006 十二会議(下)
一幕の波乱が在ったものの、十二会議はつつがなく進んだ。この程度の事は日常茶飯事であるし、一枚岩ではないからこそ、ぶつかる事もままあるからだ。
ともあれ、ノインの報告を最後に、十二会議は解散となった。
クゥリエルは忌々し気にノインを見ていたけれど、ノインは素知らぬ顔で全員が退出するのを待つ。
結局、ナホの持つ世界視の事については何も言わなかった。
言ったとしても、言わなかったとしても、滅龍教会にナホが追われる事になるのは確実だ。龍の力を持つ少女。そんな稀有な存在を、滅龍教会が放っておくわけが無い。鹵獲するにしても、滅龍するにしても。
「お疲れ様、ノイン」
「お疲れ様です、ジーク様」
最後まで残ったノインに、滅龍十二使徒第一席――ジークフリート・ヴォルフスブルクが労いの声をかける。
本来であれば、ノインは自分の上司を愛称で呼んだりはしないのだけれど、ジークフリートだと長いからジークと呼んでくれと本人に言われているために、ジークと愛称で呼んでいる。けれど、きちんと敬称はつけている。ノインとしてはそれ以上砕ける事は出来ない。
「災難だったな。まさか、骸龍に出会うとはな」
「はい。烈火龍と炎桜龍だけでも手一杯でしたから。情けない話ですが、骸龍に害意が無くて助かりました」
「あれはそうそう害意は見せないさ。龍王に匹敵する力を持ちながら、何をするでもなく、悠々自適に生きているだけだからな」
害意を持たない訳では無いけれど、表には出さない。アストラルの実力を考えれば、そうする必要もまるで無いし、そんな状況もそうそう無いからだ。
アストラルが害意を見せるとしたら、滅龍十二使徒の第一席から第四席の内の誰かと遭遇した時くらいだろう。
それ以外など、赤子を相手をするかのような児戯に等しいのだから。
「それにしても、報告に会った白い少女……少し気になるな」
「はい。彼女は人の傍に在ろうとしていました。私が出会って来たどの龍よりも温厚で、優しく、そしてお人好しでした」
ノインは報告こそしていないけれど、害意無しと判断した龍には手を出していない。何かをすれば直ぐに自分が制裁を下すと脅しつけてはいるけれど、害意の無い龍は見なかった事にしているのだ。
そんなに多くは無いけれど、まったくいない訳でもない。それでも、片手で数えられるほどだけれど。
そんなノインが出会った龍達と比べても、ナホはとても優しく、穏健だった。
大概の害意の無い龍は人に無関心だったり、俗世から離れていたりといった理由が多いのだけれど。
「ノインがそこまで言うのは珍しいな。是非、私も会ってみたいものだ」
「お会いになられるのでしたら、獣王国サリファに向かうのがよろしいかと」
「分かっていて言ってるだろう?」
「ええ」
「まったく。お前は顔に似合わず意地が悪い」
ジークは此処を動けない。滅龍教会全体の思考として、完全なる龍の滅龍が主流であり、ジーク達のように龍との共生を考えている者はあまりにも少ない。
第二、第三席は完全なる滅龍を目的としているために、第一席であるジークが滅龍教会の本拠を離れてしまうと、何かあったときに共生という選択肢が無くなってしまう。
そのため、ジークは此処を動けない。その代わりにノインに方々で動いてもらっているのだ。自分の代わりに動いてもらっている事には感謝しているし、申し訳無いと思っている。
だから、今回も申し訳なさそうな顔をしながら、ジークはノインに言う。
「ノイン、すまないが、お前も獣王国サリファに向かってくれ」
「そうなると思っていたので、もうすでに準備はしていますよ」
十二会議に遅れたのは、身を清めていたという理由もあるけれど、ジークにそう言われる事を分かっていたから旅の支度をしていたのだ。
ノインはお供を付けない。十二席という滅龍十二使徒の末席であるために他よりも部下は少ないし、末席ゆえに行動の制限もそう多くは無い。主都の防衛は上位の者が担当しているし、地方の邪龍はクゥリエルなどの血の気の多い者が率先して狩っている。
そのため、ノインは優秀な人材のスカウトやらジークのお使いやらで好きに動ける。ある意味、滅龍十二使徒で一番自由に行動が出来るのだ。
