014 一番槍
東門へと向かえば、そこにはすでに多くの冒険者が揃っており、その中には『クルドの一矢』の姿もあった。
「あ、この間の……」
『クルドの一矢』のリーダーであるビビが三人に気付けば、他のメンバーも三人に気付く。
ナホは彼らに気付かれたと分かった途端、警戒するようにアルクの方に身を寄せる。
そんなナホの様子を見たビビは悲しげな顔をしながらも、三人の元へとやって来る。
「君達も来たんだね」
「まぁな。最近充分に暴れられて無かったからな。ストレス発散には丁度良いんだよ」
「そ、そうか……」
街を守るためとかいう高尚な理由じゃなかったために、少し反応に困るビビ。
五百はくだらない龍種を前に、ストレス発散という名目だけで戦いを挑むのは余程腕に自信があるのか、それとも余程の馬鹿かのどちらかである。
ナホが苦笑し、オプスが呆れたような顔をしているところを見るに、アルクはそんな事を言えるほどの実力を持っているのだろうとビビは考える。
「それより、その……君も戦うのかい?」
「あ、はい。僕も戦います」
ビビの問いに、ナホはこくりと頷く。
「こう言っては失礼かもしれないけれど、本当に戦えるのかい? 相手には中位龍もいるんだよ?」
「えっと……卑怯かもしれないですけど、中位龍はアルクにお任せして、僕は下位龍の方と戦おうかと」
「別に卑怯じゃねぇだろうが。勝てねぇ相手に挑むのは無謀っつうんだよ。俺ぁ姫さんが無謀である方が困るわ」
「あうっ……」
がしがしとナホの頭を乱暴に撫でながら言うアルク。
しかし、その手をオプスがパシッと叩き、乱れたナホの髪を何も言わずに整える。
叩かれたアルクは気に留めた様子も無く、ビビに言う。
「んで、そっちもやっぱり参加すんのな」
「ああ、まぁね。上位二等ともなれば、こういった事態への参加はほぼ強制みたいなものだからね」
「まぁ、その分他で融通利かせてくれる時もあるし、悪い事じゃないよ。今回も、下位龍と中位龍だけだしね。見たところ、中位龍も、上位に近い奴はいないみたいだし」
リディアスの言う通り、迫りくる中位龍の中にはかつてアルクも倒した事がある上位龍に近い中位龍はいない。あれがいるのといないのとでは大きく変わって来るけれど、今回はいないようなので安心した。
「やあ。やっぱり君達も来ていたんだね」
ビビ達と話をしていると、横合いからノインに声をかけられる。
気配を隠しもしていなかったのでアルクとオプスは普通に気付いていたので驚きは無かったけれど、どうやら『クルドの一矢』のメンバーはそうでもなかったらしく、声をかけてきたノインを見て驚いている。
誰かが近付いて来た事には気付いていたけれど、それがノインだとは思ってもいなかったのだろう。
「まぁ、あんたも来てるよな。普通に考えてよ」
「まあね。私の使命は悪しき龍を滅ぼす事だ。どんな小さな悪龍であれ、見逃す事はしないよ」
滅龍十二使徒であるノインとアルクが普通に会話をしている事にビビ達は驚きながらも、さすがは一流一党のリーダー。すぐに衝撃から戻り、常の笑みを取り戻してノインに声をかける。
「まさか、このようなところで滅龍十二使徒のノイン様にお会いできるとは光栄です。私、クルドの一矢のリーダーを務めています、ビビと申します」
「ああ、お噂はかねがね。私も、君達のような素晴らしい一党に出会えて光栄だよ」
ノインが手を差し出して握手を求めれば、ビビは少しだけ緊張した面持ちでノインの手を取る。
「さて、私としては君達と友好を深めたいところなのだけれど……そろそろ彼等の射程距離に入ってしまうね」
ちらりとノインが視線を向ける先には、龍達の輪郭がもうすでにはっきりと見え始めている。
