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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第3章 白の少女と滅龍者と信龍教会
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008 アリアステル・シルバー

 出来るだけ距離を取るために必死に馬車を走らせる。


 あの場に居ては追手が差し向けられる。滅龍教会の手は広い。一つ二つ隣の町に行ったところで、直ぐに見付けられてしまうだろう。


 追手自体はさほど面倒にはならない。ただ、彼等は追手の対処に制限をかけてしまっている。


 不殺。それが、彼等の決め事だ。


 もちろん、命の危険を感じてしまえば殺す事もやむを得ない。けれど、彼等であれば並大抵の者では相手にもならない事は確かだ。アルクは上位龍を一人で相手取れるほどの強者だし、オプスに至っては圧倒的強者である上位龍だ。そして、クルドの一矢は上位二等冒険者だ。彼等に勝てる相手の方が少ないだろう。


 彼等が比較的(・・・)上位者であるゆえの決め事。元々、殺人など好んでする者達では無い、というのもあるけれど。


 ともあれ、殺すのは容易いけれど、生かした上で無力化するというのは中々に骨の折れる行為だ。そのため、彼等は無駄な戦闘は避ける方針に決めている。


 予定では、次の町に寄るつもりだったけれど、それも出来そうに無い。食料に困っている訳でも無いので、一行は行く予定だった町を通り過ぎてその一つ奥の町に行く事にした。


 一つ奥の町での滞在は一日だけだ。休み、必要な物を買ったら即座に出発する。気は休まらないけれど、安全に向かうにはそれしかない。


 そう判断し、即座に行動に出た。


「ふふっ、見付けましたよ」


 しかし、行動の全てが、彼等は遅すぎた(・・・・)


「――ッ!? 全員馬車から降りろ!!」


 アルクは叫び、ナホを掴んで馬車を破壊しながら外へと飛び出す。


 他の者も同様に、馬車を壊しながらも外へと脱出する。


 その直後。天井を何かが突き抜けて馬車を破壊する。


 その衝撃たるや、自身の足で飛び出したアルク達が更に吹き飛ばされる程の威力だ。たとえ上位龍だとしても、当たればただでは済まない。


 しかし、アルク達も歴戦の猛者である。急な衝撃であるにも関わらず、全員が全員綺麗に着地に成功している。


「あら、あらあら? (わたくし)とした事が、初撃を外してしまうだなんて」


 衝撃によって巻き上がる土煙の中から、楚々とした声が聞こえる。


 ひゅんっと一つ、風切り音が聞こえた直後、突風と共に土煙が晴れる。


 馬車の残骸の中心に立っているのは、正しく馬車を壊した張本人であった。


「うふふっ、いけませんね。ついつい(たぎ)ってしまいました」


 そう口にするのは、質素な修道服に身を包んだ豊満な肉体を持つ美女だった。しかし、いくつか質素な修道服には似つかわしくない部分がある。その最たる部分が、彼女の足だろう。


 彼女の修道服には深いスリットがあり、そのスリットからは鈍色に光る脚鎧が覗いている。


「くっ……! 随分とお早いお出ましだ……!!」


 彼女を見て、オプスは苦虫を噛み潰したような顔をする。


 他の者も、彼女の事は知らなくとも、彼女の背中に刻まれている数字の意味は理解が出来るだろう。


 『Ⅲ』


 彼女の背中には、そう刻まれていた。


「滅龍教会滅龍十二使徒(アポストル)第三席(・・・)、アリアステル・シルバー。邪悪なる龍よ、潔く滅びてください」


 アリアステル・シルバー。その姿を見た事が無くとも、その名くらいは知っている者が多いだろう。


 滅龍教会の第三席。美しい滅龍にして、苛烈な滅龍。滅龍教会一の龍嫌い。


 彼女の噂だけ(・・)は、国内だけでは収まらず、国外にも広がっている。


 アルクやオプスはこれまでで一番険しい顔をする。


 十二席であるノインと戦ったと思ったら、順番を飛ばしての三席(アリアステル)との戦いである。余裕の無い表情になってしまうのも仕方のない事だろう。


「――っ」


 ナホもアリアステルを見て、思わず目元を手で隠す。あまり効果は無いけれど、自分の色でアリアステルの色を視えないように塞いでいるのだ。


 彼女の光は灰色だった。強烈な程眩く、アルクやオプスが霞んでしまうくらいに、彼女の光は圧倒的だった。


 これは、戦わなくてはならない。戦わなければ、逃げられない。


「おい! お前らは姫さん連れて逃げろ!!」


「――っ! ダメ! アルク達だけじゃ勝てない! 僕も一緒に戦う!」


「それこそ駄目だ! 全員でかかっても万に一つだろうが!! 勝つ必要は無ぇ!! 姫さんが逃げ切るまで持ちこたえっから、さっさと逃げろ!!」


 言って、アルクは槍を構える。


 オプスはその隣に並び、軽く拳を握り締めて構えを取る。


「あらぁ。(わたくし)としては、全員で来ていただいた方が手間が無いのですけれど」


 本気の闘気をむき出しにするアルクとオプスを前にしてなお、アリアステルは余裕の笑みを浮かべる。アリアステルにとって、二人はその程度の存在だと言外に二人に伝えている。


