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016 暴走

個人的に暴走状態って好みです

 アルクの後ろを着いて行きながら、ナホは自分に何が出来るのかを考えていた。


 今のナホはアルクの背後に着いて回っているだけだ。それ以外の何をしている訳でもない。


 アルクが怒涛の勢いで龍を殺しているので、ナホにはまったくと言っていいほど出番が無い。


 ナホは今、戦っていない。ただ戦場にいるだけだ。足手まといになって、ただ守られているだけだ。


 ……僕は、どうすれば……。


 ナホが思案している間に、下位龍の後方を歩いていた中位龍が戦闘域に突入する。直後、中位龍の口に魔力が溜まる。


「――ッ!! 全員退避しろ!!」


 アルクがそう警告をした直後、中位龍の咆哮(ブレス)が放たれる。


「っそが……ッ!!」


 ――クレナイ流槍術、一の技、焔穿(ほむらうが)ち。


 アルクは自身の方に来た咆哮(ブレス)は防ぐ。けれど、それ以外は防ぎようが無い。


「ぐあっ!!」


「ぎゃっ!!」


 咆哮(ブレス)を回避しきれずに吹き飛ばされる冒険者達。中位龍の咆哮(ブレス)は下位龍のそれとは威力が大きく違い、アルクのように相殺するか、魔術を使って防御をしないと防ぎようが無い。


 攻撃範囲が広いうえに威力が高く、簡単に人の手足を吹き飛ばしてしまう。


 防ぎきれなかった者達は、余程運が良くない限りは全員が戦闘不能になってしまう。


「手ぇ空いてる奴は負傷者連れて下がれ!! 他の奴は離脱する奴の援護だ!!」


 どこかの冒険者一党(パーティー)のリーダーが他の一党(パーティー)に指示を出す。


 周囲を確認しながら、最後にナホを見てアルクは一つ舌打ちをする。


「悪ぃが、姫さんはもう下がれ。ちぃっとばかし状況が良くねぇ」


「で、でも! 僕まだ何もしてない!」


「良いから下がれ! 姫さんは関わった奴らを守りたいんだろ?! 姫さんが下がりゃ、俺が他の奴らのカバーが出来んだ!! 全員守りてぇんなら、姫さんは下がれ!!」


「――っ。で、でも……」


「戦えねぇ奴が戦場(ここ)に居ても邪魔なだけだ!! 悪ぃが、姫さんの我が儘を聞いてられる状況じゃねぇんだよ!!」


 冷たく、無慈悲にアルクが言い放つ。


 今のナホにとって、アルクの背後が一番安全な場所だ。それはアルクが他者を寄せ付けない程の力を持っているからだ。


 けれど、アルクの守護範囲は実に狭い。自分の槍の届く先しか、アルクは守れないのだ。


 ナホを守り切る自信はある。けれど、それ以外となると守り切れない。アルクの槍は届かない。


 アルクは自分の力を過信していた訳ではない。ナホを守り切る自信がある。けれど、先程ナホの青褪めた顔(・・・・・)を見て分かった。ナホの身体は守れても、ナホの精神(こころ)までは守れない。


 抜かった。ナホが多少戦えると分かってはいたけれど、戦いの種類が分かっていなかった。


 ナホがしてきたのは少人数で一体の龍を倒す多対一の戦闘だ。今回のような大規模な戦いには慣れていないだろう。そして、一気に大勢が負傷する姿を見るのも、また初めてのはずだ。


 簡単に人の命が奪われる戦場に、ナホは慣れていなかった。


 アルクの依頼はナホを守る事。そしてそれは、心身共にだ。


 このまま此処にいてはナホの心が擦り切れるばかりだ。ナホの心が削れてしまう事を、アルクは許容できない。


 だからこそ、多少乱暴になってもナホを下げるべきだと考えた。ナホが納得できる理屈を付けて、戦いの邪魔だと言って。


「下がれ姫さん!! 下がったらコドーの鍛冶屋に行け!! あそこなら他より多少頑丈だろ!!」


 槍を振るいながら、アルクは言う。


 そんな事をしている間にも中位龍は咆哮(ブレス)の第二波の準備をする。


 魔力を口内に溜め込み、次の咆哮(ブレス)に備える。


 ナホは周囲を見る。まだ避難が完了してない。そんな状況で、中位龍の咆哮(ブレス)を食らえば、どうなるかなんて想像に難くない。


 逃げる? 助けたいって言った僕が? この人達を置いて、自分一人だけ?


