表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/60

008 滅龍者、それぞれ

 定期連絡会は一時中断となり、滅龍者は各々王城の好きな場所で羽を伸ばす。


 勇人も王城の食堂にて、お茶を飲みながら身体を休めていた。


「前、良いか?」


「ん、ああ、良いよ」


 お茶を飲む勇人の前に断りを入れてから腰を下ろしたのは椎崎光汰。


 珍しいなと思いながら、勇人は柔和な笑みを浮かべて光汰に問う。


「どうしたんだい? 君が俺に声をかけてくるなんて珍しいね」


 勇人の言う通り、光汰が勇人に声をかけるのは珍しい事だ。こうして定期連絡会で会っても、光汰は勇人に声をかけたりはしない。嫌っている訳ではないけれど、友人というわけでもないので声をかけたりはしないのだ。


「これからの事だ。正直、キャンベルが抜けた穴は大きい」


「ああ、そうだね。ニーナさんもキャンベルさんに着いて行っちゃったしね」


「あれは別に抜けても問題はない。決して替えがきかない訳じゃないからな」


「……事実かもしれないが、その言い方は好きじゃないな。俺達は部品じゃないんだよ?」


「だが特別な存在ではある。世界渡り(・・・・)をしてる奴なんて、この世界にそうそう居るとは思えないからな」


 世界渡りとは、文字通り世界を渡る事だ。滅龍者は誰一人として例外なく、この世界渡りをしている。そして、世界渡りをしている者は例外なく何か特別な力を有する。


 極端な者で言えば身体能力の向上。特殊能力を保持した者は、炎を自由に操れたり、瞬間移動が出来たりなど、様々な事が出来る。


 これは、世界と世界を隔てる壁を超えてきた――もしくは、壁と一時同化した事による副産物だと推測されているけれど、その真偽のほどは定かではない。


「キャンベルの能力は有用だった。替えがきかないほどにな。逆に、ニーナの能力はあれば便利だが、魔術で代替ができない訳じゃない。特別ではあるが、まぁ、その程度だというわけだ」


「……仲間をそういう風に評価するのは、君の良くない癖だと思うな」


「正しく評価して何が悪い? この世界を生き抜くには、物事を正しく判断する必要がある。それに、過剰な評価をする方がかえって酷な事もあるだろうさ」


 相変わらず現実的(リアリスト)で、人間の感情的な部分をあまり気に留めない奴だなと思いつつ、話がずれてきているので軌道修正をする。


「……あまり本人の前できつく言っちゃ駄目だよ?」


「善処はする」


 必要とあらばずばっと言っちゃうんだろうなぁと、思わず苦笑する。


「それで、今後の事だっけ?」


「ああ。お前はどう考えているんだ?」


「キャンベルさんが抜けてしまったのは確かに痛いけど、キャンベルさんは無茶するような人じゃないし、俺達も無茶をしてる訳じゃない。別に、このままでも良いんじゃないかな?」


「……それで龍王を狩れると思っているのか?」


「さぁ? 実際に見た事も会った事も無いからね。なんとも言えないよ」


 それに、勇人は無理して龍王を狩ろうとは思っていない。この世界で生きていくのに力がある方が手っ取り早いから戦ってはいるけれど、だからといって龍王を倒そうだなんて無茶無謀は考えていない。


 龍王。この世界に存在する龍の頂点に位置する存在。


 炎、水、風、土、光、闇。六つの種族の頂点にそれぞれ龍王が存在している。


 龍という存在の頂点に位置するのだから、それはそれは強力な個体なのだろうが、現状、勇人はそんな者と無理して戦う必要は無いと思っている。


 そもこちらが認知している限り向こうはむやみやたらに攻撃行動をしてはいない。知能の低い中位龍や下位龍が人を襲う事はあるけれど、魔物だって人を襲う。この世界ではよくある事だ。


 触らぬ神に祟りなし。この場合触らぬ王だけれど、それでもこちらから不用意に手を出す必要は無い。こちらがあちらの逆鱗にさえ触れなければ、あちらだってこちらを構いやしないのだから。


