009 乗合馬車
乗合馬車の出る東門にたどり着けば、ちょうど出発する直前だったらしく、二人が料金を払えば馬車はすぐに出発した。
馬車は全部で三台。二台が乗合馬車。一台が、護衛の経費を浮かせるために一緒に着いてくる商人の馬車だ。護衛をするのは六人パーティーが二組の計十二人だ。
がたごと揺れながら、馬車は進む。
馬車は頑丈な造りをしてはいるものの、それは馬車を長く使うためだ。乗客の事などまったくもって考えられた造りではない。
奈穂はお尻に返ってくる衝撃に顔をしかめながらも、クッションの一つでも買っておけば良かったと後悔をする。
「ねぇ、アルク」
「んだよ」
「この馬車の終着点ってどこ?」
「んな事確認してねぇよ。それに、どこだって良いだろ? どこ行ってもやる事なんざ変わらねぇんだからよ」
「それはそうだけど……」
それでも、目的地を知っておいて損は無いと思う。その先に何があるのかを知っていれば、対応が出来るのだから。
まぁ、何処へ行ったとしても敵だらけだというのであれば、何処へ行っても状況は変わらないのだけれど。
がたごとがたごと、馬車は進む。
馬車の周囲には護衛の依頼を受けた冒険者達が馬に乗って並行している。
「ねぇ、アルク。あの冒険者達の位階っていくつ?」
「あ? あー……下位一等だな。ま、駆け出しよりはマシなんじゃねぇの?」
アルクの発言が聞こえていたのか、並走していた冒険者の一人がムッと顔をしかめる。
アルクはそれが見えているにも関わらず、なんの反応も示さずにぼーっと外を眺める。
「下位一等かぁ……僕より上だぁ……」
冒険者の位階は三つあり、龍の区分けと同じく、下位、中位、上位だ。その区分けの中に、さらに三等、二等、一等と分けられる。
下位で初心者、中位で熟練者、上位で英雄だ。
下位から中位に上がるのは経験を積み重ねれば殆どの者が上がる事は出来るけれど、中位から上位までは大きな隔たりがある。
まず、上位に上がるには、中位龍と戦って生き残る必要がある。中位龍と人の対比は一対二百~三百だ。その戦いを生き残る必要があるのだ。
一回目は運も絡んでいる可能性もあるので、その戦いを数回こなす。そうして生き残ればそれは運ではなく実力だ。そうした者が上位へと上がる事が出来る。
因みに、実力的に言えばアルクは上位だ。しかし、冒険者として登録していないので、ランク付けはされていない。
上位冒険者は、中位龍を倒せる者達。そして、アルクのように単独で中位龍を倒せる者も多くいる。
しかし、それでも全員が全員、上位龍に勝てる訳ではない。
上位龍は非常に強力な個体であり、滅龍者や滅龍十二使徒のように特別な力を有していないと勝てない。
例えば、滅龍者は聖剣や魔剣の類を所持しているし、滅龍十二使徒は個々が特殊な能力を持っていたり、アルクのように技を極めた者もいる。
特別な武器、特殊な能力、極限に達した武技、それらを持ってしなければ上位龍の首は落とせない。それほどまでに、上位龍は強いのだ。
黄金の滅龍者と渾名されているメリッサは、聖剣グリトニルを所持しているし、他の滅龍者もそれぞれ武器を所有しているし、特殊な能力を持っている者もいる。
それでも、死んでしまう者もいるのだ。滅龍者の中でも、何人か龍に負けて命を落としている。
奈穂だって、下手をすれば死んでいたと思う事は何回もある。
正直に言えば、龍とは戦いたくはない。だって、死んでしまうかもしれないから。
そんな龍と好んで戦いたいと思うアルクは、ちょっとおかしいと思ってしまうのは、仕方のない事だと思う。
閑話休題。
冒険者の位階と、龍の位階はまったく同列ではない。上位冒険者だからといって、上位龍に勝てる訳ではないし、中位冒険者だからといって、中位龍に勝てる訳ではないのだ。
まぁ、中位龍も上位龍も、そう簡単に出てくる訳ではないので、あまり心配はしていないけれど。
と考えたところで、自分が最近、上位龍に出会ってからあまり間を空けないで中位龍に出会っている事に思い至る。
出会わないと思ってはいけない。それはおそらくフラグなのだ。いつでも、出会うかもしれないと思っておかないといけない。そういう心構えが大事なのだ。
