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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第3章 白の少女と滅龍者と信龍教会
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005 十二会議(中)

 まず、数字の序列が上の者から報告が始まる。と言っても、上の者は特別な事が無い限りは滅多に聖都の外へは出ない。なので、毎度報告は内々の事になる。要は、世間話のような内容しか無いのだ。そのため、数字の一から三の話はすぐに終わる。


 次いで、四から十二の報告になるのだけれど、四から下は方々に飛ばされる事が多く、報告する事もまた多い。龍の動向や、各地の信徒の様子。また、自身の部下である信徒の事や配属変更の要望など、上位三名とは比べ物にならない程報告する事が多い。そのため、十二会議はそこそこに時間のかかるものになる。


 粛々と、使徒達が報告をする。


 そうして数刻の後、ようやっとノインの番が回ってくる。


「では、最後に十二席。報告を頼む」


「はい。まず、つい先日、上位龍三体と遭遇しました」


「だ、大丈夫だったんですか?」


 隣の席の女性が心配そうに言葉をかける。


 その女性に、ノインは優し気な笑みを浮かべて答える。


「ええ。現地に強力な助っ人が居ましたので、事無きを得ました。しかし、討伐する事は叶いませんでした。私の力不足です」


「ぶふっ、だっさぁ。上位龍三体に負けたの? それで尻尾巻いて逃げてきたの? ぷぷっ、控えめに言ってださいよねお前。ぷふふっ」


 心底おかしそうに笑う少年に、しかしノインは声を荒げたり、羞恥に顔を赤くしたりはしない。


「申し開きもありません。今回ばかりは私の実力不足です」


 すました顔で自身の非を認めるノインに、少年は途端につまらなそうな顔をする。


「だっさ。弱い事認めるのって本当にださいよね。弱いの認めんなら辞めなよ。なんのためにその席預かってんの? 蜥蜴ごときに負けて恥ずかしくない訳?」


「止めないかクゥリエル。負ける事は恥ずべき事ではない」


「うっさいよジジイ。負けは恥に決まってんでしょ? まぁ、僕様は負けた事無いから? そんな恥ずかしさ微塵も分かんないけどさ」


 にやにやと人を心底から馬鹿にしたような表情でノインを見る。


 当のノインはというと――


「凄いですね。それで、その上位龍三体についてなのですが」


 ――賞賛の言葉を一言だけ言うと、直ぐに話題を元の方向に修正する。


「ぶふっ」


 ノインの慣れたあしらいに、少年――クゥリエルの前に座る女性が堪えきれずに吹き出す。


「――っ!」


 クゥリエルは吹き出した女性を睨むけれど、女性は気にした様子も無く口元を手で押さえて笑うのを堪えている。


 そして、華麗に流してみせたノインはクゥリエルの反応を見る事も無く、そのまま話を続ける。


「上位龍三体の個体名は向こうから名乗ってくれたので判明しています。烈火龍アハシュ、炎桜龍ギバラ、そして(むくろ)龍アストラルです」


 三体の名を聞いた滅龍十二使徒(アポストル)のメンバーはそれぞれが反応を見せる。


 驚く者。興味深げに反応する者。何がなんだか分かっていない者。それぞれの反応を見つつ、ノインは続ける。


「私は烈火龍と炎桜龍と現地の助っ人の力を借りて交戦しました。結果的に相手を退かせる事が出来ましたが、どちらも痛手は負っておらず、健在のままです」


「ちょい待ち。そんじゃあアストラルはどうなってはるん? おまん、出会ったんとちゃうんか?」


「二対は骸龍によって撤退していきました。骸龍とは直接戦闘はしていません」


「ほーん。なるほどなぁ。話遮ってすまんかった。続き頼むわ」


「はい。と言っても、上位龍に関してはここまでですね。私の『運命の三女神(モイラ)』は決定打が無いので、それさえあれば仕留められたと思います。今後の私の課題ですね」


「そうだな。そも、『運命の三女神(モイラ)』を扱える者が現れたのは実に百年ぶりだと聞く。文献は残っているが、読むのと実際に扱ってみるのとでは随分と差があるだろう。手探りになるだろうが、頑張って研鑽(けんさん)に励んでほしい」


