表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/60

018 挑戦と証明

 ナホ達が後方で何やら会話をしている中、アルクは一瞬も気を抜く事無くノインと対峙する。


 ノインは余裕の笑みを浮かべてアルクを待ち構え、けれど、まったく隙を見せることなくアルクの前に立つ。ノインがアルクを強者と認め、また、警戒すべき相手と認めているからだ。


「……悪ぃな、待ってもらっちまってよ」


「いや、構わないよ。待つのも紳士の(たしな)みさ」


「そうかよ」


 会話をしながらも、お互いに気を抜く事は無い。


 アルクはノインの指先の動きにまで注視しなくてはいけないので、向ける視線の先はノインよりも多い。


「……こんな事、俺が言えた義理じゃねぇとは思うが、あんたとは話し合いでどうにかなりそうな気ぃすんだよな」


「そうかな? 私は戦う必要があると思っているよ」


「じゃあなんでさっき俺達を攻撃しなかった? 俺と姫さんは無防備だったはずだぜ。あんたなら、いつでも攻撃できたはずだ」


「攻撃は出来たさ。ただ、仕留めるには少し隙が無かった。それに、オプスくんを警戒しなくてはいけなかったからね。彼も、充分強そうだし」


「だが俺と一対一になる必要も無かったはずだ。あの馬鹿が姫さんを完全に守れる態勢になる前に攻撃でも仕掛けてりゃ、少しは勝機だって上がるはずだ」


「そうかもしれないね」


「ならなんで」


「不意打ちが嫌いなだけだよ。私は誰であれ正々堂々戦いたいんだ」


「そうかよ。んじゃあ、改めて聞くわ。あんた、話し合いで終わらせるつもりはあるか?」


「あると思うかい? 私はこう見えてずっと臨戦態勢だ」


「はっ! どう見たって臨戦態勢だろうが」


 常人では分からないだろうけれど、強者とまみえてきた来たアルクには分かる。一見、ただ脱力しているように見えるノインのではあるけれど、その目は好戦的で、直ぐにでもアルクに切りかかるくらいの気迫がある。それを、己の視線だけに留めている。


 おそらく、本来ならその気迫を視線にも乗せないのだろう。自然体であると見せかけて、相手の攻撃を誘い、カウンターで返すのがノインの常套手段なのだろうから。


 それを視線に乗せているのは、アルクと戦う気満々という意思表示だ。


 アルクはにやりと獰猛に笑って槍を構える。得物に多少の不安はあるけれど、そこは技術でカバーだ。


「聖職者の目じゃねぇな」


「君も、目付きの割には純粋な目をしているね」


「目付きが悪ぃのは…………生まれつきだ!!」


 言って、踏み込む。


 アルクが踏み込んだ瞬間、ノインは腕を振る。チカチカと糸が光を反射して(またた)く。


 匂いと音、空気の移動を肌で感じながらアルクは槍を振るって糸を迎撃する。


 ――クレナイ流槍術、二の技、薙ぎの炎刃。


 ――クレナイ流槍術、三の技、猛火旋風(もうかせんぷう)


 薙ぎ払いから、次の技への繋ぎ技である猛火旋風を繰り出す。実際にやっている事は、薙ぎ払いの後に身体を回転させて薙ぎ払いの威力を乗せての防御だ。


 ノインの糸『運命の三女神(モイラ)』は通常の突きや薙ぎでは凌げない。武術の極みに到達すればあるいは対処できるかもしれないけれど、今のアルクには無理だ。


 一撃一撃を対処するだけで、穂先が刃毀れしているのが分かる。本当なら四の技、炎々絶槍(えんえんぜっそう)で無理くり全てを弾きたいところだけれど、それをしてしまえば槍が持たない。以前のアルクの愛槍であればもしかしたら行けたかもしれないけれど、この糸はどうやら上位龍の鱗よりも堅いらしく、まったく切断できた手応えが無い。


 己の未熟を恥じながら、アルクは縦横無尽に動き回りノインの隙を伺う。


 しかし、ノインに隙らしい隙は無く、ようやっと見せたと思えばブラフで、一歩踏み込もうものなら即座に糸の餌食になる。


 こいつ、本当に駆け引きが上手ぇ……!! それだけじゃねぇ。観察眼も良けりゃ、集中力だって馬鹿みたいに高ぇ!!


 ノインの使う『運命の三女神(モイラ)』は、酷く繊細な動作を要求される武器だ。と、アルクは予想している。実際はアルクの予想通りなのだけれど、アルクは答えを知らないためにそれは予想の域を出ない。


 ともあれ、アルクはノインが集中力を欠いたところを狙っているのだけれど、ノインはそんな隙すら見せずに、むしろ猛攻を繰り広げてくる。


 どう隙を作ろう。どう隙を突こう。一瞬そんな考えをして思考が目の前の戦闘から逸れたその時、高速で糸が迫る。


 ここで速度が上がるのかよ……!!