そんな事を考えていたからだろうか。冒険者の一人が声を上げる。
「進路右手側! 地竜四体! 馬車はいったん止まれ!」
その声に、御者が慌てて馬車を止める。
奈穂は冒険者が言った方向を視る。そこには、確かに地竜と思しき光が見えた。
馬車は止まり、冒険者達が地竜を倒すか倒さないかを見極める。地竜がこちらに興味を示さなかったら相手をしない。けれど、興味を示したら相手をしなくてはいけない。
護衛対象がいる場合、無意味に敵と戦う必要はない。避けられる脅威は避けるべきなのだ。
しかして、今回はそうもいかなかったようだ。
遠くの方から、地竜の咆哮が聞こえてくる。
「ちっ! メイダとオックスで一体! 俺とシェーンで一体! ノインとフーゴは馬車を守ってくれ!」
リーダーらしき男の声に、それぞれパーティーメンバーが応答の声を上げる。あらかじめこうなった場合の事を打合せしていたのか、二つのパーティーはそれぞれ馬車の護衛と地竜へと攻撃に分かれる。
その声を聞きながら、奈穂はアルクに問う。
「アルクは戦わないの?」
「俺が出てどーするよ。あの程度、あいつらでも倒せんだろ」
そのための護衛、そのための下位一等だ。下位一等は地竜を倒せるだけの実力がある。アルクのような実力者が出しゃばっては彼らの成長の妨げにもなる。何かあったら動くけれど、何も無ければ何もしない。
地竜が出た事により、他の乗客は不安そうな顔をしているけれど、奈穂とアルクは特に不安そうな顔はしていない。アルクは自身の実力を信じているから。奈穂はアルクの実力を信じているから。
けれど、それを知らない他の乗客は顔を真っ青にしている。
乗客に見守られながら、パーティーは地竜との戦闘を開始する。
一対二で大丈夫かなと思いながら、奈穂も状況を視る。
前衛がミスリルの剣で果敢に斬りつけ、後衛が弓や魔術で牽制、援護をする。
地竜との戦いをはらはらした様子で見守る乗客達。奈穂も、内心でははらはらしながら見守る。
地竜の鱗はそんなに堅くは無いため、ミスリルの剣でも十分に傷をつけることが出来る。
じわじわと、悪く言えばちまちまと、冒険者達は地竜にダメージを与えていく。
自分もこんな風に戦ってたなぁなんて懐かしくなりながらも、仲間の事を考えてしまってしょんぼりしてしまう奈穂。
けれど、パーティーの連携も上手なので、これならば安心して見ている事が出来るだろう。
そう思っていた直後、地竜が咆哮を放つ。
地竜に咆哮は大した威力を持っていないので、直撃してもちゃんと防御をすればどうという事は無い。
が、それは咆哮がどういうものであるかを理解している冒険者にとってはだ。
なんの防御手段も取れない一般人にとっては、地竜の咆哮だけでも致死の恐怖だ。
冒険者達が、受けずに躱した咆哮が、一直線に馬車に向かってくる。
「ひぃっ!?」
乗客の一人が、引き攣った声を上げる。
完全に油断していた奈穂も、背筋が凍る。
奈穂一人ならどうにかできる。地竜の咆哮は突風のようなものだ。この間の中位龍のように地面を巻き上げて礫を飛ばしてくるような凶悪なものではない。
ちゃんと踏ん張って、耐えれば飛ばされる事は無い。
しかし、奈穂がいるのは馬車の上。奈穂がたとえ懸命に踏ん張ったとしても、足場にしている馬車が浮いてしまえば元も子もない。
馬車に残った護衛が守るのかと思いきや、魔術師は丁度仲間への援護をしており、防御に魔術を回せず、弓使いの一矢ではどうにもできない。
奈穂がどうすればいいのか分からずに思わず硬直してしまっていると――
「ちっ、面倒臭ぇなぁ……」
――気付けば、アルクが咆哮と馬車の間に立っていた。そして、アルクが一度槍を振るう。それだけで、咆哮は掻き消え、そよ風として後方に流れる。
槍の一振りで咆哮を掻き消したアルクに、奈穂以外の誰もが驚愕する。
奈穂は、アルクが対処してくれたことに、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「守るんならしっかりやれよな」
アルクは文句を言いながら、それ以上戦う事はなく、馬車に戻って奈穂の隣に腰を下ろした。
「お疲れ様。ありがとう、アルク」
