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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
6/60

006 中位龍

お陰さまで、異世界転移ハイファンタジーにて、106位になりました。

瞬間的でも、嬉しいです。

 街の冒険者ギルドに入れば、ギルド内は外よりも騒然としており、職員も冒険者も、皆一様に慌ただしく動き回っていた。


「おい、ちょっと良いか?」


「あ! はい、なんでしょうか?」


 アルクが近くを通りかかったギルド職員を捕まえて尋ねれば、ギルド職員は慌てた様子ながらも足を止めてアルクの対応をする。


「随分慌ただしいが、なんかあったのか?」


「え、知らないでこの街に来たんですか!?」


「ああ。急ぎの旅でな。なんも情報聞かずに来ちまったんだ。それで、何かあったのか?」


 アルクが再度尋ねれば、職員は深刻そうな顔で言う。


「実は、山一つ越えたところで、中位龍の存在が確認されまして」


「げ、マジか……」


 中位龍。並みの人間では百人いても勝てないと言われている相手だ。


 龍にも階級があり、上位、中位、下位の三つに分かれている。上位は滅龍者や滅龍十二使徒など、個で多大な戦力を有する者が立ち向かえる相手であり、普通の人にはまったく相手に出来ない存在だ。


 上位龍に会ったら諦めろ。冒険者の間でそんな風に言われる程に、理不尽な相手だ。


 中位龍は人が束になれば勝てる見込みのある龍だ。


その戦力比は中位龍一に対して、人間は二百~三百必要だとされている。一体狩るのに軍隊を動かさなくてはいけない規模の相手なのだ。


 最後に、下位龍は地竜や飛竜などの並の冒険者でも倒せる程だ。奈穂が倒せるのは、この下位龍までだ。


「今、うちのギルドマスターが領主様と対策を練っています。相当な数の人出が必要になると思うので、貴方も冒険者でしたら、是非討伐依頼を受けてください。それでは」


 それだけ言うと、職員はまた忙しなく足を動かす。


「なんだか、大変な時に来ちゃったね」


「だな。まぁ、俺にとっちゃ好都合ではあるが……」


「戦いたいの?」


「まぁな。強い奴と戦うのは、俺の旅の目的でもあるからな」


「そっか」


 奈穂にはアルクの掲げる目的に共感は出来ない。奈穂は弱いから、強い相手とは出来るだけ戦いたくないから。


「しっかし、集団でとなるとやりづれぇなぁ……俺ぁ連携が苦手だしよ」


「あー、分かる。そんな感じする」


「あんた何気に失礼だよな」


 人の事を気味悪いとか言うような奴に言われたくない。


「ま、今回は見送りだな。中位龍じゃ高が知れてるし、今はあんたの依頼を優先するさ」


「強い相手と戦いたいんじゃなかったの?」


「もし俺が強ぇ相手と戦うような事があって、そんときあんた一人でも逃げられるような備えが必要なんだよ。今のままじゃ五日と生きられねぇだろうが」


「確かに」


「それに、中位龍とはもう何度も()りあってんだ。あんま旨味ねぇよ、あれ」


「え、じゃあアルク中位龍に勝てるの?」


「あ? ったりめぇだろうが。この槍だってその中位龍で作った(もん)だ」


「へぇ……アルクって強いんだ」


「強くなかったら強ぇ奴と戦いてぇなんて言わねぇよ」


 呆れながら言うアルクに、奈穂は確かにと頷く。


 二人はただの世間話のつもりだった。けれど、時と場合が良くなかった。


 アルクと奈穂を遠巻きに見る冒険者連中は、苛立たし気に舌打ちをして言う。


「はっ、それなら一人で倒してもらいたいもんだねぇ」


「大口なら誰でも叩けんだよ。今は口じゃなく手ぇ動かしてくれよな」


「ていうか、戦う気がねぇならとっとと消えてくれ」