 中位龍の咆哮(ブレス)がもうすぐ放たれる。アルクは先程通りナホを守るので精一杯だ。


 アルクの担当する区域には中位龍が三体もいる。


 もし、もし一体だけ仕留められれば、もう一体の咆哮(ブレス)は……。


「アルク、さっきの槍投げで一体仕留められる?」


「分からん!! てか、それ聞いてどうするつもりだ!?」


「僕の槍使って!! 一体はアルクに任せるから、もう一体は僕に任せて!!」


「任せてって……おいまさか!!」


 アルクが振り返った時にはもうすでに遅かった。ナホは自身の槍を地面に突き刺してアルクの背後から出て走り出していた。目指すは、一番遠い中位龍の咆哮(ブレス)の射線上。


「ああっ、クソがッ!!」


 一つ吠え、自身の槍を左手に持ち、背後に突き刺さっている短槍を握りしめ槍投げの構えを取る。


 ――クレナイ流槍術、六の技、紅蓮翔破。


 中位龍が咆哮(ブレス)を放つ前に短槍を投げる。


 咆哮(ブレス)をまさに今放つというタイミングで槍が頭に突き刺さり、放たれた咆哮(ブレス)が地面を抉り中位龍の周辺を吹き飛ばす。


 しかし、残りの二体の咆哮(ブレス)は放たれてしまった。


 ――クレナイ流槍術、一の技、焔穿ち。


 アルクは先程と同じ技で咆哮(ブレス)を相殺する。


 もう一つの咆哮(ブレス)の方には誰も居ない。逃げている冒険者の背中があるばかり。誰も、守ってはくれない。


 大丈夫、やれる。上位龍の咆哮(ブレス)だって打ち消したんだ! 今度だってやれる! だから……また力を貸して!!


 ナホが心で願えば、あの時と同じ感覚が体中を駆け巡る。


 背中が盛り上がり、一対の蝙蝠(こうもり)のような翼が生える。肌には薄っすらと鱗が浮かび上がり、手足が肘と膝から先が肥大化し、薄っすらとではなくびっしりと鱗が生え、鋭い鉤爪が生えてくる。


