002 三人の滅龍者
「っだぁ! くそっ! 此処も空振りかよ!」
苛立ったように得物の槍を振るうのは、滅龍者の一人である伊佐木怜司だ。
「レイジ、落ち着くよろしヨ。男の癇癪、みっともないネ」
「るせぇ! 余計なお世話だ中華娘!」
「誰が中華娘ネ」
言いながら、怜司のお尻を蹴り上げるのはこちらも滅龍者の一人である盧蘭玲である。
蘭玲に蹴り上げられるも、蘭玲は大した力で蹴っていないので怜司にとっては痛くも痒くもない。蘭玲も怜司に怪我を負わせるために蹴りを入れているのではないので、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
「あ? じゃあ暴力女にでも改名すっか?」
「蘭玲、呼ぶよろしヨ。もしくは蘭」
「へーへ。気が向いたらな」
「そういう奴、気が向く事無いネ。蘭知っておるネ」
「良く分かってんじゃねぇか」
「ぷぅ」
ぷくぅっと不満げに頬を膨らませる蘭玲。
怜司は喧嘩っ早いにも関わらず、蘭玲や他の滅龍者に対しては寛容だ。それに、今お世話になっている村の子供の相手も良くしている。女子供に優しいだけならそういう奴なんだと幻滅をするのだけれど、そういう訳でもなく、怜司は誰に対しても普段は優しい。言動は乱暴だけれど。
そんな姿を見ていて、蘭玲は思った。
こいつ、沸点が低いだけネ。
堪え性が無いと言うか、我慢が出来ないと言うか、とにかく怜司は沸点が低かった。けれど、それで当たり散らすかと言われればそうでもなく、ただただ一人で不機嫌になっていくだけなので、放っておけば害はない。
そんな怜司が何故メリッサに噛みついて、奈穂の事を毛嫌いするのか。蘭玲はそれが不思議で仕方が無かった。
「怒りんぼが怒らないネ。これは槍降るヨ」
「伝説の槍とかならバッチ来いだな」
「伝説の槍が降ってきたら村壊れるヨ」
「俺がその前にキャッチすりゃ良いだろ」
「余波はどうにもならないネ。衝撃波で家粉々ヨ」
「そこはお前が何とかしろよ。振動操るの得意だろ?」
「相殺出来て自分に対するものだけネ。村一つ守るのは無理ヨ」
「そこは頑張れよ。お前はどっちがいんだよ。村一つ守って伝説の槍手に入れるのと、村が全壊して伝説の槍手に入れるの」
「もちろん前者ネ。蘭、人が悲しむの嫌いヨ」
「じゃあ頑張れ。村を救えるかどうかはお前の腕にかかってるぞ」
「うん。蘭、頑張るヨ」
「君達はいったいなんの話をしてるんだい?」
馬鹿げた話を繰り広げていると、背後から呆れたような声音で声がかかる。
声の主は二人と同じく滅龍者であるルドルフ・バナードである。
「伝説の槍が降ってきたらって話」
「本当に何を話してるのか分からないけど、おじさんとしては二人が仲良しそうで良かったよ」
今時小学生でももっと実のある話をすると思いながらも、ルドルフは水を差さないために言葉少なくとりあえず二人が仲良くしている事を喜ぶ。
「別に仲良し無いネ」
「そうだぞおっさん。適当言うな」
「えぇ……」
仲良くお話してたじゃんと思いながらも、ちょっと面倒くさく思ったルドルフは何も言わない。二人が仲良く無いと言ったのなら仲良く無いのだろう。傍目には微笑ましい兄妹の会話に見えるけれど。
「んで、そっちはどうだったんだ? なんか分かったか?」
「いや、何も。黒龍の事も、白い龍の目の少女の事も分からずじまいだったよ」
「チッ、んだよ。こっちも外れかよ……」
三人は現在、突如として姿を現した黒龍の討伐と、滅龍者仲間である石狩奈穂の衣服を身に纏って姿をくらました白髪に龍の目の金眼銀眼を持つ少女の捜索を行っている。
しかし、その成果は芳しくなく、未だその両方の情報を掴めないでいた。
「方角はこっちで合ってるんだけどね」
黒龍と直接戦闘したメリッサの報告が正確であるのであれば、今三人が進んでいる方角で間違いはない。けれど、いくら方角が分かったと言ってもその詳細な進路までは分からない。
