007 龍の騎士
応募用の原稿が終わったので更新再開します。
長らくお待たせしてしまって申し訳ございません。
まず、ナホ達に接触した人物達は信龍教会の信徒――という設定なのだろう。ナホに近付いたのは、ナホが信龍教会の信徒と接触していたという事実を作るため。そして――
「お逃げください巫女様!!」
「此処は我々にお任せを!!」
言って、男達は滅龍教会と相対するようにナホを庇う。しかし、それはナホを信龍教会が庇うという構図を作り出すための演技である事は最早明白である。
ナホが龍だと言う決定的な証拠は無い。であるならば、作ってしまえばいい。それが、ベルガのやり方だった。
それにはこの場に居る全員が気付いている。
しかし、ベルガが作り上げ、第三者がいないこの状況ではどのような行動をとったところで、ベルガが自身の都合の悪い解釈をするはずもない。この構図を作り上げられてしまった時点で、ナホ達は相手の術中にはまってしまったのだ。
なるほど、馬車の車輪を壊れやすいように細工したのもこいつらかと、アルクは納得する。
街からほど近く、しかし、街の者には見られない場所。上手く考えたものである。
今この場でナホを庇うようにして立つ三人を殺す、もしくは無力化したとしても、仲間を売る酷薄な連中だと解釈される事だろう。端からナホ達を黒と決めつけているような連中だ。好きなように解釈するだろう。
全員倒してさっさと逃げる。これが最適解だろう。そう思い、アルクは槍を振るおうとしたその時、何処からともなく声が聞こえてきた。
「龍骸よ、起動せよ」
直後、ただならぬ気配が放たれる。
「あえ……?」
滅龍教会の信徒の一人が縦に割れる。彼の足元には大きな鉄の塊があり、それが彼を引き裂いたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
「なっ!?」
思わぬ事態に、ベルガが困惑する。
しかし、ベルガの困惑を余所に、次々に信徒が引き裂かれる。
縦横斜め。正しく縦横無尽に。
速すぎてベルガら戦闘の素人には何が起こっているのか分からないだろう。しかし、戦いの玄人であるアルク達には分かった。
そして、人とは違う眼を持つナホにも、それを知覚する事が出来た。
「アルク!!」
「わーってんよ!!」
ナホの言葉に即座に応答し、アルクは一足で肉薄し、槍を突き出す。
「――っ!?」
金属同士が衝突する甲高い音が鳴り、ようやくその者の姿を目視する事が出来たベルガ達。
「な……なんなのだお前は!?」
その者は全身に鎧を纏っていた。しかし、それ自体は珍しい事ではない。騎士であれば鎧を着るし、滅龍教会でも位の高い信徒は鎧を着る事がある。
異様なのは、その様相だ。
禍々しい角に赤い瞳。まるで龍を無理矢理人型にしたような、そんな見た目をした鎧だったのだ。
「私……? 私は……龍の騎士」
ベルガの問いに素直に答える鎧――龍の騎士。
「龍の騎士だかなんだか知らねぇが、一体全体どういうつもりだ?」
龍の騎士の大剣を槍で受け止めながら、アルクが問う。
その問いに、龍の騎士は小首を傾げる。
「おかしな事を……言う……龍の巫女様……護る……それ、龍の騎士の……役目……」
「――っ!! や、やはり貴様は龍の巫女だったのだな!! ノイン様の仰ることに偽りは無かったという事だ!!」
龍の騎士の言葉に、ベルガは高笑いを上げながら言う。
「だから!! 姫さんは龍じゃねぇって言ってんだろうがよ!!」
「……それ、違う……あの御方……龍の巫女様」
「お前は黙ってろ!!」
「……黙る、そっち……それに……邪魔……」
大きく剣を振り上げ、アルクの槍を弾く龍の騎士。
「――なっ!?」
予想外の膂力に驚愕を隠せないアルク。
しかし、直ぐに驚愕を内に押し留め、アルクから距離を取り別の信徒を殺そうとした龍の騎士の前まで回り込み、その剣を受け止める。
「――っ…………貴方……とても、邪魔……」
「邪魔してんのはてめぇの方だろうが……!!」
受けるだけでは不十分と判断したアルクは、龍の騎士の大剣を逸らす。
「……」
大剣を逸らされた龍の騎士は、特に驚く事も無くそのまま攻撃を続ける。
