012 滅龍十二使徒・第七席
慌ただしい音。誰かの怒号。そして、今までに見た事も無い攻撃的な色が視界一杯に広がる。
「――ッ!!」
今までに見た事も無い色を目にし、ナホは慌てて飛び起きる。
「巫女様!!」
ナホが起きた直後、シャンテが慌てた様子でナホの部屋へと入って来る。
「敵襲です!! この支部を捨てて脱出します!! 直ぐにご準備を!!」
「敵襲……って、まさか……!!」
「はい、滅龍教会です……!!」
慌ててベッドから降り、部屋の外へと出る。
支部内は慌ただしく、すでにあちこちから戦闘音が聞こえてくる。
『……巫女様……!!』
エンテが龍骸を身に纏い、ナホの元へと駆け寄る。
『……直ぐに、発ちます……! ……さぁ、こちらへ……!』
「発つって、此処はどうするの!? 他の皆は!?」
「此処は破棄します。他の者も、別々のルートで脱出します。ですから、お早く!!」
シャンテがナホの手を引いて走り出す。
エンテは剣を手に、先を走る。
悲鳴や怒号が響き渡る。
此処は憩いの場では無く、すでに戦場と化してしまっている。
「居たぞ、龍の巫女だ!!」
「捕らえろ!! 手足を切り落としても構わん!!」
行く道から、滅龍教会の信徒が現れる。
『……邪魔だ……!!』
エンテが斬撃を飛ばして信徒を容赦無く吹き飛ばす。
血が舞い、四肢が飛ぶ。
「――ッ!!」
そんな姿を、見た事が無い訳では無い。けれど、その光景は鮮烈にナホの眼に焼き付く。
「なんで、こんな……こんな事に……!!」
信徒は確実にナホを探していた。狙いは間違いなくナホだ。
自分が此処に来なければ、自分がもっと上手く逃げていれば……。
そんな後悔に襲われるけれど、足は止めない。止めてしまえば、それこそ全てが無駄になってしまう。
『……巫女様……外に出たら、龍外の下僕に乗って、即座に発ちます……。……少々荒く、なりますが……ご勘弁を……』
「…………うん」
文句なんて言えない。言っていい訳がない。
「もうそろそろです!!」
三人はとある部屋に入ると鍵を閉める。
エンテがタンスを掴み乱暴にどかせば、そこには隠し通路があった。
『……此処を、通ります……。……着いてきて、ください……』
「分かった」
隠し通路をエンテが先に通り、その後をナホ、シャンテと続く。
いつ隠し通路の場所が敵に知れるとも分からない。三人は、駆け足で隠し通路を進む。
やがて隠し通路に終わりがやって来る。
重厚な扉までたどり着き、エンテが片手で扉を押し開ける。
外は少し開けた森の中。森の中であれば、敵の目もくらます事が出来る。
『……龍骸の下――』
「はいどーもわざわざご苦労ー」
即座に龍外の下僕を召喚しようとしたその時、三人の正面から声がかかる。
そこには一人の少年が立っていた。
「うっ……!!」
それを視認した直後、ナホが苦しげに目を押さえる。
世界視を使って敵の位置を把握はしていた。警戒はちゃんとしていた。ナホ達の進む先に何も居ないと、脅威は無いはずだった。
それなのに、目の前の少年は立っていて、あまつさえ激烈な敵意の色を向き出しにしている。
これほどの色であれば、ナホが見逃すはずが無い。けれど、ナホは今まで見逃していた。
「う、くっ……!!」
急激に強い色を視たせいで、酷い頭痛に襲われる。
「失礼な奴だな、お前。僕様を見て顔を覆うだなんて」
腹立たし気に少年は言う。少年から更に敵意の色が強まる。
『……貴様……!! ……外道の第七席か……!!』
エンテが激情を込めて少年に問えば、少年は不快そうに表情を歪める。
「外道に外道とか言われたくないし。てか、お前ごとき雑魚が僕様に話しかけるなよ。僕様の貴さに汚れが付くだろ?」
『……黙れ……!!』
「待ちなさいエンテ!!」
今にも切りかかりそうなエンテを、シャンテが制する。
「今は巫女様を逃がす事が先決です。怒りに呑まれないで」
『――……ッ!!』
寸でのところで、エンテは踏み込む足を止めた。
「はぁ……めんどくさ。馬鹿みたいに突っ込んでくれれば簡単だったのに。雑魚が変に頭を使うなよなぁ」
心底面倒くさそうに少年は言う。
「ま、いいや。簡単に進めよっか。おい、連れてこい」
少年が声をかければ、少し離れたところから信徒が三人現れる。
「――っ!!」
『……なっ……!!』
「そんな……!!」
