003 純白の司祭平服の者達
更新遅れて申し訳ありません。
新作書いてて遅れましてん。
良かったら、新作の方も見てやってください。
途中で町に寄りながら、ナホ一行は獣王国サリファまでの道のりを順調に進んでいた。
ナホ達にとっては急ぐ旅では無いけれど、サリファの使者であるカタリナにとっては急ぐ旅である。生命の木がどれほど悪くなっているのかは分からないけれど、そう悠長にしてはいられない事は明白だ。何せ、容態が分からないのだから。
どれくらい悪化していて、どれくらい猶予が在るのかも分からない。
獣王国への道行が酷く長いものに感じてしまう。実際、獣王国への道行は長い。どんなに急いでも、馬車で二月もかかってしまう。
焦れたように尻尾をゆらゆらさせるカタリナに、皆が気を遣って言葉をかけない。無視をしたい訳では無いけれど、カタリナが喋りたい気分ではない事は分かっているからだ。
皆が談笑をしている間、ナホは様々なものに視線を巡らせる。人、木、岩、地面、川、草、動物……目に入るもの全てに視線を当て、それを眼を凝らしてよく見る。
ナホの役目は、生命の木を視る事だ。ナホの持つ、世界視という世界に存在するもの全てを見通す事の出来る眼で、生命の木を蝕む何かを視る事なのだ。つまり、ナホが生命の木を蝕む何かを視る事が出来なければ、獣王国に赴く意味が無いのだ。
今の世界視はあまり精度がよろしくない。文字を読めるようにはなったけれど、あまり細かいと認識する事が出来ない。
獣王国に着くまでにまだ時間がある。その間に、出来る限り世界視の精度を上げておこうとしているのだ。
そーっと、ナホは寝ているアルクに手を伸ばす。
ぴとっと頬に触ろうとしたところで、その手を寝ているはずのアルクに掴まれる。
「……んぁ? ……あぁ……んだよ、姫さん」
「んーん、なんでもない」
「そーか……んごぉ……」
無意識のうちに警戒しているのか、アルクは寝ていても誰かの接近に気付く事が出来る。
あんまり眠るのを邪魔してはいけないと思い、ナホは今度は隣に座るビビに手を伸ばす。
「ん、どうしたの?」
「いえ、ちょっと」
言いながら、ナホはビビの手を取る。
ナホに手を取られているビビはとても嬉しそうに頬を緩めている。それはもうだらしなく。
「うん、やっぱり」
そんなビビの様子には気付かず、ナホは一人納得したように頷く。
「本当にどうしたのよ? ビビの手になんかついてるの?」
「もしくはこの馬鹿の顔にゴミが付いていたかだな。鼾が煩いぞ馬鹿が」
言って、アルクの頭を叩くオプス。しかし、アルクは起きない。気を抜いているのか、それとも起きるに値しない脅威度なのか。どちらにせよ、自分の手は止めたくせにオプスの手は止めなかった事に少しだけもやもやしてしまう。
「……」
もう一度アルクに触ろうと手を伸ばす。が、アルクに触れる寸前でぱっとアルクに手を掴まれてしまう。
「んがぁ? ……んだよ。どーした?」
完全に目が覚めてしまったのか、くわぁっと欠伸をしながら尋ねる。
しかし、ナホはアルクの問いに不服そうに頬を膨らませてぷいっとそっぽを向く。
「別に」
「別にって顔してねぇぞ?」
「別にぃ!」
すすっとアルクから距離を取ってビビの方に身体を寄せるナホ。ビビは嬉しそうにしているけれど、アルクは釈然としない顔をしている。
それもそうだろう。二度も睡眠の邪魔をされた挙句、起きたら何故だかナホが不機嫌なのだから。
どういうことだと頭上に疑問符を浮かべていると、ばしっとオプスがアルクの頭を叩く。
「って! あにすんだよ」
「馬鹿は叩けば治ると聞いたのだが……はて、間違いだったか」
「お前人の起き抜けに何訳のわかんねぇこと言ってんだ?」
「分かっておらぬから貴様は馬鹿なのだ」
はぁと溜息一つして、処置無しと痛くも無い頭に手を当てるオプス。
そんなオプスの態度に首を傾げながらも、どういう事だと他の二人に視線を向けるけれど、カタリナはどういう意味だか分かっていないような顔をしていて、セローニャは苦笑を浮かべている。因みに、ビビはだらしない顔を浮かべているだけなので、聞いても意味が無いと判断して尋ねる相手の対象外にしている。