 側頭部からは捻じれた角が生え、ナホの眼を隠していた目隠しが破れる。


 ナホの龍の金眼銀眼(ヘテクロミア)が露になる。


 肥大化した脚で地面を蹴り付け、一つ翼をはためかせる。それだけで、突風を巻き上げて身体が前へと進む。


 あっという間に咆哮(ブレス)の射線上にたどり着き、通り過ぎないように足で地面を捉えて何とか立ち止まる。


 しかし、止まってばかりでもいられない。右足を踏み出し、口内に溜めた魔力を前方へと解き放つ。


「――――――――――――ッ!!」


 ナホの口から、光の極光が放たれる。


 それは中位龍の咆哮(ブレス)を相殺するにとどまらず、むしろ無慈悲に飲み込んで全てを消し去る。


 ナホの放った咆哮(ブレス)の射線上に居た龍はおろか、地面や草木すらも極光が通り過ぎた後には塵一つ残さずに消え去っていた。


「はぁ……はぁ……」


 極大威力の咆哮(ブレス)を放ったために、息切れをするナホ。


 ナホの放った極光は逃げていた冒険者だけではなく、他の冒険者や騎士達にも当たり前だけれど見えていた。


 驚愕、混乱、警戒、様々な反応がある中、その者は即座に迎撃(・・)に撃って出た。


「やらせるかッ!!」


 目にも止まらぬ速度でナホに迫るノインの眼前に立ち塞がり、技を使ってノインの放った攻撃を弾く。


 ノインも、アルクは無視できない。立ち止まり、アルクの出方を窺う。


「どいてくれないだろうか? 君の後ろにいる()に私は用があるんだ」


「させるかよ。姫さんを守るのが俺の仕事なんでな」


「龍を守る事がどういう事か分かっているのかい? それは立派な重罪だよ?」


「はっ! 知った事か! それに、それは手前(てめえ)の教義だろうがよ。この国の法律に、龍を守る事が罪だとは書かれてねぇんだよ」


「そうだとしても、彼女が危険な龍である事には変わりない。それを守るという事がどういう事だか、分からない訳じゃないだろう?」


「危険だが邪悪じゃねぇ。手前(てめえ)の言う邪龍とは違ぇだろ」


「それも含めて、彼女からは色々と聞かなければいけない。だから、そこを退いてはくれないだろうか?」


「誰が退くか。やんなら力尽くでどうにかしてみな」


 挑発的にアルクが言ってやれば、ノインははぁと一つ息を吐く。


「仕方ない。あまり気は進まないが、まずは君を排除してから話を聞くとしよう」


「排除っつってる時点で、話し合いの余地なんざ無ぇだろうがよ」


 言って、油断無く槍を構えるアルク。


 ノインはそんなアルクに無造作に腕を振るう。


 直後、嫌な予感を覚えたアルクは、左側に技を放つ。


 ――クレナイ流槍術、二の技、薙ぎの炎刃(えんじん)


 アルクが技を放てば、硬質な物同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。


 ノインが戦闘の最初に下位龍に向かって放った攻撃は、遠目だったために見えなかったけれど、これだけ近付けばその攻撃の正体はすぐに分かる。


「糸か……」


「ご名答。私の武器は糸だ。正確には、糸だけでは無いのだけれどね」


 言いながら、ノインは指をピクリと動かす。それだけで、何かが一瞬陽光に煌めく。


「――っ!!」


 その何かに向かって、アルクは技を繰り出す。


 ――クレナイ流槍術、二の技、薙ぎの炎刃。


 甲高い音を立てて、槍が何かと衝突する。


 糸の攻撃を弾いたアルクに、ノインは素直に驚愕を露にする。


「驚いた。大抵の者はこれで戦闘不能になるのだけど」


 先程のはノインの十八番である、動作の少ない攻撃。ストレートに言うのであれば、不意打ちである。


 ノインの武器『運命の三女神(モイラ)』は扱いが難しく、使いこなせる者が少ない。指の些細な動きの違いで敵だけではなく自身をからめとり、切り刻んでしまう。ある意味で使用者を選ぶ武器なのだけれど、『運命の三女神(モイラ)』を使いこなせれば、その恩恵は大きい。


