007 滅龍者定期連絡会
「凄いね。さっきのは上位龍の素材だろう?」
オプスがアルクに渡した素材を見て、ノインが素直に感心したように尋ねる。
「ああ。あの馬鹿が狩ったものだ」
「へぇ。やっぱり、彼強いんだね」
強者ゆえに、ノインもまた相手の力量を見ただけである程度は分かる。
「君達、滅龍教会に入らないかい? 入れば、そこのお姫様の身柄の保護も出来るよ? 見たところ、訳有りのようだけれど」
「お断りだ。我らには我らの目的地がある。そこに向かうのに、滅龍教会に入信する必要はないのでな」
「そっか、残念だ。だけど、気が変わったのならいつでも声をかけてくれ。私は君達を歓迎するから」
「ふんっ、気が変わったらな」
ナホやオプスに自殺願望が芽生えたのであれば入信するだろうけれど、あいにくとナホもオプスもまだ死ぬわけにはいかないのだ。滅龍教会に入信するつもりは無い。
「おい、終わったぞ」
コドーと話が終わったのか、工房の方からアルクが戻って来た。
「五日後にまた来いとよ。その間適当な槍を持ってけっつわれたから、適当に持ってくぞ」
「かしこまりやした! どーぞ好きなの持ってってください!」
「おう」
どれも同じに見える槍だけれど、アルクは迷う事無くとある一本を取る。ナホの眼で見ても、その槍の色は槍の中では一番濃く、明るい。
「姫さん、帰んぞ」
「あ、う、うん!」
ナホは慌てて椅子から降り、二人にぺこりとお辞儀をしてからさっさとお店を後にしようとしているアルクの後を追う。
「良いお茶だった。礼を言う」
言って、オプスは銀貨を数枚カウンターに置いてから二人の後を追う。
「またおこしくださーい!」
ぶんぶんと元気よく手を振って見送る少女と、小さく手を振って見送るノイン。
「またね」
「……ああ」
一度立ち止まり、ノインを見ながら頷くオプス。
しかし、即座に前に向き直るとナホを追う。
三人を見送った後、ノインは少女に尋ねる。
「怖がらせちゃったかな?」
「使徒様は恐れ多いですからね。お姫様が怖がっても仕方ねぇでしょう!」
「率直に言われると凹むなぁ……」
自分が滅龍十二使徒である事を教えた後から、めっきりと会話の口数が少なくなったナホを見て、もしや怖がらせてしまったのかと笑顔の裏で心配していたのだが、少女に悪意無く、屈託のない笑みを浮かべられて言われてしまえば、その線が濃厚だと思ってしまう。
あの二人――アルクとオプスは自分の事をまるで恐れてはいなかったけれど、それは彼らが強者ゆえだ。普通の少女はノインを含めた滅龍十二使徒を畏敬の念を覚える事の方が多い。
けれど、あの白の少女は平静を装ってはいたけれど、ノインを畏怖していたように思える。
「……少し、怪しいかな」
「ん、何がですか?」
「いや、何でもないよ」
一瞬鋭い視線を店の外に向けるも、すぐさまいつもの爽やかな笑みを浮かべて少女に向き直った。
「いきなりやっべぇ奴と対面しちまったな……」
鍛冶屋からだいぶ距離を置いた頃、アルクが溜息がちに言う。
「そ、そうだね……」
ナホもようやく緊張から解き放たれたのか、身体から力を抜いて同意する。
「姫さんはそういう星の元に生まれたのかもしれねぇな」
上位龍に続き、色々すっ飛ばして滅龍十二使徒の登場である。滅龍教会と対峙するにも、もっと守門や読師からだと思っていた。それが四天王クラスと早急にエンカウントするなど誰が思うだろう。
「俺としちゃそれでも良いんだが……」
「今のままでは相手にもなるまいよ。その槍も確かな業物だが、滅龍十二使徒との戦闘に耐えられる程のものではないだろう」
「分かってるよ。ま、あいつが去るまでは大人しくしておくさ」
「姫様の養生もある。元より、ここで戦うのは論外だ」
そもそも、戦わないで済むのであればその方が良い。余計なリスクを負う必要ない。
「あ、姫さんの剣買い忘れた」
「それどころではなかっただろう。姫様、姫様の剣は五日後に買いましょう。それまではこのオプスの傍を決して離れぬようにしてください」
「うん、分かった」
守られている身の上としては、二人から離れるつもりは毛頭無い。自分が攫われたりはぐれたりして二人に迷惑をかけたくはない。
このまま宿に戻ってしまっても良いのだけれど、アルクがお昼ご飯が足りないと言ったので適当なお店に入ってお昼ご飯を食べなおす事になった。ナホは芋だけでお腹が一杯になったのだけれど、育ち盛りのアルクには足りなかったらしい。
それに、オプスもお昼を食べていなかったので、なおさらどこかでお昼を食べる事にした。