「ナホさん、逃げるよ。このままじゃ俺達二人の邪魔になる!」


「そうよ! 悔しいけど、今は退くしか無いわ!」


 リディアスとセローニャがナホの手を引いてこの場から離れようとする。


「ダメ! 二人が死んじゃう!」


「此処に居たら皆死んじゃうんだよ!! 二人は俺達を逃がした後適当に逃げられる!! その時に俺達が居たら二人が逃げられないんだよ!!」


 リディアスが普段からは考えられない程強い口調でナホに言う。それほどの相手、それほどの危機なのだ。


「でも……でも……!」


 ナホが逡巡していると、アリアステルはきょとんとした顔でナホを見る。


「ナホ……? ……もしやとは思いますが、貴女は勇者の中で行方知れずになっている、石狩奈穂さんですか?」


「――ッ!?」


 唐突に本名を呼ばれ、思わず息を呑むナホ。


 ナホという名前だけで、石狩奈穂という存在に結び付くはずが無い。けれど、彼女の口からは石狩奈穂という名前が出てきた。


 ナホはおもむろに目隠しを外す。そして、肉眼でアリアステルを見る。


 金髪碧眼の豊満な肉体を持つ修道女がナホの視界に映りこむ。


「……………………あっ」


 最初は分からなかった。けれど、数秒彼女と見つめ合えば、彼女が誰であるのかを理解できた。


 ナホは、石狩奈穂は、一度だけ彼女に会った事がある。


 石狩奈穂が滞在していた町にある祭事、聖龍祭の折に、彼女は一度だけ姿を見せた事があった。


 その時は、彼女とは二、三言会話をした。しかし、その時には彼女は自らを滅龍十二使徒(アポストル)だとは名乗らなかった。巡礼に来た修道女のアリアと名乗ったのだ。


 ナホは記憶を辿ってようやく思い出したというのに、アリアステルは即座にナホの事を思い出した。ただの、落ちこぼれの滅龍者であるナホの事を。


「ああ、その反応。やはり、やはりそうなのですね……。という事は、そうですか……彼女(・・)は送魂の儀をしたのですね。可哀想に……」


 悲し気な表情を浮かべるアリアステル。しかし、ナホには聞き捨てならない言葉があった。


「送魂の儀を知ってるんですか?」


「知っています。ええ、知っていますよ、ナホさん」


 ナホの問いかけに、アリアステルは穏やかな顔で答える。


「それにしても、本当に可哀想です。あぁ、ナホさん……貴女はもう人では無いのですね……」


 言って、穏やかな笑みのままアリアステルは涙を流す。


「ええ、けれど、残念です。(わたくし)の本懐は滅龍。元は人とはいえ、龍となった貴女を処する事が(わたくし)の使命。ああ、本当に、残念でなりません……」


 瞬き一つ。それだけで、ナホの目前にはアリアステルが立っていた。


「せめて、一撃で落としてあげる事が情けでしょう」


 振られる脚。


 あ、死んだ。


 迫り来る鈍色の脚鎧に、ナホは自らの死を察した。


龍骸(りゅうがい)よ、起動せよ」


「――あら」


 甲高い金属音が鳴り響く。


「君は……」


 ナホの視界一杯に広がるのは、黒色の鎧。


「巫女様……お助けに、参りました……」


 それは、先程別れたばかりの龍の騎士であった。


「あらあら。本物の龍の騎――」


 言葉の途中で、アリアステルは身を翻して距離を取る。


 アリアステルが数瞬前まで立っていた場所には、鋭い槍と拳が突き刺さる。


「クソッ!! すばしっこい!!」


「脚に重りが付いているとは思えんな!!」


 ――クレナイ流槍術、一の技、焔穿ち。


 悪態を吐きながらも、アルクは即座にアリアステルに肉薄する。


(わたくし)はとても悲しいです。貴方達が邪魔をしなければ、ナホさんは楽になれたというのに……」


「ざけんな!! 手前(てめぇ)の価値観で姫さん語んなボケッ!! 確かに苦労しちゃいるが、憐れまれる程(みじ)めじゃねぇんだよ!!」


 ――クレナイ流槍術、四の技、炎々絶槍。


 焔を纏いし槍が鋭い刺突と斬撃を連続で繰り出す。


 しかし、相手は滅龍十二使徒(アポストル)の第三席。アルクの技を脚鎧で正確に蹴り捌く。


 そこに、オプスの細く、しかし過剰な威力を誇る咆哮(ブレス)が放たれる。


 オプスの咆哮(ブレス)を、アリアステルは蹴りの一つで上空へ逸らし、また流れるようにアルクの攻撃を捌き、反撃を繰り出す。


 動きにまるで澱みが無い。美しく、まるでそうなる事が当たり前であるような流麗さ。


