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013 龍の大群

 槍を振るって日々を過ごし、気付けばこの街に来てもう五日が経った。


 五日が経ったという事は、コドーが提示した槍が完成する期限が過ぎたという事になる。


 コドーの鍛冶屋に向かう最中、ナホはアルクの方を覗き込むように見る。


「アルク、嬉しそうだね」


「あ? ……まぁ、新しい槍だしな」


 目は見ないけれど、雰囲気は分かる。アルクの足取りが軽くて、アルクの雰囲気が柔らかい。いつも見えている赤黒い光の周りも少しだけ明るい。


 照れくさそうに言ったアルクを見て、くすっと可憐に笑うナホ。


「顔は怖いけど、アルクも男の子なんだね」


「顔が怖いは余計だ」


「いたっ」


 指で額を弾かれ、大きく()()るナホ。


「姫様! 貴様! 少しは加減をしろ!」


「いや、悪ぃ……」


 思った以上に大きく仰け反ったので、アルクも普通に謝ってしまう。


「ううん、平気」


 えへへと笑いながらおでこをさするナホ。


 ナホとしてはここのところずっとお姫様扱いだったので、こうして気兼ねなく接してくれるのがとても嬉しいのだ。まぁ、痛いものは痛いけれど。


「……姫さんってまさかそういう……」


「たわけ! そんな訳があるか!」


 痛い思いをしているのに嬉しそうに笑っているので、もしやそういった趣味があるのかと勘ぐってしまうアルクに、オプスがべしっと頭を叩いてその考えを止めさせる。


「そういうって?」


 しかし、当の本人はまるで何を言われているのか分かっていない。きょとんと小首を傾げて二人を見るばかりだ。


「何でもありませんよ。この馬鹿の戯言(たわごと)です。お気になさらないで大丈夫ですよ」


 にこにこと笑みを浮かべて取り繕うオプス。今回は自分が悪いと分かっているので、アルクは何も言わずに黙っている。


「そお?」


 何も分からないけれど、オプスが気にしなくても良いと言うなら大した事でも無いのだろう。


 とりあえず、納得をするナホ。


「んな事より、さっさと槍受け取りに行こうぜ」


 貴様が言い出したことだろう、とオプスがアルクを睨むけれど、オプスが声を出して指摘を出来ない事を良い事にアルクは素知らぬふり。


 オプスはナホにこれ以上この話題に触れてほしくないのでこれ以上は口を(つぐ)む。


「うん、そうだね」


 ナホは、アルクは本当に楽しみなんだなぁと一人ほのぼのしながら歩調を早める。二人が自分に歩調を合わせてくれている事に最近ようやく気付いたので、急ぎたいであろうアルクのために歩く速度を速める――のだが、アルクにがしっと頭を掴まれる。


「ぴゃっ!」


「急いで歩くと姫さん直ぐ転ぶだろうが。いつも通り歩けや」


 乱暴だけれど、俺の事は気にするなという意味なのだろう事はナホにも分かった。


「うん、分かった」


 こくりと、ナホは頷く。


 歩調をいつも通りに戻そうとしたその時、ピタリと足が止まる。


「……?」


 背後を振り返り、ナホは小首を傾げる。


「どうした、姫さん?」


「んー。声が聞こえた気がしたんだけど……気のせいみたい」


「声? どんな」


「んっとね、男の人の声でね。進軍開始(・・・・)って」


 ナホがそう言った直後、街中に鐘の音が鳴り響く。


「な、なに!?」


「敵襲です。姫様、いったん宿に戻りましょう。面倒ごとに巻き込まれては事ですから」


 慌てるナホとは真逆に、オプスとアルクは冷静に周囲に目を向ける。


「いや、先に槍を取りに行くぞ。どの程度の敵か分かんねぇが、事を構えるのにこの槍じゃ心許ねぇ」


「分かった。先にアルクの槍を取りに行こう。良い、オプス?」


「……分かりました。姫様のご意向に沿いましょう」


「ありがとう、オプス」


「んじゃ、さっさと行くぞ」


「うん。って、またその抱え方!?」


「貴様! 姫様を俵抱きにするな! もっと丁重にお運びしろ!」


 ナホを俵抱きにするアルクに文句を言うけれど、アルクは聞く耳持たずに走り出す。


「待たんか! せめて背負え! もしくは御姫様抱っこだ!」


「やだ! 御姫様抱っこは恥ずかしい!」


「うるっせぇ! 姫さんは口閉じてろ! 舌ぁ噛むぞ!」


 わーぎゃーと騒ぐ二人に呆れながらも、アルクは最速で鍛冶屋を目指す。


 混乱して避難している人でごった返しているにも関わらず、アルクは誰一人としてぶつかる事無く進んで行く。オプスもさすがなもので、アルクの後ろを離れず着いて行き、これまた人に当たる事無く移動をする。


