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012 六属ノ龍王

 冒険者ギルドを後にして、三人は街の近場にある平原へと向かう。本当は森に向かおうとしたのだけれど、初心者が槍を振るには広いスペースがあった方が良いとアルクが判断した結果、平原で練習をする事になったのだ。


「まず姫さん、槍の利点ってなんだと思う?」


 街から離れ、周囲に誰も居ない事を確認してからアルクは尋ねる。


「リーチが長い事?」


「そうだ。槍は近接武器の中で一番リーチが長い。じゃあ逆に、欠点は?」


「懐に入られると弱い事?」


「よしよし、利点と欠点はちゃんと理解してるみたいだな」


「一応ね」


 ナホがまだ奈穂であった頃、冒険者仲間に槍の使い方や弱点など一通りは教わっている。


「槍に限った事じゃないが、接近戦で戦う戦士ってのは自分の間合いを気にして戦う。んで、相手といかに自分の間合いで戦うかが肝になってくるわけだ。だからまず、姫さんは自分の使う槍の間合いを憶えろ」


「槍の間合い……」


 ぶんぶんととりあえず短槍を振ってみるナホ。


 槍を振るナホをオプスが冷や冷やした面持ちで眺める。


「最初は槍の間合いと基本的な型を憶える事から始める。姫さんはとりあえず槍の間合いを憶えるために槍振っとけ。その内身体になじむようになる」


「うん、分かった」


 ぶんぶんと槍を振り回すナホ。けれど、槍を握るのは初めてなので、どうにも槍に振り回されてしまう。


「おい貴様、こんなやり方で本当に良いのか?」


「良いかどうかは分かんねぇけど、少なくとも俺はこう教わった」


「なるほど、貴様の師の代からおかしかったのだな……」


 呆れたような顔をするオプスに、しかしアルクは何も言わない。思い返せば師であるオウカはいつだっておかしかったからだ。本人は陽気なだけだと言っていたけれど、村の大半はおかしいと思っていたに違いない。


「まぁ、けど、型を教える時はまともだったな。重心が高いとか、脚が開きすぎてるとか、やけに具体的に教えてくれたし」


 懐かしそうに、オウカに槍を教わっていた時の事を思い返すアルク。


「貴様の師のように、貴様は姫様に教授する事が出来るのか? 貴様を見ているといささか不安になる」


「うるせぇ。まぁ、先生に出来たんだから、俺にも出来んだろ」


「人に教わるのと人に教えるのとでは勝手が違うのだぞ? 本当に大丈夫か?」


「大丈夫だろ。無理そうならいったん故郷に帰って先生に教えてもらうのも手だしな」


 中位龍との戦いで隻腕になってしまったけれど、それでも槍を教えるくらいは出来るだろう。


 それに、村を出て二年になる。そろそろ、里帰りをしてもいい頃合いかもしれない。オウカはアルクが中位龍を倒せることを知らないし、上位龍を倒した事だって知らない。帰って師匠に報告するのも弟子の務めだろう。


 そこまで考えて、アルクはオプスが出会った時に言った言葉を思い出す。


「なぁ、お前最初に姫さんに帰りましょうって言ってたよな?」


「ああ、言ったな」


「っつう事は、お前には行き先があるって事だろ? どこに行くつもりだったんだ?」


「姫様の産まれ故郷だ。が、姫様がこの状態では、正直連れて行くのが正解なのかは分からない」


 ナホは白龍アナスタシアの魂を宿した存在ではあるけれど、白龍アナスタシアその者ではない。アナスタシアの母がナホを見て、どういう反応をし、どういう行動を起こすのかが把握できない以上、アナスタシアの故郷に連れて行くのは危険だ。


「確かにな」


 今は龍となったナホではあるけれど、元は人間。人間が龍の敵として対立している以上、元人間であるナホが龍の棲み処に向かうのはあまりよろしくは無いだろう。それに、ナホにはアルクも着いて行く。それがナホからの依頼だからだ。


「そもそも、姫さんは本当に龍なのか? 俺が出会った時、姫さんは自分の事を人間だって言ってたが……」


「分からぬ。龍の力が発現したのであれば、龍の力を持っている事に他ならないのだが……あいにくと私は姫様の龍の時の姿を見ていない。今の私には判断が出来ぬな」


「分かんねぇ事だらけだな、こん人はよぉ」


 どうしたものかと、槍を振るうナホを眺める。


 当のナホは、呑気では無いけれど、二人の気も知らずに一生懸命に槍を振っているだけであった。


 それをアルクとオプスはじっと見守り、周囲をたまたま通った冒険者達は冷や冷やしながら見守った。



 〇 〇 〇



 灼熱が支配する業火の城。陽炎(かげろう)揺らめく王座の間にて、一人の男が玉座に座る。


「それで? 経過の程はどうだ、アハシュ?」


 玉座に座り、自らに傅くアハシュに問いかける獄炎ノ龍王。


 龍王はただ普通に問いかけているだけなのに、アハシュの額には汗が滲んでいる。この部屋が熱いからではない。この部屋の温度など火属性であるアハシュには通常の気温とそう変わらない。


