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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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004 方針

 ぱちぱちと何かが弾ける音が聞こえてくる。


 それと、暖かい。憶えのある暖かさだ。仲間の皆と焚火(たきび)を囲った時の暖かさに似ている。


 温もりの中、目が覚める。


 目が覚めれば、目前に知らない青年がいて驚く。


 けれど、その青年の発した一言で更に驚いてしまう。


「ドラゴン……」


 青年のその言葉で、微睡(まどろみ)と困惑の中にあった思考は一気に現実へと引き戻された。


 奈穂は慌てて前髪を目一杯下に降ろして自分の目を隠す。けれど、青年にはもうすでに龍の目を見られてしまっている。


「あーっと……」


 奈穂の反応に、青年は気まずそう、かつ面倒くさそうに頭を掻く。


「一応説明しておくが、俺はあんたがそこの川に流れついてたからここまで運んできた。それだけだからな?」


「あ、その……ありがとう、ございます」


 ぺこりと、頭を下げてお礼を言う奈穂。


 けれど、それ以上の会話は続かない。奈穂は青年を警戒しているし、青年もなんて声をかけて良いのか分からない。


 しばしの沈黙の後、青年は自分が自己紹介をしていなかった事に気付く。


「そういや、まだ名乗って無かったな。俺はアルクだ。あんたは?」


 青年――アルクに問われ、奈穂は自身の名を明かそうとする。しかし、寸でのところで思いとどまり、少し考えてから答える。


「あの、すみません。僕、自分の名前が分からなくて……」


「ああそう」


 訝し気に奈穂を見るアルク。せっかく助けた相手が名を名乗らなかったら、嫌な気持ちになるのは当たり前だ。


 けれど、今名前を明かしてしまうのは奈穂にとってリスクが大きい。エリル達は真っ白な少女を探しているだろうし、奈穂という名が知れ渡ってしまえば、エリル達は探しに来るかもしれない。そこに奈穂はいなくとも、真っ白な少女はいるし、入れ違いになったとしても真っ白な少女が居たという痕跡が残ってしまうのだ。


 じくじくと、痛む肩に手を当てる。


 エリルに……仲間に剣を向けられ、矢を射られた。多分、今はまともに話を聞いてはもらえない。少し、お互いに頭を整理する時間が必要だろう。


 今は、エリル達に見つかる訳にはいかない。


 それにしても、メリッサ達は大丈夫だっただろうか? あの黒龍には勝てただろうか? 皆、ちゃんと生き残っているだろうか? メリッサが居るから大丈夫だとは思うけれど……。