「先程の今回の討伐の全権を持つ騎士様と話をしてきたのだけど、力のある者が前衛で敵を多く削り、後ろの者が間を通ってしまった敵を殺すという策で行く事が決まったよ。もちろん、私も前衛で戦うつもりなのだけど、良かったら君達も一緒に戦ってはくれないだろうか?」
「それは、願ってもない事ですが……」
「ノイン様の足手まといになるんじゃ……」
一流冒険者一党であるクルドの一矢でも気後れしてしまうのか、自信なさげな顔をする。
「君達で力不足なら他の誰にも前衛は務まらないよ。私はぜひ君達に前衛をお願いしたいんだ」
「そ、そう言ってくださるなら……」
ビビは一応一党メンバーの顔を見て意思の確認を取るけれど、皆やる気に満ちた顔をしている。カタリナは仮面をつけているので真意は分からないけれど、否定的な様子は無い。
「ありがとう。名高きクルドの一矢と戦場を共にできる事を嬉しく思うよ」
にこりと嫌みの無い笑みで言うノイン。
こういう事を恥ずかしげもなく言えるのは、確実にノインの強みであると言えよう。
「先程、ざっと説明を聞いたけれど、騎士様の精鋭も前衛には入るみたいだから、私達にだけ負担がかかるという訳ではないようだ。ただ、私達は騎士様達と連携を取る必要は無い。区域ごとに人員を分けての戦闘になるから、その区域ごとに連携を取ろうという事みたいだね」
「んじゃ、俺達はばらけた方が良いな。中央はあんたが守ってくれんだろ?」
「もちろん……と、言いたいところだけどね。中央は騎士様が守ってくださるそうだ。なんでも、中位龍を一人で屠れる御仁がいるみたいだからね。その方を陣頭指揮に添えて戦闘をしたいらしい」
言ってノインがその御仁とやらに視線を向ける。
フルフェイスの騎士甲冑に身を包んでいるので顔までは分からないけれど、先頭に立っている人物がそうなのだろう。身の丈以上の大剣を片手で持って肩にかけている。
「強そ~」
「だな。一人だけ風格が違ぇや」
ナホの率直な意見に頷くアルク。
「まぁ、そういう訳だから、私は中央の直ぐ横の区域を守る事になっているよ」
ノインの説明だと、区域は五つに分かれており、中央を騎士隊。中央から右がノインで、左が『クルドの一矢』リーダーに。最両翼は誰に任せようかという話になっているらしく、それには当てがあるとノインが言って此処まで来たらしい。
それだけでナホはなんだか嫌な予感がし始める。
「それで、左右を君達に任せたいんだ。左を赤毛の――」
「アルクだ」
「――アルクくんに任せたい。それで、右をオプスくんに任せたいんだ。良いかな?」
「却下だ。私は姫様を守らなければならない。仮に私かこの馬鹿のどちらかが姫様の御傍を離れる事になったとしても、どちらかは姫様の御傍に居なくてはならない。よって、私とこの馬鹿が両方離れるという提案は承諾できない」
ノインの提案にオプスが首を横に振る。
アルクの依頼はナホを守る事で、オプスの責務はナホを守る事だ。両者もナホを守る事が目的であるのに、その両者ともがナホの傍を離れる訳にはいかない。
ただでさえナホの我が儘で此処にいるのだ。それを譲歩した身としては、それ以上の譲歩は承諾しかねる。
「いや、お前は右に行け」
しかし、アルクはオプスに右へ行けと言う。
「それは貴様が姫様をお守りすると言う事か?」
「ああ。この程度の相手なら前線出ながらでも守れんだろ」
「私は貴様の力を信頼している……が、仮にもし貴様が自身の力を過信しているのであれば、私は今すぐにでも姫様を連れてこの場を離脱する。貴様の判断はどちらだ?」
過信か、自信か。
その問いに、アルクは気負う事無く答える。
「俺の力量は俺が一番よく知ってる。過信してるつもりはねぇよ。ただ、姫さんにうろちょろされたら分かんねぇけどな」
「が、頑張ってアルクに着いてく!」
槍を握りしめ、気合十分なナホ。しかし、オプスは心配なのか、憂慮するような表情だ。
