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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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005 騒動

 一夜明け、二人はそのまま出発する。一先ず、アレーの街を目指す。


「おい、こっからは平地だし、もう包帯しておけ」


「あ、うん」


 アルクに言われ、奈穂は包帯を巻いて目元を隠す。


 包帯をすれば視界がふさがり、何も把握できないと思っていたけれど――


「おい、大丈夫か?」


「あ、うん。結構分かる」


 普通に歩く奈穂。匂いと音でもある程度の状況が分かるけれど、それ以上の情報が奈穂に与えられている。


 目を閉じているにも関わらず、光が()えるのだ。ぽやぽやとした、ぼんやりとした光。


 その光には色があり、地面なら茶色。草木は緑。空は青で、太陽は赤。アルクは濁った赤色だ。


 試しにアルクに手を伸ばしてみる。アルクの腕に触れてみれば、光の位置とまったく同じ距離感だ。


「見えてんのか?」


「うん。なんか、ぽやっとした光が視える」


「光? って事は魔力か?」


「魔力? これが……」


 この世界には魔術がある。他の滅龍者は使える者が多かったけれど、奈穂は魔術は使えなかった。魔力を視る事が出来なかったからだ。


 このぽやぽやとした光が魔力なのかと納得しながら、視界に不調も無いのでそのまま歩き出す。


 歩いていて気付いたけれど、物体や生物にはそれぞれ色があるようだ。特に、生物は個体ごとに色が違う。色の系統は同じなのだけれど、その濃淡(のうたん)が違うのだ。


 それと、人はそれぞれ色が違うらしい。アルクは濁った赤だけれど、自分は真っ白だった。他にも、時たま通り過ぎていく人を視てみれば、青だったり灰色だったり、その色は様々だった。


 どういう原理なのか分からないけれど、人は色が違うという事は分かった。それと、アルクのように濃すぎる色を持っている者が少ない事も分かった。皆大体色が薄いけれど、アルクの色は濃いのだ。


 濃淡にはやはり意味があるのだろうと思うのだけれど、その濃淡の示す意味がまったく分からない。


「あ? 何見てんだよ」


「別に」


 あまりじろじろ見るとアルクが怒るから、じっくり観察は出来ない。


 まぁ、大体の距離感とかは分かった。目で補う情報に制限は出来たけれど、匂いや音でも距離感は掴める。龍になってしまったからなのか、五感は鋭くなっているようだ。


「あぶっ」


 けれど、たまに窪みが分からずにけっ躓いて転びそうになる。


「危ねぇな……」


 そのたびに、アルクが面倒くさそうに奈穂の手を取って支える。


「ごめん……」


 アルクの身体を支えにして体勢を元に戻し、再び歩き出す。


 奈穂とアルクの間に必要最低限以上の会話は無く、先程のような事やアルクが不快に感じた場合のみ、会話がある。


 助けてくれた時もあまり饒舌な方ではないと思ったけれど、今は昨日にもまして無口だ。奈穂としては、これからの旅のお供になるのだから、少しはコミュニケーションをとりたいと思うのだけれど、アルクは喋りかけ辛い雰囲気を出しており、まったく喋りかける事が出来ない。


 まぁ、視界を塞がれても周囲を視る事が出来るようになったので、アルクと反りが合わなくて解散、という事になっても問題ないのだけれど、せっかくなのだから一緒に旅をしたいと思ってしまう。


 アルクと殆ど会話の無いまま、アレーの街に到着した。


 アレーの街は賑わっており、人や建物、木々などの様々な色が視える。情報量が多くて少し眩暈がするけれど、我慢できない程ではない。


 旅に必要な物資の調達をしたいけれど、今日はもう日も暮れ始めてきてしまっているので、買い物よりも宿の確保を優先した方が良いだろう。


「とりあえず宿だな」


「うん」


 奈穂はこの街に来た事が無いので、アルクに案内は任せる事にする。


 アルクの横に並び、アルクに着いて行く。


「……」


 街の中を歩いていると、自分に視線が向いているのが分かる。


 包帯で目を隠しているのが珍しいのか、はたまたこのぼろぼろな恰好を見て驚いているのか。


「……ちっ」


 アルクは舌打ちを一つすると、奈穂の手を取って自身に近付ける。そして、自分を壁にするようにして歩き出す。


 アルクの突然の行動に驚いたけれど、アルクは無意味な行動をしないだろう。自分を隠す事には何か意味があるのだろう。


「いらっしゃい! 泊りか? それとも食事だけか?」


 宿屋に着くと、店主が野太い声で尋ねる。


「泊りだ。一泊な」


「部屋は二つかい?」


「一つで良い」


「飯は?」


「運んでくれ」


「あいよ。すぐ持ってく」


 店主に一泊分とご飯二食分のお金を渡せば、代わりに部屋の鍵を渡してくれる。アルクと一緒の部屋だけれど、奈穂に否やは無い。そも、奢ってもらっている身の上で、贅沢(ぜいたく)な事は言えない。


