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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第3章 白の少女と滅龍者と信龍教会
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久々の更新。遅れてごめんなさい。

 恋をした。身を焦がすほどの恋だ。


 全てをかなぐり捨てても良いと思えるほどの激情。そう思える程、一人の男に身を焦がしていた。


 結果的に言えば、その恋は成就しなかった。


 男にその気はあって、龍にもその気はあった。けれど、龍と人。一緒になる事は許されなかった。


 男がどんなに主張しても、男が俗世を捨てても良いと言っても、龍は首を縦には振らなかった。


 思いは一緒だった。けれど、龍は追われる身だ。男を思えばこそ、男の提案には頷けなかった。


 しかし、頷いておけばと強く後悔した。


 男が暫く会いに来ない事を不思議に思った龍は街の様子を窺いに行った。人に化け、男の行方を探った。


 男は龍に懸想していた。その事を滅龍教会に罪に問われ、男は処刑されたのだと。


 その瞬間、龍の頭は真っ白になった。同時に、堪えようのない怒りが湧き出て来た。


 龍は姿を変えて暴れまわった。街を壊すまで、人を焼き尽くすまで。全てを壊し尽くすまで。


 暴れて暴れて暴れて、けれど、胸の痛みは取れなくて。このぽっかりと空いた穴は埋まってくれなくて。


「今もじゃ。今も、我の胸にはぽっかりと穴が空いておる」


 言って、ヴォルバーグは自身の胸に手を当てる。


「いつだって、この穴は主張をしてくるのじゃ。誰を愛でていても、誰と過ごしていても、彼奴(あやつ)はもういないのだとな」


 寂し気に、ヴォルバーグは笑う。


「ゆえに、我はお主の先駆者じゃ。お主は奪われた。だが、まだ失ってはおらぬ。ならば、まだお主にはチャンスがある。やるべき事がある。なさねばならぬ事がある。違うか?」


「俺は……」


 そうだ。まだ失われてはいない。失ってはいない。まだ、ナホを助ける事が出来る。


 けれど、勝つための手立てが見えない。だからこそ、焦りが出てしまう。何もしないという事を選べない程の焦り。


 二度も失いたくはない。二度と失いたくはない。


 その思いだけが先行してしまう。


「……俺は、どうすればあいつに勝てる?」


 それは、アルクの口から出た初めての弱音。ナホと旅をしている間に、聞く事の無かった言葉。


 “別たれる者(グリトニル)”を全て捌くだけの力が自分には無い。クゥリエルの未来を見る力の前では、アルクの技は通用しない。武術に至っては自分と同等程。


 自分にはその武術しかない。そこで同等ならば、クゥリエルの“別たれる者(グリトニル)”や未来を見る力には勝てない。


 武術で相手を上回らなくてはいけないのだ。その上回る一歩が、分からない。


 強くなった気でいた。滅龍十二使徒(アポストル)とも渡り合えていると思っていた。上位龍相手でも勝てるなどと思っていた。


 けれど、実際はどうだ? 勝ちなんて、あの時の上位龍にだけではないか。


「お主がどうすれば勝てる、か。お主、難しい事を言うのう」


 むむむとヴォルバーグは考える。


 滅龍十二使徒(アポストル)の強さはヴォルバーグも理解している。そも、ヴォルバーグの傷も滅龍十二使徒(アポストル)につけられたものだ。


 あの時ヴォルバーグと戦ったのは、確か……。


「我にこの傷を付けたのは第一席じゃったのう。うむ、彼奴の技は一級品じゃった。それと比べても、お主の技はそう劣るものでもないように思うがのう……何故勝てんのじゃろうな?」


 むむむと口にしながらも考え込む。


「なーんじゃろなー? いや、確かに劣るものでも無いはずなのじゃがのう……」


 古い記憶を掘り起こす。滅龍十二使徒(アポストル)第一席、ジークフリート・ヴォルフスブルクとの戦いを。


「彼奴の攻撃は苛烈で熾烈でー……うむむむむぅ………………………はっ! そうじゃそうじゃ! お主、ちょいと普通に槍を振ってみよ! 相手を攻撃する意思を持ってな!」


「ああ」


 ヴォルバーグの言葉に素直に従う。今、アルクは藁にも縋る思いで模索をしている。どんな小さなヒントでも得られるのであれば御の字なのだ。


 アルクは痛む身体に鞭を打って槍を振るう。


 いつも通り、相手を倒す心積もりで振るう。


 それは本気の一振り。


「それじゃあ!! そうかそうか!! そうじゃったか!!」


 アルクの槍捌きを見て、ヴォルバーグは我が意を得たとばかりに膝を叩く。


「なんだ? 何か分かったのか?」


 槍を止めて、アルクはヴォルバーグを見る。


「ああ、分かった。が、我もちっと差異に気付いた程度じゃ。武術が何たるかなど分からぬからな」


「それでも良い! 何か分かったのなら教えてくれ!」


「うむ、では心して聞け。お主は今のような通常攻撃と技を使い分けておるだろう?」


「ああ」


「それが無駄を産んでおる。お主の通常攻撃だって、突き詰めれば()だろう?」


「――ッ!!」


 ヴォルバーグの言葉を聞いた途端、体中に電撃が走るような衝撃を受けた。


 それは、アルクにとっては青天の霹靂だった。


 アルクは、オウカに技を教えて貰っていた。それが、クレナイ流槍術だ。だからこそ、別に考えていた。クレナイ流槍術は魔術や聖剣などのような、武術で言った虎の子なのだと。


