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006 ノイン・キリシュ・ハーマイン

毎度喜ばしい感想をいただき恐悦至極。

楽しんでいただけているのであればこれ幸いにございます。

 アルクが鍛冶屋の親父(おやじ)に工房の方へと連れていかれ、ナホとオプスは店番の少女にお茶を出されたので、カウンターに椅子を持ってきて座ってくつろぐ。


「姫様、こちらをどうぞ」


 オプスが取り出したのは篭に入ったクッキーであった。プレーン、チョコ、ジャム、アーモンドなどなど、様々な種類のクッキーが入っている。


「わぁ、美味(うま)そうですねぇ!」


「うん、良い匂い」


「本来であれば私めが作った物をお出ししたかったのですが……」


「ううん、ありがとうオプス。いただくね」


 クッキーに手を伸ばし、適当に一つを摘まんで口に運ぶ。


 さくっと確かな食感が返ってきてクッキーが砕ける。舌を転がるクッキーからは果物の風味が感じ取れ、自分がジャムの乗ったクッキーを口にした事に気付く。


 少し酸味のある風味が口の中一杯に広がり、その後に生地の甘さがやって来る。


「うん、美味しい」


「お口にあったようで何よりです」


「はぇー……」


 ぽうっとした顔でナホを見る店番の少女。その視線に気付いたナホは小首を傾げて少女に問いかける。


「どうかした?」


「あ! いえっ! ず、随分とまぁお上品だなぁと思いましてね、はい!」


 えへ、えへへと誤魔化すように笑う店番の少女。


 今のナホの恰好は、前の野暮ったい服よりも幾分か上品に見えるものだ。上等とは言い難いけれど、それでも持ち前の美しい外見から、どこぞの貴族様であるかもしれないと思わせるくらいには、上品に見える。


「当り前だ。姫様は世界一上品なお方だからな」


「そんなに上品じゃないよ」


 食べる時に食べこぼしが無いように気を遣ってはいるけれど、テーブルマナーなんて分からないし、美しい所作だって知らない。


「姫様ってぇと、どこかのお姫様なんで? もしかして、お忍びってやつですかい?」


「あっ、ううん。僕達は――」


「そうだ。今はお忍びの旅道中ゆえ、あまり口外するなよ?」


「そ、そうだったんですね! 大丈夫でさぁ! ウチは口が堅ぇって事で有名なんでさぁ!」


 ふんすと鼻息荒く言う少女に、安心感は無く、むしろ不安が募るばかりである。


「あっ、姫様ならもっと上等な茶ぁ持ってこねぇと! ちょっと待っててくださいね! 親父ぃ! この前使徒様から貰った上等な茶ぁどこ仕舞ったんだぁ!?」


「あぁ!? んなもん棚のどっかにあらぁ!! てめぇで勝手に探せ!!」


「姫様待たせてんだからもっとちゃんと思い出せや!」


「姫様って誰だぁ!?」


「姫様は姫様に決まってんだろ!! いーから茶ぁどこだよぉ!!」


 もうすでに姫様と呼んでしまった少女に、ナホとオプスは顔を見合わせた後一つ溜息を吐いた。


 まぁ、外でも姫さん姫様と呼んでいるので、ナホへの呼称が知れ渡るのも時間の問題ではあったのだ。


 それでも、早くに知られるのもよくはない。あまり目立ってしまってもよくないのだから。


「ったぁく! あんの糞親父! 茶の場所くれぇ憶えとけってんだい!」


 ぶつぶつと文句を言いながら、少女は棚から取り出した質の良い紙袋に入れられた茶葉をティーポットに入れ――ようとして、オプスにその手を掴まれる。


「ふえっ!? な、なんでしょう!?」


「適当に入れられては困る。見たところ、その茶葉は大変良い物だ。私が入れよう」


「い、いえ! お客様にそんな手間ぁかけさせるわけにはいかんので!」


「手間ではない。それに、姫様に適当なお茶を飲ませる訳にはいかない。一杯目は好意として受け取ったが、二杯目、しかもこのような高価な茶葉となれば話は別だ。私が入れよう」


