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010 クルドの一矢

感想などなど、モチベにつながるのでありがたいです。

 ギルドの扉を開けて入ってきたのは、一組の冒険者の一党(パーティー)であった。


 その一党(パーティー)を見て、周囲の冒険者達が(ざわ)めく。


「おい、あれ『クルドの一矢』だぞ」


「本当だ。あれだろ? 上位に限りなく近い中位龍倒したっつう」


「え、マジで!? っつう事は……」


「ああ。上位二等の一党(パーティー)だ」


 ざわざわと、一党(パーティー)『クルドの一矢』について話を始める。


 その話を聞きながら、ナホはへぇ凄いんだなぁと思う。けれど、自分の隣に彼等よりも凄い人物がいるために、その関心は薄い。


 上位二等と言えば、普通に生きていてなかなか会える者達では無いのだけれど、それよりも凄い者が隣にいるし、その前に世界に十二人しかいない滅龍十二使徒(アポストル)にも会ってしまっているので、いまいちインパクトに欠ける。


「クルドの一矢、ねぇ……」


 しかし、アルクは思うところがあるのか、彼らのパーティー名をぼそりと呟いた。


「何か気になるの?」


「いや? 名に恥じねぇパーティー名だと思ってよ」


 どうやら、パーティー名にはなにがしかの由来があるらしい。この世界の事に疎いナホは、クルドの一矢がどういう意味だかまるで分からない。


「クルドの一矢ってどういう意味なの?」


「クルドの一矢っつうのは、数百年前くらいの英雄の放った矢の事だ。邪龍アルガギアスと戦ったクルドっつう一人の兵士が、最後に邪龍の眉間に打ち込んだのが精霊と神霊の加護が宿った特別な一矢だったんだよ。龍に対する切り札っつう意味合いとして使われる事が多いな」


