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017 クレナイ流槍術、■■■、■■■■

『私達がやる事はいつだって変わらない。それを、忘れるなよ、アルク』


 師であるクレナイ・オウカは事あるごとにアルクにそう言った。けれど、アルクはその言葉の真意を今まで理解する事は出来なかった。今だって、なぜこの局面で思い出したのか分からないし、この局面になるまですっかりと忘れていた。


『ま、これ教本の受け売り(・・・・)なんだけどさ』


 今まで思い出す事も無かった部分も、何故だか今は思い出せた。


 自然と、右足が前へ出る。


 極光とかち合う刹那、アルクの槍が煌めく。


 ――クレナイ流槍術、■■■、■■■■。


 凄まじい轟音と共に、極光が割れる(・・・)


 幾つもの筋となり割れ、四方八方に飛び散る極光。


 地面を抉り、雲を裂き、大気を震わせる。


 数秒の後、極光は収まり、後には極光により荒れた大地や、不格好な雲が残った。


 けれど、それだけだ。地面を抉り、雲を裂き、大気を震わせた極光は、しかし、誰一人として傷付ける事は無かった。


 極光を裂いた張本人、アルクは呆然と己の槍を見る。


 今の突きに、今までにない手応えがあった。何か、クレナイ流槍術の……いや、武術の頂を垣間見た気がした。


 今の技を繰り出した自身の手を、アルクは見る。


 自身の槍と自分自身が、まるで一体化したような感覚が一瞬だけあった。


 アルクが少しの間呆けていると、直ぐにまたオプスの怒号が響き渡る。


「たわけ!! 呆けている場合か!! 姫様を御止めしろ!!」


「――っ、そうだった!!」


 武器との一瞬の一体感に高揚している場合ではない。今は、暴走したナホを止めなくてはいけない。


 即座にナホに向きなおり、ナホの方へと向かう。


 ナホは自身の咆哮(ブレス)が完全に防がれたにも関わらず、気にした様子も無く周囲の龍を引き裂き、噛み千切り、高威力の咆哮(ブレス)で消し去る。


 いつものおどおどしたナホはなりを潜め、荒々しく敵を蹂躙している。


 けれど、その荒々しさがいつこちらに向けられるか分からない。先程のように気まぐれに攻撃をしてくるかもしれない。


 背後のノインの様子を一瞬窺うけれど、ノインはアルクを追ってくる様子は無い。先程、アルクと協力して冒険者達を助けようとした事と言い、きちんと中位龍を倒している事と言い、ノインは決して無思慮という訳では無いのだろう。


 ノインがこちらに来ない事を良い事に、アルクはナホの方へと急ぐ。


「姫さん!! おい姫さん!!」


 アルクはナホに声をかけるけれど、ナホの耳に届いていないのか、あるいは届いていてもその声を認識していないのか。


 アルクを無視して、ナホは暴れまわる。


 普段からは考えられない程の強靭な力で暴れまわるナホだけれど、まったく傷を負っていない訳ではない。引っかかれ、噛まれ、その白く美しい肌を血で滲ませている。


 強力な力を手に入れたとしても、それを使いこなす者が未熟であれば無傷ではいられないだろう。


 アルクは周囲の下位龍を殺しながら、ナホの正面に回り込む。


「姫さん!!」


「があっ!!」


 アルクを見たナホは、即座にアルクを排除すべき敵と判断し、その鋭い鉤爪を振るってくる。


「危ねっ!」


 槍でその一撃を受け止める。けれど、距離を取るようなことはしない。


「姫さん!! おい姫さん!!」


 至近距離からナホを呼ぶ。けれど、ナホは返事をせずに、何度もアルクに攻撃を仕掛ける。


 それを、防ぎつつ、アルクは何度も呼び掛ける。


「しっかりしろ姫さん!! あんたが言ったんだぞ!! 世話んなった奴を守りたいって!! その世話になった奴をあんたが攻撃してどうすんだよ!!」


 あの咆哮(ブレス)は街を飲み込むほどの威力があった。全壊はしないだろうけれど、三分の一は消し飛ぶほどの威力だった。そして、その脅威の向く先には、散々お世話になったコドーの鍛冶屋もあった。


 守りたいとナホは言った。その守りたいものをナホは消そうとした。例え不可抗力だとしても、アルクにはそれが許せなかった。


 ナホに怒っている訳ではない。いや、少しだけ怒ってはいるけれど……それは後でオプスが怒れば良い。アルクの仕事ではない。


 アルクが怒っているのは自分自身にだ。


 守ると大口を叩いた。その結果、ナホが龍の力を使い、滅龍十二使徒(アポストル)に目を付けられる。そして、龍の力を使ったナホは暴走し、怪我をしている。


 何やってんだ俺は……!!


