009 槍と剣どっちが向いてる?
アルクの槍が完成するまでの間、ナホ達は街でゆっくりと過ごす事に。
最近、逃げるために急ぎ気味だったため、少しだけ休養を挟みたかったのと、ナホの背中の傷を癒すためだ。とはいえ、オプスが調合した塗り薬のおかげか、ナホの背中の傷は二日経てばきれいさっぱりと消えていた。
綺麗になった? と背中の方をぺろーんと捲れば、はしたないのでおやめくださいとオプスに慌て気味に怒られた。
ともあれ、二日で完治したナホは今までは養生のために休んでいたけれど、身体も全快したので少しは身体を動かしたいと思う。
「ねぇアルク」
「あ? んだよ」
「僕って、剣と槍どっちが向いてる?」
「姫さんが戦ってるとこまともに見てねぇから分かんねぇよ」
紅蓮の龍との戦いでは、ナホが咆哮をしたり、翼を生やして飛んだりするところは見たけれど、それ以外の攻撃はまったくもって見れていない。さしものアルクと言えども、それだけではナホがどんな武器に適しているのかなど分からない。
「てか、急にどうしたんだ?」
「んっとね、アルクが槍教えてくれたら、僕もクレナイ流槍術使えるかなぁって思ってさ。まぁ、槍が向いてないって言うなら剣で頑張るんだけど」
ナホとしては自分の身を守る術が欲しいと思っている。龍の力に頼らない身の守り方を知っていれば、自身が龍である事が露見するリスクが減るからだ。
「んじゃあ、ちっと試してみっか」
「うん!」
簡単に頷いて、アルクは寝転がっていたベッドの上から起き上がる。
ナホもごろごろと転がってからベッドから降りる。何もやる事がなかったので、ベッドの上で寝転がっていたのだ。
因みに、オプスは買い物に行っている。なんでも、必要な物が全然足りないかららしい。
「コドーの親父んとこ行って、槍買ってくるか」
「オプスに怒られないかな?」
「大丈夫だろ。それに、俺が稼いだ金だからな。文句言われる筋合いはねぇよ」
現在、ナホ一行はアルクが狩った上位龍の素材から換金されたお金で生計を立てている。本来ならアルクのみの財産であるところを、パーティーの運用費に使っているのだ。少しばかり勝手に使っても怒られないだろう。
まぁ、ナホが助けてくれなければ自分は死んでいたので、ナホのおかげでもあると思っているアルクはその分け前をナホと半々で考えてはいるけれど。
そう考えていても、自分の分け前を少しばかり使ったところでまったく懐は痛まない。アルクは食事以外に出費は殆どしないので、自由に使えるお金はそこそこ余っているのだ。
思い立ったが吉日と言わんばかりに、二人は宿屋を後にしてコドーの鍛冶屋まで向かう。
一応、オプスが困ってしまってもいけないので、書き置きを置いてきた。
『一狩り行ってきます ナホ』
生活費の足しになればと、冒険者ギルドで適当な依頼でも受けようと考える二人。万一ナホが倒せなくても、アルクが敵を倒せばいい。
二人は鍛冶屋にたどり着くと、躊躇いなく扉を開ける。中にノインが居ない事はナホの眼で確認済みだし、アルクも気配を感じないので分かっていた。
「あっ、姫様! ようこそおいでくださいました! ついでに赤毛の人も!」
二人を見た店番の少女がにこーっと人好きのする笑みを浮かべて二人を出迎える。俺はついでかと思ったけれど、ナホがにこっと笑みを浮かべて対応をし始めたので余計な口を挟まないように口を噤む。
「こんにちは。えっと……そういえば、ちゃんと自己紹介してなかったね」
「あっ、そう言われてみれば! う、ウチったら、姫様にとんだご無礼を……!!」
「ううん、気にしないで。僕の方もちゃんと挨拶しないでごめんね? 僕の名前はナホ。気軽に、ナホって呼んでほしいな」
「そ、そんな恐れ多い! これからも敬愛を込めて姫様って呼ばせてほしいです!」
「あ、うん……それで良いなら、良いんだけど……」
それはそれで寂しいなぁと思いながらも、少女が目をキラキラと輝かせているためにナホと呼んでとお願いが出来ない。
「あっ、遅くなりやしたが、ウチはアルアって言います! なんとでも好きなようにお呼びくだせぇ!」
「じゃあ、アルアちゃんね」
