第二十八話 訳
「あなたのことを守るため…」
「?」
「いつもそばで支えてる。困ったときはお互い様の精神」
鐵昌がいつもの口調で詩のようなものを詠みあげる。
美香子はポカーンとしながら鐵昌を見ていた。
「世界の味方、製薬株式会社『ウマヤド』。社長の名前は聖間で覚えて…」
美香子はそこでハッとした。
鐵昌が言っているセリフは、テレビのCMでよく流れるセリフだった。
「聖間~…? あ~! 思い出したわ~! この声どっかで聞き覚えがあったのよね~! 」
美香子が笑顔になる。
扉の方を向いて話し始める。
「あなた~…『ウマヤド』の社長さんの~、聖間 胡霧さん~…ですか~?」
少しの沈黙が続いた。
そして何秒語った後笑い声が聞こえ、扉が開いた。
「その通り! 製薬株式会社『ウマヤド』の代表取締役二代目社長の聖間 胡霧でーす! 」
製薬株式会社『ウマヤド』。
初代代表取締役社長、胡霧の父聖間 用明が一九八〇年代に裸一貫で創業。
以来調薬の作業に力を入れ、一九九〇年代に新型ウイルスに対抗できるワクチンを開発し、日本だけでなく世界までもが驚いた。
そこから売り上げを伸ばしていき、今や日本の看板と呼んでもおかしくないようなぐらいの大企業に発展した。
難民の地に降り立ち、感染症を予防するワクチンを打たせたことによりその地での感染症の被害者はほぼいなくなった。このことから、神様と慕っている国まであるらしい。
その世界的な大企業の現在の社長が、二代目聖間 胡霧なのである。
前髪は左半分だけあげており、スーツは少しぶかぶか。身長も少し低く、声は少し高めなので、服を変えれば学生にも見えるかもしれない。
パッと見、社長とは思えないくらいだった。
「いやーまたしても鐵昌くん、良く分かったねー! うちの会社のCM、よく知っててくれたね」
「…声に聞き覚えがあって…、思い出すために言ってただけだ…っていうか、なんであんたみたいなお偉いさんがこんなことやってんだよ」
鐵昌が聖間に言った。
「えーだってさ、暇だったんだもん」
「…は? 」
「へ~? 」
聖間がケロッと言う。
美香子と鐵昌はあっけにとられ、間の抜けた声を出してしまった。
「売り上げも最近全然変化ないし、ずっと黒字だし、なんにも事件なんか起こんないし。そんで暇だったら、秘書にちょっといたずらしたらこうなったんだよねー」
聖間は笑顔のまま話す。
「でもさ、これはこれ面白くない? さっきも言ったけどさ、非日常体験的な感じでさ。でも僕にはなんにもしてこないから、この地下鉄っていう鳥籠に元秘書を放ったのね。そしたら御覧のあり様。一般人を襲うわ喰うわでどんちゃん騒ぎ! 僕はただの傍観者だから、見てて楽しかったんだよね。中には君たちみたいな逃げ回ってる人までいるんだもん! 面白いったりゃありゃしない! 」
聖間が笑いながら話す。
その目に輝きは無かった。