食べ盛りは凄いなぁと思いながら、自分もまだその年齢のはずなのだけれどと、自分の成長期に少しだけ疑問を覚えたナホだった。
〇 〇 〇
総勢四十名の滅龍者を擁するグランディア王国の王城の一室にて、滅龍者による定期連絡会が開かれていた。
定期連絡会にはグランディア王国国王の姿もあり、厳めしい表情でメリッサ・キャンベルの報告を聞いていた。
「イシカリが行方不明、か……」
「死亡した可能性はないのですか?」
国王が難しい顔をし、宰相が冷静に尋ねる。
「無い……と言えば、私の願望になってしまう」
メリッサが重苦しい表情で言う。
「イシカリの生死はともかく、イシカリの服を着た龍の眼をした少女の報告は興味深いですね」
書面に情報をまとめつつ、宰相が冷徹に言う。
そんな宰相に、メリッサが射殺すような視線を向ける。
「こんなことを今更言いたくは無いが、貴様らが私達を無理やり連れてきたのだろう? なのになんだその態度は?」
「それについての謝罪はもうしたはずです。終わった事を持ち出さないでいただきたい」
「それは貴様等の態度次第だ。いったんは貴様等に手を貸す事を選んだだけだ。まさか、私達が帰る手立てすら探していない訳ではないだろうな?」
「その件でしたら鋭意捜索中です。ですが、前回同様、進捗の方は芳しくはありません」
宰相がそう口にした途端、メリッサが拳をテーブルに打ち付ける。一目見て苛立たし気なメリッサは、怒りの籠った目で宰相を睨む。
「……ならもう少しそれらしい顔をしたらどうだ? 申し訳なさすら感じてないのか貴様は?」
「それらしい顔をしたところで進捗は変わりません。まぁ、貴女の気が済むのであれば、それらしい顔でもしてみせますが」
「貴様ッ!!」
立ち上がり、座っていた椅子をぶん投げようとしたその腕を、隣に座っていた少年が掴む。
「落ち着いてメリッサさん。話が逸れてるし、此処でこの人達に当たったところで奈穂の捜索が進むわけでもないよ」
メリッサは少年をギロリと睨むと、一つ自分を落ち着けるために息を吐く。そして、八つ当たりとばかりに握っていた椅子の背もたれを握力のみで破壊する。
「気安く名前で呼ぶな」
付け足すように言って、少年の手を振り払ってから、背もたれの半分以上が欠けた椅子に座りなおす。
少年は内心でほっと胸を撫で下ろしながら、国王と宰相に目を向ける。
「捜索隊の方は出してくださるんですよね?」
「ああ、それはもちろんだ。ただ……」
「我が国にとって有益な人物ではありませんので、そう人数は割けません。貴方達にも通常業務を行ってもらいます」
宰相の言葉に、メリッサがすぐにでも切りかからんばかりの眼光を向けるも、海千山千の宰相は涼し気な顔を崩す事なく書類を眺める。
「それでは約束が違います。俺達のサポートをするのが貴方がたの務めのはずだ」
「ええ、ですからサポートはしています。より良い武器や強力な人材の斡旋など、それ相応のサポートはしておりますでしょう?」
「そうじゃない事は貴方も分かってるはずだ。俺達が安否不明となった場合、俺達滅龍者はいったん通常業務を止めての捜索をする事になっているはずだ」
それは、最初に決めた滅龍者同士の取り決め。仲間の安否が不明になった時、緊急事態ではない限り、滅龍者はその者の捜索を行う。もちろん期限は設けられてしまうけれど。
「そうですね」
「なら何故俺達が捜索隊に編成されていないんですか? それじゃあ最初の取り決めと話が違う」
「先程も言った通りです。彼に貴方達の時間を割く程の必要性を感じない。彼ごときに貴方達が時間を割くなど、それこそ時間の無駄です」
「時間の無駄かどうかは俺達が決める。仮に俺達が必要とされる敵が現れたとして、俺達が捜索に加われないとするのであれば、奈穂の捜索隊の増援をしてください」
「その場合、この国の守りが薄くなります。捜索隊に割ける人員は必要最低限です」
「だから、それだと話が違うと――」
「いーんじゃねーの、別に」
少年の言葉を、また別の少年が遮る。
偉そうにテーブルに足を乗せ、椅子を揺らす少年はどうでも良さそうに欠伸をする。
「それはどういう事かな、伊佐木」
偉そうにしている少年――伊佐木怜司に厳しい目を向ける。
「良い子ちゃんな野神や、ガキ好きのキャンベルは良いかもしれねぇけどよ、俺ぁそうそう暇じゃねぇんだよ」
怜司の言葉に、少年――野神勇人は怜司を睨む。だが、怜司に噛み付いたのは勇人ではなく、メリッサであった。
「はっ、貴様は私達よりも暇で暇で仕方ないだろう。なにせ、私よりも討伐数が少ないのだからな」
馬鹿にしたようにメリッサが言えば、苛立たし気にメリッサを睨みつける怜司。