訳知り顔のセローニャに尋ねようとしたところで、オプスがナホに尋ねる。
「それで、姫様。先程の行動の真意をお聞かせ願えますか?」
「……うん」
不満そうな表情を隠しもしないで、ナホは言う。
「僕の眼がまた良くなったみたい。今までは人の形しか分からなかったけど、陰影とか、細かな輪郭とかが分かるようになったんだ」
言って、ビビの顎や頬に触れるナホ。
ナホが触れるたびにビビがだらしない顔を浮かべるのだけれど、流石にまだ表情までは読み取れないのか、その表情に変化はない。
「まだ顔のパーツとか、服の細かな装飾とかは分からないけど、手の形とか顎の位置とかは分かるようになったんだ」
「なるほど。だからこの馬鹿に触れようとしたり、ビビに触れたりしていたのですね」
「うん」
ナホが見える範囲は、人に留まらず、物も細かに見えるようになってきていた。自身が思っている以上に見える範囲が広がるのが早いので、もしかしたらサリファに着く頃には人の顔や着ている服なども認識できるようになるかもしれない。
少しは視えるとはいえ、普通に見えている景色よりも情報量が少なすぎるので、視えていないと言うストレスがどうしてもある。そのストレスが無くなるのであれば、ナホも嬉しい。
「ああ、なるほど」
ナホの説明を聞いて、アルクが心得たように頷く。
おっ、分かったのか? とオプスとセローニャがアルクに視線を向ける。
「あれか。姫さん、視える範囲が広がったのを試すのを邪魔されたから怒ってんだろ? 悪かったよ、俺寝てっと無意識の内に警戒してるみてぇでよ。近付いて来るもん全部掴んじまうんだよ」
一応、嘘ではない。
オプスと合流する前、ナホと一緒のベッドで寝ている時、何回か寝返りを打ったナホの顔や腕を掴んでしまっている。
が、それはナホの知る由も無い事だし、今回に限ってはまったくもっての外れである。
「別にぃ……」
ぷいっとそっぽを向くナホ。
「「はぁ……」」
オプスとセローニャ大きな溜息を吐く。
「は? じゃあ何だってんだよ。おーい、姫さん? おーい」
そっぽを向くナホを振り向かせようと手を振ってみたりするけれど、ナホは拗ねたようにアルクの居る方とは反対の方を向く。
「馬鹿め……」
「戦闘ではあんなに鋭いのにね……」
オプスは心底呆れ、セローニャは苦笑を浮かべた。
結局、次の町に着くまで、ナホは不機嫌なままだったけれど、ビビは自分の近くにずっとナホが居たので、満足げな顔をしていたとか。
「なんだってんだ、いったい……」
アルクの困惑に答える者は誰も居なかった。
〇 〇 〇
町にたどり着き、町で物資の補充も兼ねて二、三日滞在する事になった。
馬車を馬車置き場に置き、宿を探そうと町を歩く一行。
最初は三人だったのに、今では八人だ。大所帯になったなぁと思いながらも、物珍し気に視線を巡らせるナホ。と言っても、目隠しをしているので傍目には視界不良の女の子が忙しなく顔を動かしているようにしか見えない。
「なぁ、姫さん。あれ、あの菓子食いたかねぇか?」
「ううん、お夕飯前だから止めとく」
「じゃ、じゃああれだ。あの服! 女ってのはああいうふりふりしたの好きなんだろ? 買いに行こうぜ? な?」
「それよりもまずは今夜の寝床でしょ? 服は明日見に行こ?」
「お、おう……そうだな……」
ナホの機嫌を直したいのか、アルクに似合わず気を遣ったような発言をする。
それをオプスやセローニャがおかしそうに見て、事情は知らないけれど、なんだかおもしろい事になっていると、リディアスとクレトが興味深げに見ていた。
因みに、ビビはアルクが指差した服を見てナホに似合うかどうかを真剣に吟味していた。その表情だけ見れば、何やら真剣に考え事をしている美女なのだけれど、考えている事が分かっているセローニャ達は残念美人を見る様な目で見ている。
「宿の部屋割りどうしよっか? パーティーごとに分けるの?」
珍しく煮え切らない様子のアルクをひとまず放置し、ナホはビビに尋ねる。
「え? いえ。女性は女性で固まろうかと」