 アハシュが冷や汗を流しているのは、自分が龍王の期待に添えられなかったからだ。


 一番鼻の良い者を龍姫の捜索に向かわせたは良いものの、その者は消息を絶ち、龍姫の匂いも炎に焼かれて分からぬ始末。自身の差配が悪かったのか、それとも予期せぬ事態が起きたのか……いや、どちらにしてもそれを予見できなかった自分の責任。言い逃れは出来ない。


「も、申し訳ございません。取り逃がし、行方知れずとなりました……」


「ふむ、そうか」


 正直なアハシュの報告に、しかし龍王は大した反応を見せる事もなくただ分かったと頷く。


 その事に、アハシュは肩透かしを食らった気分になる。叱責か怒号は覚悟していた。最悪殺されても文句は言えないと理解していた。


 けれど、結果はどうだ。常通りの不敵な笑みを浮かべたままなのだ。


 何か良い事でもあったのか。それとも単に今は気分が良いだけなのか。


 アハシュは困惑しながらも報告を続ける。


「今後は消息を絶った地点から捜索区域を広げ、人海戦術とはなりますが、下位龍を多数導入して捜索を行います」


「人海戦術か。我は好かんが、まぁ良いか」


「陛下がお気に召さぬようでしたら、精鋭を集めて捜索いたします」


「いや、良い。貴様の判断に任せるぞアハシュ。貴様には貴様の方針があるのだろう? それを我が(つつ)いていらぬ手間がかかるのも面倒だ」


「はっ! では、多数を持って捜索にあたります」


「うむ、期待しているぞ、アハシュ。では行け」


「はっ! それでは、失礼いたします」


 美しく一礼をし、アハシュは玉座の間を後にする。


 玉座の間を後にすれば、肩から力が抜けたのか、自然と深く息を吐いてしまう。


 自身の失態を咎められなかった事を喜んでいる訳では無いけれど、なにも言われないとなるとそれはそれで後が怖い。


 我が陛下に何があったのだろうかと思案しながら城内を歩いていると、正面から顔見知りがこちらに向かって歩いてくるのが見える。


 向こうもこちらに気付いたのか、ニヤァっと人の悪い笑みを浮かべる。


「あらぁ、アハシュじゃなぁい。任務失敗したんだってぇ?」


「黙れギバラ」


「やぁん、怖ぁい。お姉さん、アハシュをそんな風に育てた憶えは無いわよぉ?」


「貴様に育てられた憶えも無い」


「やだわぁ、昔は一緒に追いかけっことかしたじゃなぁい」


「貴様が私を見付けたら問答無用で追いかけてきただけだろうが!!」


 ギバラの言葉で苦い記憶がよみがえる。


 アハシュとギバラは幼少期はご近所さんだった。そのため、事あるごとにアハシュとギバラは一緒に行動させられ、几帳面なアハシュは奔放なギバラの行動にいつも困らされていたのだ。


