第八十二話 上下
綺と鐵昌は、ショウアンのところから従業員部屋に戻っていた。
しかし、そこに晃と美香子の姿が無いのを見て、鐵昌は「ん?」と声を出した。
「あいつら……まだ戻ってねえのか?」
「そうみたいですね。まだ探索してるんじゃないですか?」
綺がそういうと、従業員部屋の奥からスイコとテンノが近づいてきた。
「オハヨウ、アヤ、テツアキ」
「ドコイッテタノ?」
「ちょっと探索してて……ねえ二人とも、晃と美香子さんって帰ってきた?」
「ワタシタチ、オキタノ、ケッコウマエダケド、ダレモ、キテナイヨ」
「そっか……まあ、私たちが早く帰ってきちゃったのかもしれないだけだし、待ってれば帰ってくるでしょ」
軽い気持ちで綺はそう思った。
その時、鐵昌は机の上に置いてあったあるものを手に取った。
トランシーバーだった。
綺は鐵昌に近づき、一緒にトランシーバーを見た。
「晃たち、トランシーバー置いて行っちゃったんですね。何のためのトランシーバーなんだか……」
綺は手のひらを上に向けてヤレヤレとポーズをとる。
鐵昌は真顔で綺の方を向く。
「…………俺たちも忘れてただろうが」
その言葉に、綺がギクッと背筋を伸ばした。
「あ、あはは~そういえばそうでしたね…………」
綺は引きつった笑いをして頭を掻く。
従業員部屋の奥からモゾモゾと何かが動く音が聞こえ、次にあくびが聞こえた。
「おあよう…………おあ……?……おは……よう……」
ヨウダイが背伸びをして、綺と鐵昌に言う。
「おはようございますヨウダイさん。よく眠れましたか?」
「眠れた……眠れた……でも……お腹……お腹……すいた…………わ」
お腹をさすりながら言う。
ヨウダイの言葉を聞き、鐵昌は携帯電話の時間を見た。
時刻は、午後十二時をさしていた。
「昼飯時か……」
「太陽の光浴びてないから、時間が分からなくなりますね」
「……そうだな」
綺の言葉を聞いて、鐵昌は天井を見る。
「太陽…………ねぇ……」
「はぁ~……風が気持ちいい……」
晃と美香子は近所の動物園に向かった。
金は一文も持っていなかったので餌やりや動物と触れ合うなどといった有料のものは出来ず、ただ見ているだけだった。
それでも、久しぶりに動物を見て興奮している美香子の姿が見れて、晃は微笑ましい気持ちになっていた。
そして今、晃と美香子は河川敷の芝生に座り込んでいた。
ずっと日の光を浴びてきて無かったせいか、少し外で動かずにいるだけで日焼けしたように肌がヒリヒリとしてきていた。
そんな中、そよ風が吹く。
川の近くということもあり、少し風が吹いただけでも涼しい空気が肌に当たり、ちょうどいい体感温度になっていた。
近くでは釣りをしている人や、犬の散歩などをしている人が歩いていた。
「いい天気ね~。眠くなってきちゃうわ~」
「そうですね……でも、また社長のところに戻らないといけないのはちょっと、って感じですけどね」
「まあまあ~。ところで~今何時かしら~?」
「えーっと……」
晃は辺りを見渡した。
遠くの方にある公園の中に時計が見え、目を凝らして時計を読んだ。
「午後二時ぐらいです」
「もうそんな時間だったかしら~。時が過ぎるのってあっという間ね~」
そんな時、晃は腹をおさえる。
昼時だというのに金を持っていないせいで、晃と美香子の昼ご飯は、水道水のみだった。
「そういえば美香子さん」
「なにかしら~?」
「動物園に行く前、確か他に寄っていきたいところがあるって言ってませんでしたか?」
「あ~…………大したことじゃ無いけれど~確認してみたいところがあって~」
美香子は人差し指で頬を掻いた。
「駅の外側を見てみたいなって思ったのよ~」
「駅の外側ですか?」
「ええ~。シャッターはどのように閉まっているのか~どんな口実で駅が封鎖されてるのか~色々気になるのよ~」
「どのように閉まっているのかは……というか、後者の『口実』って、どういうことですか?」
晃は首を傾げる。
「考えてみて~晃くん~。私だけかもしれないけど~みんなが使ってるあの大きな駅が~なんのお知らせもなく急にシャッターが降りてしまったのよ~? 鐵昌さんが言うには~ネット上では色んな憶測が飛び交ってるらしいけど~表向きに会社は~何て嘘をついているか~気にならないかしら~?」
「嘘……ですか」
晃は少し考える。
考えてみれば、今地上にいる一般人の中で、如月駅の真実を知っているのは晃と美香子の二人のみ。
地上にいる一般人の様々な憶測の中、運営している会社はどのように言い訳しているのか、晃も少し気になっていた。
「……でも、わざわざここから駅まで行かなくても、そこら辺にいる人に聞いたり、スマートフォンでシャッターを調べたりできるんじゃ……」
「私も最初はそう思ってたわ~。でも~少しでもリスクを抑えるためにこうしているのよ~」
「どういうことですか?」
「こんなこと多分無いと思うけど~……私たちは一応行方不明者なのよ~? 万が一私たちの事を新聞とかで知ってて~家族やお巡りさんたちと触れ合っちゃったら~綺ちゃんたちが危ないじゃない~」
美香子は苦笑いしながら言った。
「なる……ほど? だったらいっそ、変装とかしませんか? ここから歩いていくのには、ちょっと遠い気がしますし」
晃は街を歩いているとき、駅を見つけていた。
その駅は、如月駅から二駅離れた駅だった。
つまり、無一文の二人が如月駅に向かうには、歩くほか方法が無かった。
「変装するなら歩いたほうがいいと思うわ~。第一~私たちは変装するお金なんて~持ってないもの~」
「あ、そういえばそうでしたね。あーあ。家から自転車持ってこれれば良かったのにー」
「それも駄目ね~。社長に事前に口止めされちゃってるから~」
「もーう! あの『半分ポマード風頭』―!!」
晃は迷惑にならない程度に叫んだ。
半分ポマード風頭とは、聖間は普段から前髪の左半分を上に上げて、右半分をおろしている為、顔の左半分のみ見ると、ポマードで髪を固めたように晃には見えていたのだ。
「へっくし!!」
昼過ぎのファミレスの一角で、メロンソーダを飲んでいた聖間がくしゃみをする。
「誰かに噂でもされてるのかな?……って、あ!!」
聖間の顔が少し青くなる。
手に持っていたメロンソーダはくしゃみの動きでこぼれ、頼んでいてやっと来たマルゲリータピザにかかっていた。
出来た手で湯気の立っていたピザにメロンソーダがかかり、ピザの匂いの中に何とも言えない甘い匂いが混ざり、聖間は思わず鼻をつまんだ。
(うわーやっちゃったよ。絶対美味しくないって……)
苦笑いしながら、聖間はピザを手に取る。
(いや待てよ? 世の中にはきゅうりに蜂蜜とか、プリンに醤油とかいう異次元みたいな組み合わせが存在している。だったら、ピザにメロンソーダも行けるかもしれない! それどころか、メロンやウニみたいに、別の食べ物の風味が奇跡的に味わえるかもしれない!)
淡い期待を抱きつつ、ロンソーダがかかりヒタヒタになったピザの耳を持ち、少し躊躇しつつ口に運ぶ。
よく噛み、味わう。
数秒してから飲み込み、聖間は口を押さえる。
「…………分かってたよ」
机上に置いてある6折りナプキンで口元を拭き、聖間は手洗い場へと向かった。