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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第3章 白の少女と滅龍者と信龍教会
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001 生命の木

第三章開始です。

 広大な平原を、大きな馬車が走る。


 馬二頭に引かれる馬車は、簡素な見た目をしているけれど機能性が高く、また長旅にも耐えられる頑丈な造りをしている。


 内装には上質な綿が敷き詰められたソファに、上質な毛布が人数分入っており、その他に特筆(とくひつ)する点は特にないけれど、快適な旅をサポートする造りになっている。


「いやぁ、良かったね、こんな良い馬車貰えて」


「だな。まぁ、欲を言えば俺も中で休みたかったけど……」


「あはは……まぁ、女性が多いから仕方ないよ」


 馬車の中で今頃リラックスしているのだろうと思われる女性陣を羨むリディアスを、馬車の手綱を握るクレトが苦笑しながらも慰める。


 御者台の椅子も柔らかいからまだましだけれど、これで椅子が硬かったら数時間おきに交代してもらっていただろう。


「ま、中は中で居心地悪そうだしな。男女比が二対四だし」


「姦しい中で平然としていられる自信は俺にも無いなぁ。あの二人はそういうの気にしなそうだけど」


「槍一筋と姫様一筋って感じだったもんな。それに、二人とも保護者っぽいし」


 馬車の中に入れば一気に姦しくなるけれど、四人の内の三人はパーティーメンバーである。しかして、女子三人は良いとしても最後の一人が問題だ。


 二人も保護者がいるし、何より本人が目も覚める様な美人であるにも関わらず男子との距離感が異様に近い。一党(パーティー)の女子達には慣れたものの、一党(パーティー)以外の美人さんには普通に緊張してしまう。


 それに、保護者二人の監視の目が厳しいので、少し距離を間違えるだけで槍や咆哮(ブレス)が飛んできそうで恐ろしいのだ。


 そのため、二人は喜んで御者になった。本音を言えば、自分も馬車の中で休みたかったけれど。


 『クルドの一矢』とナホ一行が奇妙な臨時一党(パーティー)を組むに至った経緯は、時間を二日ほど前にさかのぼらなければいけない。





 二日前。ナホと『クルドの一矢』、おまけで滅龍十二使徒(アポストル)のノインは町にある一軒の食堂で話をしていた。


「私は、獣王国サリファの王家が一女(いちじょ)、カタリナ・アーゲン。美麗なる白龍ナホ様、世界視を持つ貴女様の御力をどうかおかしください」


 仮面と頭巾(フード)を取り、深々と頭を下げるカタリナ。


 その行動とカタリナの名乗った名前、そして極めつけは彼女の肩書に一同は驚きを隠せないでいた。それを言われた当の本人であるナホは美麗など言われた事も無い誉め言葉に照れているけれど。


 事の重大さをただ一人分かっていないナホを呑気だと思ってしまうのも仕方のない事だろう。


 ひとまず、照れているナホをいったん置いておき、オプスがカタリナに尋ねる。


「それは、獣王国サリファとしての申し出か? それとも貴様個人としての申し出か?」


「国としての申し出、です」


「ふむ、では貴様はサリファの国使(こくし)という事で相違無いな?」


「はい。その認識で間違いありません」


 ふむと、オプスは(おとがい)に手を当てる。


 ようやく、話の流れに自分がついていけていない事に気付いたナホは小首を傾げてオプスを見た後、ずっと頭を下げたままのカタリナを見る。


「あの、カタリナさん。頭は上げてください。それじゃあお話ししづらいですし」


「……では、失礼して」


 ようやっと顔を上げるカタリナに、ナホは少しだけほっとする。


 自分が偉い人間だとは思っていないので、どうにも頭を下げられたまま話をされると居心地が悪いと感じてしまう。


 しかして、カタリナが顔を上げてもナホはどう話を進めて良いのか全く分からない。


 ちらっとオプスを見やれば、オプスは心得たとばかりに頷いてからカタリナに向き直る。


「して、貴様の国に力を貸す理由はなんだ? それが分からねば姫様も判断しかねる」


「そう、ですね……では、始まりから――」


「その話は長くなるか?」


「……少し」


「では手短に要点だけをまとめて話せ」


 まるで、要点以外の事情は些事だと言わんばかりの物言いだけれど、実際にオプスにとっては要点だけ伝えて貰えればそれで良い。要は、ナホが判断するための材料が欲しいだけなのだから。