 しかし、悪意を持って人間を襲う上位龍がいる事もまた事実。そういう者は率先して狩っているけれど、そうでない者は狩ってはいない。


 空を飛んでいるのを見たからと言って喧嘩を吹っかける事は無いし、森でばったり遭遇しても向こうにやる気が無かったら戦わない。


 まぁ、好戦的な者が多いので、必然的に戦いにはなってしまうのだけれど。


「ま、なんとかなるよ。メリッサさんには奈穂の事をお任せするとしようよ」


「……能天気な奴め」


「ははっ、よく言われる」


 実際、能天気とは程遠いくらいには、勇人は心配性なきらいがあるけれど、それを表に出す事は無い。望んでいる事ではないけれど、勇人は討伐数一位を誇り、実質的な滅龍者のリーダーだ。張り詰めた表情をしていては、勇人を信頼してくれている者達を不安にさせかねない。


「それにしても意外だな」


「なにが?」


「お前が石狩を探しに出ない事だ。お前も、石狩の事を好いていただろう?」


「まぁ、俺はほいほいと勝手な行動は出来ないからね……」


 勇人は集団を鑑みて行動するが、メリッサは自身と自身の気に入った個人を優先する傾向にある。


 心情的な違いなのだけれど、勇人はこうなってしまったのは仕方ないから協力し合いましょう、という考えだけれど、メリッサはこうなってしまったのは仕方ないが、こちらはこちらである程度は好きにさせてもらう、といった考え方なのだ。


 だから、勇人はおいそれと勝手な行動をしない。逆に、メリッサは多少の我が儘は通る物だと思っていたゆえに、奈穂の捜索が却下されたことに憤慨して離反する事を選んだ。


 ようは、仲間意識か、特権階級かの差である。前者が勇人で、後者がメリッサだ。


「キャンベルはほいほいと軽率に動いたがな。あいつ、知的に見えて案外感情的だからな」


「まぁ、キャンベルさんは仕方ないよ。奈穂の事を弟のように可愛がってたんだし」


「弟のように、ねぇ……僕はどっちかというと、想い人みたいな扱いだと思うけど」


「そうかい? 良く頭を撫でていたし、色んなお店に連れまわしていたから、弟のような扱いだと俺は思うけど……」


「ま、お前がそう思うならそれで良いさ。僕にとってはどうでも良い事だし」


 言って、至極どうでも良さそうにお茶を飲む。


「それにしても、真っ白な龍の目をした少女、か。どう思う?」


「うん。かなり気になるね。奈穂の服を着てたことと言い、黒龍のことと言い……」


「黒龍の方は上位龍。それもかなり実力を付けた上位龍とみて間違いないそうだが……」


「白い少女を庇ったのか、それとも白い少女がターゲットだったのか……どちらにしろ、その白い少女には何かしらの事情がありそうだね」


「ああ。龍の目をした少女なんて、聞いた事が無い(・・・・・・・)からな」


 龍が人の姿を模す事を、彼等は知らない。だから、龍化してしまった奈穂を見てもそれが何者であるのか分からずに警戒をしたのだ。まぁ、それを知っていても相手が龍である事には変わりないので、警戒をしただろうけれど。


「そういえば、石狩の担当地域は聖龍伝説があるんだよな?」


「うん、そうだね」


「……その聖龍伝説となにか関りがあったりとかするかもしれんな」


「でも、奈穂から聞いた話だと聖龍は数百年前に姿を消してるはずだけど……」


「消しただけだろう? 死んだと明言されている訳じゃない。関りがあったとしてもおかしくないだろ」


「まぁ、確かに」


 姿を消したとは言い伝えられているけれど、死んだとも封印されたとも明かされていない。数百年も前の事だから仕方ないとは思うけれど、それでもそんなにあやふやな終わり方をするだろうかと、疑問に思う。


 死んだなら死んだと伝えられるし、封印されたなら封印されたと伝えられるはずだ。いなくなった可能性も、もちろんあるけれど。


「ちょっと、きな臭いな……」


 光汰がぼそりと呟く。


 いなくなったのであれば、他の地で聖龍にまつわる事が言い伝えられていてもおかしくはない。人里近くを根城にしていたのであれば、同じような場所を根城にしていたっておかしくはないのだから。


 それに、あの宰相の態度も気になる。


 最初の取り決め通りであれば、奈穂が行方知れずとなった時点で捜索をするはずだ。その価値が云々は関係なく、いなくなったのが誰であってもそういう取り決めなのだから。


 だから、宰相の言っている事は取り決めを反故にするものだし、滅龍者全員の反感を買ってもおかしくはない事なのだ。事実、口には出さないけれど、宰相に不信感を覚えている者も少なくは無いだろう。


 あれは、無駄云々よりも、石狩の捜索をさせたくなかった? いや、石狩の担当する地区を探し回られたくは無かったのか? 


