014 武神
クゥリエルの“別たれる者”を前に、アルクは苦戦を強いられる。
“別たれる者”の光剣の数は既に百を超え、縦横無尽にアルクへと迫る。
「ぐっ……!!」
少し前から光剣の対処が難しくなっている。
幾度となく、光剣はアルクの身体を貫き、その身体を焼け焦がす。
「はぁ……害虫並みの生命力……うっざいなぁ……」
呆れたように、疲れたように、クゥリエルは言葉を漏らす。
その間にも光剣の数は増え続ける。数で威圧するかの如く、数で猛威を振るうかの如く、巣穴から湧き出る蜂のように次々と増えていく。
クレナイ流槍術、四の技、炎々絶槍。
炎槍が乱舞し、光剣を次々に落としていく。
けれど、そのパフォーマンスも初期からだいぶ落ちている。それもそうだ。ダメージを負い続け、更に技を連発している状況なのだ。体力の消耗はその分早まっている。
くそっ……! 勝てるヴィジョンが見えねぇ……!!
アルクの表情はもうずっと険しく歪められている。
百を超える光剣。相手の先を読んだような動き。武人の先読みとは違う。クゥリエルの読みは、最早その域を超えている。
「凡夫がさぁ、僕様に勝てる訳無いって分からないかな? 盾突くだけ無駄だって。もう抵抗しないで死んじゃいなよ」
「んな訳に行くかよ!! 手前みてぇな奴には、絶対ぇに負けねぇ!! 負けちゃいけねぇんだよ!!」
罪の無い子供の命を奪うような輩に負けてやるつもりは無い。オウカの意志を馬鹿にするような行いをするような相手に負けられる訳がない。
それになにより、アルクはナホを護らなければいけない。
だから、此処で倒れる訳にはいかない。此処で負ける訳にはいかない。
このままでは状況は好転しない。一か八か、賭けに出るしかない。
「――ッ!!」
力強く地面を蹴り付け、アルクはクゥリエルに肉薄する。
音を置き去りにして迫るアルクを、しかしクゥリエルはしっかりとその両目に捉えている。
「それは愚策だ凡夫が」
迫る光剣。しかし、その矛先はアルクでは無くその背後に立つナホ達だ。
「――ッ!! 姫さ――」
「それもまた愚行だ」
一瞬、ナホ達に意識が向く。
ナホ達に意識が向いた瞬間にアルクに幾つもの光剣が突き刺さる。
「が、はっ……!?」
完全にそこで意識がクゥリエルから離れる事が分かっているかのような光剣の動き。
事此処に至ってようやく確信する。
「未来視って奴か……!!」
「その通りさ。僕様には未来が見える。まぁ、今更分かったところで意味は無いけどね」
幾つもの光剣がアルクに迫る。
進む足を止め、必死に槍を振って迎撃をするアルク。
「その数を捌けないだろう? 勝てないだろ? 分かるだろ? 僕様が本気を出してない事くらい」
息一つ乱さない。表情一つ崩れていない。
これほどまでの光剣を操っていながら、その消耗は少ない。
「僕様は天才なんだよ。天才である僕様に、お前ごとき凡夫が勝てる訳無いだろ?」
「んなの……やって見なくちゃ!!」
「分かるんだよ。僕様には未来が見えるんだ。今も見えるよ。お前がひれ伏す未来が」
直後、二本の光剣がアルクの脚を貫く。
「ぐぁっ!?」
反応が遅れた。槍を振るも、光剣を打ち落とす事無く空を斬った。
焼かれた脚に力が入らず、アルクは思わず膝を着く。
慌てて立とうとするけれど、その隙を与えないとばかりに光剣がアルクに殺到する。
腕、腹、脚。容赦無く、光剣がアルクを貫く。
「ぐっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!!」
「アルクっ!!」
ナホが悲鳴のような声でアルクを呼ぶ。
けれど、アルクはその声に答えない。答える余裕が無い。
「死ね、凡夫」
「ぁッ……」
倒れ込むアルクの背中に光剣が突き刺さる。
その勢いのまま、アルクは地面にひれ伏した。
「アルク!!」
「動くな」
アルクの元へと駆け寄ろうとしたナホに向けて、一本の光剣の切っ先が向けられる。
「お前は僕様に着いてこい。そうすればこいつは助けてやる」
「ど、どの口でそんな事を――きゃあっ!!」
ナホを庇ったシャンテに容赦無く光剣が突き刺さる。
「シャンテさん!!」
「黙れ女。下賤の身で僕様に口答えをするな。おい白いの。こちらに来い。これ以上僕様の手を煩わせるな」
「……っ!」
クゥリエルの言葉に、ナホは躊躇う。
もし仮にクゥリエルに着いて行ったとして、先程の子供達のようにアルクは殺されてしまうかもしれない。いや、クゥリエルなら確実に殺すだろう。ナホの仲間であるアルクを生かす理由がクゥリエルには無いのだから。
どちらを選んだところで、アルクは殺される。それどころか、エンテもシャンテも殺される。
どうすれば、どうすれば……!!