 不甲斐無い自分に腹が立つ。大口を叩いたくせに守れなかった事が情けない。


『お世話になった人は、ちゃんと守りたい』


 そう思ったナホの心を、そう言ったナホの気持ちを、アルクだって理解している。アルクも自身の村に中位龍がやってきた時、村の皆を、師匠であるオウカを守りたいと思った。だから、ナホの気持ちは痛いほど分かる。


 守りたいと言う気持ちだけが先走っていて実力が伴っていない歯がゆさも、ちゃんと分かっていたのに……それが分かっていて、ナホに戦わせて、挙句の果てに暴走などさせてしまった自分に腹が立つ。


 本来であれば、この戦場にはアルクだけで立てば良い。ナホをオプスに任せてコドーのところに居て貰えば、アルクもナホを気にする事無く戦う事が出来た。


 ノインに素性がバレる事も無ければ、ナホがこんな風に暴走をする事も無く、安全にこの敵を殲滅する事が出来たはずだ。


 それは分かっている。けれど、そうしなかったのは……。


 ぐるると、獣のように唸るナホを見る。


 ……そうしなかったのは、アルクの無意識の我が儘だった。


 あの日、村に中位龍が襲来した日、アルクは何も出来なかった。でも今は違う。龍を殺せる。下位龍なんて片手間だ。中位龍なんて朝飯前だ。上位龍にだってこの槍は届くのだ。


 あの日守れなかった人とは違うけれど、守ると約束した人を、守りたかった。


 思い上がっていた。あの日上位龍を倒しせたのは、自分の力だけではない。自分は、最後の最後で諦めてしまった。槍が折れたと同時に、心まで折れてしまった。


 そんなアルクを、ナホは身の危険を顧みずに助けてくれたのだ。だから勝てた。だから生き残れた。


「……」


 オウカと同じ事を言ったこの少女を、アルクは守りたいと思った。それは依頼とか行きずりとかそういうものではなく、ただ純粋に、アルクがナホを守りたいと思ったのだ。


 ナホは、今みたいに無茶をする。オウカのように、守りたい者のために無理をする。


 あの日、オウカは生きていた。けれど、片腕を失った。


 ではナホは? ナホはオウカよりも弱い。片腕だけでは済まないかもしれない。それにナホは龍だ。様々な者に命を狙われるだろう。そうなれば、腕だけでは済まない。命を落とす可能性だって十分ある。


 俺が……あんたを……。


 アルクは、槍でナホの攻撃を弾く。ナホの攻撃は威力だけは良いけれど、技もへったくれも無い。だから、弾いて仰け反らせる事は容易だ。


 仰け反ったナホは隙だらけで、その気になれば心臓を一突きする事だって出来る。


 まぁ、そんな事はしないけれど。


「姫さん」


 がら空きになったナホの正面に迫り、アルクはナホを強く抱きしめた。


「ぐぅあああああああああああああ!!」


 驚き、暴れるナホ。


 アルクをひっかき、噛み付き、アルクの抱擁から逃れようと必死に暴れる。


 アルクは、ナホを攻撃できない。隙はある。殺す事も、手足を削いで動けなくする事だって出来る。でもしない。したくない。


 ならどうやって止めるか。それが、アルクには分からなかった。


 だから、とりあえず抱きしめた。そうする以外に、ナホを止める方法が分からなかったから。


「貴ッ様!! 姫様を抱きしめるとは何事か!!」


 それを遠くで見ていたオプスは中位龍をぶん回しながら一人激昂していたけれど、アルクはそれどころではない。


 暴れるナホに、アルクは静かな声音で言う。


「姫さん。すまねぇな、俺が不甲斐無いばかりに……」


「ぐぅああっ!!」


 ナホの鉤爪がアルクの身体に食い込む。


「けど、もう大丈夫だ。姫さんのおかげで、皆生きてる」


「ぐぁうっ!! あぁうっ!!」


 ナホの牙がアルクの身体に突き刺さる。


「だからよ、これ以上はもう良い。後は俺に任せろ。姫さんがこれ以上暴れたら、姫さんがなんのために力を使ったのか分からなくなる」


「ぅうああ!! がぁうっ!!」


 ナホが暴れるたびに骨が軋む。


「だからもう良い。姫さんは、ゆっくり休め。姫さんの想いは、俺がしっかり受け取ってやる。だから、もう休め、ナホ(・・)


「――っ!!」


 アルクに名前を呼ばれ、ナホは目を見開く。


 久しく、誰にも呼ばれなかった名前。


 ナホ、なほ、奈穂……ああ、そうだ。僕は……。


 徐々に、名前が意識に浸透してくる。ぼんやりと曇りがかっていた意識が鮮明になる。


「あ、るく……」


「おう、姫さん」


「ご、めん、ね……」


 薄ぼんやりとした意識の中でも、自分が何をしてしまっているのかは分かった。分かったのだけれど、止められなかった。身体の奥底から力が溢れてきて、その向かう先を定める事が出来なくて、溢れる力のままに暴れてしまった。