 不用意に探し回られたくないから、あんなに突っぱねた。捜索隊を最小限にするというのも宰相の息のかかった者を送り込みたかったからか?


「……」


「どうしたんだい、光汰?」


 急に考え事をするように押し黙った光汰を見て、訝し気な顔をする勇人。


「ああ、いや。なんでもない」


 しかし、光汰はすぐになんでもないと首を振る。


 宰相があまりにも頑なな態度を取っていたゆえの不信感から芽生えた疑問。宰相があそこまで頑なでなければ、こんな疑問は芽生えなかったはずだ。そんな、確証のない疑問だ。


 けれど、今はその疑問を怪しむ自分がいる。


 光汰だってこの国に従っているだけの良い子ちゃんではない。むしろ、現状を鑑みればこの国に不信感を抱いていると言っても過言ではない。


 そしてそれは、この国に召喚された時から、変わってはいない。


 聖龍伝説。少し調べてみるか……。



 〇 〇 〇



「お、お姉様! お待ちになってください!」


 街道を歩くメリッサを早足で追いかけるアン。


「待たない。私は一刻も早くあの街に戻る」


 普段であれば歩調を合わせたりなどの気遣いを見せるメリッサであるけれど、怒り心頭の状態ではそんな気遣いが出来そうにない。


「も、戻るのは良いのですが、せめて装備だけでも整えてください! お姉様が襲われた時に危険です!」


「その時間も惜しい。道中、適当に見繕えば良い。なんだったら、冒険者パーティーに護衛を依頼したって良い」


「それはそうですが! ひとまず、ひとまず落ち着いてください!」


「落ち着いてなどいられるか!!」


 脚を止め、振り返ってアンを見据えるメリッサ。


「ナホが行方知れずなのだ!! 落ち着いてなどいられるか!!」


 怒鳴られ、ビクリと身を震わせるアン。


 自分を慕ってくれている者に対してするような態度ではないけれど、それをしてしまうくらいには今のメリッサに心の余裕はない。


 エリル達は今でもナホを捜索してくれている。自分は王都から捜索隊を連れてくるためにいったん離れたというのに、結果はこのざまだ。


 輝ける者(グリトニル)を失くし、滅龍者の特権も捨て、ただただ惨めに戻ってくるだけの自分。捜索隊を出さない国にも、交渉が出来なかった自分にも腹が立つ。


 だからせめて、早く戻って早くナホを見付けてあげなければならない。なんとしても、絶対に、なにがなんでも……。


 だから、此処でこんなくだらない問答をしているのも惜しい。


 怯えるアンをそのままに、メリッサは振り返って歩き始める。


 メリッサの背中をアンは悲し気に見つめる。


 けれど、此処で立ち止まってもいられない。アンはメリッサの後を小走りになって追う。


 なんで、なんであいつなの? わたしの方が、ずっとずっとお姉様の事をお慕いしているのに……!!


 心中で、黒い感情が沸き上がる。


 ああ、こんな気持ち、お姉様は嫌がるでしょう……でも、どうしても抱かずにはいられない。なんであんな奴をお姉様が好いているのか、なんであいつはお姉様の想いに気付かないのか。あんな味噌っかすのどこに自分が劣っているのか……!!


 アンはずっと奈穂が嫌いだ。……いや、最初は嫌いじゃなかったかもしれない。アンも奈穂も出来ない部類に入っていたから。同じだと、思っていたから。


 でも、奈穂は違った。味噌っかすだけど、皆から愛されていた。


 勇人から、蘭玲(ランレイ)から、ルドルフから、他の滅龍者達からも。いつも笑顔を向けられていた。そして、自身の敬愛するメリッサまでも。


 何故、何故、何故? 何故あいつなの? 何も出来ない、味噌っかすのあいつなの? わたしの方が、わたしの方があいつより役に立ってるのに……!!


 ぎゅっと、自身の武器である杖を握りしめる。


 アンは奈穂が嫌いだ。弱いのに、味噌っかすのくせに、愛されている奈穂が嫌いだ。自分の一番大切な人を奪う奈穂が嫌いだ。嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い――――大っ嫌い!!


 暗く、醜い感情を湧き上がらせるアン。


 そんなアンの様子に、メリッサは気付かぬまま、自身の焦燥のままに足を進ませた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