滅龍者全体の龍討伐数の最下位は不動の奈穂だ。上位三人は上から、勇人、メリッサ、怜司の隣に座る少年――椎崎光汰だ。怜司は六位と、勇人やメリッサに劣っている。
「それに、最初に決めた事だろう? なんだい、君達はそれを反故にするつもりかい? それは人としてどうなんだい?」
「わ、わたしは、お姉様が仰るのでしたら従いますわ!」
慌てた様子で赤毛の少女が手を上げながら言う。
彼女の名前は、アン・ニーナ。特にメリッサとは血縁関係は無いけれど、メリッサとお姉様と慕っている少女だ。
「ありがとう、アン」
「い、いえ!」
メリッサが笑顔でお礼を言えば、アンは恥ずかしそうに自身の大きな三つ編みを持って顔を隠す。彼女が照れた時の仕草だ。
「特に緊急事態という訳でもないのであれば、最初の取り決め通り、全員が奈穂の捜索に加わる事で問題ないね?」
「一つ、良いか?」
「なんでしょう?」
背の高い、無精髭の男――ルドルフ・バナード律義に手を挙げて発言をする。
「石狩を探すのには賛成だが、その石狩の服を着て逃げた少女と、黒龍の方はどうする? そちらも放ってはおけんだろう?」
「確かに、そっちを放っておくのはあまりよろしくないネ」
ルドルフの隣に座る少女――盧蘭玲。ルドルフと行動を共にしている少女だ。
「じゃあ俺ぁそっちに行くぜ。そっちのが面白そうだしな」
怜司がへらへらと笑いながら言う。元より、奈穂の捜索などする気はないけれど、強敵との戦いが待ち受けているのであれば話は別だ。そちらの方が面白うそうだし、そちらの方が得点が高そうだ。
「じゃあ、おじさんもそっちに行こうかね。人探しは得意じゃなくてね」
「ルドルフが行くなら、蘭も行くネ」
「蘭ちゃん、別におじさんに着いてこなくても良いんだよ? 蘭ちゃんは石狩と仲良かったろ?」
「蘭はルドルフと行くネ。奈穂の事は好きだけど、蘭も攻撃系しか使えないネ」
「まぁ、確かに」
蘭玲の言葉に納得するルドルフ。
「じゃあ、俺とおっさんと中華娘は黒龍討伐な」
「皆さん、勝手に決めないでいただきたい。誰も捜索や討伐の許可を出してはいませんよ?」
宰相が少しだけ苛立たし気に口を挟む。
「約束事の一つも守れないのですか? それとも、俺達との約束なんて取るに足らないとでも?」
「そうは言ってません」
「じゃあどういう事だ?」
「貴方がた各々の判断で動かれるのが一番困るのです。良いですか? 石狩を捜索するよりも大切な事が貴方達には在るのですよ?」
「それは分かっている。最初の約束通り、龍王は私達が倒す。それさえ違えなければ問題あるまい?」
「ええ、ですが、そのために余計な寄り道をしてもらっては困ります」
「余計、だと……?」
「ええ、余計です。割かなくて良い人員を割くのは余計な事。黒龍と白い龍の目をした少女を追うのは良しとしましょう。ですが、石狩を探す事は余計な手間です」
「――ッ!!」
メリッサは愛剣“輝ける者”を抜き放ち、怒りのままにテーブルに叩きつける。
轟音とともにテーブルが割れ、衝撃波と埃が舞う。
「……もう、良い」
輝ける者を床に突き刺したまま、手放す。そして、鎧の類を脱ぎ捨てる。
「お、お姉様!?」
大慌てでアンが止めようとするけれど、それよりも早くメリッサは鎧を脱ぎ捨てる。
「私は今日限りで滅龍者を止める。ではな」
そのまま部屋を出て行こうとするメリッサ。
「待ちなさい。貴女こそ最初の約束を反故にするつもりですか?」
「貴様が守る気が無いならこちらも律義に守ってやる義理は無い」
それだけ言うと、メリッサは早々に部屋を後にした。
「お、お待ちくださいお姉様!」
その後を、アンが追いかける。まだ自分の報告は終わってないけれど、国の事よりも敬愛するお姉様の方が大切なのだ。
「……やれやれ」
はぁと呆れたように一つ溜息を吐く宰相。
「んで、どーするよ? 俺達は黒龍討伐に行っても良いのか?」
「好きになさってください。そちらは当初の目的と違わないので」
「おっし! んじゃあ、行くか! おっさん、中華娘!」
「誰が中華娘ネ」
「はぁ……勇人、後は任せも良いかい?」
「ええ。ルドルフさん、盧さん、伊佐木、気を付けて」
「わーってんよ」
「勇人も、息災でナ」
黒龍討伐を目的とした三人はそのまま部屋を後にする。
「石狩の件やその他諸々は置いておきまして、まずは報告を……と、行きたいところですが」
宰相は壊れたテーブル、どうしていいか分からないといった顔をするその他の滅龍者達を見て、一つ溜息を吐いた。
「いったん休憩としましょう。続きはその後で」