 二人部屋に通されれば、奈穂はようやっと気を緩める事が出来た。


「はぁ……」


 椅子に座り込み、深く息を吐く。


 しばらくして、店主がご飯を持ってきて、そのご飯を食べていると、アルクがおもむろに言った。


「おい、明日にはこの街を出るぞ」


「え、どうして?」


「あんたの恰好は目立ちすぎる。明日着替えと食料を買って、急いで次の街に行くぞ」


「僕の恰好が目立ちすぎるのは分かるけど、どうして早く発たなきゃいけないの?」


「あんたはすぐに噂になる。白い見た目の盲目の女なんて、噂にならない方がおかしい。それに、あんた追われてるんだろ?」


「追われてるっていうか、追われる可能性が高いというか……」


「どっちでも同じ話だ。あんたがいるって噂が立つのが一番困るんだよ。とにかく、明日には出るぞ。万全の状態で迎え撃つならともかく、その前に強敵と戦うなんざ御免だからな」


 それだけ言うと、アルクはもうそれ以上は何も言わなかった。


 ご飯を食べ終われば、アルクはぐーすかとベッドで眠ってしまった。


「……って、この部屋ベッド一つしかないじゃん……」


 店主がどういう意図でこの部屋を貸し与えたのか分からないけれど、おそらくそういう事を前提にはしているのだろう。


 元男としてはそんな事はしないし、したくない。それに、アルクももう眠ってしまっている。アルクにもそんなつもりはまったくないのだろう。


 本当はベッドを丸々一つ使いたいところだけれど、奈穂は渋々とアルクの横に寝転がる。自分で稼げるようになったら絶対に一つのベッドで眠ってやると思いながら、その日は眠りについた。





 翌朝。早くに目が覚めた奈穂は包帯を結び直してからアルクを起こす。


「アルク、朝だよ」


「んぅ……ぐぅ……」


「ぐぅじゃない。起きて」


「あぁ? まだいーだろうがよ……」


「よくない。今日には出るって言ったのアルクだよ?」


「あぁ? あー……んどくせぇ……」


 心底面倒くさそうにして起き上がるアルク。こいつ、やる気あるのかと思いながらも、養われてる身だと自分に言い聞かせて、言いたい気持ちを我慢する。


 起き上がったアルクは頭をガシガシと乱暴に掻くと、眠たそうに欠伸をする。


 奈穂に準備する物は無い。今の奈穂の荷物はぼろぼろになった衣服と、腰に括り付けていたミスリルの剣、採取用のナイフだけだ。


 アルクも荷物はまとめてあるし、着替えをする必要も無い。冒険者は根無し草が多いので、荷物となる衣服はあまり買っていない。そのため、毎日着替える事が無い。


「じゃ、行こっか」


「ああ」


 欠伸をしながら頷き、アルクは奈穂を伴って宿屋を後にする。


 途中でパンを買って腹ごしらえをしながら、二人は街を歩く。


 まずは冒険者御用達(ごようたし)の雑貨屋に向かい、旅をするための雑嚢(ざつのう)や、その他旅に必要な物を買う。


 次に、奈穂の服を買うために呉服店(ごふくてん)に向かう。


 店内を眺めるけれど、奈穂には物の大まかな形は分かるけれど、細かな形までは分からない。なので、どの服が良いのかがまったく分からない。


 服も色が違うし、濃淡があるけれど、その濃淡の意味も分からないのでなんの参考にもならない。


「ねぇ、アルク」


「あ? んだよ」


「アルクが選んでよ。僕、何がなんだか分からないからさ」


「あぁ? んなの適当でいんだよ。適当に選んどけ」


「じゃあ適当に選んで。僕、こういうの悩んじゃうタイプだから」


「……ちっ、面倒くせぇなぁ……」


 舌打ちをしながらも、アルクは奈穂の服を適当に選ぶ。選考基準は、旅をしやすく出来るだけ頑丈な服だ。それ以外の機能は必要無い。


「ほれ、こんなもんで良いだろ」


「うん、ありがとう」


 アルクが選んだ服を買い、奈穂は店の試着室を借りて着替える。


 ついでに下着を買ったのだけれど、さすがにこれをアルクに選ばせるのは酷だと思ったので、自分で選んだ。と言っても、何を選んでいいのか分からなかったので、サイズが合いそうな物を適当に買っただけだけれど。