小さな動作で大きく動かす事が出来、その細さから視認しづらく、敵が気付かぬ内にその首を落とすことが出来る。


 普段している手を大きく振るう攻撃はブラフであり、動作の小さい攻撃をするために相手に刷り込む必要があったのだ。


 大抵の者はこれだけで首を落とせる。龍であれ、人であれ、変わらない。


 けれど、目の前の赤毛の青年はノインの十八番を簡単に(はじ)いてみせた。


「俺を大抵の奴と一緒にしてっと痛い目見んぞ」


 闘志を宿した目をノインに向けて、槍を構える。その構えに隙は無く、(たぎ)る闘志は強者のそれであった。


「そうみたいだね」


 ここで、ノインが初めて構えをとる。近接格闘をするように、左手を前へ、右手を胸の少し前へ持っていく。手は開き、指は隣同士くっつかないように開かれている。


「けれど、君は私を相手にしていて良いのかな?」


手前(てめえ)こそ良いのかよ。邪龍滅殺が滅龍教会の教義なんだろ?」


「問題無いよ。すでに私の区域の中位龍は倒してある。下位龍程度であれば彼等でも十分どうにか出来るだろう」


 ノインの言葉に、思わず確認してしまいそうになるのを堪える。一瞬でも視線を外せば、その隙に糸の斬撃が襲ってくる。


「私よりも、君の方が心配だ。中位龍はまだ二体残っている。それに……」


 ノインは視線をアルクからアルクの背後にいるナホに向ける。


「君の御姫様、なんだか様子が変だよ?」


「んなはったりに騙されっかよ」


「いや、はったりじゃ無いよ。一度確認してみると良い。その間、私は手出ししない」


「さっきおもっくそ不意打ちしてきた奴の言葉なんざ信じられ――」


 言葉の途中、背後で強烈な気配が膨れ上がる。


 思わず、アルクは即座に背後を振り返る。無視するには大きすぎる気配に、流石のアルクも反射的に振り向いてしまった。


 その間、先程の言葉通りノインは攻撃を仕掛けない。不意打ちはするけれど、自身の言葉を嘘にするような行動はしない。それはあまりにも不誠実で、最低な行いだから。因みに、不意打ちは戦いの駆け引きの内だと考えている。


「姫さん……?」


 アルクが振り向いた先で見たのは、頭を抱えて何かを堪えているナホの姿。


 目は血走り、涎が口から溢れ、苛立たし気に頭を掻くナホ。


 尋常じゃない様子のナホに、アルクは一瞬どうすれば良いのか分からなくなる。


 だが、アルクが考えあぐねている内に、ナホは地面を強く蹴り付けて下位龍の方へと向かってしまう。


「――っ!! 姫さん!!」


 アルクの声が聞こえているはずなのに、ナホは止まらない。それどころか、アルクに目を向けさえもしない。


「おい槍馬鹿!! 貴様何をしている!!」


 反対方向から、大気を震わすほどの怒声が響き渡る。


 見やれば、オプスが凄まじい剣幕でアルクを見ていた。


「何故姫様が暴走している!! 貴様が守るのではなかったのか!?」


「暴走? 暴走ってなんだよ!!」


「見れば分かるだろう!! 暴走しておるのだ!! そこの滅龍十二使徒(アポストル)は放っておけ!! 姫様を止めろ!!」


「放っておけって……!!」


 放っておけるわけが無い。先程振り向いた時には攻撃をしてこなかったけれど、今一度対峙してしまえば、ノインはアルクと戦う事を選ぶだろう。


 構えに隙も容赦も情けも無い。


 ノインは、戦う気だ。


「くっ!! 貴様なぞ信用するのではなか――姫様、いけません!!」


 言葉の途中でオプスが慌てたように叫ぶ。それだけで、アルクも理解した。


 アルクは躊躇なくナホの方を振り返る。


 振り返れば、ナホは下位龍の方ではなく、冒険者達の方を向いていた。


 その口内に、魔力が溜まる。咆哮(ブレス)の予備動作だ。


「姫さんッ!!」


 地面を蹴り付け、アルクはナホと冒険者達の間に入る。その背後に、ノインが追随する。


「――っ」


 振り向き、迎撃しようとしたアルクに、ノインは静かに言う。


「振り返ってはいけない。迎撃に集中するんだ」


「……すまねぇ!」


 一つ礼を言って、アルクはナホに集中する。


 直後、ナホの口から極光が放たれる。


 その極光は、冒険者達を容易く飲み込み、その背後にある街の一部を飲み込む程の威力。


 集中しろ。焔穿ちじゃ駄目だ。これは、大技じゃなきゃ駄目だ。


 そう思うけれど、アルクに大技は無い。唯一、四の技、炎々絶槍(えんえんぜっそう)が大技に近いけれど、あれは連続技だ。一撃の衝突には弱い。


 だから、作るしかない。今此処で、全てを飲み込む極光を相殺する程の大技を。


 極光が迫る。


 その最中、アルクは一つの事を思い出していた。


 それは、師であるオウカの言葉。


『わたし達がやる事はいつだって変わらない。それを、忘れるなよ、アルク』


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