「……分かっていないようだから言うけどな、僕様の言葉は提案じゃない。命令だ。逆らえばそれ相応の罰があり、僕様は罰を与える事に躊躇はしない」
無数の光剣の切っ先がアルクに向けられる。
「最後の恩情だ。僕様と来い。さもなくば、皆殺しにする」
「――っ」
クゥリエルの冷め切った目がナホを射竦める。
「……分かった」
一つ言葉をこぼし、ナホはクゥリエルの元へと歩を進める。
「だ、めです……巫女様……!」
シャンテが痛みに苦しみながらも、ナホを止めようとする。
「大丈夫。大丈夫だよ」
歩を止めず、それだけ言う。
それは、シャンテに言っていて、ナホ自身にも言い聞かせている。
「――っ」
アルクの隣を通ったその時、ナホの脚をアルクが掴む。
「行、くな…………姫……さん……!」
必死に立ち上がろうとするアルク。けれど、手足に力が入らないのか、地面に触れるだけで立ち上がる事が出来ない。
ナホはアルクの手を優しく振り解き、歩を進める。
「ありがとう、アルク」
「姫、さ……」
ナホに手を伸ばすアルク。
しかし、必死に伸ばした手は届く事無く無意味に宙を漂う。
「来たよ。約束通り、アルクは殺さないで」
クゥリエルの前に立ち、そう懇願する。
シャンテとエンテを助ける事は出来ない。けれど、アルクだけは助けてもらえる。
罪悪感に押し潰されそうになりながらも、ナホはどうしてもアルクだけは助けたかった。
「僕様は嘘は吐かない。が……」
直後、無数の光剣がアルクやシャンテに殺到する。
「来るのが遅い。ゆえに殺す」
「――ッ!! ダメ、止めて!!」
ナホが即座にアルクを護ろうと振り向くも、その足をクゥリエルに払われてその場に転んでしまう。
光剣は、容赦無く三人に降り注ぐ。
「止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええッ!!」
必死に叫ぶ。しかし、無情にもクゥリエルの光剣はアルク達を突き刺――
「止めぬか、この大馬鹿者が」
しわがれた、しかし、この場に居る誰よりも強い声。
その者が一つ脚を踏みならすだけで、暴風のような衝撃波が生まれ、全ての光剣が掻き消える。
「――ッ!! 邪魔しやがったなこの糞爺!!」
クゥリエルの激昂した声が聞こえる。
今まで怒りは覚えていたものの、激しく怒る事が無かったクゥリエルの、荒ぶる声。
その声は敵であるナホ達には向けられておらず、新たに現れた者へと向けられていた。
「邪魔もするわい。お前さんのやり方は強者のやり方ではない。それでは、ただの卑怯者の所業だ」
クゥリエルが怒りを向けるのは、色素の抜け落ちた白髪を切り揃えた初老の男。
男は猫のように静かに歩き、クゥリエルの元へと歩み寄る。
白く上質な羽織りの背中には『IV』の文字。
滅龍十二使徒が第四席。タソガレ・フガク。武神の称号を持つ、正真正銘の武の頂点。
「はぁ? 僕様は強者だ。相手の生殺与奪の権を持つ者こそ強者だ。今この場に置いてその強者は僕様だ。その僕様の行動のどこが卑怯なのさ?」
「その心根こそ卑しさの証よ。強ければ何をしても良い訳では無い。それ相応の高潔な振る舞いをして、初めて強者を名乗れ、他称される。お前のそれはただの卑劣漢よな」
「――ッ!! 言うじゃ無いか爺……!! じゃあこいつらを生かすのか? 強者らしく振舞って教義を疎かにするのか?」
「お前はこの赤毛の小僧を殺さないと言ったろうに。教義に逆らう結果になったのはお前の軽い言葉の結果だ。お前が吐いた言葉くらい責任を持て」
フガクは呆れたように言うと、倒れたままのナホの手を取り、自然な動作で立たせる。
「!?」
あまりにも自然に立ち上がったために、自分が立ち上がった事に気付くのに少しの間を要したナホは驚きのあまり眼を見開く。
「さて、では行くぞ。もう用は済んだろう」
「待て!! そいつは僕様のものだ!! 僕様の手柄を横取りするな!!」
「横取りするつもりなど無いわい。お前に任せていると、いつ殺されるか分からんからだ。ほれお嬢さん。行くぞ」