その全てをいなし、防ぎ、弾く。
「…………」
「皆、仲間割れをしてる間に撤退するぞ!!」
「誰が仲間だよ……!!」
ベルガ達はアルクが龍の騎士を抑えている間に撤退をする。ベルガに必要なのは、ナホが信龍教会と繋がりがあると言う事実だけであり、今此処でナホを捉える事はそれほど重要ではない。
ナホ一行の特徴はすでに報告書にまとめてある。今回の出来事を通達すれば、要警戒対象から粛正対象に変更される事だろう。
「待て……」
「行かせるかよ!!」
逃げる信徒達を追おうとする龍の騎士をアルクが足止めする。
膂力と速度には目を見張るものがあるけれど、技量が足りていない。この程度であれば、どうとでもなる。
アルクは信徒達が逃げ切るまで龍の騎士の相手をした。
リディアスやクレトは手伝おうかとも思ったけれど、オプスに馬車を見ているように頼まれている事を思い出して踏み止まる。
まだ信徒達が残っていて、馬車を壊されてしまう可能性もあるから。
信徒達が見えなくなったところで、龍の騎士は矛を収めた。
「……なぜ……邪魔、する……」
「邪魔するだろ普通……」
「普通、しない……龍の巫女様の、敵……殺す、普通……」
「敵だからってホイホイ殺す訳ねぇだろうがアホ」
一つ溜息を吐くアルク。
アルクだけではなく、ナホもベルガ達を殺すつもりは無かった。やはり、人の頃の意識が大きいので、人を殺す事に忌避感がある。まぁ、そうでなくとも、対話でどうにかしようと考えていた。それが無理なら、もう全力で逃げる。戦う事もあるかもしれないけれど、命は奪わない。仲間の命が奪われそうな程の害意があれば、その限りでは無いけれど。
死にたくないし、誰も死なせたくはない。それが、ナホのスタンスだ。特に、身近にいる人間に対してはその願いは顕著である。
「あんなん逃げて白を切り通せば良かったんだよ。滅龍教会だって一枚岩じゃねぇ。確定的な証拠がない限り、全員が敵に回る訳じゃねぇんだからよ」
「けど、そうも言ってられなくなりましたね」
普段は見せない、厳めしい表情で龍の騎士を見るビビ。
「貴方は本物の信龍教会でしょう? 龍の巫女様を護る人なんて、それ以外には考えられません」
「そう、だが……」
「……貴方が彼等を殺してしまったから、決定的な証拠になってしまいました。仲間の死を証拠に、彼等はナホさんを龍だと断定し、本格的に攻撃してくるはずです。貴方の余計な介入のせいで、彼等に苛烈を許す理由を与えてしまった」
「……問題、無い……私、が……護る……」
「アルクさんに勝てない貴方が? 無理でしょう。このアルクさんでさえ名持ちの上位龍や滅龍十二使徒を仕留めきれなかったのですよ? アルクさんに抑えられた貴方がそれらに勝てるとは到底思えません」
「事実だけどよぉ……」
アハシュとノインに勝てなかったのは事実だけれど、そんなにさらっと言われると少し傷付くアルク。いや、事実だとは分かっているし、認めているけれど。
「……あれが、本気だった……とでも……?」
龍の騎士がムッとしたような雰囲気で言う。
「本気だったとしても、貴方ではアルクさんには勝てません。私だって腐っても上位冒険者です。相手の実力のほどは見れば分かります」
ビビ達だってくさっても上位二等冒険者。相手の力量くらいは見ていて分かるものだ。
この龍の騎士は膂力や速度こそ驚異的ではあるけれど、いかんせん技が無い。そのため、アルクも即座に対処できた。
「なんであれ、簡単に人を殺すような貴方をナホさんに近付ける訳にはいきません。オプスさん、馬車の修理は?」
「今終わったところだ。あの程度の信徒であれば問題無いが、高位の者が来ると多少は厄介だ。早急に離れるぞ」
「分かりました。ではナホさん、行きましょう……ナホさん?」
ビビ達が言い争っている間、ナホは使わない大布を殺された人達に被せ、獣避けのお香を焚いていた。獣が嫌いな匂いを出す事の出来るお香で、冒険者にとっては必需品だ。本来なら眠るときに使うものだけれど、ナホは死体が獣に食われないようにするためにお香を焚いている。
