004 十二会議(上)
ナホ達の前に立ちはだかる白の司祭平服に身を包んだ滅龍教会の信徒達。
流石に、細かな刺繍の模様を見る事の出来ないナホは困惑しているけれど、アルクが自分を庇おうとしている事には気付いているので、大人しくアルクの背後で身を潜める。
滅龍教会の信徒達は完全に道を塞ぐ形で立っており、他の住民も行き来が出来ずに困っている。
信徒達の中で一番偉いであろう、司祭平服の端々の刺繍が少し豪華な男が一歩前に出てアルクの後ろにいるナホに目を向ける。
「我々は滅龍教会の敬虔な信徒である。君達には、我々の調査にご協力願いたい」
「悪ぃが先を急いでんだ。それに、俺ぁ宗教には興味無くてな。他を当たってくれや」
「何、安心したまえ。簡単な調査だ。数分も時間を取るつもりは無い。それと、これは勧誘ではない」
「どっちだって良いんだよ。俺達はんな事してる余裕がねぇんだ。良いからとっとと失せろ」
「頑なだな……何かやましい事でも隠しているのではないか? 例えば……貴様が後ろに隠す少女とか、な」
先程までの丁寧な言葉遣いから一転して高圧的な言葉遣いになる信徒。
しかして、相手が高圧的であるからと言ってはいそうですかと正直に話すアルクではない。
「それは手前とは関係無ぇ話だ。それとも何か? 滅龍教会の信徒様ってのは、他人の事情に首突っ込めるほどお偉いさんな訳か? 随分とまぁ不躾な教会もあったもんだな」
「……良く回る口だ。相当やましい事があると見える」
額に青筋を浮かべながらも、アルクの挑発に乗る様子は無い。が、頭にはきているようで、ナホ達を疑う態度が強くなったように思える。
そも、向こうは初めからナホ達を疑ってかかっている上に、最初から敵意むき出しであった。弁明の余地は無いし、それを聞き入れるとは思えない。
「やましい事なんざ少しもねぇよ。そもそも、初対面の相手なんざ警戒して当然だろ? ましてやこっちは仲間を疑われてんだ。なんの嫌疑があるのか知らねぇけどよ」
「そうだな。警戒して当然だ。私達にとっても貴様等は初対面であるし、ましてやその少女に至っては龍だからな。警戒して当然だろうな」
厭らしい笑みを浮かべながら、ナホを龍だと声高々に言い放つ。
それだけで、周囲の者の視線がナホへと向く。
「龍? あの女の子が?」
「龍って人の姿になれるのか?」
「知らないわよ。でも、滅龍教会の信徒様がそう言ってるし……」
ざわざわと、周囲の者が好き勝手に言葉を放つ。
「……っ」
ナホは思わず、アルクの背中にしがみつき、きゅっとアルクの服を掴む。
疑われている事もそうだけれど、人々の奇異な物を見る様な視線が嫌だった。人の輪郭が分かるという事は、その者がどこを向いているのかも分かってしまう。皆の視線が、自分へ注がれている事を自覚する。
アルクはナホをちらりと一瞥すると、ぽんぽんとナホの頭を叩きながら相手を睨む。
「おいおい、滅龍教会ってのは随分と適当な事言うじゃねぇの。姫さんが龍? どーみたって人間だろうがよ」
「そう言うのであれば、その少女の目隠しを外せ。それで我々の言っている事が事実だと証明できるだろう」
「悪いが姫さんの目隠しの下には酷ぇ傷があってな。誰とも知れねぇ奴に見せる訳にはいかねぇんだわ」
「その発言には根拠が無いな。その少女の目隠しの下に傷がある事の証左にはなるまい」
「そっくりそのままお返しするぜ。手前の言い分にも根拠が無ぇ。手前等が勝手に言ってるだけだからな」
「我々が嘘を吐いているとでも?」
「根拠の無ぇ発言は嘘だろうがよ。それとも何か? 手前等の言う事は全部正しいとでも言いてぇのか?」
「職務に関して、我々が虚偽を述べる事は有り得ない。先程の情報も信頼できるお方からの情報だ」
「へぇ、なるほど。つまりはお前達は他人から聞いた話で動いてる訳か? そいつはさぞ信憑性に欠けるなぁおい」
「貴様、ノイン様を愚弄するか!!」
前に出た男ではなく、後ろに控えていた男が激怒した様子で声を荒げる。
