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015 戦場の色

 アルクが先制攻撃を合図に、他の区域でも戦闘が始まった。


 槍や矢に魔術付与(エンチャント)をし、遠距離から敵の数を減らす。


 ただ、乱戦になった場合はむやみやたらに遠距離攻撃も出来ないため、遠距離攻撃を馬鹿みたいに撃ちまくる事が出来るのは最初だけだ。


 ある程度敵が近付いて来るか、こちらの矢が尽きるまでは遠距離で敵の気勢を削ぐ。


 そうしていくらか敵を倒したところで、ようやっと近接戦に入る。


 百発は投げられると言ったアルクだったけれど、実際は急ごしらえだったために槍はそんなに多くは無く、いくらか投げたところで打ち止めになった。


 それでも、百には行かなくともそれなりに数を減らす事は出来ただろう。


「っし、こっからは接近戦だ。姫さん、絶対に俺の傍を離れんなよ?」


「う、うん!」


 ぎゅっと槍を握りしめて頷くナホ。


 遠距離の時同様、アルクは一番槍として相手に突っ込む。


 その後ろを、ナホは着いて行く。


 本来の……石狩奈穂であった時であれば、アルクの移動速度には着いて行くことが出来ない。それほどまでに、アルクの身体能力は卓越しているのだ。


 けれど、今のナホであればアルクの移動に追いつく事は出来る。送魂の儀によってアナスタシアから魂を移譲され、身体が龍として再形成されているナホであれば、アルクの移動に(・・・)着いて行く事は出来る。


 ナホはアルクに置いて行かれないように、しっかりとアルクの後ろに着いて行く。


 もちろん、アルクもナホを置いて行かないようにしっかりとナホに気を配りながら進んで行く。


 その二人の様子を、戦場の最も遠い場所から心配そうに眺めるオプス。


「あぁ……姫様は大丈夫だろうか? あんな無神経な男が護衛なのだ……あぁ、心配だ……」


 ナホの方を眺めながら、オプスは心配そうに戦場に突っ立っている。


「おいあんた! よそ見してっと危ねぇぞ!!」


 よそ見をしているオプスを心配して冒険者が声をかけるも、その声が耳に入っていないのか、オプスは変わらずナホの方を見る。


 オプスが任された場所も、すでに接敵してしまっている。通常の冒険者であれば、よそ見しただけであの世行き間違いなしだ。


 そんな戦場で、オプスは余裕綽々な態度でよそ見をしているのだから、心配にもなるし気が狂ったのかとも思ってしまう。


 けれど、オプスはいたって正常。なにせ、この戦場で敵になる相手と言えば、アルクかノインくらいの者。他の者は欠伸(あくび)しながらでも倒す事が出来る。


 だからこそのよそ見。余裕が無ければこのような自殺行為はしない。


 オプスはナホに意識の五割を、ノインに四割を、残りの一割で雑魚共を認識している。因みにアルクは自力でどうにか出来るので気にしてすらいない。


「おいあんた! 本当に危ねぇって……おい前見ろ前!!」


「はぁ……鬱陶しい。姫様の命でなければこんなことなどせんのに」


 溜息を吐きながらすっと右手を上げる。オプス目掛けて駆けてきた下位龍の頭をまるでボールでもキャッチするかのように容易く掴んで止める。


 身体はぶれない。位置も変わらない。自分の勢いがそのまま返ってきた下位龍の首が折れ、その場で絶命する。


 絶対に破れない壁に全速力で頭突きしたのと同じと考えると分かりやすいだろう。


「なっ!?」


「んだよ、それ……」


 オプスの行動を後ろから見ていた者達が驚愕する。オプスはナホに関する言動こそアレなものがあるけれど、それ以外に関しては相応の力を持つ上位龍だ。下位龍を殺すなど造作も無い。


「相変わらず脆いな」


 ぱんぱんと白の手袋に着いた埃を払い、ようやっと前を向く。


「雑兵共がうじゃうじゃと……尻尾に火でもつけられたか?」


 迫りくる下位龍を平手の一撃で吹き飛ばし、他の下位龍に当ててダメージを与える。もちろん、平手を受けた下位龍は即死している。下位龍を一撃で仕留められない程、上位龍オプスは甘くは無い。


「化け物かよ……」


 周囲の冒険者から思わずこぼれ出る感想。それはそうだろう。下位とは言え龍を平手の一撃で倒してしまうのだから。


 そんな言葉がオプスの耳に入ったところで、オプスは気にも留めない。オプスにとって他人の評価など気にするに値しない。オプスが気にするのは、ナホの評価のみ。ナホが良しと言えばそれで良く、ナホが()しと言えばそれはオプスの悪いところなのだ。


