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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第3章 白の少女と滅龍者と信龍教会
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010 昔話

久々更新いえあ

 人と龍の共存。


 出来るか出来ないかではなく、望むか望まないか。


 ヴォルバーグの問いに、ナホは特に考える事も無く答える。


「望みは、します。そりゃあ、平和な方が良いですし。それに……」


「お主が龍となってしまったから、か?」


 ヴォルバーグの言葉に、ナホはこくりと一つ頷く。


 現状、人と龍の共存という形でしか、ナホは安全に暮らす事が出来ない。


 何故だか知らないけれど、ナホは人と龍のどちらからも狙われている。人からは命を狙われ、龍からは身柄を狙われている。


 人はまだ分かる。人、特に滅龍教会にとっては龍は殲滅対象だ。狙われる事は悲しいけれど、まだ、理解が出来る。


 しかし、龍から狙われる理由が分からない。ナホと混じり合った白龍アナスタシアが関係しているのだろうけれど、そのアナスタシアにどんな秘密があるのかも分からない。


 どんな理由があるにせよ、ナホは人と龍の両方から狙われている。ナホが安全に暮らすには、人と龍が共存できる世界を作るしかない。


 だからこそ、望みはする。そうあれば、自分はとても生きやすい世の中になるのだから。


 しかし、だからといってそれだけが理由ではない。


「僕の安全もありますけど、僕は人と龍と一緒に旅をしてました。その人達と一緒に、今まで通り安全に暮らしていたいっていう気持ちもあるんです。だから、人と龍が共存できればいいなって、思います」


「なるほどのう……」


 ナホの答えを聞いて、ヴォルバーグは一つ頷く。


「お主の答えはちと違う部分もあるが、白龍とおおむね同じじゃ。人と共存したい。人と仲良うしたい。奴も、そう言っておったわ。まぁ、結局は……」


 その続きを、ヴォルバーグは言わない。その先を知らないのか、知っていて口を(つぐ)んでいるのか。


 おそらくは、後者だと思う。知っているからこそ、口には出せない事もある。


「こんなにも長き時を経ても、人と龍の共存は叶っておらぬ。誰が望んでも直ぐに望みは消され、どちらかが滅ぶまで殺し続ける。何とまぁ、無意味な事じゃ」


 疲れたように、ヴォルバーグは息を吐く。


「お主はどうするのじゃ? 望まずに宿命に巻き込まれた者よ」


「僕は……」


 何がしたいのかなんて、聞かれても分からない。


 こうなってしまったのも唐突で、ただただ生きるために逃げる事を選んだだけなのだ。


 アルクと接して、オプスと接して、人と龍は仲良くなれるとも思った。皆で仲良く過ごしたいから、人と龍が共存している世界を望んではいる。けれど、そんな世界に自分が出来るとは思っていない。自分は、そんなたいそうな存在じゃないのだから。


「分かりません。今はただ、死にたくないから逃げるだけです」


「……お任せを……巫女様は、私がお守り、します……」


 ナホの言葉に、エンテが粛々と言葉を返す。


「貴女じゃ無理。アルクより弱いんだから」


 しかし、此処に連れ去られた事が不満なナホは、とげとげしくエンテに言葉を返す。


「かっかっかっ! そのアルクとやらがどこまで強いのか知らぬが、エンテ、お主では龍の巫女を護れまいよ」


「……そんな事、無い……」


 笑いながら言うヴォルバーグに、エンテはむっとしたような声音で言う。


「エンテ、(おご)る事の無いように。貴女はまだ未熟なのですから」


 隣に立つシャンテも、ヴォルバーグの言葉に賛同する。


 誰も擁護の言葉を言ってくれない事に、エンテはむすっとした顔をして拗ねる。


 エンテの実力は信龍教会随一ではあるけれど、滅龍教会の面々と比べると数段劣ってしまっている。特に、滅龍十二使徒(アポストル)のメンバーには、まだ遠く及ばない。それこそ、末席であるノインにも勝てないだろう。


 アルクは善戦する事が出来たけれど、結局は勝敗はついていない。ナホの目から見ればどちらに軍配が上がってもおかしくはない、拮抗した勝負だったけれど、僅かにアルクの実力が足りていなかった。あのまま戦えば、恐らくアルクは負けていただろう。