「さすがに、準備が早いな」
「慣れっこですからね」
ジークの無茶振りも慣れたものだ。運命の三女神を手に入れる前も、滅龍十二使徒に入る前も、ノインはジークに頼まれごとをされていた。もうすっかり慣れたものである。
「すまないが、頼んだぞ。彼女を失うのはあまりにも惜しい。第二席達も動くだろう。いざとなれば……」
「ええ、分かっています。何が正義かは、見誤りませんよ」
それでは、と礼をして、ノインは会議室を後にする。
「さて、私も動かねばな」
ノインにだけ動いてもらうのでは申し訳ない。それに、正直な話をするのであれば、ノインだけでは手が足りない。
ジークも自分のなすべきことをなすために、会議室を後にした。
〇 〇 〇
「ほんっとうに最悪!!」
がんっと近くにあった岩を蹴り付けるセローニャ。
街に滞在して一夜が明け、ナホ一行は町を出て獣王国サリファに向かっていた。
町を出て早々、馬車の車輪が外れてしまったために、スペアの車輪をオプスが付けなおしているその最中、怒り心頭のセローニャは物言わぬ岩相手に八つ当たりをしている。
一日しか滞在できず、羽を伸ばせなかった事は良いのだ。滅龍教会が目を光らせている町で長居をして、こちらがぼろを出してしまっては元も子もないのだから。
一夜しかゆっくり寝られなかったのは良い。けれど、それ以外の全てがセローニャは気に食わなかった。
「宿受け入れ拒否! 雑貨屋は一瞬で出禁! 挙句兵士に職務質問されるわ、住民達にこまごました嫌がらせされるわ、なんなのあの町!?」
「落ち着いてよセローニャ」
「はぁ!? これが落ち着いてられますかっての!」
げしっ、げしげしげしっ!
何度も苛立たし気に岩を蹴り付けるセローニャ。相当鬱憤が溜まっているようだ。
「宿の受け入れ拒否くらいはあるかもって思ってたけど、まさか一瞬で出禁になるとはなぁ」
リディアスは感心したような呆れたような声音で言う。
「あぁぁぁぁぁぁ腹立つ!! ナホちゃんが何したっての!? あんたらに何の危害も加えてないでしょうがっての!!」
「滅龍教会の息がかかってんならしょうがねぇだろ」
あの町は比較的滅龍教会の信徒が多かった。そのため、目立つところで滅龍教会の信徒と小競り合いをしてしまった事で住民達に悪感情を持たれてしまったのだ。
結果、宿は取れず、旅に必要な食糧や雑貨は買えず。
宿が取れないとなると冒険者ギルドで寝泊まりするしか無いけれど、冒険者ギルドは大広間を貸しているだけなので、布団や毛布が無い。オプスの能力で布団は出せるけれど、それもナホの分ワンセットだけだったので、ナホは当たり前のように拒否してさっさと床に寝そべってしまう。
しかし、それに焦ったのはナホではなくセローニャ達女性陣だった。
ナホが今履いているのはミニスカートだ。馬車での移動となったため、ズボンなどを履く必要が無くなったので、オプスが喜び勇んで可愛らしい服をナホに選んでいるため、今のナホは少女らしい恰好をしている。
まぁつまり、ナホがそのまま横になると、ナホが足を向けた先に居る野郎共にナホの下着を見せる事になるという事だ。
ナホを慌てて起こし、眠る場所をしっかりと決めてから、男性陣を壁にして眠った。
冒険者は荒くれ者が多い。アルクやオプスがいれば問題は無いけれど、染みついた癖というのはそう簡単には拭えないものだ。冒険者ギルドの宿舎というだけで勝手に警戒してしまう。
ナホは男だった時の方が長いからか、それとも二人の実力を信用しているからなのか、特に警戒する事も無くぐーぐー眠っていた。
そう言った理由もあって、『クルドの一矢』の面々は深い眠りにはつけていない。
睡眠不足もあるのだろう。セローニャは苛立ったようにアルクに食ってかかる。
「あんたは何とも思わない訳!? ナホちゃんが悪者扱いされてたんだよ!?」
「それについてはムカつくが、馬鹿どもの評価一つで姫さんが変わる訳じゃねぇしなぁ」
言って、アルクはナホを見る。
ナホはセローニャを気にかけながらも、花を摘んで花冠を作ってカタリナの頭に乗せていた。