「本来であれば私が姫様の御傍に居たいが……気に食わぬがあの馬鹿の方が姫様からの信頼が(あつ)いからな。少しでも信頼している者の傍の方が姫様も安心できるだろう」


 そもそも戦場で安心などしてはいけないけれど。


 ともあれ、アルクの傍がナホにとって安心して戦える場所であるのであれば、オプスは身を引いてアルクにナホを任せるとする。まったくもって業腹ではあるけれど。


「さて。私は早く姫様と合流したい。……来い。片手間に殺してやる」


 掴んだ下位龍をぶん投げながら、オプスは挑発するように言った。





 下位龍をぶん投げ、平手の一撃で仕留めるオプスを見て、ノインは笑みを浮かべながらも素直に驚く。


 多分強いのだろうと思っていたけれど、これほどまでとは思っていなかった。技術的な観点で言えばアルクの方が上だけれど、純粋な身体能力だけで言えばオプスの方が上だろう。


「強い人達には今まで出会って来たけど……いやぁ、世界は広いなぁ」


 呑気に笑いながら、ノインは左手を振るう。


 それだけで、離れた位置に居た下位龍は縦に裁断される。


「『クルドの一矢』の方は……うん、流石は上位二等冒険者。良い連携だ」


 『クルドの一矢』の方を見やれば、流石の連携で一体一体確実に龍を仕留めている。個々人が中位龍を屠る程の力を持っているけれど、それを上手く組み合わせる事で素早く、かつ効率的に龍を仕留めている。


「皆良い動きだ。これなら、問題なさそうだね。さて、ならば私もお仕事をするとしようか」


 言って、周囲に向けていた意識を目の前の敵に集中させる。


「私は滅龍十二使徒(アポストル)が末席、ノイン・キリシュ・ハーマイン。規律にて、悪龍は成敗する」


 口上を述べ、ノインは両の腕を開く。


 瞬間、何かが煌めいて地面を抉っていく。そして、地面と共に龍共を切り刻む。


「さぁ、君達の運命の長さはどれくらいかな?」





 強者三人の戦闘を自身の戦闘の合間に横目で見つつ、リディアスは感嘆する。


「いやぁ、ノイン様が強いのは分かってたけど、あの二人も相当だね……」


「それだけで済む問題!? あの赤髪は良いとしても、あの執事は何!? 下位とは言え龍を平手打ちだけで倒すってなんなの!?」


 リディアスの言葉に同意しながらも、セローニャが驚愕しながら喚く。


 しかし、喚きながらもその弓は冴え渡っており、確実に龍の急所を貫く。


 セローニャは魔術射手(エンチャントアーチャー)と呼ばれる職業だ。魔術によって矢を強化して放つことが出来る。


 魔術で強化された矢で敵を穿ち、時には焼き、時には爆発させたりもできる。魔術よりは多様性が無いけれど、速度だけで言えば魔術を上回る。また、セローニャ自身が魔術師でもあるため、土や岩、木を使って矢を生成する事が出来るので、矢が切れる心配は無い。


 ただ、木はともかくとして、土や岩は重くなるから飛距離はだいぶ落ちてしまうし、矢ではなく弓の方を強化しなくてはいけないので、その場合の魔力量の消費は通常の倍以上にはなるけれど。


 よってセローニャにとって平原というのはやりにくい戦場だ。矢が尽きればいつもよりも魔力消費が大きくなるから。


 だから、慎重に一矢を放たねばならないので、冷静さがたいせつなのだけれど……。


「ていうか、あの赤毛のアレなに!? アタシの十八番と一緒じゃない! アタシのあんなに爆発しないんだけど!?」


 今のセローニャに冷静さは無かった。


 ビビが後方で苦笑しながらも、セローニャに苦言を呈する。


「セローニャ。あまり興奮して矢を外さないようにな」


「分かってるわよ!」


 吠えながら、眉間に強化された矢を打ち込むセローニャ。


 言動は荒れているけれど、その手腕は冴え渡っている。


「けど、確かにあの赤髪の人凄いね……確か、アルクさん、だっけ?」


 クレトが盾で相手の攻撃を防ぎつつ、剣で的確に相手を切りつける。


「名前なんてどーだって良いのよ! 近距離でもあの動きって何!? 見てるリディアス!? あれあんたより早くて強いわよ!?」


「あはは、横目でちらりとは見てるよ」


 『クルドの一矢』の視線はノインやオプスには向いていない。ノインはどういった武器、どういった技を使うか知っているし、それがまったく参考にならない事も分かっているため見る必要が無い。それに、ノインであればこの程度倍以上増えたところでどうという事は無いだろうから、まったく心配もしていない。