「かーっ! 姫様に名前を呼ばれると、なんか特別な呼ばれ方をされてるみてぇでテンション上がりますねぇー!」
ひやー! っと頬に手を当てて喜ぶ少女改め、アルア。アルアの喜びように若干引き気味になってしまうナホ。日本で言う、アイドルや著名人に名前を呼ばれたような感覚だろうかと思いながらも、実際の自分はお姫様でもなんでもないんだけどなと思う。
「そ、それで姫様! 今日はどんな御用で!? 親父はこの間っからずっと工房に籠りっぱなしで、話なんて出来る状況じゃあらせんが?」
「あ、ああ、うん。今日はコドーさんに用があって来たわけじゃないんだ」
「そうなんですかい? あっ、じゃあウチとお茶でもしに来てくれたんで?」
「お茶をしたいのは山々なんだけど、それも違うんだ」
「そーですか……」
しゅーんと目に見えて落ち込むアルア。そんなに落ち込まれると悪いことをしていないのに心が痛んでしまう。此処を発つ前に一度お茶でもしに来ようと思いながら、ナホは本題に入る。
「ごめんね、お茶はまた今度で。今日はね、僕の槍を買いに来たんだ」
「姫様の槍、ですか?」
「うん。ちょっとアルクに槍を習おうと思ってね」
ナホが説明している間、アルクはナホに合った槍を探す。
「姫様、戦うんで?」
「うん、一応ね」
「えっと……その……」
ナホが頷けば、アルアは言いづらそうにあーだのうーだのと呻く。
「どうしたの?」
「いえ、その……失礼かと思うんですが……」
「うん」
「み、見えねぇで、戦えるんで?」
「あぁ、そっか」
アルアの言葉で納得する。
今のナホは目隠しをしている状態なので、その状態できちんと戦えるかどうか疑問に思ったのだろう。ナホは見え方が違えども視えているという状況であるために、視界を塞いでしまっている事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「うん、戦えるよ。アルアちゃんの位置だってちゃんと分かるし」
「ふぁっ!?」
ナホがアルアの肩に手を置けば、アルアは驚いたように身を跳ねさせる。
「あ、ごめんね。急に触っちゃって……」
「い、いえ! す、少しばかし驚いただけで、別に嫌って訳ではないので!」
「そう? でも、嫌だったら嫌ってちゃんと言ってね?」
「姫様に触られて嫌な人なんてこの世に存在しないですよ!!」
「いや、それはどうだろうか……」
ぐっと拳を握って断言するアルアに思わず苦笑してしまうナホ。
「おい姫さん、ちょっとこれ持ってみろ」
「あ、うん」
アルクが渡したのは、取り回しやすい短槍。長いとナホでは扱いきれないため、ナホの身長と同じくらいの長さの槍を選んだ。
「どうだ?」
「うーん……槍握ったの、これで二度目くらいだから、全然分かんないや」
ナホはずっと剣ばかり使っていたため、槍の持ち心地などは全然分からない。
「ま、それでいいだろ。おい、これ幾らだ?」
「銀貨五十枚です!」
「安いな……この出来なら六十とか七十とっても良いだろ」
「ウチも同じ事親父に言ってんすけどね! 親父の奴、初心者が戦いやすいようにって、この値段でしか出さねぇんすよ!」
もっと値段上げりゃ少しは良い暮らしができるってぇのにと腕を組んでぷんすこと怒るアルア。
「この武器なら中位でもやっていけるだろうからな。リピーターは多いんじゃねぇか?」
「まぁ、ウチを利用してくれる冒険者の人は多いですけども……」
それでももうちっと料金上げれば飯ももうちっと良い物が食えるのに、とぶつぶつとコドーに対する文句を言うアルア。
「ま、俺の槍の代金で結構な額は置いて行くからよ。それでちっとは美味いもんでも食えんだろ」
「親父の事だから新しい金槌とか買うに決まってまさぁ! あん人は武器造る事しか頭にねぇんだから!」
それは少ししか話していないナホやアルクでも分かる。上位龍の牙で槍を造ってほしいと言った後、金はどうでも良いとか言っていたから。武器を造る事以外は全部二の次なのだろう。
ご機嫌斜めなアルアのために、帰りに何か美味しい物でも持ってきてあげようと思いながら、槍を買って鍛冶屋を後にする。
槍を担いで、二人は冒険者ギルドを目指す。アルクは慣れた様子で、ナホは初々しい様子で槍を担いでいる。