一見、ぽやぽやっとしているけれど、あの町での事を一番気にしているのはナホだろうと、アルクは思っている。
「姫さんは、馬鹿でお人好しで世間知らずで無茶ばかりするが――」
「おい、姫様の悪口を言うのなら覚悟はできているのだろうな? その口縫い合わせるぞ?」
言いながら、オプスはアルクの方を見もしないで手近にあった石を投げつける。
アルクはそれを軽く槍で弾き、オプスの事を鬱陶しそうに思いながらも続ける。
「――誰よりも優しくて、温かな奴だ」
太陽の下、愛らしい笑顔を浮かべながら、カタリナと楽しそうに話をしているナホ。カタリナの方はいつも通り無口だけれど、その口角は僅かに上を向いている。それに、今まで苛立たし気に揺れていた尻尾が、今では緩やかに揺れている。
ナホと居ると、どうしてか心が温かくなる。
警戒のけの字も無いからか、それともナホが持つ独特の雰囲気ゆえか。
媚びているような甘ったるい笑みを浮かべず、相手をおだてるような言葉を使わず、自分を意識させるような仕草をしない。それなのに、ナホは人を惹き付ける魅力がある。
一緒に居ると心が温かい。大抵の者は、ナホと接すれば自然と胸襟を開いてしまう事だろう。
「……俺は、あいつが笑ってくれてるならそれで良い。俺が変に怒ったら姫さんも気にすんだろうしな」
「アルク……あんた……」
「馬鹿のくせに、そこまで……」
「おいクソ蜥蜴。なんでそこで貶した? そんでセローニャはなんで子供の成長を見守る母親みたいな顔してんだ?」
二人の反応に若干苛立つアルク。
そんなアルクに、セローニャは苦笑を浮かべる。
「冗談よ冗談。確かに、あんたの言うとおりね。アタシ達が苛立ってたら、あの子が気にしちゃうわよね」
「まぁしかし、貴様は姫様のためを思って、あの愚鈍なごみ共に怒っていた。姫様は怒りを他人にぶつけないからな。貴様のような者も、姫様の御傍には必要だろうよ」
「そうだな。……いや、待て。俺昨日姫さん怒らしたばっかだぞ?」
「「あれは貴様が悪い」」
「んでだよ……」
声をそろえて言う二人に、アルクは不貞腐れたように漏らす。
そんなアルクを見てくすくすと笑うセローニャと、ふっと勝ち誇ったように笑うオプス。
納得いかないと思いながらも、何故ナホが怒ったのかを二人に聞こうとしたところで、アルクは即座に立ち上がり、一足でナホの元へと駆け寄った。
疾風迅雷。気付けば道を阻まれた者達は、あまりの速さに戦いたように一歩二歩と後退る。
「なんの用だ手前ら」
槍を肩に担ぎ、とんとんと威嚇するように肩を叩く。
物陰からで少しだけ気付くのが遅れてしまったけれど、ナホとカタリナの二人に三人の男が近付いていた。
カタリナは耳が良く、三人の男の接近には気付いていたのでいつでもナホを護れるように警戒はしていた。
アルクが駆け付けた時に起こった風で花冠が飛ばないように優しく抑えながら、カタリナはナホの手を握る。
その少し後ろでは二人の様子を姉のように見守っていたビビがいつでも魔術を飛ばせるように杖を構える。
オプスは三人の男を脅威と捉えておらず、変わらず馬車の車輪を直している。
「俺達も行った方が――」
「その必要は無い。むしろ、お前達は此処に居ろ」
ナホ達の方へ向かおうとした二人を止め、馬車の傍に居るように告げる。
「あそこはあの馬鹿に任せておけばいい。問題があるとすればこっちだ」
「え、それって……」
どういう意味なのだと、オプスに問おうとしたその時、物陰から純白の司祭平服を着た者達が一斉に現れた。その手には武器を持っており、隠そうともしない剣呑な雰囲気を醸し出していた。
「やはり貴様等は邪龍の一行!! 信龍教会との密会の現行犯により、粛正する!!」
そう言ったのは、滅龍教会の信徒であり、昨日ナホ達に嫌疑をかけた張本人であるベルガであった。
事ここに至って、全員が理解する。この状況はベルガによって意図的に作られた状況である事を。
オプスは一つ煩わしそうに溜息を吐いて、手近にあった石を掴む。
殺すか。こいつら全員。
オプスの目が、今までにないくらいに剣呑に細められた。