 ――クレナイ流槍術、五の技、流炎継槍(るえんけいそう)


 防ぎと流しの技を繰り出すけれど、新しく作った技のために咄嗟に出すと精度が落ちる。今まで使わなかったのは慣れ親しんだ技でなければノインの糸に対応できないためであり、今使ったのは、流炎継槍のように繊細な技で無ければ捌けないと判断したためだ。


 流炎継槍で高速で迫る糸を背後に流す。


「重っ……!!」


 槍と糸が激突した時、通常の攻撃よりも重い衝撃に押される。


「けどぉ……!!」


 ここまで重い衝撃を持った技だ。振り(・・)が大きくなってるは――


「――っ!! っぶね!!」


 一歩踏み込んだ足を、前のめりになった身体を、アルクは咄嗟に下げる。


 そして、二、三後ろに下がって追撃(・・)を躱す。


「へぇ……やっぱり、これも避けるのか」


 微笑みながら、ノインは息切れ一つせずに言う。


「んにゃろう……!」


 アルクが一歩踏み出した直後、無音(・・)の糸が迫っていた。それに気付いたアルクは即座に後退したのだけれど……。


 頬から流れる血を(ぬぐ)う事をせずに流したままにする。血が流れているのは頬だけではない。胴も、腕も、脚も、浅くは無い斬撃の痕がある。


 片手で大振りの攻撃を繰り出し、もう片方の手で精密さを要求される無音の攻撃を繰り出してきたその器用さに、思わず心中で賞賛してしまう。


 左右でまったく違う動作をするというのは、思っているよりもずっと難しい。それを涼しい顔をしてやってのけるノインの技量たるや。思わず心中で賞賛してしまっても仕方ないだろう。


「君の技量、賞賛に値するよ。練り上げられた技の精度、鍛え上げられた身体、そして戦場で培われた(かん)。どれも、一線級だ」


「そいつはどうも……」


「だからこそ、惜しい。何故君は彼女を守るんだい? 君であれば英雄になる事も、後数年鍛えれば、滅龍十二使徒(アポストル)の一席を預かる事だって出来るはずだ」


「はっ、英雄ねぇ」


 ノインの賞賛の言葉を、アルクは鼻で笑う。


「生憎と、俺は英雄なんぞに興味はねぇ。もちろん、滅龍十二使徒(アポストル)にも興味はねぇ」


「では君は何を目指しているんだい? なにも目指さずに武を極めようとは思わないだろう?」


 ノインの問いに、アルクは言いよどむ事無く答える。


「俺は、俺の槍を世界に知らしめる。俺の槍が……クレナイ流槍術が最強の武術である事を証明する。それが俺の目指すべき場所だ」


 英雄に興味は無い。なにせ、英雄は怪物を倒すのが役目だから。アルクは怪物を倒したい訳ではない。アルクは、自身の槍術が優れている事を証明したいだけなのだ。


 その道中で怪物を倒す必要があるのであれば、アルクは倒す。英雄になりたいから倒すのではない。倒した結果英雄になったとしても、アルクにはまだその先がある。


「それは自己顕示かい? なら、褒められた事では無いね」


「いや? これは挑戦と証明だ。俺が生涯をかけて挑み、生涯をかけて証明しなくちゃいけない事だ」


 師匠の……クレナイ・オウカの槍術を、オウカは最早証明する事も出来なければ、挑戦する事も出来ない。そのための腕は失われ、そのための心はすでにあの日の戦場に置き去りになっている。


