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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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007 VS中位龍

 中位龍が目撃された山まで、二人は歩く。


 奈穂には、何故急にアルクが中位龍を倒すと言い出したのか全く分からない。けれど、お金が必要なのも事実だ。そして、アルクの言葉を信じるのであれば、アルクは単独で中位龍を倒すほどの実力を持っている。


 だから、心配は無いはずだ。アルクが何を思って戦う事を選んだのかの疑問は残るけれど、それは奈穂が知らなくても良い事だから。


 今重要なのは、アルクが戦っている間、自分がどこで何をしているかだ。


 奈穂は中位龍とは戦った事が無い。どこでどうしているのが一番良いのかなど分からないのだ。


「ねぇ、アルク」


「なんだ?」


「僕、何をしてればいい? 中位龍と戦った事無いから、どう立ち回れば良いか分からないんだ」


「お前はどっかで隠れてろ。うろちょろされても邪魔だ」


「……分かった」


 アルクの物言いは厳しい物だけれど、護衛対象に戦場の近くでうろちょろされれば気が散るというものだろう。


 必要な確認をとれば二人の間に会話は無い。


 無言のまま、一つ目の山を登る。


 山を登るのは奈穂も慣れたものだ。アルクも慣れているのか、すいすいと険しい山道を登る。


 そうして山の中腹まで来た頃、山の木々の色を飛び越えて、強烈な茶色が視界に映る。


「うっ……」


 少しだけ眩しくて、意味が無い事はわかっているけれど思わず目を抑える。


「どうした?」


「分かんない。なんか、ちょっと先に、茶色いのがいる……」


「茶色いのってなんだよ」


「分かんない」


 色が視えるだけで、形はぼんやりしているのだ。ただ、動いているという事は分かる。生物であることは間違いないだろう。


「どっちだ?」


「あっち」


 アルクに問われ、奈穂は茶色の見える方を指差す。


「よし、んじゃあ行くぞ」


「え、行くの?」


「ああ」


 頷くと、奈穂の返事も聞かずに歩き出す。


 奈穂は慌ててアルクの後を追う。


 奈穂の前を歩きながら、アルクは言う。


「あんたの言う茶色いの。そりゃあおそらく龍だ」


「え、そうなの?」


「ああ。俺も気配で大体捉えられるが、あんたが指差した方から強い気配を感じる。この近くで強い気配っつったら、そりゃあ龍しかいねぇだろうよ」


 アルクに限った事ではないけれど、強者というのは得てして生物の気配を感じとる事が出来るものだ。暗殺者や斥候はその気配を抑えるのが上手いけれど、龍は基本的に気配を抑えたりはしない。


 何故なら龍は絶対強者だから。生物の頂点に立つ者だから。


 その龍の気配を、アルクは敏感に感じ取っていた。


「それと、向こうもこっちに気付いてんな。近付いてきてやがる」


 一歩進むごとに気配に近付いていくのは当たり前だけれど、その近付いていく速さが尋常じゃない。向こうはこちらに気付いて走ってきているのだろう。


 遠くの方から、無理矢理木々をへし折る音が聞こえてくる。


 アルクは周囲を見渡し、槍を振るスペースがある事を確認する。


「っし、面倒くせぇからここで迎え撃つか。あんたは少し離れてろ」


「わ、わかった!」


 アルクに言われた通り、奈穂はアルクから少しだけ離れた木の陰に隠れ、茶色の見える方に目を向ける。


 驚異的な速さで迫っているのか、茶色は段々と色濃くなっていく。


「おいでなすったか」


 そしてついに、その者が姿を現す。


 木々をへし折って現れたのは、顔の大きな龍だった。


 顔が大きく、また身体も大きい。翼は生えておらず、代わりに地を踏みしめる足が六本もある。


 側頭部辺りから太く、逞しい角が左右合わせて四本生えており、額から尻尾の先にかけて甲羅のような物が覆っている。


 まるで全身に鎧を着こんだような、そんな見た目。


 中位龍の目がアルクをとらえる。が、その目はアルクを一瞥するだけで、直ぐにその奥にいる奈穂に向けられる。


『ヒメ……サマ……』


「あ?」


「え……?」


 唐突に、言葉を発した中位龍に奈穂だけではなくアルクも面食らう。


 龍種は知能が高い者もいるけれど、それは殆どが上位龍だ。また、言葉を理解するのも上位龍だ。中位龍が言葉を介する。それは、曲がりなりにも滅龍者である奈穂や、中位龍と何度も戦ったアルクにとって、予想外の出来事であった。