「はい。我が生涯をかけて、習得と次の(にな)い手の育成に臨む次第です」


 第一席からの言葉を受け、ノインは笑みを浮かべて答える。


「ふぁわぁ……本物(モノホン)の輝きスマイル……尊き……」


 ノインの美しい笑みを見て、ありがたやぁと拝めるノインの横に座る女性。


「それにしても、貴方と共闘したというその助っ人の方、大変興味深いですね」


「うむ、そうさな。君と共闘できる程であれば、余程の武人に違いあるまい」


「はい。私も彼には是非滅龍教会に入ってもらいたいと思ったのですが……」


 言って、ノインはアルクを思い出す。


 そして、一つ苦笑を浮かべると言った。


「彼は、おそらくそういう事に興味を示さないでしょう」


 地位も名誉もアルクには必要無い。必要なのは、その技が優れているというただの証明。


「は? そんな笑みも見せるのまじ最高なんですが初見ダメージでか過ぎてオーバーキルなんですがありがとうございます脳内に永久保存しておきます」


 ノインの隣に座る女性はぶつぶつと小声でノインの滅多に見られない苦笑を見れた事に対する喜びを吐き出していたけれど、何分(なにぶん)此処に集うのは常軌を逸した傑物ばかり。当然五感も優れているので、彼女の呟きは全て聞こえてしまっている。


 彼女の呟きはいつものことなので皆がそれを流す。


「でもさぁ? 共闘しても逃がしてんじゃん。そいつも大した事無いんじゃないの? お前と同じでさぁ」


 クゥリエルが苛立たし気にノインに言う。


「そうですね。今はまだ荒削りですし、技の精度も、到達点もまだ浅いのは否めません。それは、彼も認めるところでしょう。ですが……」


 言って、ノインはクゥリエルから視線を逸らし、彼より奥へと座る初老の男性、滅龍十二使徒(アポストル)第四席タソガレ・フガクを見る。


「彼は届くと思いますよ。武神の域に。それも、凄まじい速度で」


 ノインがそう言えば、フガクはほうと片眉を上げる。


「はぁ? お前と同程度の奴が武神になれる訳無いじゃん。このジジイだってこの歳になるまで到達できなかったんだよ?」


 クゥリエルが呆れたように言う。


 クゥリエルは誰であれ自分より下だと思っている。けれど、自分よりも上の実力を持つ者は認めている。フガクの事は嫌いだけれど、その実力が本物である事だけは認めているのだ。非常に業腹だけれども。


「それに、お前の眼なんて信用ならないでしょ? 末席風情(ふぜい)だし、滅龍十二使徒(アポストル)に入って一番日が浅い奴の言葉じゃあねぇ?」


 此処で一番歳若いのはクゥリエルだけれど、此処で一番の新参者はノインだ。それは、ノインも分かっている。


 けれど、あの時見た一撃。暴走したナホの咆哮(ブレス)を打ち消したあの槍の一撃。あれはフガクの放つ至上の一撃と殆ど同じだった。


一度だけ。フガクに彼の至上の技を見せて貰った事がある。一度見ただけ。けれど、一度見れば嫌でも脳裏に焼き付く武の頂のみが出せる技。それと、同じものを、アルクのあの一撃から感じ取った。


 因みに、フガクのその一撃を見た事がある者はそう多くはない。一から三席は見た事があると言っていたが、それ以外の者はノインとノインの隣に座る女性、それと第五席だけだと言う。


「そうですね。私の眼が信用ならないのであれば、実際見てもらう方が早いですね」


「はっ、興味なーい。下々(しもじも)に会いに行くなんて僕様のする事じゃないし。そっちから来いって話だし」


「そうですか」


 どうでも良さそうに、けれど、それを表情に出さずに頷くノイン。


 そのノインの態度に、クゥリエルは苛立ち、額に青筋を作る。


「それで、報告は以上かね?」


 仮面を付けた男がノインに尋ねる。しかし、仮面の男はノインの報告がそれだけではない事を知っている。つまり、先を急かしているのだ。


 それを承知しているノインは、特に話題を引き延ばす事も無く続ける。


「いえ、もう一つだけあります」


「なに? まだあんの? 僕様もう帰りたいんだけど」


「でしたら、退席されればよろしいかと。私は一向にかまいませんので」


 にこにこと笑みを浮かべながらクゥリエルに返すノイン。


「おま――」


「いい加減にしろクゥリエル。話が進まない。ノイン、続けろ」


 笑みを浮かべたノインにクゥリエルが額に青筋を浮かべながら食って掛かろうとするのを、仮面の男が遮り、ノインに続けるよう促す。


 クゥリエルは一瞬不満そうな顔をしながらも仮面の男の言葉に従い、ノインを睨みつけながらも口を閉じる。


 どこでこんなに嫌われたのやらと思いながら、ノインは喋りやすくなったのは良い事だと話を続ける。


「はい。最後の報告になりますが、上位龍と相対した町で、龍の眼を持ち、龍の力を扱う少女に出会いました」


 ノインの報告に部屋の空気が張り詰める。


「髪や肌は白く、両眼は金と銀の虹彩異色症(ヘテロクロミア)でした。本人はナホと名乗っておりましたが、それが本名かどうかは分かりません。彼女の御付きとして先程話した上位龍との戦いを手伝ってくれた青年と、強大な力を使う上位龍が一体おりました」


