


 聖間はアナホベに言った。

 アナホベにとっては何で笑われているのかよく分からなかったが、とりあえずなにかで許されたことは分かり、「ありがとうございます!!!! 」と返事をした。


「ところで!! ご主人様の髪、なんで濡れてるんですか?? 」

「君が来る前に少し入ったんだよ」

「えっ!!!??? もう入っちゃったんですか???? 」


「いや、湯船には浸かってないから、もう一回、アナホベくんと一緒に入ろうと思ってるよ」

「ご主人様・・・!!!!! 」


 アナホベの顔がだんだんと明るくなっていった。

「じゃあ、入ろうか!」

「はい!!!!! ご主人様!!!!! 」


 アナホベは聖間の後を、嬉しそうにつけて行った。

 聖間はそんなアナホベを、微笑みながら見ていた。



 一方そのころ、女湯では。

「・・・なんか寂しいわね」


 ハシヒトが一人で温泉に浸かっていた。

 晃と同じように、一人だと寂しいと思っていた。


 それぐらい、道後浴場は広いのだ。

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