 カタリナは少し考えた後、静かに口を開いた。


「獣王国サリファには、生命の木がある」


「生命の木って?」


 聞きなれない単語に、ナホが思わず聞き返せば、カタリナは丁寧に説明をする。


「生命の木は、我ら獣人にとって大切な母。獣人の地を守り、家を守り、命を守り、我ら獣人を温かく見守ってくれる」


「要するに大きな木です。それこそ、獣人という種が生まれる前から存在する大樹ですね」


 大きな木とぞんざいに説明され、カタリナはむっとした顔をする。


「そっか。凄いね。きっと、ずっと前から色んな人に愛されてるんだね」


「正しくその通り。さすがは麗しの姫君です。そこの顔だけの男とは品格も何もかもが違います」


 純粋な心で生命の木を褒めたナホに対し、カタリナは饒舌にナホを持ち上げ、少しばかりオプスを睨みつけながらナホの心の清らかさと比較する。


 目の前で馬鹿にされたオプスは額に青筋を浮かべるも、褒められた対象がナホであるがゆえにあまり強くも言い返せない。そのため、今のカタリナの発言を聞いて吹き出すように笑ったアルクの頭を引っ叩く。


 しかし、アルクは叩かれても平気な顔をして笑っている。店中の視線が集まるくらいの大きな音がしたのにも関わらず、けらけらと笑っている。


「それで、その生命の木がどうしたの?」


 自分の頭上で起こった事ゆえ、何が起こったのかを把握していないナホは一度小首を傾げながらも、まあいいかと気にしない事にしてカタリナに尋ねた。


 すると、カタリナはしゅんと落ち込んだように力の無い表情を浮かべた。


「実は、生命の木が不調なのです。獣王国が出来て一度も枯れた事のなかった生命の木が、節々から枯れてきていて……」


「枯れてる原因は?」


「分かりません。学者が見ても、優れた魔術師が見ても分からなかったのです」


「それで姫様の世界視を頼った訳か」


「……はい」


「何故不服そうに頷く? 私が応答しては不満か?」


「いえ、別に……」


 つーっと拗ねたように目を逸らすカタリナ。どうやら、先程の生命の木の成長が余程気に食わなかったらしい。


 それもそのはずで、獣人にとって生命の木とはカタリナ自身が言った通り、獣人の母なのだ。その根は煎じれば万病を直し、その葉に付いた朝露(あさつゆ)は傷を治す回復薬(ポーション)になる。獣人は生命の木から恩恵を受け、逆に生命の木が過ごしやすい土地を作り、害虫などを駆除して守っている。