 滅龍十二使徒(アポストル)に届かなかったアルクに勝てないのだ。エンテがナホを護れる道理が無い。


「まぁ、お主はまだ戦い始めて二年じゃ。まだまだこれからじゃの。精進するが良いぞ」


「……言われ、なくとも……」」


 完全に拗ねてしまったのか、ヴォルバーグの言葉にそっぽを向いて返す。


 そんなエンテを見て、ヴォルバーグは楽しそうに笑う。


「ヴォルバーグさん」


「うん、なんじゃ?」


「貴方は、白龍の事を知ってるんですよね?」


「ああ。じゃが、そんなには知らぬ。会ったのも数度。それに、仲が良かった訳でも無い」


「それでも良いです。白龍の事、教えては貰えませんか?」


 思えば、ナホは今自分の知らない事情に振り回されている。


 滅龍教会がナホを狙う理由は分かるけれど、龍がナホを狙う理由はまったくもって分からない。


 それは多分、ナホと混じり合った白龍に関わる事だ。それ以外に、ナホが狙われる理由が分からない。


「うむ、まあよかろう。お主には知る権利があるゆえな。じゃが、先も言った通り、我は多くを知らん。それでも良いかの?」


「はい。お願いします」


 ナホが頷けば、ヴォルバーグは淡々と語り始めた。


「白龍は、それは美しい龍だった。何者にも染められぬ白い(うろこ)。万物を見通す金眼銀眼(ヘテロクロミア)。そして、誰も敵う事の出来ぬ圧倒的な力。それこそ、龍王ですら白龍の前では立っておられぬ程だった」


「え、そんなに強かったんですか?」


「うむ。まぁ、我も白龍が龍王と戦っているところは見た事が無い。そこら辺は噂じゃ、噂。じゃが、圧倒的な力を持っていた事は事実じゃ。我もこの目で見ているゆえな」


「なら、僕も……」


 アナスタシアと同化した自分であれば、もしかしたら……。


「どうじゃろうな。世界視を引き継いでいるゆえ、力の一端を白龍より引き継いでいるのは事実じゃろうが……それ以上となるとお主が強くなって証明する他あるまいな」


「そうですか……」


「うむ。じゃが気にする事は無い。最上位龍がお主と同化したのじゃ。弱い訳もあるまいて」


 うろ覚えながらも、龍化に飲まれた時の事は憶えている。


 下位龍、中位龍を圧倒的な力で(ほふ)ったあの咆哮(ブレス)の威力。武に精通していないナホでも分かる。あれは、かなり上位の力だと。


「話しを戻すがの、白龍は龍王に匹敵する力を持っておる。その白龍が何故姿をくらませたのか、お主と同化しているのかは知らぬ。じゃが、一つ言える事がある」


「それは?」


「白龍に味方はおらぬ。誰とも組まず、誰とも群れず、しかし、慈愛に満ちた奴じゃった。いつも、高みから全てを見ているような、達観したように喋っておった。世界視はなんでも見通せる。知り過ぎたがゆえの、孤独だったのかもしれぬな」


 誰も味方がいない。それは、ナホにとって、とても寂しい事で、とても恐ろしい事だ。


 アルクやオプスがいなければ、それ以前に、この世界に一緒に来た滅龍者(かれら)がいなければ、ナホはやっていけなかっただろう。


 人と人の繋がりは大切で、愛おしものだと、ナホは思う。


 自然と、アナスタシアの境遇を思って眉尻を下げる。


「じゃあ、ヴォルバーグさんも、白龍とは……」


「知り合い止まりじゃろうな。そも、我は上位龍ではあるが、白龍の足元にも及ばぬ。対等とは、言えぬだろうな」


「守護龍様弱いのー?」


「我は強い。が、白龍の方が強かっただけじゃ」


 少女の言葉に、ヴォルバーグは威張ったように言う。が、直ぐに眉を(ひそ)め、考えるように言う。


「……本当に、白龍は強かった。だからこそと言うべきか、白龍には敵が多かった」


「それは、今の僕の状況と同じ、という事ですか?」


「ああ。人も龍も、白龍を狙っておった。まぁ、白龍は強い。お主とは違って、いつも返り討ちにしておったがの」


 それでも、多くの者に敵意を向けられると言うのは、心地の良いものでは無いだろう。むしろ、敵意に晒されるたびに、心に黒く(よど)んだ感情が溢れてくる。


 本当に助ける必要があるのか。命を奪ってしまえば楽なのに。


 ナホだって、聖人君子ではない。そんな暗い感情がふとした時に顔を出す事はある。


「じゃが、白龍はその誰も殺す事は無かった。打ち倒し、身体の一部をもいでも、命までは奪わなかった。あれは強者にのみ許された戦い方じゃったのう」


「……でも、なんで白龍は狙われたのですか? 脅威だから人が白龍を危険視するのは分かりますけど、同族である龍が白龍を狙う理由が分かりません」


 ナホの問いに、ヴォルバーグは一つ頷く。


「それは我も不思議に思った事じゃ。滅龍教会は邪龍鏖殺(おうさつ)を掲げてはおるが、龍には白龍を狙う動機が無い。龍王辺りならば事情は知っておるかもしれぬが……我にはなんとも言えぬのう」


「そう、ですか……」


 ずっと抱えていた謎が解決するかと思ったけれど、どうやらそう簡単に解決するような話では無いようだ。


 落胆するナホに、ヴォルバーグは言う。


「……一つ、思い当たる事が無いでもない」


「なんです?」


「鍵じゃ」


「鍵?」


「ああ。白龍は鍵を持っておると言った。じゃが、その鍵が何の、何処(どこ)の鍵かは分からぬ」


「鍵……」


 家の鍵、という訳では無いだろう。美しい龍の家の合鍵を大勢が求めている、なんて話ならばちょっと壮大なラブコメだと思うけれど、命を狙われている身としてはそんな話であってたまるかと言うのが素直な気持ちである。


 では、なんの鍵なのか?


