第八十一話 桃源郷
(……どこだここ?)
意識を失っていた晃は目を覚ました。
横になっていた体を起こし、周りを見る。
しかし、周りは暗闇。
光が無く、様子を確認することは出来なかった。
晃の居る暗闇の空間は、ガタゴトと揺れていた。
(なんだろうこの揺れ……もしかして、車の中?)
ふとそう思い、晃は床に耳を当てる。
そこから、微かにエンジンの音やタイヤが回る音などが聞こえてきた。
その時、暗闇の空間が ガコンッ! と何かに突っかかったように大きく揺れた。
晃は「わっ!?」と声を出し、その場で体勢を崩して倒れた。
倒れた体を起こそうと、晃は手を床に着く。
着けた途端、床と手の間に何かがある感触がした。
(なにこれ……?)
何本もある細い糸のような感触。
糸と言っても毛糸のような柔らかさは無く、針金のような硬さも無いような感じの硬さだった。
(もしかして、髪の毛?)
晃はそう思い、少し躊躇しながらその糸を辿った。
辿った末に、その糸が生えてきていると思われる物に触れた。
その物に触れてみると、表面に何本も辿ってき糸のようなものがある感触がし、糸は髪の毛、触っているのは誰かの頭だと確信した。
そう確信した途端、晃は鳥肌が立った。
(動物……いや、マネキン? でも、もしかしたら本物の人……)
すると途端に、その頭がもぞもぞと動き出した。
晃は驚いて頭から手を放して後退した。
その時、目視出来なかった暗闇の端の壁に ゴンッ! と頭をぶつけた。
「いったいなあ!!」
思わず声が出る。
晃は頭を抱えて悶絶していた。
次の瞬間、暗闇の中から晃以外の声が聞こえた。
「……その声~晃くん~……かしら~?」
その声に、晃は目を丸くする。
「美香子さん……ですか?」
「そうよ~」
晃は安堵して、ホッと息を吐いた。
先程晃が触っていたのは、美香子の頭と髪の毛だった。
「よ、よかった……。美香子さん無事だったんですね」
「無事だけど~ここはどこかしら~? さっきまで私たち~駅にいたわよね~?」
「確か社長になにか吹きかけられて……僕も気づいたらここに居ました」
晃が話していると、いきなり暗闇に車のクラクションのような音と、ブレーキ音のような音が響いた。
それと同時に、晃と美香子は思いっきり横に倒れた。
晃はまた頭を打った。
「イタタ……こんなに頭打ってたら馬鹿になっちゃうよ……」
「もともと馬鹿だけど」と小声で付け足してから、晃は美香子に慌てて話しかけた。
「だ、大丈夫ですか? 美香子さん!」
「大丈夫よ~。倒れたところに荷物があったわ~」
美香子の安全が確認出来て、晃は「よかった……」と安心した。
「なんだったのかしら~今の~」
「やっぱり僕たち車の中に居るんじゃ……」
「車の中~?」
美香子が疑問を抱くと、 ガチャン と音が響いた。
何かの鍵を開けたような音だった。
そして、 ギィィ と重い音が聞こえ、暗闇の中に光が差し込んでくる。
突然の光に目が慣れず、晃と美香子は目をつぶった。
「急ブレーキかけてごめんねー! さ、着いたよ。二人とも」
眩しい光の中に、聖間の姿が映る。
目をこすって光の方を向くと、晃と美香子にとって驚きの光景が目に映った。
「あれって~……」
「そ、外だ!」
そこには、久方に見る青い空、白い雲、華やかな建物、道行く人たちの姿があった。
自然の生暖かい風が吹き、遠くの空では小鳥が飛んでいた。
信じられない光景に、晃の額からは冷や汗が垂れてきていた。
「約束どーり、君たちを駅から出してあげたよ」
「し、信じられない……本当に、外? ハリボテとかじゃなくて……?」
「もう、そんなに信じられないならこっちに来て降りてみなよ」
聖間は手招きをする。
晃と美香子は半信半疑で聖間の元へと降りた。
その時晃と美香子は、自分たちがずっといた暗闇はトラックの中だと知った。
久々に踏むコンクリートじゃない素の地面は、謎の心地よさがあった。