 それを、アルクが拾ってきた。その夢を、オウカが置き去りにした夢を、アルクは置いてはいけなかった。


 アルクは、挑み続ける。オウカの生み出した武術が優れている事を証明するために。


「あの日先生が置いてったもんを、俺が証明すんだ。あんたの生み出した武術は最強だってな」


「師のため、か。うん、中々に私好みの答えだ。やはり、君を殺してしまうには惜しい」


「はっ! やれるもんならやってみろや。言っとくが、こんぐれぇかすり傷だぜ?」


「だろうね。だから、此処からは私も更に本気で行くとしよう」


 瞬間、ノインから発せられる威圧感が膨れ上がる。


「――っ!!」


「私の職務は滅龍。君が龍に(くみ)するのであれば、惜しいけれど、私は君を殺す他無い」


 威圧感の増すノイン。しかし、それを受けてなおアルクはその顔に笑みを浮かべる。


「上等だ! 殺せるもんなら殺してみやがれ!! 言っとくが、俺はあんたが思ってる以上にしぶてぇぜ?」


「なら、私もしぶとく君を叩くとしよう。なに、名持ちの上位龍相手に長期戦は必至だからね。心得はあるとも」


 ノインが両手を持ち上げる。それだけで風切り音を上げて糸が舞い上がる。


 おそらく、いや確実に、ノインはアルクが今まで戦ってきた中で一番の強敵だ。それこそ、この間の紅蓮の龍など目じゃないくらいには。


 けれど、退かない。退くわけにはいかない。


 今も、これからも、アルクはクレナイ流槍術が最強の武術だと証明するためには、自身よりも強い相手と戦わなくてはいけないのだから。


 だから、ここで退くわけにはいかない。滅龍十二使徒(アポストル)の末席を倒せないで、その上を倒せるわけが無い。


 滅龍十二使徒(アポストル)は、世界最強の戦闘集団と言っても過言ではない。倒せば、最強に一歩近づく。


「――ふっ!!」


 一息で、アルクはノインへと肉迫する。


 ノインは迫るアルクに対し、腕を動かして糸を操り迎撃する。


 本気になったノインの攻撃だ。生半可な武器では持たないだろう。それに、数多の攻防でこの槍ももう限界が来ている。


 速攻で倒す。糸の攻撃だって無敵じゃねぇ。槍と同じで入られたくない間合いが在るはずだ。


 ――クレナイ流槍術、五の技、流炎継槍。


 ノインの糸をいなしながらアルクは前に進む。


 しかし、全てをいなせる訳ではない。致命傷にならないような攻撃は受けつつ、勢いを殺す事無くアルクは進む。


 進むたびに槍が削れる。技量が足らない。慣れていない流炎継槍では糸を完全には防げない。技の技量よりも、ノインの技量の方が上回っているから。


 防ぐだけじゃ駄目なら……!!


 ――クレナイ流槍術、四の技、炎々絶槍。


 炎が勢力を増す。


 槍を回し、一振りごとに炎の勢力を上げていく。


 それでも、ノインの糸を切る事は出来ない。切るには、まだアルクの技量が足りない。鉄を斬れるアルクの腕でも、それ以上のものは切る事は出来ない。


 けど、今はそれでも良い。ノインの元へ迫れるのなら、糸を切る必要は無い。


 穂先だけでじゃ捌き切れねぇ! 全部使え!! 槍の全部で推し通れ!!


 穂先で弾き、石突で逸らし、胴で押し流す。


 まるで(おど)るように軽やかに、舞うように美しく進む。


 ノインの元へ後大股で十歩ほどの距離まで迫る。


 ノインの攻撃が激しさを増す。それに合わせるように、アルクの炎も勢いを増す。


 今までよりも高速で槍を動かし、一息でノインの攻撃を弾く。


「――っ!!」


 両者の攻撃が一瞬停止する。けれど、アルクは一歩踏み出す。


 一息でノインの懐まで潜り込み、一つ大きく踏み込む。


 踏鳴(ふみなり)によって地面が放射状に罅割れる。


 ――クレナイ流槍術、一の技、焔穿ち。


 炎々絶槍のままの炎の勢力を持って突き技が放たれる。


 必中の間合い。必殺の威力。


 けれど、ノインは表情一つ変えない。それが自身に届く事が無い事を、ノインは知っているから。


「君が私の糸を切れない時点で、勝敗は決していたんだよ」


 ノインが腕を振るう。直後、アルクの突きが強制的に止められる。


「――なっ!?」


 炎が霧散し、槍がノインに突き刺さる手前で停止する。


「っそ……!!」


 槍がびくともしない。身体は動く。であれば、考えられる要因は一つだ。


「私の糸に死角はない。まぁ、射程距離はあるけれどね」


 アルクの持つ槍から、光を反射させるなにかが伸びているのが分かる。それがノインの武器である糸であるという事に気付けない程、アルクは耄碌していない。


「私の糸は距離が近いほど威力が増し、また操作も容易になる。つまり、君は自ら私の得意な間合いに踏み込んできたという事になるね」


 ノインがそう言った直後、アルクの槍がバラバラになって崩れ落ちる。


「――っ!!」


「さて、これで君の武器は無くなった訳だけど……どうする?」


 その問いは、問いというにはあまりにも脅迫めいており、事実上の降伏勧告でもあった。


 まさしく絶体絶命。どのようにしてこの場を乗り越えるか必死に頭を働かせるアルクの耳に、遠くから聞き覚えのある声が届いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うわ、強。 おや?槍ができたかな? でも、ノインに邪魔されね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