 正直に言うとアハシュはギバラが苦手だ。嫌いではないけれど、苦手なのだ。


「そんな事よりも、どうしたのぉ? 浮かない顔してるわよぉ?」


「貴様には関係のない事だ。私は公務があるのでもう行く。ではな」


「ねぇねぇ、どうしたのぉ? なにかあったのぉ?」


「で・は・な!!」


 無理矢理話を終わらせ、アハシュは足音荒くギバラの元から去って行った。


「もう、可愛くなぁい」


 話をしてくれないアハシュを頬を膨らませて見送あった後、ギバラは自分が行こうとしていた場所へと向かう。


 そこは、アハシュが先程出てきた部屋、玉座の間であった。


 玉座の間の扉を守る二体の龍にギバラはにこっと微笑みかける。


「どうもぉ。陛下からお呼びがかかってるからぁ、開けて貰っても良いかしらぁ?」


「ああ」


 片方が答え、巨大な門を片手で開ける。二人とも人の形をとってはいるけれど、その膂力は龍の時と変わらない。


「ありがとぉ」


 お礼を言って、ギバラは玉座の間に入る。


 龍王の玉座にほど近い場所まで行き、傅いて頭を垂れるギバラ。


「ただいま戻りました、陛下」


「よくぞ戻ったなギバラ。して、どうであった?」


「大地ノ龍王は静観を決め込むそうですぅ。燦爛(さんらん)ノ龍王は捜索をし、燦爛ノ龍王と仲の良い颶風(ぐふう)ノ龍王は燦爛ノ龍王と協力して捜索をするそうですぅ」


 すらすらと他の龍王の情報を述べるギバラ。ギバラは龍王の命で他の龍王の動向を探っていたのだ。


 とはいえ、大地ノ龍王、燦爛ノ龍王、颶風ノ龍王には獄炎ノ龍王の大使として直接聞きに行った。以上三名の龍王は穏健で、比較的対話の席に着いてくれるためだ。


「ふむ。此処までは(おおよ)そ予想通りだな。問題は、水と闇か……」


「はい。水明(すいめい)ノ龍王と暗夜(あんや)ノ龍王は、やはりアレ(・・)を狙って捜索をしている様子ですぅ」


「ほう……白龍亡き今、アレが使えるとも限らぬのにな。ご苦労な事だ」


 至極どうでも良さそうに言う龍王。


「陛下はアレを手中に収めるつもりは無いのですかぁ?」


「ある訳無かろう。そも、あれは白龍しか使えぬ。白龍が譲渡するならまだしも、白龍を利用しての使用など出来ぬよ。そんなものに価値は無い」


「まぁ、そうですがぁ……」


 それでも、白龍が譲渡してしまえばアレはその者の手に渡ってしまう。白龍だから(・・・・・)こそ(・・)良からぬ事には使っていないのだけで、それ以外の者の手に渡ってしまえばそれこそ世界が終わらせる事だって可能だ。


 そうなってしまえば、いくら龍王と言えども……。


 そんな心配が顔に出ていたのか、龍王はふっと一つ笑って言う。


「まぁ、案ずるな。誰よりも先にこの我が白龍を捉えれば良い事だ」


「はっ! この命に代えても捜し出し、陛下の御前(ごぜん)にお連れしますぅ!」


「ああ、期待しているぞギバラ」


「ありがたきお言葉にございますぅ!」


「では、貴様もアハシュと共に白龍捜索に向かえ。情報収集は他の者に任せる」


「かしこまりましたぁ」


「では行け。アハシュは先程行ってしまったが……まぁ、貴様なら匂いで分かるだろう」


「はい。それでは、失礼いたしますぅ」


「ああ。っと、そう言えば褒美がまだだったな。何が良い? なんでも申せ」


 気軽に、褒美は何が良いと言う龍王に、咄嗟の事に面食らってしまうギバラ。


「そ、そんな恐れ多いですぅ! 私は陛下に仕えられるだけでもう幸せなんですぅ!」


「はははっ、貴様等幼馴染は同じことを言うのだな。では、アハシュと同じく、貴様の課題としよう。精々頭を悩ませ」


「は、はいぃ!」


 ぺこりとお辞儀をしてから、ギバラはわちゃわちゃと慌てながら玉座の間を後にする。その慌てようにくくくっと楽し気に笑う龍王。


「ご機嫌だね。何か良い事でもあったのかい?」


 そんな龍王に、いつの間にか玉座の間に現れていた男が尋ねる。


 いつの間にかと言っても、龍王はその男の存在に気付いていた。ギバラは気付いていなかったようだけれど。


 特に驚いた様子も、怒った様子も無く、龍王は笑みを浮かべて返す。


「ああ。白龍に仕向けていた上位龍。あれは成りたてではあるが、相当な強者だ。それを倒せる者が白龍の傍に居るのだ。心躍らぬ方がおかしかろう」


「消息を絶っただけで、死んだとは限らないんじゃないかな?」


「いや、息絶えておるだろうよ。アハシュであればその者の匂いは追えるだろう。それが追えぬと言うのであれば、死んで何らかの方法で消されたと考えるのが自然だろう」


「なるほどね。けれど、そうなれば白龍争奪戦は乱戦になるだろうね。競争相手は龍王だけでは無いしね」


「そうだな。だが、勝つのは我だ。貴様にも力を振るってもらうぞ、アストラル」


「やれやれ、私はお客さんなんだがね……」


 人使いが荒いと首を振る男――アストラル。


「まぁ良いさ。一宿一飯の恩義は返すとしよう」


「何百年もいてよく言うな」


「ははは。こうも引き籠っていたら日付の感覚が無くなってしまうものだよ」


 呆れ顔をする龍王に、アストラルは軽快に笑う。


「さて、それじゃあ私ももう行くとしよう。いやぁ、久しぶりの外だなぁ」


「貴様はもう少し散歩でもした方が良いぞ」


「しているとも。そうそう、城の模様替えをした方が良いと私は思うな。あれじゃあ歩いていて飽きてしまう」


「城は貴様の散歩コースではない。良いからさっさと行け」


「はいはい。久しぶりの太陽の光だ。私溶けちゃうんじゃないか?」


 はははと笑いながら玉座の間を後にするアストラル。


 そんなアストラルに聞こえるとは思わないけれどぼそっと龍王は漏らす。


「今は夜だ馬鹿め」


 玉座の間の外から知ってるとも~と間延びした声が聞こえてきて、龍王は一つ溜息を吐いた。


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