 ナホは白龍と同化したけれど、その記憶を共有している訳では無い。それに、ナホ自身がこの世界に明るくはない。この世界では有名な御伽噺でも、ナホにとってはまったく聞き馴染みのないものだ。


「その様子じゃと、お主も分からぬようじゃのう」


「はい……」


「まぁ、そう落胆する事もあるまいて。……そうじゃ! お主、龍王に会ってみてはどうじゃ?」


「龍王に?」


「うむ。燦爛(さんらん)ノ龍王、調停龍であればなにやら知っておるかもしれぬ」


「燦爛ノ龍王……」


 燦爛。光り輝くさま。華やかで美しいさま。おそらく、光の龍王だろう事は想像がつく。けれど、誰も味方のいないはずの白龍の事情を知っている燦爛ノ龍王が一体全体どのような存在なのかは、まったくもって検討が付かない。


「調停龍は白龍の母じゃ。母である調停龍であれば、白龍の事を知っているやもしれぬ」


「――っ! 白龍のお母さんって、龍王なんですか!?」


「ああ。我が子と同化したお主であれば、会ってくれるやもしれぬ。じゃが……」


 言って、ヴォルバーグは思案顔をする。言ってしまったは良いものの、本当に言った事が正しいのか分からない、そんな顔だ。


「じゃが……?」


 続きが気になるナホは、思わず、ヴォルバーグの言葉遣いを真似て返す。


「……白龍は、自身の母には会おうとはせんかった。敵視はしておらんかったから、憎からず思っておったのは確かなのじゃが……どうにも、他人にはうかがい知れぬ確執があったようじゃ」


「喧嘩したとか、ですか……?」


「であれば可愛らしいのじゃが……大抵の事は笑って許しておった器の大きい白龍が持つ確執じゃ。そう簡単な話では無かろうて」


「そう、ですよね……」


「じゃが、先も言った通り、我と白龍は知り合い程度。会ったら世間話を三日程する程度じゃ」


「三日は長いですよ」


「話し込むとついつい時間を忘れるものじゃ」


 三日はついついで忘れて良い時間じゃない。やはり長命種は時間の感覚が人とずれているのだと改めて思うナホ。


「ともあれ、我と白龍の関係などその程度じゃ。白龍の本質を知っておらぬ我には、その確執がどんなものだったのかは分からぬ。もしかすれば、本当に大した事の無い事に意地を張っておったのかもしれぬしな」


「結局は、あって見なくちゃ分からないって事ですね」


「そういう事になるのう。済まぬの、この程度の情報しか無くて」


「いえ。とても参考になりました。どんな確執があるのかは分かりませんけど、仲間と合流したら、燦爛ノ龍王に会ってみたいと思います」


「うむ。じゃが、気を付けるのじゃぞ? 龍王は皆曲者揃いじゃ。一筋縄ではいかぬだろう」


「はい。ありがとうございます」


「なんのなんの。我も久々に懐かしい匂いを嗅ぐことが出来て満足じゃ」


 言って、優しい笑みを浮かべるヴォルバーグ。


「ヴォルバーグさんみたいに優しい龍ばかりなら、皆仲良くできるのに……」


 ヴォルバーグを見て、ナホは悲し気な笑みを浮かべながら言う。


「難しいじゃろうなぁ。人と人が仲良くできぬのと同じじゃ。ましてや我らは龍。お主が思うより、その溝は深い。じゃが……」


 すっと目を細め、ヴォルバーグはナホを見る。


「じゃが……?」


「……いや、なんでもない。さて、話はこれで終わりじゃ。そろそろ夕餉の時間じゃろうて」


「……そう、です……巫女様、食堂へ、行きましょう……」


 エンテが控えめに割って入る。


 エンテの事をまだ許していないのか、ナホは少しムッとしながらも、子供達もご飯だと喜んでいるのでそれに水を差す事はしなかった。


「では、僕達は失礼します。お話を聞かせていただいて、ありがとうございました」


「うむ。また来るがよいぞ」


「はい、是非」


 一つお辞儀をして、ナホは皆と一緒にヴォルバーグの部屋を出て行った。


 ナホの背を見ながら、ヴォルバーグはぽつりとこぼす。


「お主なら、あるいは……なんて、押しつけがましいじゃろうな」


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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです! 白龍そんな強かったんだ
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