 試着室の中で着替え、ぼろぼろになった衣服を処分してくれるように頼んでから店を出た。


「っし、準備は整ったな。んじゃあ、この街出るぞ」


「うん」


 準備も整ったので、二人はアレーの街を後にする事に。


 旅の必需品は買い揃えたし、服も着替えた。


 服は、頑丈そうな長ズボンに、頑丈そうな長袖。そして、頑丈そうなフード付きのコートだ。デザインは二の次。頑丈なのが一番大事なのだ。


 手早くアレーの街を後にし、二人は次の街へと向かう。


 アレーの街を出てしばらくすれば、奈穂は少しだけ肩の力が抜けるのを実感する。


 アレーの街には滅龍教会があり、滅龍教の信徒がいる。そのため、いつ包帯が解けて襲われるかと冷や冷やしていたし、エリルやメリッサがいつ街にやって来るかもしれない状況に心底肝を冷やしていた。


 無事に街を出る事ができ、奈穂はほっと安堵の息を吐く。


 街を出られたとは言え、人の往来がある道なので、まだ油断は出来ない。けれど、少し肩の力を抜くくらいならば良いだろう。


「おい、まだ油断すんなよ?」


「してないよ。ちょっと肩の力を抜いただけ」


 アルクの言葉に、少しだけむっとしながら返す。気分的には宿題をしようと思った時に、親に宿題をしなさいと言われた時の気分だ。


「なら良いけどな」


 興味なさげに言い、アルクは視線を前に戻す。


 時間的には出会ってまだ一日も経っていないので当たり前のことだけれど、奈穂はアルクの真意を読み取れないでいた。


 奈穂を助けてくれたので、良い人だとは思う。けれど、言葉遣いは乱暴で、奈穂の事を少しぞんざいに扱ったりもするけれど、奈穂の旅を手伝ってくれると言ったり、服や道具を買いそろえてくれたりと世話を焼いてくれる。


 アルクにとって、奈穂に雇われる事は利益にはならない。奈穂はお金を持っていないため、報酬を払う事が出来ない。また身体を売るつもりもないし、奈穂はアルクの性的嗜好の範囲外にいるために、自身の身体は対価にはならない。


 お金がかかり、危険が伴う。奈穂との旅は、アルクにとっては不利益でしかないのだ。


 本当に、なんでアルクが自分を雇う気はあるかと言ってきたのか分からない。奈穂にとってはとてもありがたい事だけれど。


 雰囲気的に、アルクは強者との戦いを望んでいるようであった。けれど、奈穂に追手が来るとも限らない。だから、アルクが強者と戦えるとも限らないのだ。それは、アルクも分かっているはず。


 それなのに、何故アルクは奈穂を手伝うのだろうか。


 街にいる間、様々な色を視た。けれど、アルクのような濃い色をした者はおらず、誰も彼も薄い色しかしていなかった。


 アルクだけが色が濃く見えるのは一体どういうわけなのだろうか? まだ色の見え始めたばかりの奈穂には分からない。


 視える色について色々と憶測を立てながら、奈穂は歩を進める。


 相変わらず窪みにけっ躓いて転びそうになるのを、アルクが苛立たし気に支えながら、いったん昼休憩を挟み、午後も日暮れまで歩けばアレーにほど近い乗合馬車のある街に到着した……のは、良いのだけれど……。


「……? 何かあったのかな?」


「まぁ、何かあったんだろうよ。こんだけ騒がしんだからな」


 街中騒然としており、住民も冒険者も大慌てで動き回っていた。


「なぁ、ちょっと聞いても良いか?」


 アルクが近くにいた冒険者に声をかける。奈穂は自分から話しかけるつもりが無いのか、アルクの後ろに隠れている。


「あ!? 今忙しんだ! 後にしてくれ!」


「あ、おい! ……ちっ。おい、ここ面倒くさそうだぞ? もう二つ先の街に行くか? そっちにも乗合馬車はあるぞ?」


 アルクがこの街を去る事を提案する。


 足を止めて少し事情を聞く間も無い程の緊急事態だという事は、先程の冒険者の態度を見れば分かる。面倒ごとの気配がぷんぷんする。


「……ちょっと、ギルドに寄ってみよう? 何か分かるかもしれないし」


「何が分からんでも、面倒くさい事になってる事くらいは分かるだろうが」


「そうだけど……」


 言いながら、奈穂は周囲の人を視る。様々な色が(せわ)しなく動く。


「……僕にも何かできるかもしれないし、さ」


 これでも、滅龍者だから。とは、言わない。そこまで言えるほど、奈穂はアルクを信用してはいない。


「あんた、自分が追われるかもしれないって事、分かってんのか?」


「うん。けど、少しなら猶予はあるでしょ?」


 いつ誰が来るか分からない状況は恐ろしいけれど、明らかに異常事態が発生しているこの街を放って出ていく事など出来ようはずがない。味噌っかすでも、奈穂は滅龍者なのだから。


 まぁ、まだ龍が関わっていると決まった訳ではないけれど。


「……ちっ、わーったよ」


 乱暴に自身の頭を掻き、アルクは冒険者ギルドまで向かう。


「ありがとう」


 奈穂はお礼を言ってから、アルクの後に続いた。


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