「姫様、つったか? どういう事だ?」


 アルクは目の前の中位龍に尋ねるけれど、中位龍はアルクを見ていない。ずっと、奈穂だけを視界に捉えている。


『ヒ、メ……サマ……オム、カエニ……アガリ……』


 拙い言葉。けれど、意味は伝わる。


 姫様。お迎えに上がりました。


 目の前の中位龍はそう言ったのだ。他でもない、奈穂に向かって。


 アルクは、ちらりと奈穂を見るけれど、奈穂も驚いたような顔をしている。姫様という単語に思い当たる節は無いようだ。


 まぁ、人から龍になったんなら当たり前か。


『ヒメ、サマ……カエリ、マ……ショウ……』


 ひとまず、疑問は置いておく。どうあれ、この龍が奈穂を狙っている事は事実。


「おい鉄蜥蜴(てつとかげ)。あいにくとお前の姫さんは俺と旅の真っ最中なんだ。返してほしけりゃ、俺を倒して奪い取ってみな」


 中位龍を挑発するように言って、アルクは槍を構える。それと同時に、アルクは中位龍に殺気を向ける。


 殺気を向けられ、中位龍は奈穂ではなくアルクに視線を向ける。


 アルクに向けられた瞳孔が狭まる。完全な、臨戦態勢。


 合図も無く、中位龍が動く。


 巨体に似合わぬ速度でスタートダッシュをする中位龍。瞬く間にアルクに迫る。


「アルク!!」


「心配すんなって」


 笑みを浮かべながら、アルクは軽やかに中位龍の突進を(かわ)す。


 躱す瞬間、一撃、二撃と斬撃を中位龍に加える。


 中位龍の堅い鎧に弾かれると思った斬撃は、しかし、鎧を最後まで切り裂き、しっかりと中位龍の肉まで刃を届かせる。


 斬鉄(ざんてつ)。鉄を斬る技術、またはそれを容易とする刀剣に使われる言葉。


 斬鉄が容易な事ではない事を、奈穂は知っている。以前、鉄の剣で鉄の(かぶと)を斬るという力試しに参加した事があるけれど、奈穂は少し傷をつけるくらいしかできなかった。


 他の者の、鉄を斬れる者はいても、両断できる者はいなかった。


 熟練冒険者でも難しい斬鉄を、アルクは意図も容易くやってのけた。もちろん、中位龍の鎧が鉄とは限らない。アルクの使う槍が鉄とは限らない。それでも、あの中位龍の鎧は飾りではない。見掛け倒しでは決してない。


 その鎧を斬るという事は、アルクの使う槍がさぞや名槍なのか、あるいはアルクの技量が卓越しているのか。


 ……いや、違う。おそらくは、その両方だ。


 アルクの槍捌きを、奈穂は目で追えない。肉眼であったとしても、追うのは難しいだろう。


 アルクの技量に奈穂が感嘆の息を漏らしている間に、アルクは更に中位龍に斬撃を叩きこむ。


「おらぁ!! どうしたどうしたぁっ!!」


 縦横無尽に動き回り、胴、脚、頭、背中、至る所を斬りつける。


『グァァァアアアアアアアアアアアッ!!』


 龍が咆哮し、直後に地面が隆起する。


 隆起した地面が浮き上がり、無数の土塊(つちくれ)となってアルクを襲う。


「はっ! 甘ぇ!!」


 アルクは柔軟な身のこなしで迫りくる土塊を避け、槍の穂先(ほさき)で裂き、石突(いしづき)で粉砕する。


 上手く捌いていると思ったその時、アルクが足を置いた地面が突如として隆起する。中位龍とアルクは一定の距離を置いているけれど、アルクの予想以上に中位龍の魔術範囲が広かった。


 まぁ、問題無いけれど。


「ははぁっ!!」


 笑いながら、アルクは隆起しかけた地面を踏み抜き、粉砕する。それだけで、魔力が散り、魔術が無効化される。


 今のはただの踏鳴(ふみなり)だ。剣や槍を振るうための足の踏み込み。中国拳法では、震脚(しんきゃく)ともいう。


 ただの踏み込みと侮る事無かれ。踏み込みとは大切なものだ。


 走り幅跳びでも、サッカーのシュートでも、バレーのジャンプでも、踏み込みは大切なのだ。


 まぁ、その踏み込みだけで地面に亀裂が入るのは、そうそういないけれど。


 しかして、相手も負けてはいない。


 喉元に魔力が収束する。


 それだけで、アルクにも奈穂にも、龍が何をしようとしているのかが分かる。


「アルク! 咆哮(ブレス)が来る!!」


「分かってんよぉ!!」


 アルクはその場で槍を構える。


 咆哮(ブレス)は、龍種が持つ広範囲攻撃の一つ。その効果は使用する魔術系統ごとに違い、今回の相手は地属性の魔術を使用するので、咆哮(ブレス)も地属性のものになるだろう。