 時折放たれる鋭い突きに、アルクの本能が最大限の警鐘を鳴らす。一撃でも喰らったら駄目だ。死にはしないかもしれないけれど、再起不能にはさせられる。


 それが分かっているから、アルクはアリアステルの蹴りを必ず避けるかいなすかをしなくてはいけない。


 死にはしない。という事は、アリアステルは手加減をしているという事だ。


 この鋭さ、この厳しさでまだ本気じゃ無いのかよ……!!


 一撃一撃繰り出されるたびに冷や汗が流れる。


 ノインは強かった。糸を巧みに操り、攻防一体で隙の少ない動きだった。けれど、勝てる見込みが幾ばくかは在った。まかり間違えば、アルクは勝つ事が出来ただろう。


 ノインとの戦いには、勝機があった。しかし、目前のアリアステルからは、まるで勝機を感じ取ることが出来ない。


 じりじりと追い詰められる、嫌な圧迫感だけが感じ取れる。


「……貴方達は彼女を可哀想だとは思わないのですか? 龍が混じり、彼女は最早人ではなくなってしまったのですよ? あぁ、汚らわしい血が混ざった事の、なんと不憫な事でしょう……」


 悲し気に歪められる顔。


 煽っている訳では無い。これが、心底からの彼女の本音なのだ。本気で、彼女はナホを憐れんでいる。そして、その命を絶って救ってやらなくてはと思っている。


 彼女からすれば、ナホは龍の被害者なのだ。


「せめてその哀れな生を終わらせて差し上げる事が、(わたくし)の出来る最大限の救済です。ですので、邪魔をしないでいただきたいものです」


「だから、手前(てめぇ)の価値観で語んな!!」


 アルクとオプスの怒涛の連撃が繰り出される。


 しかし、アリアステルはその全て捌く。


「…………旗色が、悪いか……」


 二人の戦いを見て、龍の騎士はそう呟くと、おもむろにナホを抱きかかえる。


「え、え?」


 急に現れた事もそうだけれど、急に抱きかかえられた事にも驚くナホ。


()でよ、龍骸の下僕」


 龍の騎士がそう言えば、龍の騎士の陰から、影の大きさ以上の骨の飛龍(ワイバーン)が現れる。


「――ッ!! おい、あんた何を――」


 リディアスが止めようとしたけれど、それより早く龍の騎士はナホを連れて上空へと飛び立った。


「ま、待って!! 僕を何処に連れて行くつもり!?」


「……巫女様には、我らが本拠へ……」


「だ、駄目だよ! まだアルク達が戦ってるんだから!!」


 暴れて、骨の飛竜(ワイバーン)から降りようとするナホ。


「……申し訳、ございません」


 龍の騎士は一つ謝ると、ナホのお腹に拳を入れる。


「――ぅっ……」


 拳一つで、ナホは意識を失う。


「……罰は、後程受けます……」


 ナホが暴れなくなったところで、龍の騎士は骨の飛竜(ワイバーン)の速度を上げる。


「――ッ! すみませんアルクさん!! ナホさんが攫われました!!」


「いや、それで良い!! 貴様等もさっさと逃げろ!! おい槍馬鹿!! 分かってるな!?」


「ああ!!」


 頷きながら、アルクは技を繰り出す。


 二人は此処で時間を稼がなくてはいけない。


 当初の予定とは違うけれど、飛竜(ワイバーン)の飛行速度で逃げれば短時間で長距離を移動する事が出来る。


 流石の滅龍十二使徒(アポストル)と言えども、遠くへ逃げたナホを探すのには時間がかかるだろう。


 二人は此処でなるべく時間を稼ぎ、ナホと『クルドの一矢』が逃げる時間を稼ぐ。


 予定通りとはいかないけれど、二人のやる事は変わらない。


「分かりました! お気を付けて!」


 それを理解しているビビは、即座に転進。リーダーが逃げる事を選択すれば、他のメンバーもその判断に従う。何せ、こういう場合に最適解を導き出せるのがビビだ。その判断に従わない馬鹿はこの中にはいない。


「さぁて、ちょっと付き合ってもらうぜ」


「何、そう長くは拘束しない。だが、少し此処で二の足を踏んでもらう」


 守るべきものを背に、二人は構える。


 そんな二人にアリアステルは不機嫌そうな視線を向ける。


「無粋な御方達ですこと……」


「それは――」


「――お互い様だ!!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 龍の騎士さん再登場早かった() 敵は3席だけあって流石の実力者ですね
[一言] 最悪は免れたけど、これ大丈夫かねぇ?
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