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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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003 白少女と青年

 奈穂は自分の名を呼ぶ方へと駆ける。


 この時、奈穂は自身の見た目の事を何も考慮していなかった。


 心配をかけてしまった事が申し訳なくて、早く皆に会いたくて、奈穂は山の中を駆ける。


 エリルが声を上げながらやって来る奈穂を見て、即座に矢を向ける。


「動かないで!!」


「――っ」


 急に矢を向けられ、奈穂は驚きながらも足を止める。


「え、エリル……?」


「誰? なんでわたしの名前を知ってるの?」


「なんでって……あ」


 そこで、ようやく奈穂は自分の見た目が変わってしまている事に気付く。


「ぼ、僕、奈穂だよ? 見た目は、全然違うけど……」


 言って、近付こうとすれば、奈穂の頬を矢が掠める。


「動かないで! 次は当てるから!」


「そ、そんな……」


 敵意むき出しに自分を見るエリル。それに、ショックを隠せない奈穂。


 確かに見た目が変わってしまったけれど、もう少し話を聞いてもらえるものと思っていたのだ。


 エリルの怒声が聞こえたのか、周囲から足音が聞こえる。


「おい、エリル。なんかあったのか?」


「ガウル! 気を付けて! 変なの見付けたから!」


「変なのってなんだよ……」


 エリルの言葉に呆れながら、ガウルが姿を現す。そして、ガウルだけではなく、他の冒険者達もやってきた。おそらく、奈穂を探しに来てくれたのだろうけれど、奈穂はその事を素直に喜べなかった。


「変なのって、この嬢ちゃんか? 別にどこも…………いや、なるほどな」


 奈穂を見てエリルの物言いに一瞬同意しなかったけれど、奈穂をよく見れば警戒の色をにじませて頷いた。


 他の冒険者も、奈穂を見てそれぞれ武器を構える。


「な、なんで皆僕に剣を向けるの?」


 素性が知れないとは言え、女性に武器を向けるような人達ではない事を奈穂は知っていた。警戒はするけれど、こんなあからさまな警戒はしない。


 だからこそ、奈穂は困惑する。


 奈穂の言葉に、エリル達は言葉を返さない。


 自分の容姿にそこまでの警戒を促す要因があるなんて思っていなかった奈穂は、ただただ困惑する。


「エリル、ナホは……これはどういう状況?」


 膠着状態にあった現場に、メリッサが茂みをかき分けながら現れる。


 武器を構えるエリル達を見た後、その武器を向けられる奈穂を見る。そして現状を確認すれば、メリッサは睨むように目を細めて大剣を構える。


「な、んで……」


 メリッサまでもが自分の事を危険だと、警戒すべきだと認識したことに、奈穂はショックを隠せない。


「なんで……なんで僕に剣を向けるんですか!?」


 奈穂はショックを受けながらも必死に叫ぶ。


 叫ぶ奈穂にメリッサは言う。


「逆に聞くけど、どうして龍が人間に剣を向けられないと思ったの?」


「龍!? 誰が……!」


「貴女以外に居ないと思うけど」


 冷ややかに、メリッサが言う。


 しかし、自身が龍である事の自覚のない奈穂には何のことだかさっぱり分からない。


 焦りと困惑の中、自身が確認できていないところが無いかと探る。ばたばたと体中を必死に探る。けれど、どこにも龍の痕跡は無い。けれど、メリッサ達は奈穂を龍だと認識している。