アルクは男の口から出た、ノインの名前を聞いて口内で舌打ちをする。
チッ……もうここまで話しが回ってんのかよ。
「さぁな。ただ、手前等が得た訳でもない情報で、まったく無関係である俺達に突っかかってこられるのは傍迷惑だと思ってるぜ。ああ、そう言う意味なら、俺はそのノインじゃなくて手前等を愚弄してる訳だな」
「貴様ッ!!」
我慢しきれなくなったのか、男だけではなく他の者もそれぞれ武器を構える。そして、魔術師が魔術を行使しようとしたところで、先頭に立つ男が手を上げてそれを制する。
「よしなさい。それでは相手の思うつぼです」
「で、ですが! 我々のみならず、滅龍十二使徒であるノイン様を侮辱されたとあっては、到底許しておけるものでは――」
言い募ろうとした信徒。しかし、それを厳しい視線だけで制する。
「うっ……も、申し訳ありません……」
「いえ、貴方の怒りももっともです。ですが、先程も言った通り、怒りに身を任せては相手の思うつぼです」
窘めながら、男はアルクに視線を戻す。
「……なかなかどうして、粗野に見えて頭が回るようだな」
「さぁ、なんの事やらなぁ」
アルクとしては、相手が堪えきれずに手を出してくれた方が都合が良かった。
相手が堪えきれずに手をだしさえすれば、こちらは正当防衛を主張できる。それに、この程度の人数と力量であれば、アルク一人で十二分に事足りる。後ろにはオプスも控えており、『クルドの一矢』も控えている。ナホを預けるには、充分だった。
滅龍教会が敵に回る事になるけれど、そもそも滅龍教会は大半が敵だと認識している。少し増えたところで問題は無い。
だからこそ、相手が手を出しやすいように出来るだけ不自然にならないように煽ったのだけれど、先頭に立つ男はなかなかどうして冷静のようだ。
「……良いでしょう。此処は引き下がりましょう」
「なっ!? ベルガ様!! 何故引く必要があるのです!? 奴らはノイン様の報告にあった邪悪な龍なのですよ!?」
「彼等を拘束するにはこちらとしても説得力が薄いです。それに、拘束できずとも、私達に出来る事もありますからね。法に則り、教義に従うのが私達のやり方です。これ以上は、逸脱でしょう」
「しかし……!!」
「落ち着きなさい。今はまだ雌伏の時です。それとも、貴方は教義を破るのですか?」
厳しい視線を向ける男――ベルガ。その眼は非難ではなく、同じ教会に属する仲間を窘める眼だ。
「……分かりました……」
不服そうながらも、ベルガに窘められた男は引き下がる。
それに一つ頷いて、ベルガはアルクに言う。
「今回は引き下がります。が、我々は教義に従って貴方がたを必ず裁定の場に引きずり出します。では、今日のところはこれで」
言うだけ言って、ベルガ達滅龍教会の信徒達は背を向けて去って行った。
誰とは言わず、張り詰めていた息を吐く。
「……此処じゃあんまし留まれそうにねぇな」
「そうだな。姫様、此処での逗留は明日までとしましょう。お辛いとは思いますが、明朝から準備をして昼には出ましょう」
「うん、分かった……」
オプスの言葉に頷くナホの表情は晴れやかとは程遠く、申し訳なさそうに曇っていた。
そんなナホの頭に手を置いて、アルクは乱暴に撫でまわす。
「んな顔すんなよ。誰も姫さんのせいだなんて思っちゃいねえよ」
「……でも」
「そーそ! あいつら、何勘違いしてんのか知らないけど、ナホさんは邪龍じゃ無いわよ」
セローニャが怒ったように言う。
それに加担したい気持ちもあるけれど、ここでは誰の耳があるか分からないため、他の者は口を噤むけれど、その目は優しくナホの事を見ていた。
「ささ、それじゃあまず宿を取りましょうか」
「そうだね。どこにも泊まれないってなったら、最悪ギルドの大部屋で寝る事になっちゃうし」
「げっ! あそこは駄目よ! レディにむさい男と一緒に寝ろっての!?」
「そうならないためにも早く行こうって話だよ。さ、行こうか」
リディアスとクレトが先を歩きだす。