 ナホが、二人とも人間離れしてるなと思っている間に、コドーの鍛冶屋に到着する。


 アルクはナホを地面に降ろすと、乱暴に鍛冶屋の戸を開ける。


「おっさん、槍取りに来たぞ!」


「アルク、最初はお邪魔しますだよ」


「邪魔すんぞおっさん、槍くれおっさん!」


 ナホの注意に律義に答えつつも口が悪いアルク。


 しかし、アルクの声に返事は返ってこず、工房の方からなにやら物音が聞こえてくるだけだった。


 まさかと思い、三人が工房の方へと足を運んでみれば、そこには槍の穂先を研いでいるコドーの姿があった。


 まだ終わってなかったのかと思いながらも、こんな時までやってんのかとも思う。


「俺が言うのもなんだけどよ、おっさん避難してなかったのかよ……」


 さすがのアルクも呆れた様子だ。しかも、コドーはこちらにまったく気付いていないと来ている。


「そう言えば、アルアちゃんは?」


「カウンターにもいませんでしたね。避難したのでしょうか?」


 店内にも工房にもアルアが居ない事に気付き、二人はきょろきょろと周囲を見渡す。


 すると、工房と裏通りが直結している扉がばぁんっと思い切り開かれる。


 アルクとオプスは気付いていたので驚かなかったけれど、ナホはまったくの無警戒だったのでびくっと肩を震わせる。


「親父! もしやと思って戻ってみりゃ本当に居やがったなこのすっとこどっこい!」


 工房の方の入り口から入ってきたのは、コドーの娘であるアルアだった。


「あ、アルアちゃん。お邪魔してます」


「およ? 姫様とその他お二人でねぇですか!」


「誰がその他お二人だ。メインの客は俺だぞ」


「姫様の前では客も注文も二の次ですよ」


 ふっと肩をすくめて言うアルアに、アルクは呆れながらもういいと諦める。こういう手合いは深く突っ込まないのが一番利口なのだ。


「ふむ、貴様は物分かりが良いな。誉めてやろう」


「できれば姫様に褒めてもらいてぇです」


 オプスの言葉にも図々しく返すアルア。しかし、オプスは特に気にした様子は無い。


「って、姫様達も避難して無かったんですね! 今から親父引っ張ってって逃げるんで、一緒に逃げましょう!」


「アルアちゃんは何が起こってるか分かるの?」


「ちっとばかしは。なんでも、龍の大群が押し寄せてきているそうです!」


「龍の大群!?」


「おいちみっこいの。それはどれくらいの規模だ?」


 驚くナホとは正反対に、アルクは落ち着き払っている。


 龍は個で強力なために、群れを成す事はまずない。それが、大群で行動しているという事自体珍しい事だ。


 下位龍で多くて四、五体程で固まって行動する事はあるけれど、それ以上となるとあまり聞いた事が無い。


 ひとまずどのくらいの数なのかと思いアルアに聞くけれど、アルアは小首を傾げる。


「いやぁ、それが戻るついでに耳に届いただけなんで、数までは何とも言えないですね。詳しく知りたいなら、冒険者ギルドに行くか城壁に上るしかないですね」


「そうかよ。それにしても、大群ねぇ……」


 アルクは一瞬ナホを見る。その後に、何か知ってるかとオプスに視線で問いかける。


 オプスは一つ頷いて見せるけれど、それ以上の事はしない。此処では話せない事なのだろう。


「まぁ、龍の大群は正直どうでも良い。おいおっさん、聞いても答えは見えてっが、一応聞いてやる。俺の槍は出来たのか?」


「……」


「ああ、無駄ですわ。ウチの親父は此処まで集中するともう周りの言葉なんざきこえやしねえんです。ぶっ叩いてでも避難しにゃいけないっつうに……」


 返事をしないコドーに変わり、アルアが説明をする。


「それと、見ての通り槍は作り終わってませんや。研ぎの最終段階みたいですが、あとどれくらいかかるかはウチでもさっぱり」


「そうか。とすると、どうすっか……」


「決まっているだろう。我らも避難するのだ」


「ま、そうなるわな。姫さんを危ねぇ目にあわせる訳にもいかねぇし」


 それに、この街には滅龍十二使徒(アポストル)のノインもいれば上位二等の冒険者一党(パーティー)の『クルドの一矢』もいる。自分達が居なくともどうとでもなるだろう。


 滅龍十二使徒(アポストル)がいる以上、もしナホの龍の力を見られてしまえばその時点で戦闘になるのは確実だ。それを避けるためにも、戦いには出ない方が良い。