現代であればSNSなどで目撃情報を得る事が出来るのだけれど、いかんせんそう言った技術の発展していない世界だ。情報伝達も遅ければ、情報収集だって一苦労だ。
人づてに地道に探していくしかない。
「こういう時スマホありゃ楽なんだけどな」
「無いもの強請りしても仕方ないネ。地道にやるヨ」
「わーってるよ。にしても、でかい図体してんだから、誰か見ててもおかしくはねぇと思うんだけどなぁ……」
「そうだね。空気も澄んでるし、そう大きな遮蔽物も無いから、余程遠くに飛んでない限りは見えると思うけど」
「町と町の距離が遠いネ。見えないところを飛ばれたら見れないヨ」
「それもそうか。はぁ、これでスタートラインに戻った訳だな……」
「だね。ひとまず、今日はもう遅いし宿に戻ろうか」
「それが良いネ。蘭お腹ぺこぺこヨ」
「だな。あー、腹減った」
黒龍探しを諦めた訳では無いけれど、いったん落ち着く事も大切だ。それに古来より腹が減っては戦が出来ぬと言われている。腹ごしらえも戦士にとっては大事な仕事の一つなのだ。
三人は食事をとるために宿に戻ろうとした――その時、町中に警鐘が鳴り響く。
「あ? んだ?」
「敵襲かな?」
「おい中華娘。槍に乗れ」
「あい、分かったヨ」
怜司の意図を察して、蘭玲はぴょんと飛び上がる。
怜司は蘭玲の足元に槍を滑り込ませ、大きく振り上げる。そうすれば、あっという間に蘭玲は上空へと射出される。
蘭玲は最高到達点を迎える前にくるりと一回転し、町の周辺を見渡す。
「むっ」
とある方角にて、蘭玲は警鐘の理由を発見する。その方角からは、百を超える龍の大群が押し寄せてきていた。
しかし、その方角だけではない。また別の方角では別の方向に向かって進んでいる龍の大群が目撃できた。といっても、細かくしか見えないので何体居るのかは分からない。が、大量という事は分かった。それだけで、充分だ。
上昇が終わり、後は自由落下に任せて地面に落ちる。
すたっとしなやかな猫のように美しく音もなく着地する蘭玲。
「どうだった?」
怜司に尋ねられ、蘭玲は龍の大群が来る方を指差す。
「あっちから龍が大群で押し寄せてきたネ」
「大群ってどれくらいだい?」
「いっぱいヨ」
「よし分かった。んじゃあ行くか」
とんとんと槍で肩を叩きながら、蘭玲の指差した方向へと向かう怜司。
「正確な数も分からないのに行くのかい?」
「いっぱいいんだろ? それだけで十分だろうが。なにより、俺らは滅龍者だろ?」
じゃあ行かなきゃだろ。そう言って、振り返る事無く歩き続ける怜司。
「むつかしい事考えるの、ルドルフの悪い癖ネ。もっと怜司見習うよろしヨ」
蘭玲も怜司の後を追う。
さっさか行ってしまう二人の若者を見て、ルドルフは思わず苦笑をしてしまう。
「そりゃ、難しくも考えるよ。おじさん最年長だからね」
まぁでも、戦う事には賛成だ。
歩を速めて、ルドルフは二人の後を追った。
「これで……最後ぉッ!!」
龍の大群と接敵してから二時間と少し。ようやく龍の大群の最後の一体を撃破し、大群を食い止める事が出来た。
「はぁ……しんど」
「怜司は無駄に動きすぎヨ。もっと落ち着くよろしヨ」
「あ? 俺が動かなきゃ何人死んでたか分かんねぇだろうがよ」
「そういう事じゃ無いネ」
怜司が言っているのは、怜司が自分の持ち場を持たない遊撃として動いていた事についてだ。
怜司は自ら遊撃を選び、体制を立て直せない箇所があったら立て直せるまで支援をする、という動きをしていた。この戦場には滅龍者三人だけではなく、騎士や冒険者連中も参戦している。自分の住む町を守るためなのだから、当然と言えば当然だろう。
ともあれ、怜司は遊撃として戦場の全体を移動していた。もちろん、体制を立て直す必要が無い場合は、自身も率先して龍を狩り続けた。
その行動を無駄と判断されるのは誠に遺憾だけれど、どうやら蘭玲はその事を言っているのではないらしい。
