011 滅龍十二使徒・第六席
ナホが信龍教会に身柄を保護されているその時、アルク達はとある山中で身を潜めていた。
「っで……くっそ。馬鹿みてぇに強ぇな、あいつ……」
自ら傷の手当てをしながら、アルクは毒を吐く。
滅龍十二使徒が第三席、アリアステル・シルバーの襲撃から無事に逃げおおせる事が出来たは良いものの、ナホとは離れ離れになってしまった。その上、居場所も分からないとあれば、毒の一つや二つは吐こうというものだ。
「四席より上の力は最早人外に等しい。特に、一から三は最早人をやめているはずだ」
「あいつ人間じゃねぇのかよ……」
確かに、人間離れした美貌と強さを誇っていた。そも、アルクからすれば第十二席であるノインでさえも高みの存在だ。ノインから上は、最早人外であってもおかしく無いと思っている。
「アリアステル・シルバー。彼奴は精霊と人の混血だ。姫様の世界視程では無いが、人には見えないモノが見え、人よりも長命で頑強だ」
「精霊と人の混血、か……三席でそれなら、上二人はどんな奴ら何だよ……」
「第一席と第二席は分からぬ。伝説は多いが、あまりにも核心を突いた情報が少ない。まぁ、まず真っ当な人間では無かろうよ」
「そんな人達が相手なのか……」
アルクとオプスの会話を聞いて、リディアスが憂慮するように言葉をこぼす。
「何ナーバスになってんのよ! アタシ達はもう敵認定されちゃったんだから、戦うしかないじゃない!」
「痛っ。た、叩く事ないだろ!」
「うっさい馬鹿! 空気も読まずにしみったれた事言ってるからよ!」
セローニャはそう叱責するけれど、表情が僅かに暗い。
いや、セローニャだけではない。クルドの一矢の全員が、この先を憂いて表情を暗くしている。
「抜けるなら今だぞ、お前達。今ならまだ間に合う」
オプスが言えば、五人は互いの表情を見て、けれど、誰も答えを出す事は出来なかった。
そんな中、唯一カタリナだけが答える。
「私は……ううん、サリファには、ナホ様の目が、必要。だから、私は戦う」
「そうか」
カタリナの言葉に、オプスはただ頷くだけだった。
「俺とこいつは姫さんを助ける。けど、それは強制じゃねぇ。俺とこいつ、後カタリナは自分で決めた事だけど、お前等は言っちまえば行きずりだ。報酬に釣られたって言やあ、周りも納得すんだろ」
カタリナは獣王国サリファの使いとして行動している。そのため、ナホの護衛を依頼すれば、その料金は国が持ってくれる事になっている。国から貰える報酬は他の報酬とはくらべものにならない程多く、目が眩んだと言っても信用してもらえるだろう。
「今日は此処で夜営にする。答えは明日の朝に聞く。それまで、ゆっくりと考えるが良い」
「おい。すぐに行かねぇのかよ」
「馬鹿め。姫様の場所も分からぬのだ。闇雲に探し回っても意味が無かろう。今、私の配下に探索をさせている。配下が見つけるまで、疲弊した身体を休めるのが賢い選択だ」
オプスは影の中から薪を取り出し、簡易的なかまどを作って火をくべる。
今すぐ探しに行きたい衝動はあるけれど、確かにオプスの言う通りだ。無闇矢鱈に探し回って、明後日の方向に進んでいたのでは意味が無い。此処は、目鼻が利く龍種に捜索を任せるのが一番だろう。
それに、今のアルクではアリアステル・シルバーに勝つことが出来ない事は目に見えている。
それほどまでにアリアステルは別格であった。恐らく、上位龍であるアハシュやギバラでさえもアリアステルの足元にも及ばないだろう。得体の知れない上位龍であるアストラルであれば、あるいはと思うくらいである。
「……強くなんねぇとな……」
「急くな……とは言えぬな。あれ程の強さを前にしてしまえば、そう思うのも無理はない」
強くならなければいけない。滅龍十二使徒の末席であるノインにすら勝てない。名持ちの上位龍にも勝てない。アルクが勝ったのは、最初の上位龍だけだ。それ以降の強敵には誰一人にだって勝てていない。
強く無ければ、ナホを護れない。クレナイ流槍術が最強の武術であると証明できない。
そのための旅。そのための強敵のはずなのに、アルクはまだ黒星の方が多い。
強くなっている実感はある。村を出る時よりも、アルクは確実に強くなっている。
けれど、敵はそんなアルクを嘲笑う程強い。
