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005 一流の腕を持つ職人は、一流の審美眼を持つ

 冒険者ギルドを後にした三人は、一先(ひとま)ず雑貨屋へ向かう。薬の調合はオプスが出来るので、雑貨屋でそのまま素材を買って調合するのだ。


 オプスが必要な薬草を素早く買い、その脚で三人は服屋へと向かった。


 そこまで大きな町でもないので、服屋にたどり着くのにそう時間はかからなかった。


 そこそこ大きな服屋にたどり着き、ナホとアルクは店内を眺める。といっても、ナホには何がなんだかわからないけれど。


「本来であれば姫様の服は私が採寸して一から仕立て上げたいところですが……」


「うわ、きもっ」


「黙れ。貴様に姫様の装いの大切さがわかるか? この美しさを引き立てる服を姫様には着ていただかなければならないのだ」


「そういうところがきめぇっつってんだよ。姫さん、適当に好きなん選べ」


「う~ん……そうしたいのは山々なんだけど……」


 ナホは自分の目元に巻かれた布に触れる。


「またアルクが選んでよ。頑丈ならなんでも良いから」


「ちっ、またかよ……」


 ナホの提案に面倒臭そうに舌打ちをするアルク。


 が、それだけで済まないのがオプスだった。


「貴様かこのセンスの欠片も無い服を選んだのは!!」


「うるっせぇなぁ……良いだろうが。姫さんが頑丈な奴で良いっつったんだからよ」


「限度があろう! 何故姫様にこの野暮ったい服が似合うと思ったのだ!?」


「旅すんだから、こんぐらいで良いだろうが」


「良いわけあるか! 姫様は年頃の女性なのだぞ!? 旅装であろうとお洒落をしたいに決まっておろう!!」


「え、いや別に……」


 元が男なので、お洒落などには興味がない。服は長く着られれば良いと思っている程度だ。


 しかし、そんな事とはつゆ知らず、オプスはナホの背後に回って肩に手を置くと、優しくナホを押す。


「姫様の服は私が選ぶ! 貴様は適当に自分の服でも選んでいろ!!」


「へーへ。ま、面倒だからそっちは頼むわ」


 適当に頷き、アルクは自分の服を選ぶために男服の方へと向かう。


「さ、姫様はこちらへ。私が姫様にお似合いの服を選びますので」


「うん。じゃあよろしく」


 別に着られればなんでも良いのだけれど、嬉しそうな声音のオプスに水を差すわけにもいかない。それに、先程の通り、着られればどうでも良いのだ。なら、オプスが選んだところで問題ない。


 服を選ぶのが面倒なナホはオプスに全てを任せる事にした。





 服を買い終わった後、三人は宿屋へと向かった。


 ナホやアルクは戦闘をしたので服だけではなく体の方も汚れている。炎の中を飛んだから、(すす)が体中についている。


 宿で部屋をとり、お湯を貰って身体を洗う。その間、二人は部屋を出て待機。オプスが洗いましょうかと提案したけれど――もちろん、下心は無い――さすがに裸を見られる恥ずかしさはあるので、辞退した。


 お湯で身体を満足いくまで洗うと、ナホは先程買ったばかりの服に着替える前に、オプスが調合した傷薬を背中に塗る。


 その後、傷口を保護するために包帯を巻く。胸まで巻く事になるので、なんだかさらしを巻いている気分になる。しばらくはブラは付けられないので胸元はそのままにし、今日買った服を着る。