 龍の喉元に魔力が溜まりきる、直後、ノータイムでアルクに向かって咆哮(ブレス)が放たれる。


 龍の口からは暴風が吹き荒れ、その暴風が地面を巻き上げて土塊を含んだ暴風となる。


 魔術的防御をしていないアルクは、当たればひとたまりも無い。それはアルクも分かっているだろうに、避けるような事はせずに真正面から咆哮(ブレス)を迎え撃つ。


 踏鳴。地面に放射状に亀裂が走る。


「……クレナイ流槍術、一ノ技……」


 土塊の暴風がアルクに迫る。


 けれど、アルクは焦らない。この程度の咆哮(ブレス)であれば、どうという事は無い。


 アルクの構えた槍の穂先が灼熱に染まり、炎が槍を巻く。


焔穿(ほむらうが)ち」


 土塊の暴風がアルクに当たるその直前、アルクは炎巻く槍で暴風を突く。


 瞬間、熱風が巻き上がる。


「うわっ!?」


 熱風に巻き上げられ、奈穂はその場でひっくり返ってしまう。


 木はへし折れ、土は陥没し、岩は衝撃に(ひび)割れる。


 熱風の威力に、龍はひっくり返りはしないものの、数メートル押される。龍の巨躯が押される。それだけの威力にも関わらず、当のアルクは何事もなかったかのようにその場に踏み止まり、不敵な笑顔を浮かべる。


「ひ、ひえぇ……」


 髪をぼさぼさにしながら起き上がり、予想以上であったアルクの実力に驚愕する。そして、龍を殺せる者はこれほどまでの実力を持っているのかと、改めて自身との差を実感する。


「はっはぁ! 大したこたぁねぇなぁ!」


 笑いながら、アルクは龍に突っ込んでいく。


 そこからは一方的だった。


 龍のどんな技もアルクには通じる事は無く、その(ことごと)くをアルクは対処する。


 鎧を抉り、裂き、貫く。その槍捌きはやはり見事なもので、舞踊(ぶよう)をしているかのように美しくもあった。


 龍は最後まで奮戦するもその実力の差を埋める事は出来ずに、最後はアルクに首を切り落とされて絶命した。


 首を切り落とし、アルクは槍を肩に担ぐ。


「っし、一丁上がりだな」


「お疲れ様、アルク」


「おお。怪我ぁねぇか?」


「うん、大丈夫」


 アルクに布を渡してから、奈穂は首を切り落とされた龍を見る。


 アルクが戦う前。確かにこの龍は奈穂を見て姫様と言った。それに、お迎えに上がりましたとも言った。


 何故? いったい、どこに連れて行くつもりだったのだ?


 殺してしまってはその答えはもはや聞くことはできないけれど、この中位龍に奈穂の質問に答えるだけの知性があったとは思えない。どちらにせよ、謎だけを残すことには変わりなかった。


「なぁ、こいつ、あんたのこと姫様っつってたよな?」


「うん」


「あんた、姫様なのか?」


「そんな訳――」


 無いじゃん。そう言おうとしたけれど、寸前で記憶喪失だと言った事を思い出す。


「――無い、と思うよ。わかんないけど……」


 無理矢理になんとか誤魔化す。


 けれど、自分が知っている限り、少なくとも石狩奈穂という人間は一般家庭に生まれただけの小市民だ。高貴な血筋が入っているとか、そういう話は聞いたことが無い。


 が、少しだけ思い当たる節が無いわけでもない。


 奈穂があの日穴に落ち、その穴の中に居た白い龍。目が覚めたら消えていて、その代わり自分の外見が変わっていた。肌や髪は白くなり、背丈は小さくなり、性別は男から女へと変わってしまった。そして、これは奈穂は知らない事だけれど、瞳の色が金と銀の虹彩異色症(ヘテクロミア)になっている。


 その両目は、龍と呼ぶにふさわしい縦に割れた瞳孔で、身体に変化がある前には無かった、物を色として視る能力が備わった。


 あの聖龍が、この龍の言っていた姫様で、あの聖龍が、奈穂に何らかの影響を及ぼしたのだとしたら……。


 この龍はもしかしたら、奈穂を迎えに来ただけなのでは……。


 ……いや、まだそうだと確定した訳ではない。憶測だけでは物事は測れない。


「……僕は、人間だ……」


 自分に言い聞かせるように、奈穂は呟く。


 その呟きを聞き逃さないアルクではない。けれど、その言葉の真意に言及する事は無く、アルクはひょいっと龍の頭を担ぐ。


「っし、行こうぜ、姫さん」


「……うん。って、姫さん?」


「ああ。あんた名前分かんねぇんだろ? なら、しばらくは姫さんって呼ぶわ」


「え、ちょ、なにそれ! やだよそんな恥ずかしいの!」


「ならさっさと自分の名前を思い出しな。俺は面倒だから姫さんって呼ぶぜ」


「ちょっ、やだ! もっと違う呼び方にして!」


「やーだよ」


「アルクぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 アルクの名を叫びながら、歩き出したアルクの背中を追う。


 アルクに追いついて抗議したけれど、結局アルクは譲ってはくれず、奈穂の呼び方が姫さんに定着してしまった。奈穂は、がっくりと肩を落とした。


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