 オプスはまず完全に力任せの一撃のためまったく参考にならない。平手で龍を殺すなど前代未聞だ。


 結果、二人とも心配する必要も無ければ、学ぶべきところも無いので注意を向けない。


 中央で戦っている騎士達にも一応意識は向けているけれど、先頭を行く騎士を筆頭にどの騎士もその実力は相当で、順調に敵の数を減らす事が出来ている。


 一応の心配をしておきながら、一番実入りの良さそうなアルクの方に意識を向ける。


 アルクのは鍛え抜かれた身体能力に、磨き上げられた技。見ていて参考になる、武術のお手本のような存在だ。


 見た目や言動に反して、その技は美しく、恐ろしいほどに正確。基礎をしっかり踏まえながら、自分にあった槍捌きで敵を屠る姿は見ていて爽快なほどに迫力がある。


「凄いね、あの人。俺達に槍使いがいないのが残念だ」


「本当にね。ただ、あの身体の使い方は凄く参考になると思うよ。後でどんな訓練を積んだのか聞いておかないとね」


「ていうか、あれだけ強いのにアタシ達が知らないって、あいつ何者なの?」


「さぁ? 首に登録証を下げていなかったから、冒険者じゃない事は確かだが……」


「それに、あの二人に守られてるあの白い子は何なの? 姫様とか呼ばれてたけどさ」


「まぁ、事情があるのだろう。そこは私達があまり首を突っ込むところではないだろう」


 とはいえ、ビビも三人の事が気になりはするけれど。


 そもそも、可愛いものが好きなビビはナホの事が気になって仕方が無いのだ。三人の事情よりも、ナホの事が知りたいと思っている。


魔術付与(エンチャント)筋力上昇(ストレングスライズ)


 邪念を頭に抱えながらも、ビビは全員に魔術付与(エンチャント)を行う。


魔術付与(エンチャント)そよ風の護り(ブリーズ・プロテクション)


 ビビはこの一党(パーティー)では主に補助に回っている。遠距離攻撃はセローニャが担ってくれているので、よほどの事が無い限り攻撃はしない。


「……影食い」


 カタリナが龍の影を踏む。踏まれた影から大顎が現れ、龍を食らう。この術は、相手の影が大きければ大きいほど顎の大きさは大きくなる。その分魔力消費も激しいけれど、よほどの事が無い限りは逃げられる事は無いので重宝している。


 カタリナは斥候だ。罠の解除や偵察などをしてくれる。こういった総力戦の場合は、全員のサポートに徹している。かと言って、近接戦が弱いわけではなく、敵に痛いところを突かれないために動いてくれているのだ。


 今回の痛いところは、敵が後方に流れてしまう事。後方にはあまり経験豊富ではない冒険者が控えているので、下位龍でも十も流してしまえば大変だ。


 後方に流れそうな下位龍を死角から忍び寄り、術やナイフによる刺突で仕留める。


「ありがとう、カタリナ」


「……これが、仕事」


 ビビのお礼にも静かに返し、次の敵に向かう。


「よぉっし! 俺も頑張らないとな!」


 リディアスが大剣を振るって龍の首を一刀両断する。


 一党(パーティー)の前衛はリディアスとクレトだ。リディアスは大剣で豪快に敵を屠り、クレトは盾で凌ぎながら剣で的確に仕留める。


 彼らの安定した戦いぶりを見て、他の冒険者も焦らず一つ一つ丁寧に対処をする。


 アルクやノインの戦い方は豪快で、後ろに控えている者達は彼らに続こうと血気盛んに活気づくだろうけれど、『クルドの一矢』の場合は安定感があるため、その安定感を崩さないためにも他の一党(パーティー)も無理せず堅実に戦おうと足並みを揃える。


 連携が取れない冒険者達には、最前を行く者が指標である。今回のような場合、『クルドの一矢』は他者をまとめるには丁度良いのだ。


 アルクやノインは基本的にワンマンなので、こういった大勢をまとめる事には向かない。オプスなんて論外である。


 様々な戦場の色を見せる中、ようやっと中位龍が戦闘区域に突入した。


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