焦燥感が胸中に溢れる。
「……」
ナホの咆哮を相殺したあの技。あの技を、アルクは求めている。
けれど、アリアステルとの戦いの時、ついぞあの技が出る事は無かった。
感覚は憶えている。なのに、それが引き出せない。
それが、心底もどかしい。
「俺は……ッ」
何のために、此処にいるんだ。
〇 〇 〇
アルク達が野宿をしているその頃、ナホは信龍教会の食堂で夕飯をご馳走になっていた。
とは言え、パンにスープ、焼いた肉と豪華とは言い難いメニューだ。
「わぁっ、お肉ー!」
「肉肉ー!」
「やったー!」
しかして、子供達にとってはご馳走だったのだろう。出された料理を見て、きらきらと目を輝かせている。
彼等の服装に目をやれば、ナホが過ごしていた街の住民とは違い、古く汚れた服を着ている事が分かる。
あまり、贅沢な生活が出来ていないのだろう。それどころか、普通の生活をしているかどうかすら怪しい。
美味しそうにお肉を頬張る子供達。
その対面では、エンテとシャンテが無言で食事をしている。
どことなく居心地が悪い。アルク達といる時は、楽しくご飯を食べる事が出来たのにと、思ってしまう。
ナホはお肉を切り分けると、子供達のお皿に乗せる。
「え、良いの!?」
「うん。子供はいっぱい食べないとね」
「やったー!」
「ありがと、巫女様!」
「ありがとー!」
嬉しそうに、子供達はナホから貰ったお肉に齧りつく。
ナホは微笑ましい気持ちになりながら、質素になった夕食に手を付ける。
「……巫女様、私のを……」
「お気持ちだけもらっておきます」
「……むぅ……」
エンテの提案をすげなく断るナホ。まだまだ、エンテには心を開いていない様子だ。
少しむくれるエンテに、シャンテは仕方なしとばかりに溜息を一つ吐く。
「巫女様。でしたら、私のをお食べください。お譲りする優しさは美徳ですが、それでは巫女様の栄養が付きません」
「僕は旅の合間に色々食べてたので大丈夫です。お気持ちだけいただきますね」
シャンテの言葉にも、ナホは少しよそよそしく返す。
そもそも、今はあまり食事が喉を通らない。アルク達の事が心配で、それどころでは無いのだ。
硬いパンをスープで無理矢理流し込む。
「……すみません。今日はもう疲れました。もうお休みしますね」
「あ、では、ご案内を」
「道は憶えてるので結構です。それでは」
子供達にバイバイと言って頭を撫でてから、ナホは自分が最初に寝ていた部屋へと向かう。
道中、様々な人にまるで偉い人にするようにお辞儀をされるけれど、ナホは曖昧な笑みを返す事しか出来なかった。
何せ、ナホは偉くない。敬われるような事もしてこなかったし、偉業だって達成した事は無い。
たまたま白龍に会って、たまたま送魂の儀で白龍と一体化しただけなのだ。
急に敬われたって困る。
「はぁ……」
部屋に入るなり、ナホは深く溜息を吐く。
簡素なベッドに横になりながら、ヴォルバーグの語った白龍について考えを巡らせる。
白龍は上位龍であり、龍王すら手を出せない程の力を持った存在だった。その強さは、自身を殺しに来る敵を生かして帰せる程であり、今のナホには到底想像に及ぶ事が無い。
そんな力があれば、アリアステル・シルバーも倒せた。アハシュもギバラも、アストラルもノインも倒せた。
けれど、実際はどうだ。ナホは誰かに護られてばかりだ。今回だって、アルク達に護られたから生きる事が出来ているのだ。
「強く、なりたいな……」
思わず、口をついて出たその言葉に、ナホ自身が驚く。
強くなりたいだなんて、白龍と同化する前には思う事の無かった事だ。
それはおそらく、身の程を知っていたからだろう。
自分の弱さを知り、不甲斐なさを知った。あの頃の奈穂であれば、それは決して知ることの無かった世界。
強者に触れ、自分が護られている存在だと知り、その命が脅かされていると分かって、初めて抱いた想い。
自分が御世話になった人は助けたい。護りたい。そう思っても、ナホの力では出来る事の高が知れているのだ。
今のままでは、護りたい者を護る事など出来るはずも無い。
それをよく理解しているからこそ、強くなりたいと思ったのだ。
「……強くならなくちゃ……」
ナホはぎゅっと拳を握り締める。
今までは力が欲しいとただ思っているだけだった。けれど、身の丈に合わない力の発露はただの暴走に過ぎない。