 そんな冒険者達の言葉を聞いて、奈穂は場所が悪かったと少し反省する。


 反省する奈穂とは違い、アルクは面倒くさそうな顔をする。


「んじゃ、行こうぜ。今日は宿取って明日には出るぞ」


「うーん……」


「んだよ、なんかあんのか? まさか、手伝うとか言うなよ?」


「言わないよ。僕中位龍と戦った事無いし」


「じゃあなんで不満そうなんだよ」


「不満とかじゃないよ。ただ……」


「ただ?」


 言うかどうか迷い、結局言うのを止める。


「ううん、なんでも無い」


「……そーかよ。んじゃ、行くぞ」


「うん……」


 アルクは深く詮索する事も無く、奈穂を連れて冒険者ギルドを後にする。


 冒険者ギルドを後にし、二人は手近にあった宿で部屋を借りる。昨日は部屋でご飯を食べたけれど、今日は一階の食堂でご飯を食べる。


 食べるのは、パンとシチュー。ゴロゴロと大きな野菜とお肉の入った豪快なシチューを食べながら、奈穂は店主に声をかける。


「ねぇ、店主さん」


「なんだい?」


「中位龍がいる山ってどの辺りだか分かる?」


「南門から出てそのまままっすぐ行った辺りだって聞いたなぁ。なんだい、お嬢ちゃんも戦いに行くのかい?」


「ううん、明日にはここを出るから、鉢合わせないようにしたかっただけ」


「ああ、そうかい。なら、気を付けるんだよ」


 店主はそう優しく言って、お嬢ちゃん可愛いからサービスだと切り分けた果実をくれた。


 可愛いと言われ複雑な気持ちになりながらも、奈穂はありがとうとお礼を言う。


 目元に包帯を巻いているのに、可愛さなんて分かるのかなと疑問に思ったりもするけれど。そもそも、自分の顔をまだ見た事が無いので、どうとも言えない。


 まぁ、果実を貰えたのは嬉しい。ありがたく頂戴するとしよう。


 パンとシチューを食べ終えた後、奈穂は切り分けられた果実を食べる。


 甘酸っぱくて、瑞々(みずみず)しい。とても美味しい。


 新鮮な果実に満足げに舌鼓を打っていると、じっとアルクの居る方から視線を感じる。


「どうしたの? あ、これほしいの? 一口いる?」


 言って、フォークに刺した果実をアルクの方に向ける。


 アルクは無言のまま奈穂を見た後、ぱくりと果実を食べる。


 やっぱり果実が欲しかったんだと思いながら、奈穂は今度は自分で果実を食べる。


 それはまったくの勘違いなのはアルクの今の訝し気な顔を見れば分かるのだけれど、奈穂はそれに気付けない。何せ、奈穂はアルクの顔が見えないのだから。


 新鮮な果実を食べて満足し、奈穂は部屋のベッドに寝転がる。


「はぁ……美味しかった」


「邪魔だ、もっと詰めろ」


「はーい」


 大の字で寝ていたのを、アルクが頭を小突くからごろごろと転がってベッドの端に寄る。


 アルクがベッドに座ると、キシキシと古いベッドが軋む。


 お腹も一杯になり、ベッドの上で寝転がっているため、段々と眠くなってきた奈穂。


 そろそろ眠りに落ちそうだなと思った頃、アルクが奈穂に声をかける。


「なぁ、あんたどうしたいんだ?」


「……ぇ? どうしたいって?」


 眠りにつく間際だったので反応が一瞬遅れるも、ちゃんと返事をする。


「中位龍、倒したいのか?」


「うーん、倒したいは倒したいけど、僕には無理だからさ」


「いや、俺に言えば良いだろうが。あんたは俺の雇い主なんだ。一言龍を殺せと言われれば、俺は龍を殺しに行くぞ?」


「いいよ。アルクを危険な目に遭わせる訳にもいかないし」


「俺の旅の理由は話したろ? 俺は強い奴と戦いてぇんだよ。危険なのは承知の上だ」


「それでもだよ。それに、僕は依頼主だとしても、アルクにまったく報酬払えてないでしょ? それなのにこれ以上追加で依頼は出来ないよ。それとも、アルクは中位龍と戦いたいの?」