 止めて貰った事。暴走してしまった事。アルクを傷つけてしまった事。また、迷惑をかけてしまった事。その全てに対して、ナホは謝りたかった。


「良いから寝てろ。後は、俺とあの馬鹿に任せろ」


「う……ん……」


 頷き、ナホは意識を失う。今回の龍化は前回のものと比べると龍としての要素が多かった。前回は手足の肥大化は無かった。極光も、あれほど高威力のものではなかった。


 ナホに何が起きているのかは今はさて置き、アルクにはやらなくてはいけない事があった。


「おい、姫さん頼んだぞ」


 いつの間にか近くまで来ていたオプスに、アルクはナホを渡そうとするが、その前にオプスがアルクの頭を平手で勢いよく叩いた。


「ってぇ!! 何しやがる!!」


「たわけ。これぐらいで済ませてやった私に感謝しろ。緊急事態でなければその身体燃やし尽くしているわ」


「へーへ、そいつはどうもありがとーごぜーました」


「貴様……後で憶えておけよ……」


 アルクからナホを受け取ると、オプスはナホを抱えて下がる。


 周囲に龍の姿は無く、すでに撤退を開始していた。


「ふん。やはり頭が居たか。中位龍はともかく、知能が低い下位龍がさがるとは思えぬからな」


 今回の龍の大群の事を考えながら、オプスはその視線を二人の元へとやって来ていた『クルドの一矢』へと向ける。


「どうした? 戦いは終わった。街へ戻ると良い。それとも、この私とやり合うか?」


 距離を空けて、『クルドの一矢』はオプスと対峙する。が、戦意を見せては来ず、ただ困惑したようにオプスを見る。


「ああ、いや。正直何がどうなってるのか全然分からないんだけど……」


「この子……カタリナが、そこの御姫様に用があると言って聞かなくてな」


 リディアスとビビが困惑しながら言えば、オプスはその視線を全体からカタリナ一人へと向ける。


「用とはなんだ? 見ての通り姫様はお休みになられている。貴様のつまらぬ用など後にしろ」


「別に、答えられるのなら、貴方でも良い」


 オプスの傲慢な態度に何を言い返すでもなく、カタリナは仮面の奥から問いかける。


「その子は、世界視(・・・)を持っているの?」


 世界視という単語に、オプスはピクリと反応を示す。一瞬、片眉が上がっただけ。けれど、カタリナにはそれだけで十分だった。


「そう、やっぱり」


 一人得心がいったように頷くカタリナ。


「待て、私は何も言ってないぞ」


「その、反応だけで、充分」


「……たとえそうだとして、貴様はどうするつもりだ? 姫様に敵対するのであれば、私は容赦しないぞ」


「敵対は、しない。それは、私も困る」


「ではなんだと言うのだ?」


 探るようにオプスは尋ねる。出来るだけこちらの動揺が伝わらないように。


こういう時、相手の声に抑揚が無く、表情を読み取れないと面倒だ。自分も仮面をしようかと考えるけれど、ナホが怖がってもいけないし主に顔を見せない従者など以ての外だ。それに、仮面なぞに頼らずとも表情に出さなければ良いだけだ。更に言うなら、片眉が少しだけ上がっただけで気付く方がおかしいと――


 心中で言い訳とも今後の対策ともとれる思考をしながらも、意識はカタリナの次の言葉に向けられる。


「その世界視の力を貸してほしい。私の国、獣王国ファリサに来て」


 その声には、珍しく感情の色が感じられた。それも、必死に懇願するような声音だ。


 けれど、その声にオプスは返答しない。出来ない。全ては主の意向次第なのだから。それに、力を貸すという言葉の真意も測れていないうちに、簡単に頷く事は出来ないし、正直面倒ごとの予感しかしない。


「……全ては姫様の御意向次第だ。それに、今はそれどころではないしな」


 言って、オプスは離れた場所に立つアルクに視線を向ける。


 そこでは、アルクとノインが対峙しており、一触即発の雰囲気を醸し出していた。


「あれの結果次第では、私は即座に此処より離脱する」


「なら、加勢する」


「止めておけ。貴様程度では足手纏いだ。それに、あいつはそれを好かんだろうよ」


 短刀を取り出してやる気満々のカタリナを一言で制するオプス。


「まぁ、見ておけ。貴様らにとっては良い刺激になるだろう」


 いつでも逃げられるように準備をしながらも、オプスはアルクの背中を見る。


二度も(・・・)しくじるなよ、槍馬鹿」


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― 新着の感想 ―
[一言] おや?ついにナホとアルクのフラグがたったかな?
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