強くなる必要がある。強くならなければ、白龍の力を満足に使えない。
「……ちゃんとアルクに槍教わらないと」
槍、もう一度調達しないとな。
ぐるぐると感情が渦巻きながらも、疲労からかナホは緩やかに眠りに着いた。
〇 〇 〇
ナホが信龍教会に到着してから、信龍教会の各支部への使いは直ぐに出された。
滅龍教会が主流となっている今、信龍教会は邪教扱いをされている。そのため、各支部は存在するものの規模は小さく、また数も少ない。龍に排他的な世界であるため、仕方が無い事ではあるけれど、信徒達は自分達が隠れなければいけないという事実に悔しさを浮かべる。
しかして、それも今日までだ。
龍の巫女がついに見つかったのだ。龍の巫女は信龍教会の旗印。龍の巫女さえいれば、信龍教会は盛り返す事が出来る。
龍の巫女は誰だって良い訳では無い。人と龍二つの力を持っており、二つの性質を身にやどした存在でなくてはいけない。かつて信龍教会を導いたとされる龍の巫女も、ナホと同じ存在だった。
ナホさえいれば、信龍教会は復興できる。
人と龍が共存できる世界を作る事が出来る。
そう信じて、使者は走る。
もうすぐ街にたどり着く。そんな時、一人の女性が使者の前に立ちはだかる。
思わず、使者は足を止める。
「しょ、少々、お時間よろしいですか……?」
おどおどとした様子で尋ねる女性を警戒しながらも、使者は笑みを浮かべて対応する。
「はい、何でしょうか?」
「あ、貴方は、龍は世界の敵だと思いますか?」
女性のその問いに、警戒を高めながらも使者は答える。
「ええ。龍は危険極まりない存在ですからね」
「そう、ですか……すみません、お時間を取らせてしまいまして」
頷き、女性は道を譲る。
この時、使者は一つのミスを犯した。
使者は邪険になったとしてもこの女性を無視するべきだったのだ。怪しまれたくないと思うあまりに、邪険な行動をしなかったのが誤りだった。
使者は女性に頭を下げながら、その横を走り抜ける。
「…………はぁ……私ってば、貧乏くじです……」
女性は一つ溜息を吐く。
彼女の声は使者には届いていない。すでに使者の背は遠く、また、彼女も相手に届かせるように言った訳では無いのだから。
「……第七席に報告しなくちゃ……うぅ……でも、私あの人苦手なんだよなぁ……」
憂鬱そうに溜息を一つ吐いてから女性は確かな足取りで歩き出す。
嫌な事だろうが仕事はきちんとこなす。それが彼女の流儀だからだ。
「はぁ……貧乏くじ……」
しかし、嫌なものは嫌なのであった。
街中にある信龍教会の隠れ家に使者は難無く入る事が出来た。隠れ家には信徒もおり、別段変わった様子は無い。
街の前で変な女にからまれた事もあり、もしや場所が割れたのかと思ったけれど、どうやらそう言う訳でも無いといったんは安堵する。
「それで、どうしたんだ、そんなに慌てて? 何か、良く無い事も起こったか?」
「いや、その逆だ。吉報だ、心して聞け。龍の巫女様が見つかった」
「――っ!! それは本当か!?」
大きな声で反応してしまう相手に、使者は静かにするようにジェスチャーで伝える。
「しっ! 声が大きい!」
「あ、ああ、すまん……。いや、しかし本当なのか?」
「ああ。龍骸の騎士が連れてきた。俺もこの目で見た」
「そうか……! いや、そうか……!」
使者の言葉を聞き、男は嬉しそうに報告を噛みしめる。
「では、我々信龍教会も……」
「ああ、動き出す時が来た」
使者と男は頷き合う。
これからだ。雌伏の時は終わった。これからは、龍と人との共存を目指して――
「なんやそれ。えらい興味深い話しとるやんか」
「「――ッ!!」」
突然聞こえてくる第三者の声に、二人は弾かれたように立ち上がって声の方を見据える。
「おうおう。反応はまずまずやな。うちの生臭共とは大違いやわ」
そこに立っていたのは一人の青年。だが、ただの青年ではない。
「お前……滅龍教会か……ッ!!」
「ご名答。やけど、ちと足らんわ」
言って、青年は二人に背を向ける。
青年の纏う衣服。その背部には数字が刻まれていた。
『ⅤI』。その数字の意味を知らない彼等ではない。
「滅龍教会滅龍十二使徒が第六席。アイザック・シュベルニー。よろしゅうな」