「で、でも……」


「あの、もし良かったらオプスに淹れさせてくれないかな? やりたがってるし」


 困っている少女にナホは笑みを浮かべて言う。


 ナホとしては誰が淹れても良いのだけれど、オプスがやりたそうにしているし、ここまで言うのであればとても美味しく入れてくれることだろうから。


「駄目、かな?」


「い、いいえ滅相もございません! ささっ、どうぞどうぞ!」


 ナホが小首を傾げて問いかければ、少女は顔を真っ赤にしてオプスに茶葉を渡す。


「ありがとう。オプス、美味しいお茶を淹れて上げて」


「かしこまりました。おい、台所へ案内しろ」


「こ、こちらです!」


「この際だ、貴様にも美味しい茶の淹れ方を教えてやろう」


「こ、光栄です!」


「姫様、少し席を外しますが、決して武器などには触れぬようにご注意ください」


「うん、分かった」


 騒がしく台所の方へと消えて行く二人。美味しいお茶の淹れ方には興味があったけれど、また別の機会にでも教えてもらえば良いだろうと思う。


 皆楽しそうだなぁと、少しだけ疎外感を覚えながらナホは店内をきょろきょろと眺める。


「――っ!」


 すると、店の外に、強烈な光がある事に気付く。


 大きく、綺麗な、暖かい光。まるで春の陽光を思わせる様な大きくも暖かい光。目は痛くない。けれど、何故だか心がざわつく。


 からんからんと店のドアベルが鳴る。


「こんにちは、店主は居ますか。……おや?」


 暖かな光は店内にいるナホを見ると、疑問の声を上げるも、直ぐに人好きのする笑みを浮かべる。


「とても可愛いお客様だね。こんにちは」


「こ、こんにちは」


 挨拶をされたので、ナホもぺこりと頭を下げて挨拶をする。


「店主は工房(おく)かな? もしくは、取り込み中だろうか?」


「えっと、僕の連れが槍を造ってもらっていて……」


「そうなんだね、珍しい。店主が誰かに武器を造るだなんて。余程気に入ったのかな?」


 喋りながらその者は足音を一切立てずにナホの方へと歩み寄る。


「うちの姫さんになんか用か?」


 その間に、いつの間にか戻ってきていたアルクが割って入る。


「っと、勘違いをさせたのなら御免よ。店主に(いとま)が出来るまで、少しお話でもと思ったんだ」


「なら丁度暇が出来たぜ。おーいおっさん! 客だぞー!」


「あぁ!? ちっと待ってろ!!」


「だそうだ」


「そうか。なら、少し待つ事にしようかな」


 言いながら、その者は自然な動作でナホの隣に座る。


 アルクはその者を最大限警戒しながら、ナホの背後に回る。いつでも守れるように、距離を近めにして立つ。


「お待たせいたしました、姫様」


「お待たせいたしやしたぁ!」


 二人が互いの位置についたのを見計らったのか、それともたまたまか、オプスと少女が店内に戻って来た。


「あっ! この間の使徒様(・・・)!」


「やあ、どうも」


 少女の発した使徒という言葉に、ナホは思わずびくりと肩を震わせてしまう。


 使徒。その単語を使うべき相手は、この世界に置いてそう多くない。ましてや、こうも隠すことなくそれを公然と名乗れる者など、十二人(・・・)しかいない。


「ああ、自己紹介が遅れたね。私の名前はノイン・キリシュ・ハーマイン。これでも、滅龍十二使徒(アポストル)の末席を預かっているんだ」


 誇らしげに名乗るノイン。


 どっと、心臓の音がうるさくなる。嫌な汗が止まらない。


「ん、どうしたんだい? 顔色が悪いよ?」


「あ、本当です! どうしたんです、姫様?」


 ノインの言葉にナホの顔が青白い事に気付いた少女。心底から心配しての言葉なのだろうけれど、今のナホにとってはノインへの援護にしか見えなかった。


「姫様? 君はどこかのお姫様なのい?」


「あ、ぅ……」


「ああ、そうだ。今はお忍びの旅道中でな。あまり口外しないでもらえると助かる」


 ナホの前にティーカップを置きながら、オプスは淡々とした口調で言う。


 警戒していない訳ではない。けれど、ここで警戒心を強めてしまえば、自分達が彼を、滅龍十二使徒(アポストル)を警戒しなければいけないと言ってしまっているようなものだ。


 そうなれば、疑われるのは必至。こちらの腹を探られたくなければ、腹の内はどうあれこちらが潔白だと態度で示さなければならない。


 それを理解しているから、オプスは常と変わらぬ所作で動く。


「そうなんだね。じゃあ、今日会った事も、私の胸の内に留めておく事にしよう」


「そうしてくれると助かる。さ、姫様。お茶をどうぞ」


「あ、う、うん……」


 オプスに促され、ナホは震える手でティーカップの取っ手を掴む。


 火傷しないように少しずつ飲むけれど、緊張しすぎて味なんて分かったものではない。


「この匂い、この間私が置いて行った茶葉だね。味はどうだったかな?」


「まだ飲んでないです! こんなお高ぇのそうそう飲めませんし!」


「ふふっ、また今度持ってくるから、茶葉が悪くなってしまう前に飲むと良い。そうだ。美味しい紅茶の淹れ方を教えようか?」


「いえ! オプスさんに教えてもらったんで大丈夫です!」


「そうか。それは残念。オプスくん、と言うのかな君は」


「ああ」


「私にも一杯頂けないだろうか? お茶請けにとクラッカーとジャムも持ってきたんだ。どうせなら、お茶会(ティータイム)洒落(しゃれ)こもう」


「……分かった。すこし待っていろ」


 頷き、オプスはアルクを見る。


「貴様は……まぁ、いらないだろうな。上等な茶の味も分からぬだろうし」


「へーへー、そーでございますよー。俺は水で良いからとっとと持ってこい」


「ふんっ、相変わらず偉そうな奴だ」


 いつもの会話。けれど、その実互いの視線だけで伝えたい事は伝えあっている。


 自分が席を離れる間、ナホの事を頼むと視線で伝えている。視線だけで意思疎通をしてしまえばノインも訝しむことだろうけれど、言葉を交えれば普通の会話だと思ってそうそう怪しまれる事も無い。


