011 防魔の結界
感想などありがとうございます。
この間頂いた感想に、この小説を多くの人に読んでほしいという、僕の気持ちを代弁してくれたようなものがありました。
そういう方は、僕はツイッターなどで更新報告をしているので、それをリツイートしてくれたりすると嬉しいです。
後、絶大な効果を誇るのがレビューです。そして、僕が貰って嬉しいのは感想です。好きの二文字を送ってくだされば私もってハート付きで返します。嘘です。
ナホが唐突に何かに弾かれたにも関わらず、アルクの思考は冷静だった。
冷静に、かつ即座にナホの身体を抱きかかえ、右手に持った槍で技を繰り出す。
――クレナイ流槍術、五の技、琉炎継槍。
炎に包まれた槍で、オプスの闇を纏った手を受け止める。
炎と闇が衝突し、衝撃波が広がる。
左手でナホを抱きかかえながら、片手でオプスの攻撃を凌ぐのは、さしものアルクと言えども難儀なものだった。
オプスはあの紅蓮の龍よりも格上だ。そして、自分よりも……。
そんな相手の本気の攻撃を片手で凌ぐのは容易ではない。
「馬鹿っ、野郎……!! ちったぁ落ち着け!!」
「ああ、落ち着くさ。姫様に害成す、この愚か者どもを殺した後でな」
「だから落ち着けってんだ!! こいつらだって何が何だか分かんねぇ顔してんだろ!!」
「だからなんだ? 姫様が傷付けられたという事実は変わらない。こいつらは殺す」
完全に頭に血が上ってしまっているオプスに、アルクは盛大に舌打ちをする。
ナホに関しては中々に節操が無いと思っていたけれど、これほどまでとは思わなかった。
「う、うぅ……」
オプスをどう止めるか考えていると、腕の中でナホが呻き声を上げながら意識を取り戻す。弾かれた衝撃で少しの間だけ気を失っていたけれど、そう強い衝撃でも無かったためにすぐに意識を取り戻せた。
「……あれ? なにしてるのアルク?」
「姫さん! 起き抜け早々悪ぃがこいつ止めてくれ!!」
「え?」
そこで、ナホはアルクが視線を向ける先を見る。そこには、右手に魔力を収束した状態のオプスが居た。
「オプス……?」
「こいつさっきので完全にキレちまってんだよ! 姫さんがどうにか止めてくれ!」
ナホの言葉であればオプスは止まるだろうと踏んでのアルクの言葉。その方が自分が止めるよりも確実だし、何より被害が広がらずにすむから。
ナホも、ようやっと今の状況を飲み込み、自分が気絶する前に何があったのかを思い出したのか、慌てた様子でオプスに言葉をかける。
「お、オプス! やめて!」
「姫様、ご安心ください。私がきっちりと奴らの息の根を止めてみせます」
「止めちゃ駄目!! 言う事聞かないと僕もオプスの言う事聞かないから!!」
「いや、姫さんその止め方はどうなんだ?」
効果があるようには思えないナホの言葉に、しかし――
「ぐっ……それでは姫様がお勉強をしてくださらなくなってしまう……」
――思いのほか、オプスには効果抜群のようだった。
「テーブルマナーだって守らないよ! もう手で食べちゃうんだから!」
「そ、それは駄目です! お行儀がよろしくありません!」
「食べ歩きだってするよ! もうぼろぼろ食べカスこぼすし!」
「いけません姫様! 淑女たるもの、食べ歩きなど厳禁です!」
「じゃあ攻撃するのを止めて! ステイ、オプス!」
「くっ……姫様の今後の教育のため、か……!!」
心底口惜しそうにしながら、オプスは矛を収める。矛を収めた理由がなんともまぁ間抜けな内容だけれど、アルクにとっては此処で事を構えずに済んでほっとしている。
アルクも槍を降ろし、アルクの腕に抱かれたままだったナホも一人で立ち上がる。しかし、少しよろけてしまい、またすぐにアルクに支えられる。
「……それで、先程のはどういうつもりだ、貴様等?」
攻撃は止めたけれど、言及を止める事は無い。切れ長の美しい目を細めて『クルドの一矢』を睨みつける。
「……す、すまない。防魔の結界を解いていなかったようだ」
防魔の結界とは、魔術師が使う防御系の魔術の一つだ。魔を弾く効果を持っているので、龍であれ魔物であれ、更には人間であれども魔を含む者は弾かれてしまう。
「姫さんはこの間龍の攻撃で怪我を負ったばかりだ。そん時の魔素が残ってたのかもな」