信徒は手ぶらで現れた訳では無かった。信徒に腕を掴まれ、一緒に連れてこられている者達がいた。
「巫女様ぁ……っ!!」
泣きながら、少女がナホを見た。
信徒達が連れてきたのは、ナホを案内してくれた三人の子供達だった。子供達の首元にはナイフが押し付けられていた。
『……貴様ぁ……ッ!!』
「落ち着けよ雑魚。お前程度が僕様に刃向かったところで万に一つもないって分かれよ。はぁーあ……これだから雑魚の相手なんてしたくないんだよ。僕様の貴い時間を無駄に浪費するだけだってのに……」
疲れたように少年は溜息を吐く。
「ま、いいや。手短に行こう。僕様も暇じゃないんだ。そっちの龍の巫女を渡せばこいつら全員返してやるし、信徒も撤退させてやる。だから早くそいつをこっちに渡してよ」
『……ッ!! ……卑劣な……ッ!!』
「当り前だろ。こっちはお遊びやってんじゃないんだよ。お前等みたいな雑魚をこの世から一匹でも多く消せるなら手段なんて選ばないよ。さ、早く寄こせ」
『……クソッ……!!』
エンテにとって、ナホを護る事が最優先事項だ。しかし、子供達の命だってエンテにとっては大事な事だ。それは、シャンテだって同じだ。
だからこそ、判断が鈍った。
「……遅い」
言って、少年は信徒の一人に視線を向ける。
それだけで、信徒は何の躊躇いも無く行動に移した。
「――ッ!! ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええッ!!」
意図に気付いたナホが叫ぶ。
しかし、信徒は躊躇いも無く、容赦も無く、少年の喉元をかき切った。
鮮血が吹き出す。子供達の泣き声が聞こえてくる。
首を切られた少年は、力無く地面に倒れる。
「そんな……っ。そんなっ……!!」
「遅い。後三秒で決めろ。三……二……」
『……貴様ァ……ッ!!』
「ま、待って!! 分かった、分かったから!! 僕が君に――」
「ゼロ。やれ」
信徒がナイフでもう一人の少年の首をかき切る。
同じように、鮮血が吹き出す。
エンテは進みたくても進めない。自分が動けば残った少女を殺される。助けたい、けれど、ナホも護らなければいけない。二つの想いに支配され、エンテは動くことが出来ない。
「なんで……!! 僕は行くって……!!」
「なら早く来い。お前ごときが僕様を待たせるな」
言われ、ナホは即座に少年の元へと向かう。だって、これ以上子供が死ぬところなんて見たくなかったから。
それなのに――
「やれ」
「な――!!」
――少年は残酷に命令をし、酷薄に少女の命を奪わせた。
「な、んで……」
行ったのに。向かったのに。
そんな疑問を少年に向けるナホに、少年は冷め切った表情でナホに返した。
「僕様には敬意を表せ。僕様に口をきくなら、敬語を使え」
そんな、そんな事で、そんな程度の事で……。
『貴様ァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
葛藤から解き放たれたエンテは即座に少年へと肉薄する。
その最中に斬撃を飛ばして子供達を殺した信徒を殺す。
「ふん。雑魚風情が」
『……黙れぇッ!!』
少年に迫り、長大な剣を振り抜く。
しかし、まるで少年はそれを予期していたように事前に身体を移動させてエンテの攻撃を躱し、がら空きになっている腹部を容赦無く蹴り付ける。
『……ぐっ……!!』
「のろま」
『……この……ッ!!』
蹴られた体勢から無理矢理に剣を振るが、それもまるで知っていたかのような動きで躱される。
「はぁ……本当に雑魚だなぁ。僕様に何の利益も無いじゃないか」
エンテの攻撃を余裕の動きで躱す少年。いや、その表現は実のところ正しくは無いだろう。少年は躱していない。エンテが攻撃をする前に、少年は移動を終えている。エンテは、少年が先程居た場所に向かって剣を振るっているのだ。
少年のその動きはまるで未来が見えているかのような、相手の先を読んだ動き。
その動きの中で、ナホは少年の背を見る。
「――っ!! そんな……!!」
少年の衣服、その背部には数字が刻まれていた。
『VII』。その数字の意味を、ナホは知っている。
滅龍十二使徒の第七席。つまり、あのノインよりも格上の存在。
「ようやく気付いた? 本当に雑魚は察しが悪くて困るね」
『――が……ッ!?』