「ねぇ、ちょっと良いとこ泊まりましょうよ! 今日は美味しいご飯を食べたい気分だわ!」
「お、良いねぇ! 俺も美味しいステーキとか食べたい気分だ!」
皆もそれに続いて歩き出す。
アルクも男ではあるけれど、むさい野郎どもと雑魚寝は勘弁だ。ナホは、そこら辺は我慢できるから最悪雑魚寝でも良いと思っているけれど。
ともあれ、自分のせいで時間を食ってしまったのだ。ナホは歩く足を速める。
そんな一行を、人垣の中から見つめる者が居た。
「見つけた、龍の巫女様」
〇 〇 〇
時は少し遡り、滅龍教会が本拠を構える聖都アルカディア。
滅龍教会の本部は、聖都の名でも同じアルカディア教国に建てられている。名を、アルカディア大聖堂。
大聖堂の中を滅龍教会の実質的な指導者である十三人の内の一人、ノイン・キリシュ・ハーマインは歩く。
今日は滅龍十二使徒による十二会議の日。十二会議とは、滅龍十二使徒が集まって報告をするだけの会だ。たまに何も報告する事が無いので、その時はお茶をしながら戦い方やそれぞれの成長について助言をしたりしている。
まぁ、今回はそうはならないだろうと、ノインは確信している。何せ、今回の会議の主たる話題の提供者は、他でもない自分なのだから。
長い廊下を歩けば、豪華とは言えないけれど、清潔で美しい装飾の施された扉にたどり着く。
「お待ちしておりました、十二席」
扉の前で見張りをしている信徒が軽く頭を下げてノインを出迎える。
「やあ。もしかしなくても、私が最後かな?」
「はい。他の皆様はすでに御集まりです」
「そうか。ありがとう」
「いえ。それでは、どうぞ」
見張りの信徒が扉を開ける。
「ありがとう」
それにお礼を言って、ノインは室内に入る。
室内には見張りの信徒が言った通り、すでにノイン以外の全員が揃っていた。
巨大な円卓の前には、十三の椅子が置かれ、すでに十二の席は埋まっていた。
「ちょっとー、遅いんだけど? 下っ端がいつまで僕様を待たせるつもりー?」
室内に入ったノインに、この中で一番歳若いであろう少年が不満げに文句を言う。
「すみません。汗で汚れたまま集まる訳にもいかないので、少し身を清めていました」
嘘ではない。馬車による長旅では汗を洗い流す事が出来ないので、聖都に到着してすぐに身体を洗っておろしたての服に着替えてきたのだ。
滅龍十二使徒に明確な序列は無い。強さの序列として一から十二の数字を割り当てられてはいるけれど、役職の上下は数字の大小とは全く関係が無い。
上役はこの場にただ一人。その上役のために身を清めてきたかと言われればそうでもなく、上下は無くとも信頼し尊敬する同僚だ。彼等に会うに、不潔ではいけないと思い着替えてきたのだ。
「べっつに良いよ。お前の匂いなんて僕様に届かないし。それよりも僕様の貴重な時間を消費した事が不快なんだけど?」
ノインの気遣いを不遜にも無意味な事だと言ってのける少年。しかし、酷い言われようだとしても、ノインの表情が揺らぐことは無い。
「それは、失礼をいたしました。では、一番最後に来て言うのもなんですが、十二会議を始めましょうか」
少年の言葉を華麗に流し、ノインはにこやかに席に着く。
「の、ノイン君、怒ってる?」
「いえ」
隣の席に座る女性が恐る恐る尋ねるけれど、ノインは爽やかな笑みを浮かべたままその言葉を否定する。
「そ、そう………………ひぇー、絶対怒ってるぅ……」
美しい笑顔のノインに怯えた様子の女性。彼女はいつだってこの通りなのでノインは気にしない。
「では、十二会議を始める」
入り口から二番遠い席に座る美丈夫が会議の開始を宣言する。彼の美丈夫こそ、滅龍十二使徒第一席であり、ノインの直属の上司である。
先程、滅龍十二使徒に明確な序列は存在しないと言ったけれど、滅龍十二使徒にも派閥はある。第一席派と第二席派の二派に別れており、ノインは第一席派だ。だから、彼の事を直属の上司だと認識している。
ともあれ、十二会議は開かれた。
さて、此処からは私の力量次第だ。検討を祈っておいてくれ、アルク君。