冒険者ギルドに来たのは、どうせなら依頼を受けようと思ったからだ。二人とも冒険者登録をしていない――ナホの場合はしているのだけれど、男の時の姿なので同一人物とみなされない――ので依頼は受けられないけれど、品薄になっている素材が公表されていたりもするので、それを確認しに来たのだ。
大体が使用頻度が多く、簡単に採取できる素材などが品薄になっているので、子供がお小遣い稼ぎに薬草採取をして売りに来る事もあるのだ。
たまに魔物の素材が載っていたりするけれど、冒険者が多いところではそうそう載ったりはしない。なにせ、殆どの冒険者は魔物の討伐をしているのだから。薬草集めなど、初心者でも出来るような依頼などの素材が品薄素材の表に乗る事が多い。
アルクは適当に魔物を狩ってお金を稼げるけれど、ナホは適当に魔物を狩れるほど強くはないので、せっかくだから簡単に出来るお小遣い稼ぎをしようと冒険者ギルドに寄ってみたのだ。
一昨日に冒険者ギルドに来た時に、その表が出されていたので、まだ残っていたら集めようかなと思う。表に乗っている素材は少しだけ色を付けて買ってもらえるので、普段の買い取り金額よりも割り増しなのだ。
冒険者ギルドの扉を開け、二人は冒険者ギルドに足を踏み入れる。
アルクのような者はよくいる冒険者ギルドだけれど、ナホのような綺麗どころは滅多に現れないのが冒険者ギルドだ。そのため、ナホが入ると一昨日のように視線が集まる。
アルクは気付いているけれど、当人であるナホはまったく気付いておらず、しげしげと目隠し越しにカウンター横に張り出されている木の板で出来た表を見る。
「うーん……薬草、毒消し草……」
表を見てみるも、草草草の草ばかり。全て簡単な物なので、採取は簡単だ。
「姫さん」
「なーに?」
「字、見えんのか?」
「うん。字に使ってるインクが木と色が違うから視えるんだ」
ここ数日で、段々と眼の使い方に慣れてきており、細かな色の違いが見えるようになってきていた。とはいえ、実際に見える色よりは色味が無く、殆ど単色なので見ていて面白味がある訳ではないけれど。
「へぇ」
今では看板などの識別が出来なかったのが、木に書かれている文字の識別が出来るのは大きな進歩である。
その事に少なからず感心をするアルク。時たま窪みや小石に躓いて転びそうになるので、ひやひやしなくて良いと割とどうでも良い事を考えていたりもするけれど。
「うん、とりあえず、槍の練習しながら薬草の採取しよっか」
「毎度思うが、金の心配ならしなくて良いんだぞ? 俺とあの馬鹿が適当に稼げるんだからよ」
「それじゃあ駄目だよ。僕がヒモになっちゃう」
日本に居た時は、当然両親に養われていた。その時はヒモというつもりはまったくなく、それが当然の形であったためなんとも思わなかった。家のお手伝いはしていたけれど、それは金銭にはならない。両親には非常にありがたがられたけれど。
こちらの世界に来てからは、自分の事はなるべく自分でしてきた。自分のお金でやりくりをして、なんとかやってきたのだ。余裕のある時もあれば、ひもじい思いをする時もあった。
この世界が向こうの世界とは違い、生活をなにも保証されていない事を知っているから、ナホは働かなければと思うのだ。
二人に頼りきりになっていて、いつか別れが来た時に何も出来ない自分では生きていけない。そうなってしまわないためにも、自分でお金を稼ぐのだ。アルクに槍を教わるのも、その一環ではある。
「初めて会った時から思うんだが、姫さん真面目だよな」
「普通でしょ」
「いや、普通の女なら、俺はともかくとしてあの馬鹿が尽くすとなったら堕落してく一方だぞ?」
「そりゃあまぁ普通の女じゃありませんから」
「そういう事を言ってんじゃなくてだな……」
ナホが言う普通の女じゃないというのは、元男である事を差しているのだけれど、アルクは龍である事を差して言っている。ナホはその間違いに気付いているけれど、どちらにしろ同じ事なのでそのまま放置しておくけれど。
「よしっ、じゃあ行こー!」
「おーう」
踵を返して、二人が冒険者ギルドを後にしようとしたその時、冒険者ギルドの扉を潜ってきた者達を見て周囲の冒険者がどよめいた。