そんな獣人にとってかけがえのない母である生命の木をただの木と侮辱されては不機嫌にもなるだろう。


「ねぇ、アルク。せかいし(・・・・)って何?」


 二人がぎすぎすしているので、ナホは物知りそうなオプスではなくステーキを食べているアルクに尋ねた。


「あ? 俺が知る訳ねぇだろ」


「だよね」


「そう納得されっとムカつくな」


「あうあぁ……鼻摘ままないでぇ」


 鼻を摘ままれてぐいぐいと引っ張られるナホ。


「貴様はなにをしとるか!!」


「あでっ」


 すぱぁんと今日一番いい音を響かせるアルクの頭。


「大丈夫ですか姫様?」


「うん、大丈夫。でも、あんまりアルクの頭叩いちゃ駄目だよ? お馬鹿になっちゃうから」


「ご安心を。この馬鹿は脳に筋肉しか詰まっておりませんので、これ以上馬鹿になる事はありません」


「お前ら失礼極まりねぇな」


 頭をさすりながら、アルクはステーキを食べる。そろそろ止めないとビビの顔色が真っ青を通り越して真っ白になりそうな勢いだ。


 しかし、オプスはナホ以外には興味が無いし、ナホはビビの顔色までは見えないため、ビビのピンチに気付くことが出来ない。そして、アルクは遠慮を知らない。


 他のメンバーはビビの財布だけで足りないようなら出してやろうと思い、ここまで蚊帳の外なノインはここの料金は自分が払ってあげようと気を利かせている。


「それで、せかいしって何?」


 鼻が痛むけれど、話がそれてはいけないと思い同じ質問をオプスにする。


 まさか人類の歴史なんかではない事は分かっているけれど、他に何があるのかも分からないので素直に尋ねている。


「世界視とは、世界を視る事の出来る眼の事です。姫様が人に限らず、物の放つ()を見る事が出来るのは世界視を持っているからです」


「へぇ……僕の眼って、そんな名前なんだ。で、気って何?」


「気とは万物が放つそのものの気配のようなものだと捉えていただければよろしいかと」


「なるほど。僕、ずっと他人の魔力が見えてるもんだと思ってた」


 よくよく考えてみれば、地面が魔力を持っている訳も無く、水や岩も魔力を持っているものの方が少ない。


 ナホが異世界人で、魔力とは無縁の存在だったからこそ気付くのが遅れたのだ。


「それで、その僕の世界視? っていうのが必要なの?」


「はい。どの角度から見ても生命の木の状態が分からない以上、常人が持たない角度から世界を視られる方の協力が必要だと、我々は考えております」


「そのための世界視か。姫様は常人とは別の視界をお持ちだからな。貴様らが分からなかった生命の木の不調の原因も分かるやもしれんしな」


「……ですね」


 素っ気なく、カタリナは言う。


 最早カタリナはそういう生物なのだと別段気にもしなくなったオプスは、ふむと考える。


「いかがいたしますか、姫様?」


「え? うん、良いんじゃないかな。行こっか、獣王国」


「かしこまりました」


 ナホが軽く言えば、オプスはその場で恭しく一礼をする。


「え……」


 しかし、ナホのあまりにも軽い返答に驚くカタリナ。そして、それはカタリナだけではなく、『クルドの一矢』もノインも同じだ。


「よ、よろしいのですか?」


「うん、良いよ」


 動揺しながら尋ねるカタリナに、ナホは軽く頷く。


「獣王国に行って生命の木を見てみれば良いんだよね?」


「え、ええ」


「うん、じゃあ大丈夫。治せとか言われれば無理だけど、見てみるだけなら僕にも出来るし」


「いえ、むしろ姫様にしか出来ない事です。何せ、世界視を持つ者はこの世に姫様ただ一人なのですから」


「え、そうなの!?」


「はい。それに類するものはございますが、世界視を持つ者は姫様ただ一人です」


「へ、へぇ……そうなんだ……」


 目を瞑っていても良く見えて便利だなくらいにしか思っていなかったけれど、そんなに凄いものだという事実に驚きである。


 それと同時に、カタリナは途方もない人物を探していたんだなと感心するナホ。


「あの、本当によろしいのですか?」


「うん、良いよ。むしろ、そっちは大丈夫なの? 僕、これでも龍なんだけど……」


「そちらについては大丈夫です。獣王国は人の国よりも龍に対する敵対心は小さいです。それに、ナホ様の身の安全は王家が責任を持って保証しますので」


「なら良かった。あ、でも、僕はあくまでも見るだけだから、もしかしたら何か見えてもそれが何か分からない可能性もあるよ? 自分で言うのもなんだけど、僕はあまり世間を知らないから……」


「それはご安心を。私が視覚同調の魔術を用いて同じ光景を見ます。それに、視覚同調くらい使える魔術師は獣王国にもいるでしょう」


「ええ。学者達は使えます。むしろ、使えない者の方が少ないくらいです」


 二人の言葉を聞いて、ナホは安堵する。


 ナホは結局見る事しか出来ず、それが何であるのかを判別する知識を持っていない。他の者が一緒に見てくれるのであれば安心である。


「それじゃあ、僕らのこれからの行く先はひとまず獣王国という事で。二人とも、それで良い?」


「いーぜー」


「姫様の御意向のままに」


 二人も軽く了承をする。


 という訳で、ナホ一行のひとまずの行く先が獣王国サリファに決定した。


 獣王国がどれほど遠いのか分からないけれど、準備とかしないとなと考えていると、カタリナがおずおずとナホに声をかける。


「あ、あの……」


「ん、なに?」


「まだ、報酬の話をしていませんが……」


「報酬? あ、じゃ、じゃあ……一つだけ良いかな?」


「はい、何なりと」


「そ、その……お城に泊めてもらう事って出来るかな?」


「は?」


 ナホの口から出てきた報酬の内容に、カタリナは思わず呆けた声を出してしまう。


 しかし、そんなカタリナの様子に気付かぬまま、ナホは照れた様子で言葉を紡ぐ。


「そ、その、ね? 僕、お城に泊った事無くて……一度だけでも良いから止まってみたいなぁって……」


 もじもじと恥ずかしそうに言うナホ。


 ナホは国に召喚された滅龍者だけれど、お城で寝泊まりした事は一度も無い。定期報告会の時は王都にある宿を使っていたし、最初に召喚された時も国賓という扱いながら、ナホのような味噌っかすは兵舎で寝泊まりしていた。そのため、お城で寝泊まりした事が無いのである。


「あ、も、もちろん駄目なら良いんだよ? 別の考えるから!」


「あ、い、いえ。むしろ、王城で寝泊まりしていただく予定でしたので」


「え、そうなの?」


「はい。……えっと、それですと、報酬にはならないので、別のものを何か……」


「うーん……別のものって言われても……」


 うーんと困ったように考えるナホ。ナホは特段望んでいるものは無い。お金はある程度は自分で稼げるし、特に不自由している事も無い。


「でしたら、保留という形でどうでしょう? 姫様が何か思いついた時にこの小娘に言いつければよろしいかと」


「……うん。特に思い浮かばないから、保留にするね。ごめんね、カタリナさん」


「い、いえ。その、こちらこそ、なんだか申し訳ないです……」


 よもやお城に泊ることを報酬として求められるとは思っていなかったので、カタリナとしても逆に申し訳なく感じてしまう。


 ともあれ、報酬以外の話はまとまった。


 その後は、いつこの町を発つかの話をまとめて、一度解散という形になった……のだけれど。


「んで、あんたの話ってのは何なんだ?」


 『クルドの一矢』が退席した後、一人残ったノインにアルクは尋ねた。


 ノインはお茶を一口飲んでから三人に言う。


「これからの君達の旅路についてだよ。恐らくは、滅龍教会は君達を追う事を選ぶだろう」


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[一言] ナホ、君はずっとそのままでいておくれ
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