 確認出来ないことがとても不安だ。


 三角座りをし、膝に顔を埋める。


 そんな奈穂に、アルクが声をかける。


「……面倒くせぇから単刀直入に聞くが、あんた人間か? それとも龍か?」


「――っ! ぼ、僕は人間だ!」


 がばっと顔を上げて言えば、青年と目が合う。青年は、奈穂ではなく、奈穂の両の瞳を見る。


「その目、龍の目だろ? 龍の目をしてる奴には初めて会ったが……あんた、強ぇのか?」


「僕だって、何がなんだか分からないよ……後、僕は強くない」


「んだよ。ちっと期待しちまったじゃねぇか」


 心底落胆したように言って、アルクは焼き上がった地竜の肉に齧り付く。


「あー、くっそまじぃ」


 言いながらも、それしか食べる物も無いので食べ続ける。


 アルクが地竜の肉を食べているのを見ていると、奈穂のお腹からくぅ~っと可愛らしい音が聞こえてくる。


 アルクが見やれば、奈穂はかぁっと顔を赤くしてお腹を押さえる。


 そんな奈穂を見て、アルクは溜息を吐いた後、近くに置いていた得物で器用に地竜の肉を切り落とす。


「ほれ」


「え、良いの?」


「腹減ってる奴の目の前で手前(てめえ)だけ飯食えるかよ」


「あ、ありがとう……」


 奈穂はアルクから地竜の肉を貰うと、はむっと齧り付く。


 そして、もくもくと食べれば難しそうな顔をする。


「……美味しくない」


「はっ、そりゃそうだ。なんせ地竜の肉だからな」


 言いながらも、アルクはがつがつと地竜の肉を食べる。


 奈穂も地竜の肉が美味しくない事を知っていたけれど、食べるのは初めてだ。それに、これが地竜の肉だとは知らなかったから、心構えがなかった分、不味さも一押しだ。


 それでも、せっかく貰ったものだし、お腹が空いているのも事実なので、奈穂は地竜の肉を食べる。


「……ねぇ、一つ聞いて良いかな?」


「あ? んだよ」


「ここがどこだか分かる?」


「アレーからセイルに行くまでの途中の小さな森だな」


「そっか……」


 セイルが奈穂が拠点としていた街で、アレーがその近隣の街の一つだ。


 つまり、あまりセイルからは離れていない事になる。このままでは、直ぐに見つかってしまう危険性があるのだ。


 奈穂は、騒ぎが落ち着くまで、出来るだけ遠くに行く必要がある。そのためには足が必要なのだけれど、奈穂は大したお金も持っていない。


「ねぇ、アレーに乗合馬車ってあったって?」


「無い。もう一つ先の街ならあった」


「ひとまずそこまで行かないとか……」


「行ってどうすんだ?」


「どうするって……遠くに行くんだよ」


「違ぇよ。あんた、その目をそのままにして行くつもりか?」


「あっ……」


 アルクに言われて、ようやく自身の龍の目に思い当たる。この目を隠さない限り、街の中には入れない。


 自分は人間のつもりだけれど、この目を見た者は自分の事を人間とは見てくれないだろう。龍か、それに類する何かとして捉えるはずだ。


 龍は人類の敵。それが世間一般の共通認識だ。捕縛されるか、最悪殺される。


「滅龍者とか冒険者は迂闊(うかつ)に手を出してこないかもしれねぇが、滅龍教会は別だ。あいつらは龍とあれば見境無く殺す。確か、アレーにも滅龍教会はあったはずだ。信者共に見つかればまず間違いなく殺されるだろうな」


「……っ」


 街に敵しかいないと分かり、奈穂は顔を青くさせる。


 龍という一つの属性が付与されただけで、奈穂の行動が大幅に狭まってしまった。


「どうしよう……」


 目を隠す事は出来る。奈穂のポーチの中には包帯が入っているから。けれど、それでは行動が更に狭まる。それに、いつ殺されるかも分からない状況で視界を制限されるストレスに、奈穂は耐えられそうにない。


 悩んでいる奈穂に、アルクは問いかける。


「あんた、誰かに追われてるのか?」


「……追われる、かもしれない」


「誰に?」


「ぼ、冒険者とか、滅龍者とか……」


「へぇ……」


 奈穂の答えを聞いて、アルクはにやりと笑う。


「あんた、俺を雇う気はあるか?」


「え?」


 アルクの突然の提案に、奈穂は呆けた声を上げてしまう。


「ど、どういう事……?」


「あんたと一緒に行動すれば、滅龍者と戦えるかもしれねぇだろ? それに、滅龍十二使徒(アポストル)とも戦えるかもしれねぇしな」


「え、でも、危険だよ?」


「当り前だろうが。戦うんだから危ねぇに決まってる」


 なに当然な事を言ってんだ、とばかりに奈穂を見るアルク。


「で、どうする? 俺を雇ってくれんなら、俺はあんたのサポートをするぜ?」


「……」


 アルクの言葉に、奈穂は悩む。


 おそらく、奈穂の行く道は常に危険と隣り合わせだろう。奈穂が龍だとバレてしまえば、滅龍教会との敵対は免れない。それに、滅龍者である奈穂を殺した少女として国から認識されれば、滅龍者と相対した時には誤魔化しはきかなくなるだろう。


 そんな旅に、果たして見ず知らずの青年を巻き込んで良いものか。もし、自分のせいでこの青年が死んでしまったら……。


「俺が死ぬ事とか考えてんのか? んな事気にしなくても良いぜ。俺が好きでやる事だしな。その結果で俺が死ぬなら、それは俺の実力不足だって事だしな」


「でも……」


「まぁ、強制はしねぇよ。けど、自分で言うのもなんだが、あんたに手を貸す奇特な奴は俺くらいだとは思うぜ? なんせ、あんたは気味悪ぃからな」


「気味悪いって……」


 確かに、人の身でありながら龍としての特徴を持っているのは、気味悪がられても仕方がないだろう。けれど、なにも面と向かって言う必要はないじゃないか。


 むぅっと不服そうな顔をする奈穂。


 けれど、アルクの言っている事も事実なのは確かだ。よしんば、目を包帯で隠して街まで行ったとして、目の不自由な者の旅に同行してくれる者などいるだろうか? いるかもしれないが、相当な変わり者か、奈穂を利用しようとする(やから)しかいないだろう。