「ううん、戦おう」


 けれど、ナホはそう思っていなかったようだ。


「姫さん、状況分かってるか?」


 言葉には出さないけれど、滅龍十二使徒(アポストル)がいる事を暗に示せば、ナホは心得ているとばかりに頷く。


「うん、分かってる。でも、もしも此処が襲われたら? そしたら、アルクの槍も完成しないんだよ?」


「そらぁそうだが……」


「それに、アルアちゃんにも危険が及ぶかもしれない。僕は、お世話になった人は、ちゃんと守りたい」


「ひ、姫様ぁ!!」


 アルアが感激したとばかりにうるうると目を潤ませてナホを見る。


「僕は戦うよ。例え……」


 龍の力を見せる事になっても。言葉には出さなかったけれど、その覚悟は二人に十分に伝わった。


 アルクは一つ息を吐いてガシガシと頭を掻く。


「姫さんがそう言ったら、俺に拒否権なんてねぇだろうがよ……」


 ナホを守るのがアルクのナホからの依頼だ。ナホが戦場に出るのであれば、ナホに着いて行ってナホを守るのがアルクの仕事だ。


「ごめんね、アルク」


「謝んなよ。まぁ、最近暴れられてなかったから。雑魚の百や二百丁度良いさ」


 ぽんぽんとナホの頭を撫でるアルク。


「もう少し優しく撫でんか、馬鹿め。姫様、私は姫様の行く先に着いて行きます。例え火の中水の中、獄炎城(・・・)だろうと着いて行く所存です」


「うん、ありがとうオプス」


 獄炎城がどこだかは分からないけれど、オプスが例えに出すくらいには危険なところなのだろうと言う事は理解できた。


 ナホは自分が動けば二人が着いてくる事を理解している。理解しないで、助けに行くだなんて言えない。言ってはならない。力の無い自分は、守られている自分は、自分の立場をしっかりと理解するべきなのだから。


 けれど、それでも、お世話になった人は助けたいと思ってしまう。それが自分一人はどうしようもない事だという事も分かっていても、ナホはそう思ってしまう。


 だから、卑怯だけれど二人にお願いするしかないのだ。自分が行くと言って、二人に着いてきてもらうしかないのだ。


 なんて卑怯なんだろう、僕は……。


 守られてばかりなのにこんな我が儘を言う自分が嫌になる。本当なら、此処はアルクやオプスの言葉に従って避難するべきなのだろう事は、ナホも良く分かっている。その過程でコドーを無理やり連れて行けば良いだけの事なのだ。


 この行動は、思いは、間違っている。


「さて、んじゃあ行くか。まずは冒険者ギルドか?」


「いや、その必要は無い。私の耳もようやっと足音を掴んだ」


「何体だ?」


「正確には分からぬが、五百はいるな。ただ、全部が全部この街を狙ってはいない。放射線状に広がっている……いや、円形に広がっているのか?」


 音だけでは正確な情報は分からない。空を飛んで直接見られれば良いのだけれど、そんな事を人間の街で出来ようはずもない。


「五百はいるが、それ以上いる可能性が高い。中位龍も何体か混じってるな」


「そいつは良いや。ちったぁ骨のある奴がいねぇと戦い甲斐(がい)がねぇからな」


 ナホの心境とは裏腹に、二人は好戦的に戦う事を考えている。


 二人が好戦的だから良いか。なんて、思えれば楽だっただろうに。


「さて、んじゃまあ行きますか。どっち方面だ?」


「東だな。滅龍十二使徒(アポストル)も、『クルドの一矢』も向かっているようだ」


滅龍十二使徒(アポストル)のお手並み拝見ってか。ストレス発散以上に得るものがありそうだな。行くぞ、姫さん」


「あ、うん。じゃあ、行ってくるねアルアちゃん」


「はい! 行ってらっしゃいませ姫様!」


 工房の扉から外へ出る三人を、ぶんぶんと大きく手を振って見送るアルア。ナホは胸元で小さく手を振ってから、前を見て歩き出す。


 今は、後悔や自己嫌悪は後だ。自分で言い出したのだ。自分も戦う事に向き合わなくてはいけない。


 きゅっと短槍を握りしめるナホ。


 二人に危険が迫ったなら、躊躇いなく龍の力を使おう。それでたとえ滅龍十二使徒(アポストル)に目を付けられても、二人を失うよりずっと良いから。


 覚悟を決めるナホ。その面持ちを、二人は案ずるように見るけれど、自分の事で精一杯のナホはその視線に気付く事は無かった。


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