 龍であると判断できる判断材料があるのは、奈穂が確認できない箇所である可能性が高い事に気付く。


 奈穂が確認できないところ。そして、メリッサ達に今見られている場所。


 顔? でも、顔は普通だ……。


 顔を触ってみても、別段変なところは無い。


 しかし、一か所だけ触っても分からないところがある。


「目……?」


 目元に触れながら、奈穂はこぼす。


 奈穂は急いで短刀を抜いて鏡代わりにして確認しようとするも、短刀を抜いたタイミングで短刀の柄を矢で射抜かれて、手から弾き飛ばされる。


「動かないで!」


 即座に矢を番えなおすエリル。その動作に無駄は無く、また一切の油断も無い。


 仲間に二度も矢を射られ、思わず茫然としてしまう奈穂。


「メリッサさん、どうする?」


 ガウルが問えば、メリッサは少し考える。


「……ひとまず、拘束しよう」


「つっても、ドラゴン、なんだろ? 殺しちまった方が良いんじゃねぇのか?」


「まだドラゴンって決まった訳でもないだろ? それに、目以外は完全に人だし……」


 ざわめく冒険者達。けれど、誰一人として気は抜かない。


 奈穂は困惑したまま、けれど自分を殺すかもしれない選択を仲間がしている事が恐ろしくて、悲しくて、自然と涙が溢れてきた。


 泣いてしまった奈穂を見て、他の冒険者達はどうしたものかといった顔をする。


 けれど、エリルは違った。少しだけ冷静に物を見れるようになっていたのだろう。だからこそ、気付いてしまった。


「ねぇ、その服……ナホの……」


 目の前の少女が着る服が奈穂の着ていた物と同じ物だという事に気付く。


 奈穂にとっては当たり前の事実だ。なにせ、自分の服を自分が着ているだけなのだから。


 けれど、事情を知らない他の者にとっては当たり前ではない。


 エリルはこれでもかと言うほど(まなじり)を吊り上げて矢を放つ。


「……たっ!」


 矢は奈穂の肩を射抜き、その服を血で滲ませる。


「その服! ナホのよ! 貴女、ナホに何をしたの!?」


「な、なにも、してない……」


 だって、僕が奈穂だから。そう続けようとしたその時、上空から何かが迫るのを感知する。


 エリルではなく、木々に遮られた上空を見上げる。


 木々の隙間から、黒い影が見える。


「――ッ!! 全員下がれ!!」


 その接近に気付いたメリッサが全員に退避を支持する。


 しかし、全員がそれを実行する前に、それは現れる。


『グォアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


 まるで世界が揺らぐような咆哮。


 そんな咆哮とともに現れたのは、人類の怨敵、最強の種族、世界の支配者――すなわち、龍種(ドラゴン)であった。


 黒い(うろこ)、大きな鉤爪(かぎづめ)、凶悪な牙、一振りで暴風を巻き起こす翼。穴で見た白龍よりも大きな黒龍が唐突に大地に降りる。


 メリッサは即座に戦闘態勢に入る。他の者も、奈穂を見た以上に警戒をし、戦闘態勢に入る。


 黒龍の後に続き、飛竜(ワイバーン)が喚き声を上げながら降りてくる。


 しかし、飛竜はメリッサ達ではなく、何故か奈穂の方へとやって来る。それも、一頭や二頭ではなく、全ての飛竜が奈穂の方へと向かってくるのだ。


 龍種は敵。その認識があったからこそ、奈穂は即座にその場から逃げ出す。


「あ、待ちなさい!!」


 逃げる奈穂をエリルが呼び止めるけれど、奈穂はそれに応じる事無く走る。今の皆には奈穂の言葉は通じない。現に、エリルは頭に血が上って奈穂の言葉に耳を貸してはくれなかった。それどころか、奈穂に矢を射ってきた始末だ。


 話し合いは出来ない。最悪、殺されてしまうかもしれない。


 奈穂は死にたくはないし、仲間に殺されたいとも思わない。だから、奈穂は走る。


 それに、奈穂は今飛竜に襲われている。仲間に殺されるのも嫌だけれど、飛竜に無惨に食い殺されるのも嫌なのだ。


 必死に山の中を走る。


 飛竜は木々が邪魔なのか、木々の上から奈穂を追ってくる。


 どこまでも追ってくる飛竜に恐怖しながら、奈穂はどこに逃げるべきなのかを必死に考える。


 けれど、考えながら走っていたからだろうか。この山の地理に詳しいにも関わらず、奈穂はそれの存在をすっかりと失念してしまっていた。


「――っ!?」


 急に開ける木々。そして、そこで地面が途切れる。奈穂は急には止まれず、空中に身を投げてしまう。


 数十メートル下には川が流れている。段々と迫る水面を目に映したのを最後に、奈穂の意識はブラックアウトする。


 奈穂が川に落ちた水音だけが響いた。





「だぁっ、くそっ! ちっとも強ぇ奴いねぇじゃねぇか!」


 槍を乱暴に振り回し、一人の青年がどかりと己が殺めた魔物の屍の上に座る。


 俗に、地竜と呼ばれる魔物。龍種に分類されるけれど、知性は動物並みなのでそこまで強くはない。それでも、並みの冒険者であれば数人がかりでやっとこさ倒せるほどの強さにはなるけれど。


 青年はつまらなそうに地竜の上に座り、周囲に倒れる地竜を眺める。


「どこ行ってもドラゴンドラゴンドラゴンドラゴン……しかも下っ端ドラゴンばっかしときた。けっ、つまんね」


 青年は悪態をつきながら、ごろんと地竜の上で寝転がる。


 龍は強いけれど、竜はそこまで強くは無い。常人でも倒せるし、数が居れば討伐は可能だ。


 しかし、龍は違う。龍は、殆どの者が個で対抗できる戦力の埒外(らちがい)にいる。


 人類でもその龍に対抗できる者は百もいない。そして、その刃が龍王に届くものはほんの一握りしかいない。


 そんな龍と、自分も戦ってみたい。いや、龍じゃなくても良い。最高に強い奴らと戦いたい。その一念のみで、青年は旅をしている。


 いかれている、なんて言葉は青年は何度も言われてきた。親にも、友人にも、見知らぬ者にも言われた。


 ただ、青年にとっては有象無象の言葉など聞くに値しなかった。青年は強かった。強いからこそ、より強い相手を求めた。ただ、それだけの事なのだ。強者に生まれたゆえの、当たり前の欲求があるだけなのだ。


 強い者と戦いたい。力を持たない者には決して分からないこの欲求。だからこそ、青年は有象無象の言葉に聞く耳を持たず、強者を求めて一人で旅をしているのだ。


 しかし、旅を続けてもう一年になるけれど、巡り合わせが悪いのか、一向に強者に邂逅(かいこう)する事が無い。


 青年の予定では、命を削りあう死闘を繰り広げ、負けを知り、勝ちを知り、屈辱を知り、恍惚を知っている頃合いだった。けれど、結果は日々生きるために雑魚をちまちま殺す日々。これでは旅を続ける意味が無い。