そして、久々に浴びる太陽の光は、晃と美香子の体を優しく包んでいるような気がした。
「僕、今までずっと太陽の光浴びたり、普通に地面を歩いてたりしたけど……」
「ちょっと離れちゃうだけで~こんなに恋しくなるものなのね~」
「うんうん! 普通のありがたみを知ってもらえて良かったよ」
聖間はニコニコしながら言う。
「いや、ですから僕たちをこの普通から隔離したのはあなた……」
「いいじゃん難しいことは考えなくて。外に出るにあたって、僕から話しておきたいことがあるんだ」
聖間はコホンと息をついてから話し出した。
「まず外に出るにあたって、三つ……いや、四つ言っておきたいことがあるんだ。
一つ目は、警察署に行かないこと。君たちは行方不明者の身だし、地下でのことを話されると色々と厄介だからね」
「え、そんな……」
「二つ目は、絶対に誰にも地下での出来事は一切教えないこと。そして三つめは、自分の家、親族の家、知人の家に寄らないこと……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
聖間の約束事を聞いている途中に、晃が聖間に突っかかった。
「仮出所中の犯罪者みたいな……大体、そんなに縛りを設けるなら、なんで僕たちを外に出したんですか!」
「さっきから質問しかしてこないね晃くん。出してあげただけでも感謝してもらいたいぐらいだよ」
気さくな聖間の話し方に、晃は段々と苛立ちを覚えてきていた。
「まあいいや。それで四つ目だけど、制限時間は今日の午後五時まで!! それまでにここに戻ってきてね」
「え? 戻ってくるって……」
晃は首を傾げた。
「特別に出してあげただけであって、君たちには戻ってきてもらおうと思ってるよ。解放してあげるってなら、こんな約束しないもん」
聖間の言葉を期に、その場が静まり返る。
その時、晃が恐る恐る質問した。
「…………今言った約束を破ったら……?」
晃の質問を聞いて、悪戯っぽく聖間は笑った。
「地下にいる何も知らない綺ちゃんたちを…………」
聖間はそう言いながら、右手の親指を立てて親指の先を自分に向けて手ごと倒し、首の前で左から右へとスライドさせた。
晃と美香子はゾッとした。
「そんな~! いくらなんでも~!」
「だから、君たちが約束を守ればいいというか、君たちが余計なことをしなければいい話なんだよ。それとも、駅に戻る? 折角外に来たんだから遊んできなよ」
聖間は笑顔で晃と美香子の背中を押した。
晃と美香子はポカーンとしていた。
「後、これだけは覚えておいて」
トラックに乗り込もうとした聖間は、晃と美香子の方を向いた。
「『ニホンハボクノハコニワ』。逃げたらどうなるか……ね」
そう言い残し、聖間はトラックの運転席に乗り込み、トラックを発進させて去っていった。
取り残された晃と美香子は、顔を合わせた。
「……社長は、なんで僕たちを外に出したんでしょう?」
「分からないわ~。でも外に出た以上~、余計なことをしたら綺ちゃんたちが~……」
「あーもう! 社長は何がしたいんだよー!!」
晃は頭を掻いた。
そんな晃を、美香子は「まあまあ」と言って落ち着かせた。
「今の私たちは一文無しだから~買い物とかは出来ないわね~」
「そうですよ。だったら僕たちは何をしろと……」
「晃くん~」
美香子が晃を呼ぶ。
「私この辺り知ってるわ~。近くに入園無料の動物園があるのよ~。一緒に行ってみないかしら~?」
「動物園……ですか?」
急にそんなことを言い出した美香子に、晃は首を傾げた。
「余計なことが出来ないなら~純粋に外を満喫するしかないじゃない~。折角出れたことだし~綺ちゃんたちには悪いけど~なにかしましょうよ~」
「うーん…………なんかなあ……」
「それに~……他に、寄っておきたいところもあるのよ~……………」
晃は悩んでいたが、聖間はもう去ってしまいどうしようもないので、『仕方なく』外を満喫することにした。
何気に第100部分