「へぇ、そうなんだ」


「だから、名に恥じない功績を収めてるなと思ってよ。素直に感心したんだよ」


 強者であるアルクが認めるのであれば、彼らは実力のある冒険者なのだろう。


「ま、このぐらい教養のある奴なら誰でも知ってるけどな」


「むっ、悪うございました! 教養が無くて!」


「姫さんそんな見た目してんのに、結構知識偏ってるよな」


「だって姫じゃないし……」


 それに、少し前までは普通の冒険者だったのだ。冒険者の知識なんかは憶えていても、この世界の用語などにはまだ疎いところが多い。


 ともあれ、彼等が優れた冒険者であっても、ナホにはまったく関係のない事だ。冒険者ギルド(ここ)に用が無いのであれば、さっさと出て槍の練習をするに限る。


「ほら、行くよ! 槍の練習するんだから!」


「へーへ」


「あ、あと薬草も採るよ! 後食べられそうな木の実とか!」


「あの馬鹿に拾い食いすんなって怒られんぞ?」


「そのまま食べないよ! それに、採取は拾い食いと違うでしょ!」


 茶化すアルクに文句を言いながら、二人は『クルドの一矢』とすれ違う――事は、出来なかった。


「君、ちょっと待ってく――」


「姫さんになんか用か?」


 ナホの腕を『クルドの一矢』のメンバーの一人の男が掴もうとして、その腕を逆にアルクに掴まれて遮られる。


 その事に、ナホを引き留めようとした男が面食らうも、直ぐに申し訳なさそうな顔をする。因みに、ナホは何がなんだかわかっておらず、きょとんと小首を傾げている。


「ああ、すまない。君達に害を加えるつもりは無いんだ。本当に、すまない」


「そうかよ」


 申し訳なさそうな顔をする男に気を許した訳ではないけれど、アルクはナホを自身の背後に庇いながらも男の腕を放す。


「で、姫さんになんの用だ? ナンパなら他を当たってくれ」


「ナンパ!? あんたナンパしようとしたのリディアス!」


「ちょっ、誤解だってセローニャ! 俺はただ彼女が気になっただけで」


「気になってんじゃないの! いい!? あんた最近調子に乗り過ぎよ!! 上位二等になったからってチヤホヤされてんじゃないわよ!!」


「ちょ、調子になって乗ってないだろ!」


「乗ってますぅー! 前のリディアスだったら、女の子に軽率に手を伸ばしたりしませんー!」


「確かに、軽率に婦女子に手を出そうとするのは感心しないな」


「ビビまでそんな事言う!」


 わいのわいのと二人を差し置いて楽しそうにする『クルドの一矢』に、アルクは一つ溜息を吐いてからナホの背中を軽く押して歩くように促す。


「行こうぜ姫さん。用も無いようだしな」


「うん」


「ああ、まって!」


 二人が目の前から去ろうとすると、男――リディアスは慌ててナホを引き留める。


 リディアスがナホを引き留めると、リディアスに噛みついた少女――セローニャがむすっとした顔をする。


「んだよ」


 ナホの代わりに、アルクが尋ねる。ナホはアルクの後ろからひょこっと顔を出して様子を窺う。


「ああ、いや……不躾かもしれないけど、その子、戦うのかい?」


「あ? それがお前になんの関係があんだよ」


「いや、戦うのならやめた方が良いと思って」


 そう言ったリディアスは相手を馬鹿にしているようでも、虚仮(こけ)にしている様子はなく、ただただナホを案じているようであった。


「彼女、目が見えてないんだろう? だったら、戦うのは厳しいと思うんだ」


 真面目な顔で言うリディアス。けれど、二人はまたかといった顔をする。なにせ、その質問をするのは本日で二人目なのだから。


「心配ご無用だ。じゃあな」


 しかし、アルアにはともかくとして、出会って間もない彼らにその理由を話してやる必要は無い。


 そのまま立ち去ろうとするアルク。ナホの背を押して、さっさと『クルドの一矢』から離れようとする。


「まってくれ」


 が、リディアスはアルクの肩を掴んで引き留める。


「目の見えないその子が戦う事を、俺は見過ごせない。そして、それが君が無理強いている事ならなおさらだ」


「……おいおい、一党(パーティー)の事には不干渉が冒険者の暗黙の了解じゃねぇのかよ?」


 不機嫌そうにアルクが返す。ナホが弁明をすれば良いだけなのだけれど、見えないのに見えているという事実は奇異なものだ。それだけで、ナホが目立ってしまうため、それは避けたいところだ。


「戦えない者を戦わせる事を無視できるわけが無いだろ」


「無視しろ、関わんな。不愉快だ」


「ならその子を戦わせるな。そうすれば俺は関わらない」


「だから、それはこっちの勝手だろうが。うちの事はうちで決める。お前が口出す事じゃねぇんだよ」


 ……何だろう、アルクが悪者にしか見えない。


 二人の会話を聞きながら、ナホは心中で失礼な事を考える。


 しかし、そんなに呑気に考えていられるのはナホだけでおり、彼らを見ている他の冒険者達は戦々恐々としていた。


 彼らの眼には、アルクが盲目の少女を無理矢理戦わせているように見え、それを止めようとしている勇敢な人物がリディアスという風に見えている。実際は、ナホがアルクに槍を教えてくれとねだったのだけれど、アルクの人相と態度が悪い事と、その他大勢は二人の事など知らないので、アルクが悪いように捉えられてしまう。


 実際に戦えばアルクの方が強いだろうけれど、こんなところで戦って欲しくはない。冒険者ギルドにも迷惑だし、他の人達にも迷惑だ。


 一触即発の空気に、ナホが割って入ろうとしたところで、すっと近付いて来た何者かがアルクの頭に拳を落とした。


「この馬鹿たれが」


「っで!?」


 拳骨(げんこつ)されたアルクが頭を抑えながら拳骨してきた者を睨む。


「あにすんだ荷物持ち!!」


「貴様こそ何をしているのだ。騒ぎを起こしおってからに」


 呆れたように言うのは、黒の燕尾服に身を包んだ青年――オプスであった。


「それになんだこの書置きは」


 オプスが一狩り行ってきますと書かれた紙をアルクに見せる。


「なんだ一狩りとは。それに、相手に見せる事を考えてもう少し丁寧に字を書け。内容を理解する前に解読する必要がある書置きなぞ初めてだぞ?」


「それ姫さんが書いたやつ」


「見苦しい嘘を()くな。姫様がこんなに汚い字を書くわけが無いだろう」


 蚯蚓(みみず)がのたくったような字だと、呆れたように言うオプス。それを聞いていたナホは、顔を赤くして恥ずかしそうに俯く。


 ナホはこちらに来てから文字の書き取りを練習した。言葉は通じるけれど、文字ばかりは分からなかったからだ。だから、一生懸命勉強したのだけれど、まだまだ文字を書くのは苦手だ。


「お、オプス……」


「いかがなされましたか? むっ、姫様、何やらお顔が赤いですね。まさか、まだ傷が痛むのですか?」


「ううん、そうじゃなくて……それ、僕が書いたの……」


「へ……?」


 ナホが素直に言えば、オプスはいささか間抜けな声を出す。


「あ、ああ、なるほど。姫様はこの馬鹿を庇っているのですね? なんとお優しいお心遣い。しかし、その必要はございません。この馬鹿は顔も頭も悪ければ字面も悪いのです。お気になされぬよう」