「って話してる内にそろそろ良い頃合いだぜ。どうする?」
下位龍が中心とは言え、相手は龍。その脚は速く、いままで空いていた距離はあっという間に詰められていた。
「必ず守り切れ。でなければ私が貴様を殺す」
「当り前だ。それが俺の依頼だからな」
「姫様。少しばかり姫様の御傍を離れる事をお許しください」
「うん。オプスも気を付けてね」
「はい」
一つお辞儀をしてから、オプスは自身の配置場所に着くために身を翻す。
「行くぞ滅龍十二使徒! 早急に終わらせる!」
「私の事はノインと呼んでほしいな。よろしく頼むよ、オプスくん。それじゃあ、私達は行くね」
「あ、お、お気を付けて」
「君もね。正直、君が一番心配だからね」
にこりと微笑みながら手を振って、ノインはオプスの後を追う。
ナホは手を振った後、アルクの方を向く。
「それじゃあ、僕達も行こうか」
「おう」
「じゃあ、僕達も配置に着きます。皆さんもお気を付けて」
少しだけ微笑みながら、ナホは『クルドの一矢』の面々に言う。
「ああ。君達も十分に気を付けてくれ」
あのノインが太鼓判を押す二人の実力を、『クルドの一矢』は見誤ったりしない。ノインが名指しするのだから、アルクとオプスの実力は相当なのだろう。そも、最初に不意を突かれたとは言え、リディアスがナホを掴もうとした時にアルクにそれを阻止されている。しかも、前衛を務めるリディアスが動けない程の握力だ。それだけでも、驚嘆に値する。
だから、一党の誰かを貸そうか、とは言わない。連携が取れないだろうし、行った方が足手まといになる可能性があるから。
『クルドの一矢』と別れ、二人は指定された区域まで向かう。もう龍達がそこまで迫っているから、早足に向かう。
向かう途中、ナホはアルクに言う。
「アルク、ごめんね」
「あ? なにが?」
「我が儘ばっかり言って、二人を困らせてるから……」
落ち込んだ様子で言うナホ。戦いたいと言うのは、ナホの我が儘に他ならない。誰かを守りたいと言う気持ちも、力の無い、守られてばかりのナホが言ってしまえば、それはただの我が儘だ。
自分が我が儘を言っている自覚のあるナホが落ち込んだ調子で言えば、アルクは面倒くさそうに頭をガシガシと掻く。
「別に、姫さんの我が儘に付き合ってるつもりはねぇよ。俺は俺のやりたいようにやる。今までだってそうしてきた。これからも、俺がやりたいようにやるだけだ」
アルクは一度だってナホに強制されことも無い。自分がやりたいようにしてきた。ナホに感化されたことはあるけれど、それも上位龍戦の一度だけだ。
「んな事より、絶対に俺の傍を離れんなよ。離れられたら、助けてやれるかどうかわからねぇからな」
「うん……」
アルクの言葉にナホはこくりと頷くけれど、その顔に元気は無い。
戦う前にそんなんで大丈夫かと思いながらも、最悪一度離脱しなければならない事も視野に入れておく。
二人が任された区域では、すでに前衛後衛に分かれており、前衛の冒険者達は、こちらへ土煙を上げて進んでくる龍の大群を前に顔が引きつっている。前線を任されているという事は熟練の冒険者なのだろうけれど、そんな彼等でもこれだけの龍の大群は恐ろしいものなのだろう。
そんな中、アルクは槍を振って感触を確かめながら、特に緊張した様子も無く大群を眺める。
いや、アルクだけではない。各区域を任された者達はそれぞれ表情は余裕ありげだ。
ノインは薄らと笑みを浮かべ、オプスはナホが気が気じゃないのかその視線はちらちらとナホを見ており、『クルドの一矢』もその表情には気負いや恐怖は無い。
中央を任されている大剣を持った騎士は顔が見えないので分からないけれど、佇まいを見るに緊張している様子は無い。