防魔の結界と聞いて、アルクが即座にそれらしいことを言って誤魔化す。白龍アナスタシアは聖龍と呼ばれてはいたけれど、その性質は魔だ。アナスタシアの魂の混じっているナホも同じ性質であっても不思議はない。
「そ、そうだったのか。本当に、申し訳ない……」
申し訳なさそうな顔をして、ビビが頭を下げる。
防魔の結界は殆ど魔物にしか効果を発揮する機会が無いために、ビビ程の実力を持った魔術師になると、常時発動している事が多い。消費魔力よりも、魔力の回復量の方が多いから利便性が高いのだ。
けれど、魔をなんであれ弾いてしまうという欠点があるために、魔の宿った武器や、アルクの言った魔素が傷口にまとわりついている状態であったりすれば、それも弾かれてしまう。
ビビは自身の体表とほとんど変わらない面積でその結界を張っているため、そうそうそんな事故は起こらないのだけれど、今回ばかりは事情が違った。
「あの、事故ですし気にしないでください」
と言いつつ、ナホはアルクの傍を離れない。ナホも防魔の結界の事は知っていたので、龍である自分が反応してしまったと分かっているのだ。龍である事がバレてしまうのが恐ろしく、ナホはアルクの傍に立つ。
アルクも、大げさにならない程度にナホを守るように立つ。
「ケーキ、だけじゃ足りないな……そうだ。服などどうだろう? なんでも好きな服を買わせていただけないだろうか?」
いたいけな少女を傷つけてしまった事が悔やまれるのだろう。柳眉を下げて、申し訳なさそうにナホを見るビビ。
「い、いえ、服をいただくのは申し訳ないです」
「遠慮しないで良い。私の過失なのだから。今は、この街から離れられないから、この街のお店限定にはなってしまうけれど」
「本当に、大丈夫ですから!」
「しかし……」
「くどい! 姫様が良いと言っているのだ! 貴様は黙って引き下がれ!」
食い下がるビビに、オプスが睨みつけながら高圧的に言い放つ。
アルクが呆れながら槍をくるりと回し、石突でオプスの頭を叩く。
「いだっ!? 貴様、何をするか!」
「落ち着け阿保んだら。んな言い方あるか。悪ぃな、こいつちょっとアレなんだわ」
「貴様、アレとはなんだアレとは!!」
噛み付いてくるオプスを無視し、アルクはビビに向き直る。
「姫さんもちっとびっくりしてるみてぇだからよ、その話はまた今度にしてくれ」
「そう、だね……」
怯えた様子のナホを見て、ビビは頷く。
「本当に、重ね重ねすまなかった。お詫びはまた後日」
「ああ。ほれ、行くぞ姫さん」
「う、うん」
「待たんか貴様! 思い切り叩いたな! たんこぶが出来ているぞ!! たんこぶだぞたんこぶ!」
「うるっせぇなぁ。てめぇの頭が倍に腫れねぇ限りどうってことねぇだろうがよ」
「それが人の頭を叩いた奴の態度か!? 少しは申し訳なさそうにだな!」
「オプス、目立ってるからちょっと静かにしよう?」
「はい、姫様。申し訳ございません」
「お前のその切り替えの早さ気持ち悪ぃんだが」
わいのわいのと騒ぎながら、三人は冒険者ギルドを後にする。
それを見送った後、ビビは近くにあった椅子にどかりと座り込み、顔を両手で覆って深い溜息を吐く。
「やってしまった……あの少女、とても怖がっていた……」
「あれは仕方ないと思うけど」
落ち込むビビに、剣と盾を持つ少年――クレトが声をかける。
「さすがに、傷に残った魔素なんて気付けないだろうし……セローニャは気付いた?」
「ううん、全然。ビビが気付けないのをアタシが気付ける訳無いし」
「カタリナは何か気付いた?」
「否。拙者は何も」
頭巾付きの外套で身体をすっぽりと覆った人物――カタリナも首を振る。仮面をつけており、声音も男か女か分からないような高さなので、カタリナは『クルドの一矢』一の謎だと言われているのは余談である。
ともあれ、魔術的感知に優れているビビとセローニャ、観察に優れるカタリナが何も分からなかったというのであれば、仕方のない事故ではあるのだろう。
「ううっ……あんないたいけな少女を怖がらせてしまうなんて……」
「だから、仕方ないでしょ? ほら、今度目一杯お詫びすれば良いじゃない。約束だってしたんだし」
「そ、そうだな。今度、一杯お洋服買ってあげて、一杯着飾って上げれば良いのだよな?」
「いや、一杯着飾る必要は無いと思うけど……」
「何を言う! 可愛い少女は着飾ってしかるべきだろう!」