「ほう。それで? 貴様はその者達を捕らえたのか?」


「ご冗談を。私達の役目は悪しき邪龍の滅龍です。彼女達は邪悪ではないと私は(・・)判断いたしました。ですので、討伐も捕縛もしておりません」


 まったく悪びれた様子も無く、ナホ達に手を出していないと言ってのけるノイン。


 そのノインの報告に、更に室内の空気が張り詰めるのを肌で感じる。


「……貴様は教義を勘違いしているようだが、我々の使命は(あまね)く龍の滅龍だ。そこに聖も邪も無い。龍は存在そのものが悪なのだ」


「お言葉ですが第二席、それは視野の狭い考え方です。その言葉通りなら、正しく人間も滅ぶべきだ。何せ、聖も邪もあり、不要な殺生をし、同族間で争い合う醜さも兼ね備えているのですから」


「だが龍よりは殺すまい。奴らは一息で多くを殺し、一息で山をも消し飛ばす。奴らは災害に他ならない。命在る災害であれば、その命を終わらせる事で多くの命を救う。良いか? 人間同士の争いには道理がある。だが、奴らの殺戮に道理はない」


「だからと言って全てを殺める必要もありますまい。彼女は町を助け、人を助けました。かく言う私も、その命を救われました」


「そうか。では貴様は(ほだ)されたという事で良いな?」


 直後、仮面の男――滅龍十二使徒(アポストル)第二席、リュミエールから強烈な殺気が放たれる。


 そこに在るのは明確な殺意、敵意、憎悪……およそ全ての負の感情を詰め込んだような殺気を受け、ノインは背筋に冷や汗が流れるのを抑えられない。


 そして、その殺意は方々に無差別にまき散らされ、室内に居る殆どの者が顔を強張らせている。


「……絆された、とは違います。それは私を舐め過ぎだ、第二席」


 しかし、ノインはしっかりとした意思のある目をでリュミエールを見据える。


「私は、滅龍教会の門を叩く時も、滅龍十二使徒(アポストル)の席を預かる時も、一つの信念を持ってそこに居ます」


「その信念とは?」


「遍く邪龍(・・)の滅龍です。善悪を見極め、己の信念に従い、教義に従い悪を討つ。それが、私の信念、私が席を預かる理由です。もう一度言います。嘗めてくれるな第二席。一時の出会いに(ほだ)される程、私の信念は(やわ)ではない」


 リュミエールの殺気に気圧されながらも、自身の信念を信じ、己の行いに胸を張っているノインは、視線を逸らす事無くリュミエールに言ってのける。


 その胆力、精神力に、第一席はほうと感嘆の息を漏らす。


「もう良いだろう第二席。彼は我々を裏切った訳では無い。教義に従い、彼の信念に従った行動の結果だ。それに、報告の義務も果たしている。彼が絆されたのであれば、報告すらしなかったはずだ。第十一席」


「ひゃ、ひゃいぃ……!?」


 突然第一席に呼ばれた第十一席――因みに、ノインの隣に座る女性である――はリュミエールの殺気に気圧されながらも、第一席の呼びかけに答える。


「彼は嘘を吐いているかい?」


「い、いいえ、いいえ! 私の()で見ても、ノイン様は嘘を一つも吐いていませんでした!」


 必死に第十二席は第一席に言う。普段であれば端正な顔つきをしている第一席を前に、先程のように訳の分からない事をぶつぶつ言ったり、赤面をしたりするのだけれど今はそれどころでは無いために必死になって報告をする。


「だそうだ。そろそろ、その剣呑な殺気を仕舞いたまえ、第二席」


「…………」


 ふっと一つ息を吐くと、リュミエールは無差別に放っていた殺気をしまいこんだ。


「……今回は見逃そう。貴様が見せた初めての失態だからだ。だが次は無い。二度と独断でこのような事をするな」


「分かりました。次は、皆様の意見も参考にいたします」


 にこっと常の笑みを浮かべて割とぎりぎりのラインの返答をするノインに、第一席は大した奴だと苦笑いを浮かべた。


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[一言] ノインすげえな
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