「蘭が見たところ、怜司の技にはまだ無駄が多いネ。荒削りボーイヨ」
「誰が荒削りボーイだ」
とは言うけれど、怜司もその事は少し自覚がある。他の滅龍者と一緒に戦っていても、怜司の方が息切れが早い時がままある。勇人、メリッサ、光汰、それにルドルフ。この四人は自分よりも強く、それでいて同じく接近戦が得意だ。ルドルフは巨大な弓を使って援護に徹しているけれど、本当であれば接近戦の方が強い。武器無しの組手であれば滅龍者の中でダントツに強い。
そんな彼等は怜司よりも息切れが遅く、戦闘可能時間が長い。
自分と彼等で何が違うのかは明確には分からないけれど、彼等の技を見ていれば少しだけど分かる。彼らの技は流麗で、無駄が無い。勿論、彼らが武の頂点ではないのは分かっているので、彼等の強さが最高到達点ではない事は分かっている。
けれど、怜司の眼から見れば、彼等の技は美しかった。それこそ、感嘆の声すら漏れる程。
がしがしと頭を掻く。
「わーってるよ、んなこたぁ」
小さく言って、怜司は町へ向かって歩き出す。
周囲が群れを撃退出来た事を喜んでいる中を、怜司は晴れやかとは程遠い顔で歩く。
「怜司君、お疲れ。あれ、元気無いね? どこか怪我でもしたかい?」
「なんでもねぇよ。ちょっと疲れただけだ」
「そうかい? でも、怪我してたら無理しないで言うんだよ?」
「わーってるよ」
ひらひらと適当に手を振って、怜司は歩き続ける。
ルドルフの元へとやってきた蘭玲に、ルドルフは尋ねる。
「元気無いけど、なんかあったのかい?」
「技に無駄あるって言ったら、しょんぼりヨ」
「あらぁ……それは、本人も気にしてるからねぇ」
滅龍者の多くは有能な者にはそれぞれ専属の師が付けられた。しかし、怜司はこちらに来た当初はただの高校生だ。運動系の部活動に所属していたので運動は得意だけれど、戦う事を得意とはしていなかった。
そのため、怜司は最初は奈穂達と同じで騎士達に交じって訓練に参加していた。結果、元々運動神経が良かったのもあって怜司にも専属の師が付けられる運びになったのだけれど、間が悪い事に騎士の中に槍の使い手がいなかった。
騎士じゃなくても良い。冒険者の中からでも良いから師となる者を一人雇ってほしいと言っても、そんな出自の知れない者に大切な滅龍者の育成は任せられないと言われて断られてしまった。
何度かお願いしてみたけれど、結果は同じ。だから、怜司は独学で槍を学んだ。
他の師の付いた優等生達へと反発もあって、途中からは意固地になって一人を突き通した。
その結果が進歩の停滞であり、独学の限界でもある。全てを自分で切り開かなくてはいけない怜司に求められる努力の量は、人よりも多かった。
しかし、結果は伴わずに今の低迷状態だ。
「誰か良い師がいれば良いんだろうけどね」
「槍は扱い難しいネ。間合いの取り方も他の武器と違うネ。生半可じゃ教えるの無理ヨ」
当たり前の事だけれど、武器ごとに間合いも脚運びも違う。少し槍を齧った程度の者では今の怜司に槍を教える事は出来ない。
騎士団に槍の使い手がいなかったのは、戦争を想定して部隊での槍の使用訓練はしていても、槍を主武装としてる者が居なかったためだ。
魔術や弓矢の遠距離攻撃があるし、槍は間合いを詰められてしまった後が難しいため、それを嫌がって剣や魔術を使う者の方が多い。
そのため、グランディア王国でも槍を使う騎士がいなかったのだ。グランディアでは剣が主流という事もあり、槍を扱う者が少ない。
その中で槍を選んだのは、単にそれが怜司に合っていると思ったからだ。
他と違う物を選びたいと思ったからじゃない。握ってみて、振ってみて、それが一番自分に合っていたのだ。
一度相談を受けた事があるルドルフだからそれを知っていて、ルドルフからはあまり口を出さないようにしていたのだけれど……。もちろん、蘭玲も悪気があって言ったわけではない。もっと良くなると思って言ったのだけれど、蘭玲は怜司とはそこまで接点が無いので師がいない事を知らなかった。