「おい」


 散々な言われように半眼で睨むアルク。


 しかし、アルクの睨みなどなんのその。涼しい顔で受け流すオプス。


「庇ってる訳じゃなくて、本当に僕の字なんだ……」


 が、その涼しい顔にヒビを入れるナホの言葉。


「そ、その……下手糞で、ごめんなさい……」


 ぺこりと謝るナホ。しかし、ナホが謝った途端、オプスはその場で(かしず)いて深く頭を垂れる。


「も、ももももも申し訳ございません!! こ、この不肖オプスキュリテ!! 姫様の書かれた置き手紙とも知らず、無礼な事を!!」


「あ、ううん、気にしないで。字が汚いのは事実だから」


「姫様の字は世界で一番お綺麗でございます」


蚯蚓(みみず)がどうとか言ってなかったか?」


「貴様は黙っとれぃ!!」


 今度は、『クルドの一矢』を差し置いてわーぎゃーと騒ぐナホ達。突然のオプスの登場と、突然開かれた仲間内の喜劇(コメディー)にぽかーんとする『クルドの一矢』一行。


「どうやら、リディアスの早とちりだったみたいだな」


 一人早々に復帰した『クルドの一矢』のリーダーであるビビが苦笑しながらリディアスに言う。


「ぐっ……」


 ビビの言葉にバツの悪そうな顔をするリディアス。


 仲良さそうに話をする三人を見て、そしてオプスがナホを姫様と呼び従者のように腰を低くしているさまを見れば、誰がこの中で一番偉いのかなど直ぐに分かってしまう。


 しょぼーんとしょぼくれたように肩を落とすオプスを苦笑しながら慰めつつ、オプスを揶揄(からか)うアルクを諫めるナホ。リディアスが想像していたような、ナホをこき使うような酷い光景ではなく、自分達と同じで楽しそうな仲間内の光景だ。


「その、少し良いだろうか?」


 楽しそうに話をする三人に、リディアスが申し訳なさそうに声をかける。


 リディアスが声をかければ、三人はリディアスの方を向く。


「んだよ。まだ文句あんのか?」


「いや、俺の早とちりだった。その、申し訳ない……」


 素直に謝罪して頭を下げるリディアス。


「ううん、気にしないでください。アルクの人相が悪いのは仕方ない事だから」


「おい」


 二人では何を言うか分からなかったので、ナホが物腰柔らかに受け答える。その中に少しだけ冗句が混じっているのも、相手に気を遣わせないようにと配慮しての事だ。


 しかし、アルクの人相が悪いと思っているのは事実である。


「私からも謝罪を。申し訳なかった」


 ビビがぺこりと頭を下げる。


「ただ、仲間だから擁護するわけではないけれど、リディアスも悪気があった訳ではないんだ。彼の地元だと、冒険者の(たち)が悪くてね。人をこき使って危険な依頼を達成するような(やから)がいたんだ」


「つまり、俺がその酷ぇ奴らと同じだと思ったわけだ?」


「本当に申し訳ない」


 素直な謝罪は肯定の証。アルクは不機嫌そうに鼻を鳴らし、オプスはふっと鼻で笑い、ナホはくすっとおかしそうに笑う。


「笑うな」


「あうっ」


 笑うナホの髪の毛をくしゃくしゃとかき乱すアルク。


「貴様! 姫様の美しい御髪(おぐし)に何をするか!」


 アルクからナホを引き剥がし、懐から取り出した(くし)でナホの髪を綺麗に整える。


「まぁいいさ。勘違いなんて誰にだってあるからな。別段気にしたりしねぇよ」


「そう言ってくれると助かるよ」


 ほっと安心したような顔をするビビ。


「じゃあ、俺達は行くぜ。急ぎじゃねぇが、暇って訳でもねぇからな」


「待ってくれ。リディアスが迷惑をかけてしまったからね。せめてお詫びくらいさせておくれ」


「いーよ、別に。そんなもんいらねぇ」


「そうはいかないよ。礼を失したのはこちらなのだから。そうだ。お茶でもどうかな? 近くに美味しいケーキを出すお店があるんだ。よければそちらでご馳走させてくれないか?」


「ケーキ!?」


 ケーキという単語を聞いて、ナホが目を輝かせる。とはいえ、目隠しに隠されているので、その目が輝いている様は見られないけれど。


「アルク、せっかくだからご相伴(しょうばん)にあずかろうよ!」


 ケーキが食べたいですと顔中に書いてあるナホを見て、アルクははぁと一つ溜息を吐く。


「わぁったよ。行きゃあ良いんだろ、行きゃあ」


「ふふっ、そう来なくっちゃ。それじゃあ、行こうか」


 言って、ビビがナホの手を取ろうとしたその時、雷鳴の如き音が鳴り響きナホが大きく弾き飛ばされた。


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