 ……アルクしか、協力してくれる者はいないだろう。奈穂の事情を知っていて、その上で協力してくれる奇特な者は。


 しかし、信じても良いのだろうか? 今日会ったばかりの者だ。もしかしたら、どこかで殺されるかもしれない。


「んで、どうする?」


 返事を急かすアルク。


 そも、殺すつもりであったら最初の時点で息の根を止めているはずだ。それに、奈穂には選択肢が無い。アルクに頼るしか、生き残る道は残されていないのだ。


「……それじゃあ、よろしくお願いします」


 奈穂が頷けば、アルクはにかっと笑う。


「おう、よろしくな」


「けど、僕今は手持ちが無いんです。お金は後でちゃんと払います」


「あー、そう。ま、地道に渡してくれりゃ良いぜ。別に金には困ってねぇし」


 本当に気にしてなさそうに言うアルクの服装に奈穂は視線をやる。


 衣服から道具まで、奈穂が使っている物よりも断然良い物だ。アルクの傍らに置かれている得物――槍だって、奈穂が持っているミスリルの剣よりも良い代物(しろもの)だ。


 本当に、お金には困っていないのだろう。


「ていうか、まずはあんたの恰好だろ。そのぼろぼろの服でこれからも旅を続けるつもりか?」


「あ、確かに……」


 奈穂は自分の恰好を見て頷く。


 奈穂の服は余す事無くぼろぼろで、穴や破れは酷く、靴に至っては片方なくなってしまっている。


「ま、街で買えば良いだろ」


「でも、お金が……」


「そのぐらい出してやるよ。そこら辺の地竜でも狩れば適当に見繕えるだろ」


 簡単に言うけれど、地竜を倒すのは簡単な事ではない。下位とはいえ、龍は龍。その力は他の魔物を凌ぐ。


 それをまるで近所に買い物に行くかのような気安さで言うアルク。服装と装備を見て薄々分かっていた事だけれど、アルクは相当な実力者だ。どこまで強いか分からないけれど、奈穂よりは確実に強いだろう。


「ありがとう……」


「おう」


 そんな強いアルクが、何故先程会ったばかりの奈穂に力を貸してくれるのかが分からない。本当に強者と戦いたいだけなのだろうか? それとも、他にも目的が……。


 一応、警戒しておいて損は無いだろう。何か怪しいと思ったら、申し訳ないが逃げ出してしまおう。


 そんな事を考えながら残った地竜の足を食べきる奈穂。


 お腹が一杯になったからか、心配事が一つ片付いたからか、眠くなってきてしまった奈穂。眠気に逆らえず、奈穂はその場で眠りこけてしまう。


 そんな奈穂を見ながら、アルクは焚火に薪をくべる。


 変な女だ。アルクの奈穂に抱いた最初の感想はそれだ。


 龍の目を持っている事もそうだけれど、記憶喪失だと言っておきながら自分の状況を把握している事も変だと思った要因だ。 


 まぁ、記憶が無いのは十中八九嘘だろう。言うときに目が盛大に泳いでいたから。


 けれど、龍の目は誤魔化しがきかない。この龍の目は本物だろう。


 今まで見た事が無い相手に、アルクの気分は自然と高揚していた。


 面倒事、厄介事の予感がする。それも、世界を揺るがすほどの厄介事の予感だ。


 この女は普通じゃない。この女の口ぶりから察するに、この女は人から龍に成ったのだ。それも、自分ではどうなったのか分からないと言う。


 こんなあまりにも稀有な女を、滅龍教会は黙って見過ごすはずがないし、国も動かない訳にはいかなくなる。それに、この女を狙うのは何も国や滅龍教だけではない。


 まぁ、全て女の嘘という可能性もあるけれど、その場合は適当なところで見放せば良いだろう。しかし、この女の言葉が全て本当であれば、自分は滅龍者とも滅龍十二使徒とも相手をする事が出来る。


 探さなくても、向こうからやって来るのだ。これほど楽な事は無い。


 真偽はともかくとして、物は試しだ。しばらくこの女と一緒に行動するのも良いだろう。


 見張りの事など考えもせずに眠りこけてしまった奈穂を見ながら、そんなことを考える。


「……しっかし、偉い別嬪(べっぴん)だなぁ……」


 無防備に眠る奈穂の顔をまじまじと見て、そんなことを思う。


 これは、奈穂の秘密を知らなくても、奈穂の見た目だけで厄介事が来る事もあるだろう。


 それほどまでに、奈穂の見た目は美しかったのだ。


「ま、まだまだ餓鬼(がき)だな。俺の好みじゃねぇや」


 顔を見た後、薄い膨らみは在るけれど薄い胸板に目を向けるアルク。小振りの尻もそそられない。


 女児好きの好色家には好まれそうだけれど、少なくともアルクの好みの範疇ではない。アルクの好みは豊満な身体をした女性だ。


 そういう面では安全な旅になりそうだなと思いながら、ぼーっと夜の見張りをした。


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