第三十七話 温泉 参
美香子は壁に書かれている温泉の効能を見ていた。
頭痛、肩こり、足のむくみ・・・色々な体の不調を直してくれる万能湯だ。と書かれている。
「うー…。こうして私が学校に行ってない間に、授業進んでるんだろうなー」
綺が肩に温泉をかけながら呟いた。
それを聞いて、美香子は綺に近づいた。
「今の中学一年生って~授業何やってるのかしら~? 」
「えっ? あー…。国語だったら確か、『星の花が降る頃に』とか、理科だったら光の屈折だったり色々やってますよ。ちなみに、私が大の苦手な数学は、今図形の体積の求め方や、扇形や半円の面積の求め方とかやってます…。もうちんぷんかんぷんです」
「懐かしいわね~。私も数学は苦手だったわ~。面積とかの答えで分数とかになったりすると~あってるのか物凄く不安だったのよね~」
「あ! それ物凄く分かります!」
綺は美香子に共感を抱いた。
そこから綺と美香子は中学校の勉強について話していた。
話をしている中で、綺は「温泉の温度高くね? 」と、心の中で思っていた。
辺りを見渡し、温度計を見つける。温度は…四十五度を指していた。
(え!? 四十五度!? 高すぎでしょ!)
と心の中で叫ぶ綺。
隣にいる美香子を見てみると、温度に慣れているのか、顔色一つ変えずにお湯に浸かっていた。
「扇形の面積とかって~確か『π』が出てくるわよね~。綺ちゃんは~円周率何桁言えるのかしら~? 」
「…」
「…綺ちゃん~? …大丈夫~? 顔真っ赤よ~? 一回お風呂あがる~?」
「ハッ! い、いや大丈夫です! え、円周率ですか? 3.141592・・・ぐらいまでしか分かりません! 」
綺は大丈夫なのを装うために、無理して返事をした。
今にも鼻血が出そうなのを抑えていた。
「凄いわね~! 私の時代は3で計算していたから~覚えていても3.1415…ぐらいよ~」
美香子の言葉は、綺はあまり聞こえていなかった。
その時だった。
「アヤト、ミカコ」
「ナンノハナシ、シテルノ? 」
スイコとテンノが美香子の肩に飛び乗ってきた。
美香子は突然肩に小さいものが乗ってきたことにゾワッとし、「キャ~! 」と驚いて綺の方に倒れた。
綺は目の前の状況を理解する前に目の前が真っ暗になった。
綺の顔が、美香子の(巨大な)胸に埋まったのだ。
美香子は慌てて綺から離れる。
「綺ちゃん~!! ごめんなさい~!いきなり倒れちゃって~…綺ちゃん~? 」
美香子が綺に話しかける。
「あ…あはは…。πを教えてもらいながらパイに挟まれてパイにされた~…」
綺はドバドバと鼻血を出しながらお湯に沈んでいった。
「あ、綺ちゃん~!? 」
美香子は沈んでいく綺を受け止め、浴槽から出した。
「綺ちゃん~!? 大丈夫~!? 」
「…ノボセテルネ」
「ノボセチャッテルネ」
美香子はのぼせた綺を何とかして脱水所まで運んだ。
少し開いた口から飲料水を入れ、頭に濡らしたタオルを乗せ、綺の体を拭いて服を着せて髪を乾かした。
「ソレナニ? 」
スイコとテンノが美香子の持っているドライヤーを指さして言った。
「これはね~髪を乾かす道具よ~」
「ナニソレー」
「オモシロソー。ア、コッチニモアル」
スイコとテンノは隣の席に置いてあったドライヤーを見ていた。
「ココニ、ボタンアルヨ」
「オシチャウ? 」
「オシチャウ」
スイコとテンノはドライヤーについているボタンを押した。
次の瞬間ドライヤーから熱風が出て、スイコとテンノは吹き飛ばされた。
「アーレー」
「フキトバサレルー」
「スイコちゃん~!? テンノちゃん~!? 」
スイコとテンノを助けに行こうとした時、スイコとテンノは両足で着地して、怪我一つ無かった。
スイコとテンノは面白がってもう一回やろうとしていたが、流石に危ないので、美香子に止められた。
美香子自身の髪も乾かし、美香子は綺を担ぎながら脱水所を出て椅子に座り、美香子は綺に膝枕をした。美香子は手を綺に向かって風を送るためにパタパタと仰いでいた。
「う~ん…」
「綺ちゃん~。大丈夫~? 」
「…はい。…なんか色々…すみません…」
綺は申し訳なさそうに声のトーンを下げて言った。