 それが間違いだったのだ。


「我を倒した滅龍十二使徒(アポストル)はそこに違いなど無かったように思う」


「なるほどな……ああ、そうか。そうだよ! どうして今まで気付かなかった!? そうか!! ははっ!! ああ頷ける!! そりゃあ、あの爺さんが強ぇ訳だ!!」


 ヴォルバーグの言葉が腑に落ちたのだろう。


 納得したようにアルクは笑う。


「そりゃあ俺は弱ぇ訳だ!! ははっ!! 納得だ!! ははははっ!!」


「おーおー、なんじゃよう分からんが、役に立ったようで何よりじゃ」


「役に立ったなんてもんじゃねぇ! あんたは俺の牙を研いでくれたんだ!! 感謝するぜ!!」


「良い良い。その代わり、お主はちゃんと助け出せよ? お主は、我のようにはなるでないぞ?」


 ヴォルバーグの口調は軽い。けれど、その言葉は重い。


 アルクは笑うのを止めて、ヴォルバーグに向き直る。


「ああ。もう絶対に失わねぇ。姫さんは、俺が絶対に助け出す」


「うむ。なればもう言葉は不要じゃのう。お主もやりたい事があるようじゃし、我はこれで失礼するかのう」


「あんがとな」


「おーう」


 適当に手を振って、ヴォルバーグは建物の中へと姿を消す。


 それを見送る事も無く、アルクは槍を握り直す。


「さて……やるか」


 その目には先程のような喪失感は宿っておらず、ナホを絶対に助け出すという使命感だけが宿っていた。


 アルクは貰ったヒントを胸に槍を振るった。


 その槍は、ずっと赫灼に燃えていた。



 〇 〇 〇



 アルク達が信龍教会跡地に逗留しているその最中、ナホはほど近い街に在る滅龍教会の一室に幽閉されていた。


 寝台やトイレの他には特に何も無い一室。俗に言う牢屋というやつである。


 寝台に座り、ナホはアルク達の無事を祈る。


 牢屋の前には常に信徒が立ってナホを見張っているけれど、ナホは今の今まで少しも動いていない。ずっと手を組んで、目を瞑っている。


「何? 神様になんて祈っちゃってんの? バッカだなぁ、お前等龍を神様が許すわけも無いでしょ?」


 鉄格子の向こうから馬鹿にしたような言葉が聞こえてくる。


 しかし、ナホはそれを無視する。耳を貸す意味も無ければ、価値も無いからだ。


「はぁ? おい蜥蜴。僕様を無視とは良い度胸だな」


 直後、“別たれる者(グリトニル)”の光剣がナホの腕を掠めて牢屋の壁に突き刺さる。


 しかし、それでもナホは動かない。光剣が来る事は目を開かなくても分かる。当てる気の無い事もその時点で分かっていた。


「……お前は僕様を舐めてるな?」


「――いっ!!」


 瞬く間に四本の光剣が現れ、ナホの四肢を貫く。


「ぁっ……ぐぅっ……!!」


 痛みにナホは呻く。思わず、組んでいた手が解ける。


「蜥蜴風情が僕様を無視するとは何様のつもりだ? お前は、僕様がお前のような下賤に言葉をかけてやっている事実にもっと感謝すべきだ。そうだろう? なぁ、ナホ・イシカリ」


 相手が龍だと知って、そして、元滅龍者である石狩奈穂だと知ってなお、クゥリエルはナホを下賤と呼ぶ。


 ナホは痛みに耐えながらも、閉じていた目を開いてクゥリエルを見る。


 その目にはナホが今まで乗せる事の無かった色が籠っていた。


 敵意。目の前で子供達を殺した相手に向けるに相応しい感情の色。


「なんだその目は?」


「最低最悪の人間の屑を見る目だよ――あぐっ!?」


 光剣がナホの腹に突き刺さる。焼ける様な痛みが身体の中からナホを苛む。


「もう一度言ってみろ、蜥蜴」


「だ、から……最低最悪の……人間の屑を見る目だよ……!!」


 痛みに耐えながらも、その目には力強い光が宿っていた。


「子供を殺して平気な顔をしてられるなんて、屑以外の何者でもない……!! そんなの、強い人のやる事じゃない!!」


「はぁ? 馬鹿かお前? 強いから踏みにじっても良いんだよ。なんで僕様が弱い奴を気にしなくちゃいけない訳? そんなの、弱い奴が悪いんだよ。強く在ろうともしない弱者に気を割ける程、僕様も暇じゃ無いんだよ。ていうか」