 ミニスカートのワンピースに、ニーハイソックス。膝丈まであるブーツを履き、裾の長い上着を羽織る。


 スカートなのが恥ずかしいけれど、せっかく選んでくれたものに文句は付けられない。


「もう入っても良いよ~」


「失礼します」


「おーう」


 ナホが声をかければ、二人は部屋に入ってくる。アルクは宿屋の裏を借りて身体を洗ったようで、すでに買った服に着替えていた。


「姫様、とてもお似合いです」


「ありがとう」


「馬子にも衣裳だな」


「貴様殺すぞ」


「なんでてめぇがきれんだよ」


「アルクは代わり映えしないね」


「まぁ、似たような奴選んだからな」


「ふんっ、面白味の無い奴だ」


「うるせぇ」


 服なんか選んで何が楽しいんだと悪態をつくアルク。


 アルクは戦いに興味の大半を割かれてるからなぁと思いつつ、ナホはオプスに包帯を渡す。


「ごめんオプス。これ巻いてくれる?」


「かしこまりました。しかし、使うのは包帯ではなくこちらでよろしいですか?」


 そう言ってオプスが取り出したのは、中程の幅が広く外にいくにつれて細く長くなっていく布であった。しかも、なんだかお洒落だ。


 それが目隠しである事はすぐに分かった。


「先程時間があったのでお作りしました。包帯よりも、こちらの方が姫様にはお似合いです」


「え、わざわざ作ってくれたの?」


「はい。姫様の美貌に、ただの布切れではいささか無粋ですので」


 わざわざ作ってくれたのであれば、それを断るのも無粋であろう。


「じゃあお願いして良い?」


「かしこまりました」


 椅子に腰かけるナホの後ろに回り、優しく丁寧に、そして素早く、慣れた手つきで目隠しをするオプス。


「はい、出来ました」


「ん、ありがとう」


「お加減はどうですか? きつかったり、緩かったりしませんか?」


 少し動いてみるけれど、まったく外れる気配がない。


「うん、大丈夫そう。ありがとう、オプス」


「ありがたき幸せにございます」


 綺麗なお辞儀をするオプス。


「それじゃあ、着替えも終わったしアルクの槍を造りに行こうか」


「おう」


「はい」


 着替えも済んだので、三人はアルクの槍を造ってもらいに、オプスの言っていた腕の立つ鍛冶師のところへと向かう。


 宿屋を出てオプスがあらかじめ冒険者ギルドの係員に聞いていた場所までゆっくりとした足取りで歩く。と言っても、二人がナホの歩幅に合わせているので、歩く速さがゆっくりとしたものになっているのだけれど。


 鍛冶屋のある方へと歩いて行けば、ほどなくしてかんかんと金属を打ち付ける音が聞こえてくる。


「金槌の音が聞こえるね」


「そうな」


「そうだ。僕も剣買っていい? 前の奴、馬車に置きっぱなしにしちゃったから、なくなっちゃったんだよね」


 この世界に来てから昨日までずっと相棒だったミスリルの剣は、紅蓮の龍の炎によって消滅させられてしまった。龍としての力を発現する事が出来たけれど、また同じ事が出来るとは限らない。それに、戦うなら慣れた得物を使った方が良い。