言いながら、第七席――クゥリエル・ハルムハイドはエンテの顎を蹴り上げる。
衝撃を逃がしきれず、エンテはその場に崩れ落ち、龍骸が剥がれる。
「……混じってるな、気色悪い」
クゥリエルはエンテを踏みつけると、腰に佩いていた剣を抜き放ち、エンテの腕を貫く。
「ぐっ……ぁぁぁぁああああっ!!」
「喚くな。僕様の耳が汚れる」
「がっ……!!」
クゥリエルは煩わし気にエンテの頭を踏みつける。
「――ッ!! お前ッッ!!」
その瞬間、シャンテが短刀を引き抜いて飛び出そうとするけれど、それを寸でのところでナホが止める。
「巫女様お放しください!!」
「ダメ!! 言っても勝てないって分かるでしょ!?」
「勝てないからなんだというのです!!」
「勝てないから意味が無いって分からないかな? 雑魚なりに頭使ってくれないと、僕様も困るんだけど」
「その汚い脚を退けろ!! エンテはお前のような奴に踏みつけにされるような者ではない!!」
「……今何て言った?」
瞬時に、クゥリエルの雰囲気が切り替わる。気だるげな雰囲気から、冷たく張り詰めた雰囲気へと変貌する。
「僕様の効き間違いかな? えぇ? 劣等種ごときが、僕様の脚を汚いって言った?」
「ええ言いましたとも!! その汚物にも劣る汚い脚を退けなさいと、そう言いました!!」
「よし、では死ね」
瞬きする間も無く、シャンテの目前にクゥリエルが迫る。
シャンテに凶刃が迫る。が、シャンテと凶刃の間にナホが身を滑り込ませる。
「――ッ!!」
クゥリエルは慌てて踏み止まり、寸前で剣を止める。
「……んのッ!! 僕様の邪魔をするな雑魚がッ!!」
しかし、止めたのは剣だけだ。
即座にナホの頬を叩いて自身の前から退かす。
「うっ……!!」
「巫女様!!」
倒れ込むナホにシャンテが駆け寄ろうとするけれど、そのシャンテにクゥリエルは剣を振り抜く。
目前まで剣が迫り、瞬間で死を覚るシャンテ。
「おらぁッ!!」
が、死ぬにはまだ早かったようだ。
シャンテに迫る凶刃を、何者かが防ぐ。
「なっ……!!」
此処でクゥリエルが二度目の驚愕を見せる。
その隙を逃す程、その者は甘くはない。
クレナイ流槍術、二の技、薙ぎの炎刃。
槍の穂先に炎が集まり、激しく燃え盛る。
鋭い斬撃がクゥリエルを襲うも、クゥリエルは剣でぎりぎりその斬撃を受ける。
背後に跳んで衝撃を殺しながら、クゥリエルは乱入者から距離を取る。
「お前……」
不愉快さを隠しもせずに、クゥリエルは乱入者を睨む。
「何とか間に合った……って、訳じゃなさそうだな。悪い、遅れたな、姫さん」
「アルク……」
乱入者――アルクの顔を見て、ナホは心底安堵したように表情を緩める。
しかし、アルクの表情は硬いままだ。
一度視線を巡らせれば、此処で何があったのかは容易に想像が出来る。特に、子供達の死体を見れば、相手がどんな非道を行ったかなんて考えるまでも無い。
「姫さん、下がってろ。すぐにあの馬鹿が来る。姫さんは馬鹿と一緒に逃げろ」
「う、うん……けど、アルクは……?」
珍しく、本当に珍しく、アルクが怒っていた。
「俺はこのクソガキを殺してから行く。安心しろ。こんな雑魚に負ける俺じゃねえ」
「でもそいつは……!!」
「分かってる。滅龍十二使徒だろ? そんなん、相対すりゃ分かるさ」
アルクは隙無く槍を構える。
「けど、任せろ。こいつは俺が絶対に殺してやる。だから、姫さんは馬鹿が迎えに来たら一緒に逃げろ。良いな?」
「う、うん……」
アルクの言葉にナホは躊躇いながら頷く。
今のアルクからは、どこか危うさを感じる。
「……僕様を殺す? 雑魚風情が、僕様に傷の一つでも付けられるとでも思ってるの? 不愉快極まりないんだけど」
「弱者を利用して戦うような奴は雑魚だって相場が決まってんだよ。特に、手前みてぇに自分以外の全て見下してるような馬鹿はな」
「……口を慎めよ劣等種が。誰に物を言っているか分かっているのか?」
「滅龍十二使徒だろ? 知ってるよ。けど、お前からはノイン程の強さも高潔さも感じねぇ。お前が末席だって言われた方がしっくりくるわ」
アルクの言葉を聞いた瞬間、クゥリエルの表情が怒りに歪む。
「……無駄口きいた事を後悔させてやるぞ、劣等種……!!」
「やってみろ滅龍十二使徒の面汚しが。言っとくが、俺ぁそこで伸びてる奴ほど弱かぁねぇぞ?」