腰を下ろしたアルクに奈穂がお礼を言えば、アルクは奈穂を一瞥したあとつまらなそうに鼻を鳴らす。
「姫さんを守るっていう依頼だからな。その範疇で仕事をしたまでだ」
「うん、だから、ありがとう。守ってくれて」
奈穂が素直にお礼を言えば、アルクは眉を寄せ、訳が分からないといったような顔をした後で、奈穂から顔を逸らした。
そんなアルクの反応に、照れているのかなと思い少しだけ微笑ましくなる奈穂。
実際は、アルクには奈穂を守るだのそういった優しさは無い。ただ利己的に、餌である奈穂を守っただけだ。奈穂だから守りたいとか、そんな思いは一切ない。
餌として申し分ないのであれば、目の前にいる乗客のおっさんだって守る。
だというのに、奈穂はありがとうと言ったのだ。
奈穂も、自分が利用されているという事には気付いているはずだ。まず最初に、利用する旨を奈穂には伝えたのだから。それにも関わらず、笑顔でありがとうときたものだ。
よっぽど脳内お花畑なのだろうかと、思ってしまっても仕方がないだろう。
奈穂には、まだ餌としての旨味が無い。中位龍と速攻で出会うあたり幸先が良いとは思うけれど、地竜はアルクにとって旨味の無い相手だ。世間的に見れば脅威であることには変わりないけれど、アルクにとってはなんの脅威ですらない。勝って当たり前の相手なのだ。
だから、今のところ奈穂の存在に旨味は無い。まぁ、そんな簡単に効果が出るとは思っていないし、効果が出始めるのはもう少し時間が過ぎてからだろう。
この女は人の身で龍の特徴を持っている。奈穂に追われる心当たりがあるのであれば、世間が、国が、滅龍教会が奈穂を放ってはおかないだろう。
奈穂は必ず追われる。殺されるにしろ、捕縛されるにしろ、奈穂を追う者は必ず現れる。そして、それは手練れである事は間違いない。
だから、もう少しの辛抱だ。奈穂に旨味が出るまでの間の我慢だ。
アルクが自身の横でそんな事を考えているとは知らず、奈穂は少しだけはらはらした面持ちで戦闘を視る。
もちろん、視界は塞がっているので、実際に視えている訳ではない。しかし、段々とこの大まかな色だけの視界にも慣れてきた。
まず、魔術が行使されると、その行使された箇所の輝きが増す。
次に、これは憶測になるのだけれど、色が濃い者ほど生物的に強い。アルクしかり、中位龍しかり、輝きが大きく、色の濃い者程強かった。
先程の街の冒険者ギルドでも、色の濃い者が何人も居た。そういう者は体幹もしっかりしており、脚運びから普通の者とは違った。それでも、アルクよりも色は薄く、輝きも小さかったけれど。
最後に、個々人による色の違い。これは、その者が使用できる魔術によって違うのだろう。
アルクは、魔術は使えないけれど、炎系統の技を使える。クレナイ流槍術、一の技、焔穿ちなどがその典型だ。
あの時、技と同時に魔力が身体を駆け巡っていた。その魔力が筋力を強化し、技を放つと同時に魔力が解き放たれ、中位龍の咆哮を吹き飛ばす炎になったのだ。
アルクの身体の使い方を視るに、ただ技を放つだけでも強い。中位龍の堅い鱗を斬る事が出来たのだから、技が無いわけではない。むしろ、技に魔力を込めたあの時、少しだけ技の威力と切れが落ちた。
アルクにとって、技に魔力を混ぜる事は余計な行程なのだろう。それか、まだ技に魔力を込めて戦う事に慣れていないかだ。
しかし、どちらにせよ、アルクは純粋に技を出すだけでも十分強い。だからこそ、槍の一振りで地竜の咆哮を掻き消す事が出来たのだ。
どうすればこんなに強くなれるのだろうと、強さに縁が無い奈穂は思う。
目隠しをしているので見えないけれど、体中に傷がついているんだろうなと、勝手に考える。
最初に視たアルクの顔。奈穂よりも、二、三歳年上だと感じた。その年で、それだけの強さを持つというのは、いったいどれほどの鍛錬を積んできたのだろう。どれほどの痛みを伴ったのだろう。
奈穂には、まったくもって想像が出来ない。
そんな事を考えている間に、全てのパーティーが地竜の討伐を終えた。
脅威を排除した事により、馬車の空気が軽くなる。
パーティーは馬車の元へ戻ってくる。馬車は、パーティーを伴って旅路を進んだ。