そろそろ中位龍の咆哮の射程内に入る。けれど、こちらの魔術師の魔術の範囲内にまで中位龍は引きつけなくてはいけない。
「おっ、丁度良いのがあんじゃねぇか」
接近戦に入る前に適当に間引けないかと考えていると、近くの冒険者が大量に槍を用意しているのが目に入る。
おそらく、風の魔術を使って山なりに放って少しでも相手にダメージを与えて、相手の気勢を削ごうという作戦なのだろう。見やれば、他の区域でも槍や弓が用意されている。
アルクは用意された槍の前まで行き、槍を準備していた者に声をかける。
「なぁ、それ何本か俺にもくれねぇか?」
「あぁ? おめぇ見たところ槍使いだろ? 魔術使えんのか?」
「いや、使えねぇ」
「じゃあ意味ねぇだろうが。こりゃあ魔術込めて飛ばす用の奴だ。予備の槍が欲しけりゃいったん戻れや」
「生憎だが、この槍が予備だ。いいから、試しに一本貸してみろって。どうせ普通の魔術じゃ下位龍を一匹仕留めんのが精一杯だろ? なら試しに俺に任せてみろよ」
「そりゃあそうだがよ……」
それでも下位龍を仕留められる貴重な一本。誰とも知れない相手にそう易々と渡せるわけが無い。
此処にいる冒険者達は、アルクがあの滅龍十二使徒のノインに此処を託されている事を知らない。だから、こういう時に渋られるのは当たり前と言えよう。
面倒くせぇなぁと思っていると、ナホが冒険者の男に声をかける。
「あの、アルクに任せてくれませんか?」
「つってもなぁ……」
「アルクなら二体……いえ、五体仕留められます。絶対に出来ます。お願いします、一本だけください。お金は払います」
お願いしますと頭を下げるナホ。
幼気な少女に頭を下げられ、冒険者の男は困ったように頭を掻く。
「良いんじゃねぇの? 一本ならよ」
「でもよぉ、リーダー」
「失敗して恥掻くのはその坊主だけだ。それに、一本なら誤差の範囲だろうよ。物は試しだ。一本渡してやれ」
「はぁ……分かったよ。一本だけだかんな?」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてお礼を言うナホ。ナホは律義に槍の代金分のお金を渡した後、槍をアルクに渡す。
「はい、アルク」
「ああ、あんがとな」
槍を受け取り、逆手に持つアルク。
アルクは知っている。ナホが今しがた払ったお金は、ナホがこの五日間で薬草などを採取して手に入れた、正真正銘ナホが稼いだお金だという事を。
おそらく、ナホなりのアルクに対する誠意なのだろう。アルクが我が儘を聞いてくれるなら、アルクが戦いやすいようにサポートする。だから、槍一本譲ってもらうのにも頭を下げるし、なけなしのお金だって払う。
しかし、そんな様子を微塵も見せずに、ナホはアルクに言う。
「五体は言い過ぎたかな?」
小首を傾げて問うてくるナホに、アルクはにいっと獰猛に笑ってみせた。
「いや、少なすぎだ」
逆手に持った槍を引き絞り――――思い切り投げる。
炎を纏った槍が宙を切り裂いて進み、まだ矢も届かない程前方にいる龍の頭を貫いて爆散する。
――クレナイ流槍術、六の技、紅蓮翔破・爆砕。
爆散した炎は周囲の下位龍を巻き込み、その身を炎をで焼き焦がす。軽く十体程を屠った槍の威力に、傍にいた冒険者達だけではなく、唐突に投げ出された槍の行方を見ていた者達も驚愕する。
「ふんっ、まだまだだな。私なら後十は堅い」
「ふふっ、やっぱり、私の見込んだ通りだ」
オプスが自信満々に言い、ノインが嬉しそうに言う。
アルクは自身が生み出した結果を見ることなく、槍を準備していた冒険者に向かって獰猛な笑みを浮かべて言う。
「後百発は行けるが……どうする?」
冒険者達は顔を見合わせると、リーダーを務めている男が冷や汗をかきながら言った。
「た、頼む……」
「承った」
頷くと、アルクは次の槍を握りしめた。