「いっ……!!」


「お前、僕様に対する口の利き方がなって無いんじゃないのか?」


 光剣が更にもう一本ナホの腹に突き刺さる。


「ぁが……はぁっ……!!」


 ぼたぼたとその場に吐血するナホ。せっかくオプスが用意してくれた服を汚してしまったと申し訳なく思いながら、痛みに引き攣る頬を引き締めながらナホはクゥリエルを睨む。


「……生意気な目だなぁ。もう面倒だから抉ってしまおうか……」


 牢屋の鍵を壊し、クゥリエルは牢屋に入る。


 それを、見張りの信徒は止めない。クゥリエルが万に一つもナホに害される事など無いと分かっているからだ。


「…………いや、駄目か。リュミエール様に怒られる。それに、爺も煩い」


「うっ……!!」


 クゥリエルは乱暴にナホの髪を掴んで顔を上げさせる。


「そうだ。一つ聞いておけと言われていたんだった。おいお前。()はどこだ?」


「…………鍵……?」


「とぼけるな。お前が持っている鍵だ」


「……持ってないよ、そんなの……うっ!?」


 髪を掴む手を捻る。そうすれば、ナホは痛みに顔を顰める。


「お前が持っているとリュミエール様が言っていた。とぼけるな」


「だから……知らないってば……!!」


 ナホの反応を見て、クゥリエルは掴んでいた髪を離す。


 本当に知らないのか。それとも、ただ単にとぼけているだけか。


「…………うん。決めた」


 クゥリエルはそう頷き、ナホの指に手を伸ばす。


 何をするのかと警戒をするナホにクゥリエルは言う。


「今から罰を与える」


 その言葉の直後、人差し指から鈍い音が聞こえ、激痛が脳まで走る。


「ぃぎっ……!!」


 痛みに耐えられず両の目が涙に滲む。


「“別たれる者(グリトニル)”の出力は抑えてる。僕様が本気を出せば、お前は直ぐに死んでしまうからね。けど、骨を折る分には加減をしないで済む」


「ふぐっ……うっっ……!!」


 立て続けにもう一本、今度は中指を折る。


 痛みに涙がこぼれる。


「僕様からの罰をありがたく受け取ると良い。お前はありがたさのあまりに鍵の在りかを話したくなることだろう。話すなら早い方が良い。僕様はお前を殺すなとは言われてるけれど、傷付けるなとは言われて無いからね」


「んぅ……!!」


 ついでとばかりにもう一本。薬指が折られる。


「もう一度聞く。鍵はどこだ?」


「だ、から……知らないぃっ――!?」


 みしり。嫌な音が自身の手か聞こえてくる。


「そんな訳無いだろう? リュミエール様がお前が知っていると言っていたんだ。なら、お前は知ってるはずだ。さぁ、鍵の在りかを教えろ」


「ふぅっ、ふぅっ…………んぅ……し、らない……」


 涙を流しながら、ナホは知らないと言う。


「……そうか。なら、罰を続ける。話したくなったらいつでも話せ。ただ――」


 ぼきんっ。今までよりも一際大きな音が聞こえてきた。


「ぎぃっ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げる。


 腕が反対側に曲がっていた。それも、容赦の無い角度で。


「僕様も暇じゃない。本気で痛くするからそのつもりでいろ」


 暇じゃない。そう言ったクゥリエルの顔は、しかし、嗜虐の笑みを浮かべていた。


 ナホはそれに気付かない。否、気付けない。ナホは痛みに苛まれ、恐怖に苛まれ、クゥリエルの方をまともに見れていない。


 今までのは全て虚勢だ。ナホに残された少しの強気を、頑張って出していたにすぎない。ナホは傷付けられれば痛がるし、傷付けられる事に恐怖を覚えない訳じゃない。


 ナホは害される事に慣れていない。誰かを護るために感じる痛みならば我慢も出来る。けれど、ただ害されるための痛みや恐怖に我慢できる程、強くはない。


 歯の根が噛み合わないのか、かちかちと歯を鳴らす。


「た、すけて…………助けて……アルク……っ」


 涙を流しながら、今で自分を護ってくれたアルクの名前を口にする。


 アルクが居ないだけで、ナホの心は護りを全て失ったくらいに心細かった。


 滅龍教会の牢屋から痛みに悶える絶叫が響く。


 それを止める者はいない。龍は、等しく人間の敵。龍に同情する者など、この場にはいないのだから。


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