滅龍者同士はそんなに仲が良いと言う訳では無い。特定のグループはあるけれど、全体的に仲良しかと言われるとそうでもない。怜司に至っては、一人でいる事の方が多い。
そのため、彼を親身に支えてくれる仲間は、本当の意味でまだいないという事になるだろう。
さてどうフォローしたものかと考えていると、町に戻ったはずの怜司が誰かを担いで二人の元へと戻って来た。
「見つけたぞ!!」
言って、担いでいた人物を降ろす怜司。
怜司が担いでいたのは一人の勝気そうな顔をした少年だった。
「おい! 急に持ち上げんなよ! それに、移動するにしても乱暴が過ぎるだろうが!!」
「悪かったって! それよりも、お前見たんだよな? 黒龍と白い女!」
何を見付けたのか蘭玲とルドルフはぴんと来てなかったけれど、怜司の言葉を聞いて理解をする。
雑な謝罪に不服そうにしながらも、少年は言う。
「ああ、見たぜ。ていうか、シロが乗ってる馬車を護衛してた。途中で、赤い龍に襲撃されたから、その後は分かんねぇけど」
少年の言葉を聞いて、怜司は明らかに得意げな顔をして二人を見た。
「という訳で、第一目撃者発見だ! どうやら、今一番仕事をこなしてるのは俺のようだな!」
「はいはい、そうネ。怜司は社畜ネ」
「そういう意味で言ったんじゃねぇんだよ!!」
「まぁまぁ。ひとまず、お手柄だよ怜司君」
「だろ? いやー、おっさんは分かってんなぁ。どこぞの中華娘と違って」
「誰が中華娘ネ」
すぱんと怜司の尻を蹴り上げる蘭玲。
「……なぁ、俺帰って良いか?」
「待て待て! その話、詳しく聞かせてくれ! 礼は弾むから!」
帰りたそうにしている少年を引き留め、怜司は言う。
少年は面倒くさそうにしながらも、礼をくれると言う事で渋々口を開いた。
「黒龍はちらっと見ただけだから何とも言えないけど、シロの方は少し分かるぜ。俺だけじゃなくて、他の連中にも聞いてみると良いかもだけど」
少年がそう言っている間に、男女の五人組が走って怜司達の元へと寄ってきた。
「ちょっと! あたしらのパーティーメンバーを勝手に連れてくってどういう了見よ! 滅龍者だからって横暴じゃない!?」
棍棒を持った少女が怒りながら怜司に言う。
「悪かったよ。ちっと話があったんでな。乱暴だったのは謝るよ」
怜司も少し悪かったと思っているのか、素直に謝罪をする。ようやっと見つけた手掛かりに舞い上がってしまった自覚もある。
「まぁ、あんま怒んなよ。なんか礼してくれるみたいだし」
「え? あたし新しい棍棒が欲しかったの! 買ってくれるの!?」
「お前図々しいにも程があんだろ……」
棍棒少女の変わり身の早さに少年は思わず呆れてしまう。
「それで、お話って何でしょうか? 俺達、特に有益な情報持ってる訳じゃありませんけど」
話が進まないと思ったのか、一人の利発そうな少年が怜司に尋ねる。
「ああ、そんな難しい話じゃねぇ。なぁ、お前ら黒龍と白い女見たんだろ? その事について聞きてぇんだ」
「白い女……」
「それって……」
六人は白い女という言葉に反応する。黒龍に反応を示さない問う事は、黒龍の事は本当に目撃したくらいなのだろうとルドルフは推測する。
「……貴方達は、それを知ってどうするんですか?」
「あ? あー、そうな。黒龍の方は討伐だ。うちのメンバーが襲われたらしいからな」
「白い少女の方は?」
「分からん。が、俺は殺すつもりはない。ちっと捕まえて話は聞くがな」
怜司の言葉を聞いて、六人は顔を見合わせる。
その後、利発そうな少年が代表して一つ頷いた。
「分かりました。お話しさせていただきます。ただ、僕達も知ってることはそう多くはありません」
「ちっとでも手掛かりになんならそれで良いさ」
「それじゃあ、ここじゃなんですし、移動しましょうか」
そう言って、下位一等冒険者一党のリーダー、テインは町の方へと三人を促した。