「まぁ、女子四の男子四だしね。それが無難で良いんじゃないの? アタシ達も普段は男女分けてるし」
「駆け出しの人達は同じ部屋ってのは多いけどね。幸い俺達はお金は稼いでるから、部屋を二つ取る事は出来てるけどね」
「そうなんだ」
一応部屋割りを聞いたけれど、ナホは別段どのような組み合わせになっても良いと考えていた。
そも、ナホは元々男であるし、男である時に四人パーティーで一つの部屋に泊る事はざらにあった。酷い時は、大部屋に雑魚寝をしていた時もある。特に、男女別が良いという事は無い。
が、身体は女子でも精神的にはまだ健全な男子であるナホは、女の子との相部屋は正直遠慮したかった。
しかして、自分が元男である事を言うのも何故だか憚られたために言い出せないでいた。
龍である自分を受け入れていてくれているだけでも奇跡的だと言うのに、その上でまた面倒な事情を話せる訳が無い。そして、それはアルクもオプスも同じことで……。
珍しくそわそわしているアルクを見る。
別段、ナホはもう怒ってはいない。オプスの手は避けないでナホの手は掴む事に対して少しだけ、本当に少しだけ、もやもやしたりはしたけれど、もう怒ってはいない。そんな小さなことでずっと怒るほど、ナホは狭量ではない。
先程のアルクの提案には実際に心は引かれたし、食べ物にも服にも興味はある。けれど、自身で言った通り宿がまず先だ。二、三日滞在する事を考えれば、明日寄っても良いだろう。
……果たして、自分が元々男であったことを話したりすれば、アルクは自分を服屋や買い食いに誘ってくれるだろうか?
そんな不安が、心中から湧き上がる。
けれど、いずれ話さなければいけない。自分がこうなってしまった全ての経緯を。そして、その前の自分を。
「どうした姫さん?」
ナホの視線――目隠しをしているので、直接見ている訳ではないけれど――に気付いたアルクは、若干食い気味にナホに尋ねる。どうやら、ナホが機嫌を悪くしていた事が相当堪えたらしい。
今までアルクに頼ってばかりで、なるべくアルクの傍を離れないようにしていただけに、急に離れられて困惑しているらしい。
「んーん、なんでもないよ」
「そうか? なんかあったら言えよ?」
「うん」
妙に、優しいなと思う。いや、こんな自分のために力を貸してくれている時点でとても優しいのだけれど、常の対応と全然違うなと思う。
アルクの心境としては、今まで懐いていたペットが急に飼い主である自分から離れてしまって戸惑ってしまっているという心境に近いのだけれど、ペットを飼ったこともなければ、ろくに親しい友人を作った事も無かったアルクにはこの心境を言い表す事が出来なかった。
すっと、ナホからアルクに一歩歩み寄る。
アルクだけではない。オプスも、自分がアナスタシアでは無いのにも関わらず、手を貸してくれる。そんな優しさに、自分はただ甘えているだけだ。
嫌になる。これでは、前と何一つ変わっていない。
この姿になる前だって、自分は誰かに頼ってばかりで、自分一人では何一つ成し遂げる事なんて出来なかった。
龍を一人で倒す事も出来なければ、薬草だって満足に採取できない。
なんだか自分が惨めに思えてきたその時、アルクがナホを自身の背に庇うようにして立ち止まる。
そして、アルクだけではなくオプスやビビ達も警戒をするように立ち止まる。
「うわっぷ」
しかして、考え事をしていたナホだけはアルクの背中に顔をぶつけてから止まる。
「何……?」
アルクにそう問いかけながら、アルクの背中から顔を出そうとした時、アルクが手でナホが顔を出そうとするのを制する。
「おい、邪魔だ。道のど真ん中塞ぐんじゃねぇよ」
アルクが機嫌悪そうに言い放つ。
ナホからはアルクの背中が視界一杯に広がっているために、自分達の前に誰がいるのか全く分からない。
一行の行き先を遮るのは、数人の純白の司祭平服に身を包んだ男女だった。司祭平服の胸元には龍を突き刺す天秤の剣の刺繍が施されており、その詩集の意味が分からない者はこの場にはいなかった。
滅龍教会。
彼等は偶然ナホ達の前に現れた訳ではなく、明らかな敵意を持ってナホ達の前に立ち塞がった。