「しからぬ。程々にせよ。また怯えさせるつもりか」
「むぅ……はぁい……」
カタリナに窘められ、頬を膨らませながらも頷くビビ。
ビビは『クルドの一矢』で一番年上だけれど、可愛いものには目が無く、時折子供っぽい仕草をする事がある。普段は大人っぽい言動なので、そのギャップが激しく、初めて見た者は結構混乱する事がある。
「さて、とりあえず報告を済まそうか」
「そうだね。リディアスがナンパなんてするから、時間かかっちゃった」
「だから、ナンパじゃないって言ってるだろ!」
「でも、あの子可愛かったよね? 肌も髪もすっごい綺麗だし」
「ええ。目元までじっくり見たいくらいには可愛かったと思う」
「ビビ言い方が怖いよ」
可愛いものに目が無いのは良いのだけれど、見境くらいは付けてほしい。普段は頼りになるお姉さんなんだけれど、たまに御しきれない程に暴走するから困る。
「……」
四人が楽しそうに会話をする間、カタリナは一人先程であった白い少女について考える。
あの少女は確かに目隠しをしていた。けれど、何処に何があるのかは分かっているような動作をしていた。
カタリナの手を握る時もそうだし、一緒にいた赤髪の青年との距離感もそうだ。
それに、抱きかかえられている時に声を発していなかった黒髪の青年の居場所がすぐに分かったのもそうだ。
あの少女は、確実に何処に何があるのか把握していた。
音や匂いで分かるといった次元を超えるほどの認識能力を持っていた。
「もしや……」
「どうしたのカタリナ? 早く行こうよ」
「……ああ」
クレトに呼ばれ、カタリナは思考を中断して四人の元へ向かう。
もしや、世界視の持ち主か……?
一羽の鳥が空を飛ぶ。小さな翼を羽ばたかせ、とある宿屋の窓枠に止まる。
「お疲れ様。ありがとうね」
その鳥を、世界に十二人しかいない至高の滅龍者である滅龍十二使徒の十二席を預かる青年――ノイン・キリシュ・ハーマインは自身の指に乗せる。
「それで、どうだった?」
ノインが鳥に尋ねれば、鳥はぱくぱくと嘴を動かす。
『別段怪しい様子は無い。が、一つ気になる事が起きた』
鳥の口から声が聞こえてくる事に、ノインは驚かない。第三者が見たのであれば驚くであろうけれど、ノインには慣れっこだ。
「気になる事?」
『ああ。防魔の結界が白の少女に対して発動した。赤毛の男は龍にやられた傷に魔素が残っていたと言っていたがな』
「へぇ、防魔の結界が……」
確かに、それは少し気になる事だ。
さらさらと、紙に文字を書いていくノイン。
書きたいことを書ききると、ノインは紙を綺麗に折りたたんでから、傍らで控えていた大型の鳥の首元についている金属製の篭の中に丁寧に仕舞う。落ちないようにきちんと蓋をしてから、鍵を閉める。この錠は滅龍十二使徒と大司教、司教クラスの者のみが所持している鍵でのみ開ける事が可能だ。だから、ここでノインが鍵を閉めてしまっても問題ない。
「これを第一席のところへ持って行っておくれ」
ノインの言葉に、大型の鳥は一つ鳴いてから大空へと飛び立つ。
『良いのか? 大司教に直接届けなくて』
「私の思い過ごしならそれに越した事は無いからね。それに、第一席は大司教様と同等の権限を持つ。その上、私の直属の上司は第一席だ。第一席に渡したところで問題無いよ」
それに、そんな事で怒るような狭量ではない。と、思いたい。
大司教とはそんなに話した事が無いので、大司教がどういった人物なのかあまり想像がつかない。何を考えているのか分からないような表情をしているのでなおさらだ。
『そうか。それで、私はどうする?』
「君はこのまま彼らを見守ってあげてくれ」
『分かった』
一つ返事をすると、鳥は窓から飛び立っていく。
「さて、私の杞憂であれば良いのだけれどね」
あの日、あの時から、ノインはあの白の少女――ナホの事がどうにも気にかかるのだ。
ナホがノインに怯えている様子を見せたのもそうだけれど、滅龍十二使徒として培った直感がナホには何かがあると告げている。
それに、あの二人の匂いだ。
「こういう時、鼻が利かないのが悔やまれるね」
苦笑しながら、ノインは椅子から立ち上がり、外套を羽織る。その背には、大きく『XII』の文字が刺繍されている。
「さて、私もお仕事を済ませるとしようか」