「さっきから美香子さんの声が聞こえてきますね」
「…そうだな」
美香子の悲鳴などは男湯に少し響いていた。
「気になりますか? 女湯」
「あ? 」
「いや…やっぱなんでもありません」
晃は今言ったことを無かったことにした。
変な意味で捉えられそうだったからだ。
その時だった。
「あ」
晃の手が滑って、シャワーの水が鐵昌の顔にかかった。
晃は顔を青ざめながら鐵昌の方を向く。
前髪から水滴がポタポタと垂れ落ちている中、鐵昌は晃を真顔で見つめていた。
「…」
「すすすすす、すみませんでした!! 」
晃はその場で土下座した。
土下座したままの晃を見てから、鐵昌は無言で隣のシャワーのところに置いてある桶を手に取ってあるところに向かった。
向かった場所は、水風呂だった。
鐵昌は水風呂の水を桶一杯分掬い取って晃の元に戻った。
「鐵昌さん! どうかお許しを…」
と、晃が言いかけているとき、鐵昌は持っていた桶を無言で、傾けて中に入っていた水風呂の水を全部晃の体にかけた。
晃は一瞬何が起こったか分からなかったが、数秒後に冷たいという感触が押し寄せてきて悶絶した。
「うわあああああ!!!! つ、冷たあああああああ!!!! 」
「…そんな怒ってねえから、とっとと顔上げろ」
「怒ってますよね!? この行動は、絶対、怒ってますよね!? 」
「怒ってはいない。怒ってはいる」
鐵昌は真顔で言った。
「読み方変えただけじゃないですかー!! 」
晃はシャワーのつまみを回した。
しかし、またつまみを回す方を間違えて水栓から水が出てきた。
「この光景さっきも見たー!!! 」
と言いながらつまみを回してシャワーを出していた。
鐵昌は「髪乾かしてくる」と言って浴場を出た。
晃は一人寂しくかけ湯をして浴槽に入った。
一人で綺と同じく「このお湯熱いなー」と呟いていた。
少し湯に入ってから、晃は体を拭いて脱水所に出た。
服を着て髪を乾かそうとドライヤーのところへ向かうと、鐵昌がいた。
「もう出たのか。早いな」
「わぁ…初めて見た」
鐵昌は髪を降ろしていた。
肩より少し長めのこげ茶の髪。後ろから見たら女性にしか見えなかった。
「…なに見てんだ?」
「あっ!いえなにも」
鐵昌は綿棒で自分の耳を掃除していた。
「…髪長いですね」
「よく言われる」
鐵昌が綿棒をゴミ箱に捨て、赤いゴムで結ぼうとする。
「あ、ちょっと待ってください」
髪を結ぼうとしている鐵昌を止めた。
「ちょっと、やってみたいことがあって…」
そういうと、晃は鐵昌の髪をいじりだした。
鐵昌は特に抵抗していなかった。
「…出来た! 後はセルフで置いてある小さい髪ゴムを結んで…っと! あ、あと後ろの髪も結んでおきますね!」
晃は鐵昌の赤い髪ゴムを取って、鐵昌の後ろ髪を束ねた。
鏡で鐵昌は自分の姿を見る。顔の左側のもみあげの部分が綺麗な三つ編み状態にされていた。
「小学生のころ児童館でよく三つ編みやってたんですよ。身内が全員ショートヘアーだったので、人の髪でやるのは初めてだったんですけど…」
「…いいんじゃねえか? 」
鐵昌が三つ編みをいじりながら言う。
晃は嬉しそうに「ありがとうございます! 」と言った。その直後、へくしっと、くしゃみをした。
「湯冷めしちゃうな~。早く髪乾かさないと」
晃は鐵昌の隣の席に座りドライヤーを使おうとした時、鐵昌が先にドライヤーを取り、片手にくしを持ち、晃の髪を乾かし始めた。
「え!? 鐵昌さん!? 」
「頭動かすな」
鐵昌にキッパリとそう言われ、晃は「はい! 」と言って前を向いた。
晃は何だか自分にお兄さんが出来たような感じがして、なんだか嬉しかった。
晃と鐵昌は綺たちの元へ向かう。
「あれ? 綺どうしたの? 」
「お風呂に入っててのぼせちゃったらしいのよ~」
「う~…お恥ずかしい~…」
綺は両手で顔を隠す。
「…あら~? 鐵昌さん~、三つ編みしてるじゃない~」
「…晃にやられた」
「うふふ~とても似合ってますよ~。可愛いですね~」
「…」
鐵昌はそっぽを向いた。
綺は寝っ転がりながらその様子を見て「照れてるな…」と、一人で思っていた。