「え、あ、はい……」
一瞬助けてくれたのかと思ったけれど、結局連れて行かれる事に意気消沈するナホ。
その視線はちらりとアルクに向けられる。
「安心せい。此処では殺されんよ」
「え?」
不安そうにするナホに、フガクは小さく言葉をかける。
「行くぞ、第七席。爺に置いてけぼりにされておっては、若者の名折れだぞ」
はははっと快活に笑いながら、フガクはナホを連れて森を抜けるために歩く。
「~~~~ッ!! ああ糞ッ!! 分かった!! 分かったよ!! 今回だけは見逃してやる!! 次に会ったら必ず殺す!! 僕様はこの言葉を違えないからな!!」
吐き捨てるように言って、クゥリエルは二人の後を追う。
クゥリエルとしては残りを殺す事にかまけて手柄を取られる事を良しとはしない。それに、優先順位は全員の殺害ではなくナホの奪取だ。それが達成された今、有象無象に構っているのも無意味な事だ。
遠ざかる三人。その背中をただ見ている事しか出来なかったアルクは、失意の中で気を失った。
くそッ……俺は、また……。
〇 〇 〇
「あん? 撤退ってどうゆこっちゃ? ああ、巫女さん捕まえたんか。わーったわーった。ほなら、ワイも戻るわ」
「――ッ!! あの馬鹿、しくじりおって!」
突然戦闘を止めて誰かと話し始めたアイザックの言葉を聞いて、オプスはアルクがしくじった事を確信する。
「はぁ……あんたとの戦いもおもろかったんやけど、もう戻らないけんのや。堪忍な」
申し訳なさそうに片手を上げて謝るアイザック。その仕草は気軽そうに見えるけれど、その目に宿る闘志は消えておらず、撤退命令が撤回されれば即座にオプスに切りかからんばかりだ。
「ほなな。次も楽しみにしてるわ」
「……次に会ったらその首噛み切ってくれる」
「なははっ! そりゃ楽しみやわ!」
笑いながら、アイザックは転移を使って姿を消す。
その瞬間、オプスの身体から力が抜ける。
「久方ぶりに、危なかったな……」
オプスの身体はぼろぼろで、ところどころから血が流れている。
いつも綺麗に整えられた髪も乱れ、皺一つ無い燕尾服も切り刻まれ、見るも無残な姿になっている。
「オプスさん!!」
「ああ、無事だったか」
荒れた息を整えていると、クルドの一矢の面々がオプスの元へとやって来る。
大きな怪我はしていないけれど、彼等も満身創痍であり、目に見えて消耗をしていた。
「あいつら撤退していったけど……もしかしてアルクさんがやってくれたの?」
「なら良かったがな。あの馬鹿、失敗したようだ」
「それって……!!」
顔を青褪めさせるカタリナに、オプスは業務的に告げる。
「攫われただけだ。まだ猶予はある」
けれど、どうにかするにはあまりにも難しすぎる。
滅龍教会が撤退していった方角には、滅龍教会の支部が幅を利かせている街がある。その街は規模も大きいため、その分支部の規模も他の小さな街と比べて大きなものになっている。
つまり、それだけ滅龍教会の力がその支部に集まっているという事になる。
助け出すには、あまりにも戦力が足りない。
それに、あのアルクが負けたのだ。相手は信徒では無く、滅龍十二使徒とみて間違い無いだろう。
滅龍十二使徒が少なくとも二人はその支部にいる事になる。
「策を練らねばな……いや、その前にあの馬鹿を回収しよう。生きてるかどうかは、定かでは無いがな……」
敵がナホの仲間であるアルクを見逃すはずが無い。
生存している可能性は低いだろう。
「……この、大馬鹿者が……!」
歯噛みしながらも、オプスはアルクの匂いのする方へと歩を進める。
クルドの一矢も沈痛な面持ちでそれに続く。
負けたのは初めてではない。誰かを失うのだって初めてではない。
それでも、仲間の死に慣れた訳でも無ければ、負けた後に平気な顔をしていられる訳でも無い。
まだ助けられる。まだ猶予はある。けど、どうやって? あのアルクが負けた。オプスだって勝つ事が出来なかった。その相手に、どうやって?
不安が胸中を占める。
それでも、アルクが生きている事を願って、その足を速めた。




