008 オープン・ザ・プライス
奈穂とアルクは山を越え、街へと向かう。
途中、龍の頭が腐ると嫌だったので、アルクは頭から素材を剥ぎ取って雑嚢に詰めた。
出来の悪い地図を見ながら、二人は近くの街を目指す。
二日ほど野宿をしながらも、ようやっと街にたどり着いた二人は、ひとまずギルドで中位龍の部位を売却する事に。
街中を歩き、冒険者ギルドを目指す二人。
街を歩いていると、やはり目元を包帯でぐるぐる巻いている奈穂は人々の視線を集めてしまう。一応、フードを被ってはいるけれど、それでも包帯が見えてしまっているので、人の目は自然と集まってしまうのだ。
まぁ、単に奈穂の顔が整っているから、というのもあるけれど。
目元は隠れているけれど、口元、鼻がとても整っており、包帯を外せばさぞ綺麗な目元が見えるのだろうと思わせるほどである。
しかし、当の奈穂は視線など気にした様子も無く、アルクに声をかける。
「ねぇ、アルク。この薬草どれくらいで買い取ってもらえるかな?」
「あ? んなもん知るかよ。俺はそんなちまちましたもん売った事ねえからな」
「むぅ、冒険者にとっては大事なものだよ? 毒消し、滋養強壮、それに傷薬になったり、ポーションの材料にもなるんだから。憶えておいて損は無いよ」
「ポーションで済むならポーションで良いだろうが。薬草なんかよりも、食えるか食えねぇかが重要だろ」
「そんな事言って! いざって時に知ってるのと知らないのとじゃ全然違うんだから! 僕だってね、山で怪我をした時はこういう知識にすっごく助けられたんだから!」
「へーへ」
「もう! 適当に頷いて!」
ぷりぷり怒る奈穂を横目に、記憶喪失設定どこに行ったと思うアルク。記憶喪失なのになんで山で怪我した時の事を憶えているんだ。
しかし、本人は気付いた様子も無いので、あえて言う事でもないとアルクは黙る。それに、話を長引かせればこの女はとてもうるさい。よく口が回るのか、暇さえあれば四六時中べちゃくちゃ喋っている。だから、こちらは向こうの気分を良くさせないために適当な相槌しか打たないし、返答などは必要最低限で抑える。
アルクとてお喋りが嫌いな訳ではない。けれど、こうもずっと話すのは面倒でしかない。
女ってのは、どうしてこうも舌の回転が速いんだ……。
奈穂のお喋りに若干辟易している間に、冒険者ギルドに到着する。
どこの冒険者ギルドも大きいけれど、この街の冒険者ギルドは殊更に大きい。この街は人口も多いし、冒険者というある種傭兵のような、何でも屋のような集団は国にとっても需要が大きい。
騎士、兵士の類は街や貴族の守護のために動く。近隣で魔物の騒動があればそちらに兵を送る事ももちろんあるけれど、基本的には騎士や兵士は街の守りのために戦う。
かといって、騎士達に実戦経験が無いわけではない。魔物を対峙するために遠征をする事もあるし、そのためにその近辺に人を寄せ付けないように冒険者ギルドに依頼を制限させたりもする。
そうやって、実戦経験を積んでいるために、騎士達も弱くは無い。けれど、対人戦の訓練の方が多いので、魔物よりも人との戦いの方が得意だ。
騎士達がそうやって訓練や実戦訓練に集中できるのは、冒険者達が街周辺の魔物を狩ってくれているからだ。
騎士達と冒険者達は持ちつ持たれつなのだ。だからこそ、街も冒険者ギルドに力を入れる。冒険者ギルドが大きい街はそれだけ冒険者の需要も高く、冒険者に対する待遇も良い。
「高く買い取ってくれるかな?」
「どうだろうな」
少しだけ期待して言う奈穂に、アルクは大して興味もなさそうに言う。
角、牙、それに頭部の堅い鱗。中位龍にでもなれば、それだけでもかなりの儲けになる。それも、この街のように冒険者の需要が高い街では、素材の買い取り値も上がるだろう。
自分が倒した訳ではないけれど、どんな額になるのか分からないので、楽しみなのである。
素材換金のためのカウンターに並び、順番を待つ。
その間も、奈穂は視線を集める。
アルクは見た目そのまま冒険者といった風貌だけれど、隣に並ぶ奈穂は冒険者と言うにはそぐわないような風貌であったためだ。荒事などしたこともなさそうな奈穂を見て、こいつ本当に冒険者なのかと疑問に思ってしまう冒険者達。
それはそれとして、奈穂が目隠しをとったらさぞ可愛いのだろうと考える。