 どこかに強い相手でもいないだろうかと思うも、龍の情報は無し。人間でいう強者である、滅龍者や、滅龍十二使徒(アポストル)は私闘が御法度(ごはっと)のため、戦う事が出来ない。


 一度滅龍者に喧嘩を吹っかけてみた事があるけれど、見事に無視されてしまった。滅龍十二使徒は滅多に会えないしで、強者と戦う機会がまったくない。


 これでは何のために一人で旅をしているのかが分からない。


 こちらから出向かずに、待ってみるのも手か。それともまだ別の国々を放浪するか。


「って、やべ。もうこんな時間か」


 今後の方針を考えているうちに、日が落ち始めてくる。


 今日は野宿をしようと思っていたから街に行く必要は無いけれど、野宿するための場所を確保していなかった。


「チッ、面倒くせ……」


 舌打ちをしながら起き上がり、地竜の上から降りる。


 ひとまず血で汚れた身体を洗いたい。確か近くに川があったはずだと思い、川の方へと歩き出す。


 今日は雨が降る様子も無いし、川沿いで野宿をするでも良いだろう。


 川に行けば魚もあるだろうし、最悪この地竜を食うのでも良い。


「……一応持ってっとくか」


 地竜の足を切り落とし、肩に担ぐ。


 地竜は焼いて塩をかければ何とか食べられるけれど、お世辞にも美味とは言えない。が、食べられない事もないために、干し肉にして非常食にしたりする。味がよろしくないため、干し肉の味付けが濃すぎるのが難点だけれど。


 川までたどり着き、まずは手と顔を洗って、付着した血を落とす。


 さて服を脱いで身体を洗おうと思ったその時、岩陰に何かがいる事に気付く。


 青年は即座に思考を切り替え、自身の得物を握りなおす。


 得物を構え、青年は岩陰を覗き込む。


「……んだ、こいつ」


 青年の警戒とは裏腹に、岩陰に居たのは魔物でも青年を狙う刺客でもなく、意識を失った一人の少女であった。


 青年は少女の頭を得物の石突(いしづき)でこんこんと突く。そうすれば、少女はううっと弱弱しく呻く。


 呻くという事は、生きているという事だ。


 一瞬、面倒だなと思いそのまま放置しようと考える。けれど、遠くの方から飛竜の鳴き声が聞こえてきたため、青年は溜息一つ吐いてから少女を担ぎ上げて木陰に運び出す。


 飛竜がいると分かっていて放置するのも罪悪感があるし、何より年端もいかない少女を見捨てる事には多少なりとも抵抗がある。しばらくすれば少女は起きるだろうけれど、起きる前に飛竜に食われて殺されたのではかわいそうだ。


 一応、空から見られないように奥まったところに少女を降ろし、濡れた服を乾かすために火が必要なので、(まき)を拾いに行った。


 手早く火を起こし、少女を焚火(たきび)の傍に寝かせる。


 そこで改めて少女の顔を見るけれど、少女の顔は驚くほどに美しかった。


 きめ細やかな白い肌。まるで絹のような手触りの白髪に、均整の取れた美しい顔立ち。もう少し成熟すれば、傾国の美女と呼ばれても不思議ではないと思う。


「どっかの姫さんか? けど、服装はそこらの冒険者みたいだしなぁ……」


 顔はとてつもなく綺麗なのに、服装はそこら辺の冒険者が着ていそうな安っぽい服だ。どうにも、ちぐはぐだ。


「ま、本人に聞いてみれば良いか」


 教えてくれるとも思えないけれど。


 ひとまず少女を寝かせたままにして、青年は川で水浴びをする。一応、近くには自身の得物を置いておく。


 そうして身体を洗い終わる頃にはすっかり日も暮れていた。


 魚を獲る事が出来なかったので、仕方なしに持ってきた地竜の足を焼いて食べる事にする。


 地竜は最大で全長四メートルを超える事があるけれど、青年が持ってきた地竜は二メートル程度であった。それでも、二メートルもある地竜の足なので、かなり大きいけれど。


 味は悪いけれど量があるので腹は膨れる。塩もあるし、なんとかなるだろうと思いながら、皮を剥いで簡易的な肉焼き器を作って肉を焼く。


 しばらくそうして肉を焼いていると、寝かせていた少女が身動ぎをする。


 そして、目が覚めたのかゆっくりと目を開ける。


 少女の瞳を見て、青年は驚愕する。


 右目が金色をしており、左目が銀色をしているのだ。それだけでも驚くに値するけれど、青年が驚愕した理由はそれだけではない。


 少女の瞳の瞳孔が縦に割れているのだ。その目はまるで蜥蜴(とかげ)のようで、もっと言ってしまえば――


「ドラゴン……」


 青年が思わずそう漏らせば、少女はびくりと身を震わせてから青年を見た。


 金銀の瞳が、不安げに青年に向けられた。


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