「いや、別に」


「じゃあ良いじゃん。セイルには今滅龍者がいるから、その人がなんとかしてくれるよ。……あ、でも……」


 そこで、メリッサが黒龍と対峙していた事を思い出す。メリッサ達は無事だろうか? 安否だけでも、知りたいものである。


 けれど、ここでセイルに戻っても意味は無い。まだ白い少女が奈穂を害したと疑われているであろう。


 ともあれ、この街で奈穂が出来る事は無い。黙って別の街に行くのが賢明だ。


 奈穂に滅龍者として力があれば、話はまったく別だったけれど。


 自分に出来る範囲であれば、なんとかしたいとは思った。けれど、自分に出来る範囲などたかが知れているのだ。


 奈穂には、出来る事よりも出来ない事の方が多い。


 一度、下位龍の群れを討伐するのに参加した事はあるけれど、今回は中位龍。奈穂にとって未知の領域だ。


 下位龍の群れの討伐の時も似たように街が騒然としていたけれど、この街の方が危機的状況だろう。


 何も出来ないのであれば、邪魔をしないのが一番だ。


「……うん、僕はこの街を出るよ。何かできればと思ったけど、何も出来そうにないしね」


「そうかよ」


 奈穂の判断を聞けば、アルクはベッドに寝転がって寝入ってしまう。


 奈穂もそのまま目を閉じて眠る。


 目を閉じて、ゆっくり考えると、先程まで自分が何を考えていたのか分かる。


 おそらく、人の仲間入りをしたかったのだ。人のために何かをすれば、自分が龍であるとばれてしまった時に、受け入れてくれる可能性がある。そんな打算があったのだ。


 結果は、自分には何も出来ずに退散。実に哀れな結果である。


 けれど、奈穂がそんな打算で動いてしまうのも、無理からぬ事ではあるのだ。


 奈穂は自分が龍であるという事実を認めている。誰がどう見ても龍の目をしているのだ。ならば、自分は龍に成ってしまったのだろう。


 龍は人類の怨敵。つまり、奈穂は人類の怨敵になってしまったのだ。龍と言うだけで受け入れられない。


けれど、数百年前には聖龍は受け入れられていた。それは、聖龍が人のために力を貸したからだ。だからこそ、奈穂も人のために力を貸して、聖龍のように皆から信用されれば良いと思ったのだ。


 奈穂には貸すほどの力は無いけれど。


 もう人と一緒にいる事が出来ないのかもしれないと思うと、自然と涙が溢れる。


「……うっ……ひっぐ……」


 アルクを起こさないように嗚咽を漏らしながら泣く奈穂。


 しかし、その配慮も意味の無い物であったけれど。


「……」


 アルクはまだ起きていた。泣いている奈穂は気付いてないけれど。


 奈穂がなぜ泣いているのか、アルクには分からない。奈穂の事を何も知らないし、もっと言ってしまえば名前すら知らないのだから。突っ込んだ話も聞いていないし、これから聞くつもりも無い。


 アルクにとって、奈穂は強い奴を呼び寄せる(えさ)のようなものだ。まぁ、なんの確証も無い餌ではあるけれど。


 ともあれ、奈穂にはそれ以上の価値は無い。それ以上求めるつもりも無い。


 アルクは心中で溜息を吐いてから、眠りについた。


 奈穂の嗚咽と、かつて聞いた誰かの嗚咽が重なる。


『……アルクは、負けないでね……私みたいに、負けたりしないでね……』


 ああ、くそっ……! なんなんだよ……!


 奈穂にばれない程度に耳を塞いで眠る。


奈穂の押し殺した泣き声がとても耳障りだった。





 翌朝。アルクよりも先に起きた奈穂は、包帯を外し、新しい物を巻く。


 包帯を巻き終わったところで、奈穂はアルクを起こす。


「アルク、朝」


「……あー……」


 起き上がり、盛大に欠伸をするアルク。


「起きたなら行こう。街を出ないと」


「あぁ……その事だけどな」


「うん?」


 くわぁっと欠伸をしながら、アルクは言う。


「中位龍倒すか。よくよく考えたら、資金稼がねぇとだし」


 まるでちょっと買い物にでも行くか、というような気軽さで言い放つアルク。


「……え?」


 だから、アルクが何と言ったのか理解するのに少しばかり時間がかかってしまった。


「え、た、倒しに行くの?」


「ああ。そんなに手間でもねぇしな」


「でも、中位龍って、アルクにとっては強くないんでしょ?」


「だから、資金調達だって言ってんだろ? 旅には金が必要なんだよ」


「それは、分かるけど……」


 急に中位龍を倒すと言い出したアルクに、奈穂は納得しかねるとばかりに困惑した顔をする。


 そんな奈穂の顔を見て、アルクは舌打ちをする。


「いいから行くぞ。中位龍を一人で狩りゃあ、五年は食うに困らねぇんだからよ」


「え、そうなの!?」


 中位龍など倒した事がないので相場が分からないけれど、報酬がかなりの高額である事は分かる。


「まぁ、ピンキリだけどな。弱ぇ個体なら一、二年ってとこか? ま、それでも十分だけどな」


 雑嚢(ざつのう)と槍を担ぎ、アルクは部屋を出て行こうとする。


「あ、待って!」


 奈穂も慌てて雑嚢を担いでアルクの後を追う。


「店主、朝飯二人分」


「あいよ」


 食堂まで行き、朝ご飯を食べる。


「ねぇ、本当に中位龍倒すの?」


「しつけぇな。倒すっつってんだろ? なんか文句あっか?」


「文句は、ないけど……」


「じゃあ良いだろうが」


「あ、でも、滅龍者と鉢合わせちゃうかも……」


「だったら倒したら素材だけいくつか剥ぎ取って反対方向に行くぞ。それに、誰が他の奴と足並み揃えるっつったよ」


「え、じゃあ」


「ああ。飯食い終わったら行くぞ」


「え、こ、心の準備が……」


「んなもんしなくて良んだよ。全部俺に任せろ。速攻でぶっ殺してやっからよ」


 言いながら、がつがつと朝ご飯を食べるアルク。


 大丈夫かなと心配になりながらも、アルクに逆らえる訳でもないので、結局頷くしかなかった。


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