「おい赤毛の!」


 オプスが台所に消えると、工房の方から髭面の男が顔を出す。


「あぁ!? んだよおっさん!」


「この牙だけじゃ穂先にしかなんねぇぞ! すぐ他のも持ってこい!!」


「ちょっと待て! 今荷物持ちが茶ぁ淹れてんだよ!」


「誰が荷物持ちか!!」


 台所の方からオプスが声を上げるけれど、二人はそれを無視して話を進める。


「つうか、あんたにお客さんだぜ」


 くいっと顎でノインを指し示せば、髭面の男はようやっと気付いたのか、ノインに視線を向けてその厳めしい顔を更に厳めしくする皺を作る。


「またお前さんか。あの話は何度も断ったろう」


 失礼ともとれる髭面の男の態度に、しかし、ノインは気にした様子も無く穏やかな笑みで答える。


「ええ。ですから、今度は別の話をお持ちしました」


「……ふんっ、後で聞いてやる。それよりも、赤髪の! さっさと素材持ってこい! 全体像が決まんねぇと、槍が造れねぇだろうが!」


「だから、荷物持ちが今茶ぁ淹れてんだって!」


「だから誰が荷物持ちか!!」


「なんだって良いが早くしろ! 俺は早く槍が造りたくて仕方無ぇんだからよ!」


「わーったよ! ったく、せっかちなおっさんだぜ……」


 頭をがりがりと掻きながらアルクが言えば、娘である少女の方が申し訳なさそうにする。


「申し訳ねぇ。ああなった親父はせっかちでいけねぇ」


「まぁ、腕の良い職人ってのは大体あんなもんだろ。自分の仕事に貪欲なんだよ、職人ってのは」


「程度がありまさぁ! あんなだから弟子が軒並み逃げちまうんでさぁ!」


 ぷんすこと怒りながらクッキーを食べる少女。


「まぁまぁ。確かに、少し頑固なところもあるけど、君のお父さんの腕は一流だ。それを見込んで、私もこうして君のお父さんにスカウトをかけている訳だからね」


「抱え込むのか?」


「いや、何人か弟子にとって貰おうと思ってるのさ。店主……コドーさんの腕は、司教様や他の使徒達も認めるほどだ。出来れば、教会の選任鍛冶師になってもらいたいのだけれど、この間すっぱり断られてしまってね」


 あははと苦笑するノイン。


 滅龍教会も認めるほどの腕前を持つ鍛冶師ならば、アルクとしても槍を造ってもらえるのは大変ありがたいのだが……。


「この娘がこの間来たって言ってたな? そんな頻繁に足を運んでんのか?」


「ああ。本部に戻る途中だったんだけど、ちょっとした雑事があってね。そっちが早く片付いたから、丁度良いと帰りに寄ってみたんだ」


 という事は、この街に滞在している訳ではない。それを知って、ナホは心中で安堵をする。


「熱心だな」


「まぁね。これも世界を平和にするためだからね。手間を惜しんではいられないし、適当にやって良い事でも無いしね」


 滅龍十二使徒(アポストル)がいったいどんな人物なのかまったく知らなかったけれど、話をしているに、このノインという男は真面目で心根がまっすぐな人物だと思う。


 問答無用で殺されそうだと思っていたけれど、この分であれば多少話し合いの余地があるかもしれない。


「待たせたな」


 台所から戻ったオプスが、ティーカップをノインの前に置く。


「ああ。ありがとう。……うん、とても良い香りだ」


 紅茶の匂いを楽しんでから、ノインは紅茶に口を付ける。


「おい荷物持ち。良さげな素材全部出せ。おっさんのとこに持ってく」


「だから誰が荷物持ちか! ふんっ、好きなだけ持っていけ!」


 闇の中から上位龍の素材を取り出し、アルクに適当に渡すオプス。しかし、鱗は袋の中に入れていたり、細かい物はまとめていたりと、その仕事は丁寧だ。


「ほら、持っていけ」


「へーへ。ありがとうございますー」


 しっしと追い払うようにアルクを工房の方へ向かわせるオプス。


 だが、オプスもアルクを向かわせたくて向かわせた訳では無い。それをするのが自然だからこそ、そうさせたのだ。


 アルクが武器を所持していない以上、余計な波風を立てないのがベストなのだから。


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