こいつと居ると本当に視線がうざいと思いながらも、アルクはなるべく気にしないようにしながらも、奈穂の被るフードをもっと深く被らせるためにフードを下に引っ張る。
「わわっ、なに!?」
「んでもねーよ」
面倒くさそうに言うアルクを怪訝に思いながらも、アルクが何でもないと言って終わらせたのであればそれ以上聞くと不機嫌になるだろうと思ったからだ。
「次の方どうぞ」
「ほら、順番だぞ」
「うん」
ようやっと順番になり、二人はカウンター前まで向かう。
「素材の換金だ。ほら、姫さんも出せ」
「うん」
姫さんって言わないでほしいなと思いながらも、奈穂はこんもり採った薬草をカウンターに乗せる。
まぁ、そうだよなと、それを見ていた冒険者達はおろか、ギルド職員も納得する。こんな少女が魔物を狩ってくるはずがない。
心中で謎の納得をしていると、アルクが雑嚢から適当に龍の素材を取り出す。
「は、お、え…………ええっ!?」
奈穂の腕程の長さのある大きな牙。硬質な外皮。捻じれた大きな角。
これを見ただけで分かる。これはただの魔物の素材ではない。これは、龍の素材であると。それも、下位龍ではない。中位龍の物であると。
奈穂がカウンターに置かれた角を持って自身の頭に乗っけてサイズを比較して遊ぶのを、アルクが頭を軽く叩いてやめさせる。
その間、何も言葉を発さないギルド職員に、アルクは苛立たし気に眉を寄せる。
「おい、さっさと査定してくれ」
「……あっ、は、はい!」
慌てて頷いたギルド職員は、慌てて立ち上がり、カウンターの奥へと引っ込んで行ってしまった。素材はそのまま。何一つ持って行っていない。
「査定してくれるんじゃなかったの?」
奈穂がアルクに問えば、アルクは面倒くさそうにしながらも答える。
「あいつじゃ無理だったんだろうよ。まぁ、中位龍なんざそんなほいほい出会わねぇからな。持ち込み自体もそんなに多くねぇんだろ」
「確かに」
奈穂の居た街でも、中位龍の素材の買い取りは年に一回あるかないかだった。この街は奈穂の居た街よりも大きいから、年に何回か来ていてもおかしくないだろうけれど、それでも滅多に見る代物ではないのだろう。
しばらくギルド職員が戻るのを待っていると、ギルド職員は別の職員を連れて戻ってきた。
「これか?」
「はい。ちょっと、私には難しくて……」
応援に呼ばれたギルド職員は難しそうな顔をしながら品を一つ一つ見ていく。
「……これは、中位龍くらいか? 結構品質が良いな」
「見ただけで分かるんですか?」
奈穂が問えば、ギルド職員は接客用の笑みを浮かべて奈穂の質問に答える。
「大きさと、質で大体は分かりますよ。貴女の腕を超える長さの牙は大体中位龍ですね。下位龍は、もう少し小さいです」
「へぇ、そうなんだ」
下位龍としか戦ってこなかった奈穂には全く縁のない情報だったため、素直に感心する。
「この鱗もかなり質が良い。中位龍の中でも上位の者の鱗だ」
そういって、甲羅のような大きな外皮を品定めするギルド職員。どうやら、この大きな甲羅は、鱗が凝縮、結合、肥大化した結果、このような大きな形になっているらしい。
「計算したところ、金貨二十八枚分ですね」
「分かった。それでいい」
「ありがとうございます」
アルクが即決すると、ギルド職員は上機嫌な笑みを浮かべて頭を下げる。
「あ、こっちの薬草はどうですか?」
奈穂が尋ねると、ギルド職員はざっと薬草を見てから言う。
「銀貨二枚ですね。本当なら銀貨一枚と銅貨三枚程ですが、今回は色を付けさせていただきます」
「あ、はい……」
思ったよりも少なくてがっかりしてしまう奈穂。まぁ、そこら辺に生えている薬草などそんなものだ。マンドレイクなど希少なものならもっと高く買い取ってくれるだろうけれど。
「それでは、ただいま精算いたしますので、少々お待ちください」
「ああ」
ギルド職員が金貨を取りに行くためにカウンターを離れるのを、奈穂は物悲しそうな顔で眺める。
「凄いね、アルク。金貨二十八枚だって」
「そうな。これでしばらく金には困んねぇだろ」
「僕のは銀貨二枚だって」
「貰った方だろうよ。色付けて貰ったんだ、文句言うな」
「はぁーい……」
中位龍と薬草など天と地ほどの差があるのは分かっているため、それ以上は愚痴は言わない。
「でも、良かったの?」
「何がだ?」
「一番立派な牙で槍とか作らなくて」