埋める時間は無い。であれば、人目に付かず、かつ、死体を回収できるようにしてあげたい。
アルクの素早い対応のおかげで、殺された人は少ない。布も足りたし、お香の匂いだって十分に行き渡る。
「……うん、行こっか」
最後に手を合わせてから、ナホはビビにそう返す。
殺すつもりなど無かった。殺す必要など無かった。だって此処にはあの信徒達よりも手練れの戦士達がいるのだから。殺さずに無力化することなど簡単だったのだ。
……だから、せめて、家族の元へ帰れるように。
ナホは龍の騎士の方を見もせずに、馬車へと乗り込む。多分、見たら叩いてしまうから。なんてことをしてくれたのだと。なんで殺したのだと。
けれど、そんな問答をしている時間は無い。追手が来る前に、此処を離れなくてはいけない。
怒りを抑えて、ナホは龍の騎士が見えない場所に座る。その横にカタリナが座り、心配そうにナホを見る。
「ま、あんな奴だよ、姫さんは。あんたとは合わねぇ。登場して早速で悪ぃが、退場してくれや」
言って、アルクも龍の騎士の方を見もせずに馬車へと向かう。
ビビも何か言いたげだったけれど、自分が腹に据えかねている事をよく理解しているので、何も言わずに馬車へと向かった。きっと、口にしてしまえば一言や二言では済まないだろうから。
アルクが龍の騎士を警戒しながら、馬車の御者台に座る。御者台に居ればすぐに対処する事が出来るからだ。代わりに、クレトには中に入ってもらっている。まぁ、多少姦しいがなんとかなるだろう。
「じゃあ、出発するよ」
リディアスが言って、馬車は動き出す。
動き出す馬車を、龍の騎士は呆然と眺めるだけで、手は出してこなかった。
どうしてだろうと、遠ざかる馬車を見て考える。
彼女が龍の巫女である事は間違いない。だって、匂いが同じだ。以前の巫女様と同じような匂いがしたのだ。
人と龍の魂が綺麗に溶け合った匂い。自分のような不出来なモノとは違う、本当の龍の巫女。
龍の巫女は信龍教会の信徒に寄り添ってくれると、教主様は言っていた。
人と龍を繋ぐ架け橋になり、いたずらに龍を殺す背反者共に決して屈さない鋼の意思を持っていると。
けれどどうだ? 彼女は、あろうことか自分を止めさせ、背反者共の死体を簡易的にではあるけれど弔ったではないか。
「……ああ、なるほど……そう、だったのか……」
一人納得する龍の騎士。
「……巫女様は……あやつらに……利用、されている……のだな……」
巫女様は自分を見てくださらなかった。龍の騎士たる自分を見ないなどあり得ない。以前の巫女様のように、腕を広げて優しく迎え入れてくれるはずだ。
思えば、彼女は辛そうな顔をしていた。なるほど、弔いたくもない者を弔い、龍の騎士である自分を傷付けたくない一心で何も言えなかったから、とても辛かったのだろう。彼女は以前の巫女様のようにとても心優しそうな匂いだった。心を痛めている匂いだってした。きっと、自分の事を思って心を痛めてくれたに違いない。
「……あぁ……おいたわしや、巫女様……」
龍の騎士は巫女を思いながらその胸を痛める。巫女が辛い思いをしていると、自分も同じように辛い。この胸の痛みは、巫女の胸の痛みそのものだ。
龍の騎士は身に纏っていた鎧を解除する。この鎧は強力無比ではあるけれど、いかんせん体力の消耗が激しすぎるのだ。大事な時、大事な局面でとっておく。
「……ご安心、ください……私が……必ずや……」
鎧の中でくぐもっていた声は今は無く、歳若い少女の声が聞こえてくる。
灰色の髪。褐色の肌。背は高く、すらりと伸びた四肢が印象的な少女。
「……御救い、します……」
覇気の無い声ではあるけれど、その眼には力強い炎が宿っており、ナホ達が消えた馬車をじっと見つめていた。
行き先は分からない。が、匂いは憶えた。追えない事は無い。雨に降られでもしたら厄介ではあるけれど、それでも追う事は出来る。
「……今、貴女の騎士が……向かいます……」
少女は走り出す。囚われの巫女を救うために。巫女を利用する背反者共を殺すために。
龍の眼を爛々と輝かせながら、少女は先行く馬車を追った。
「巫女様を……害する者……背反者……全て、皆殺し……」