あのギルド職員が言うには、あの龍の牙は高品質な物らしい。その高品質な牙を使って武器を作れば、とても良い武器になるに違いない。それこそ、ミスリルの剣なんて凌駕するくらいの凄い武器だ。
「この槍の素材になった龍はな、あと十年生きれば上位龍に成長したって言われる龍の牙から作った物だ」
長命種である龍にとって十年という歳月はそこまで大きな数字ではない。そのため、その中位龍は上位龍まで秒読みの状態であったのだ。
「んで、今回の中位龍はその龍よりも弱かった。だから作らねぇ。現状、この槍が俺にとって最強の武器だからだ」
あの中位龍は人語を介した。けれど、言ってしまえばそれだけだ。強さは今まで戦ってきた中位龍と同じくらいだ。武器もまだまだ使える。であれば、金にした方が良いだろう。
「それにだ、武器を作るには時間がねぇ。姫さんも、あんましもたもたしたくもねぇだろ?」
「それは……うん、確かに……」
確かに、現状あまり奈穂の居た街からは遠ざかれてはいない。であれば、武器を作っている時間が惜しい。
「お待たせしました。金貨二十八枚と、銀貨二枚になります。それでは、ご確認してください」
「ああ」
アルクが一枚一枚金貨を数えて確認する。
「ある、大丈夫だ」
言って、アルクは袋に金貨二十五枚を入れ、残りの三枚を奈穂に渡す。
「え、なんで?」
「持っとけ。なんかあった時のためにな」
「あ、うん」
奈穂は金貨を持ったことが無いので、若干緊張しながらも財布代わりの布袋の中に入れる。その時、銀貨二枚を一緒に入れるのも忘れない。
「それでは、またのお越しをお待ちしております」
「機会があったらな」
「ああ、そうだ。乗合馬車ってどこから出てる?」
「東門ですね。そこから東のブルシュタットという街まで向かいます」
「分かった」
「ありがとうございます」
アルクが適当に答え、奈穂がぺこりと頭を下げる。
冒険者達から今度は別種の視線を集めつつも、二人は冒険者ギルドを後にする。
嫉妬、羨望、悪意……アルクが中位龍の部位を持っていた事で、冒険者達が奈穂達を――というより、アルクを――見る目が変わる。
冒険者ギルドを出て、二人は乗合馬車の出る東門まで向かう。
奈穂は金貨三枚なんて大金を持った事が無いので、少しだけびくびくしながら街を歩く。
そんな奈穂を見たアルクは、呆れたように溜息を一つ吐く。
「そんなびくついてると逆に狙われるぞ」
「だ、だって……こんな大金、持った事無いし……」
「俺がいるんだから心配ねぇよ。すられても気付くし、なんならすられる前に気付く。だからもっとシャキッとしてろ」
「う、うん……」
一応頷くけれど、人の意識などそうそう変わるものでもない。
二日前にアルクのあの槍捌きを見ていて、アルクの実力はよくわかっているけれど、それでも、お金を守っているのは自分だ。その自分の強さを信じていないうえに、目で情報を得る事が出来ないところも頼りないと思ってしまうのだ。
それでも、アルクに言われた通り、少しだけシャキッとしてみる。
奈穂が少しだけシャキッとしている間も、アルクは周囲に目を光らせている。
経験上、スリをしそうな奴はだいたい分かる。表情、脚運び、気配、その全てをアルクは憶えている。
だから、それをしそうな奴を片っ端から睨みつける。アルクは元々目付きが悪い。その上、強者との戦いで鍛えられた気迫がある。その気迫のある睨みに耐えられる者などそうはいない。いれば、そいつはスリなどではなく冒険者としてやっていけるだろう。
まぁ、そいつがスリかどうかはさて置いて、アルクに睨まれれば大抵の奴は逃げていく。それだけで、防犯にはなるのだ。
アルクは周囲に目を光らせながら、ふと思う。
なにやってんだ、俺は……。
一人であればこんな事をする必要が無い。誰かの悪意など自分に向けられれば気配で分かるから。
けれど、自分に向けられない悪意には疎いと、自分でも理解している。だから、こうして周囲に目を光らせているのだ。
しかして、自分一人であれば決してこんな事をする必要は無いのだ。
アルクは、隣の少女を見やる。
しゃんとしているようで、きょろきょろと周囲に顔を向ける忙しない少女。
一つ、溜息を吐いて、思う。
……本当に、ペースを乱される。
いつのまにか奈穂のペースに合わせている自分がいる。その事に、少しだけげんなりとしてしまっているアルクだった。