「それには及びません。姫様が戦わずとも、私が姫様の爪牙(そうが)となり敵を(ほふ)ります。姫様は、ただ私に一言戦えと命じるだけで良いのです」


「そういうわけにもいかないでしょ? 二人だけ戦わせる訳にもいかないし」


 龍の力はこれから知っていけばいいけれど、その間の戦う手段がないと接敵したときにどうしようもない。


 それに、龍の力を見せないで戦わなければいけない場面もあるだろう。昨日のように、乗合馬車に乗っている時に戦闘をするとなると、龍の力を使うわけにもいかないし。


「まぁ、いーんじゃねぇの? 自分の得物がねぇと落ち着かねぇだろうしよ」


「それは貴様だろうが」


「否定はしない」


 今朝から槍が無いせいで、右手を少しばかり持て余している。いつもある重さが無いと、手が寂しい。


 ひょいっとナホを小脇に抱えるように俵抱きにしてみる。


「なっ!? 貴様何をしている!!」


 急にナホを俵抱きにするアルクに、オプスが(まなじり)を吊り上げて激昂する


「なに?」


 しかし、抱きかかえられたとうの本人は手足をぶらーんとさせながら、特に抵抗する事も無くなすがままになっている。


「いや、槍がねぇと落ち着かなくてよ」


「僕槍じゃないよ?」


「なんか重しがねぇと落ち着かねぇんだよ。代わりだ代わり」


「ふーん……」


 槍よりは重いと思うけどなと思いながらも、アルクの好きにさせるナホ。


「それくらいの手寂しさなぞ我慢しろ! 姫様は重しではないのだぞ!?」


「似たようなもんだろ」


「似たようなものではないわ! 貴様は少し姫様を丁重に扱え!!」


「まーま、落ち着いてよオプス」


「姫様はもう少し慌ててください!」


 少し前までは男だったので、別段アルクに俵抱きにされてもどうとも思わない。そもそも、男だった頃もよく俵抱きで運ばれていたりしたので、まったく抵抗が無いのだ。


 けれど、オプスとしては淑女なのだから男に抱かれる事に対して少しは抵抗や忌避感を持ってほしいと思ってしまう。


 珍しく少し強い声音だったからというわけではないけれど、アルクはナホを降ろした。


「おい、ここで良いのか?」


「貴様っ……」


 アルクに文句を言おうとしたオプスだけれど、どうせ先程と同じような答えしか返ってこないと言う事が分かっているので、文句を喉元で押さえる。


「……ああ、ギルドの職員が言うにはここで間違いない。何より中から金槌の音が聞こえてくるしな」


「ここか……」


 アルクが怪訝な顔で店を見た後、確認するようにオプスを見る。


「本当にここで合ってんのか?」


「ああ。貴様の言いたいことは分かるが、残念ながらここだ」


 ナホは外観が見えていないからアルクがなぜ疑っているのか分からないけれど、店構えを見ている二人は目の前の店が本当に腕の良い鍛冶師がいる店なのか思わず疑ってしまう。


「おんぼろじゃねぇか」


 アルクが言う通り、目の前の店はぼろぼろだった。()()ぎだらけの壁に、別の色の瓦が乗っている屋根。割れた窓硝子(がらす)に、歪んだ扉。どう見ても、腕の良い鍛冶師がいるような店には見えなかった。


「……まぁ、腕は確かなんだろう。多分」


「おい」


 珍しく自信なさげなオプスに半眼を向ける。


「とりあえず入ってみない? 良い武器が(・・・・・)いっぱい(・・・・)あるよ?」


 ナホはそう言いながら、建て付けの悪い扉を開ける。


 ナホの目では、確かにお店の全体は薄く弱い色で見えているけれど、窓硝子越しに見える店内の武器の色は強く濃い色で見えていた。といっても、アルクが使っていた武器よりは弱弱しい色だけれど。それでも、並みの冒険者が使う分には充分過ぎるほどの出来の武器だ。


からんからんとドアベルが鳴り、ナホ達の入店を告げる。


「姫さんがそう言うなら間違いねぇだろ」


「貴様喧嘩売ってるのか?」


「ならもっと確実な情報持ってこい」


「うぐっ……」


 アルクに正論を言われ、ぐぅの音も出ずに呻いてしまう。


 入店したナホに続いて、アルクとオプスも店内に入っていく。


「いらっしゃ……」


 入店した三人を見て、店番らしき少女が挨拶をしようとしたけれど、ナホを見てその言葉を詰まらせてしまう。


「どうしました?」


 視線は感じる。多分、目も合っている。そして、いらっしゃいと言おうとしているのも、聞き間違いじゃなかったらちゃんと聞いている。


 だから、どうしたのだろうと思い小首を傾げて尋ねてしまった。


「――っ、あ、ああ、すんません! 随分とまぁおきれーなお客さんなもんで、ちょいと固まっちまいやした」


 てへへと恥ずかしそうに言う店番の少女。


 ナホは、まぁオプスを見たら大体そんな反応になるよなと思いながら、にこっと微笑む。


「そうですか」


「――っ」


 ナホが微笑めば、店番の少女はまたも息を飲む。


オプスはその反応を見てしたりと満足そうに頷き、アルクはそもそも少女の方など見ておらず、店内に視線を這わせて品定めしていた。


「そ、それで! 何がご入用でしょう? こう言っちゃぁなんですが、ウチの武器はそんじょそこらの武器とは格が違いますんで、どれもこれもおすすめですよ!」


 我に返り、慌てて商売口上を口にする店番の少女。


「ああ、良い仕事だな」


 少女の言葉に頷き、アルクが近くにある槍を握る。


 しっくりくるのか、満足げに頷くアルク。この槍であれば、代替えで使っていても問題は無いだろうと思えるくらいには技術の(すい)を感じ取れる。


「でしょう! お兄さんは分かってますねぇ! ウチの親父は顔はともかく、腕だけは――」


「なに食っちゃべってんだこんバカ娘」


「――あでっ!?」


 少女の後ろからのそのそと現れた髭面の男が少女の頭に拳骨(げんこつ)を落とす。


「あにすんだよ親父!」


 涙目になりながら自らが親父と呼んだ男を睨む店番の少女。


 そんな少女に構う事無く、髭面の男は三人の方を見る。


「んで、何の用だ? 武器が欲しんなら適当に選んで持ってけ」


 ぶっきらぼうな髭面の男に、オプスが少しだけむっとした顔をするけれど、ナホは笑みを浮かべながら言う。


「あの、槍を造ってほしいんです」


「槍? んなもんそこらにあんだろうがよ」


 くいっと顎で槍が乱雑に置かれている方を示す。


「これも悪かねぇが、これ以上のもんを造ってほしんだよ」


 槍をしまって、髭面の男を見てアルクが言う。


「おい、あれ出せ」


「いちいち偉そうだな貴様は」


 言いながら、オプスは自身の闇の中から上位龍の牙を取り出す。


 それを見た途端、髭面の男の表情があからさまに変わる。


「そっ、それはっ!?」


「ほう、やはり腕の良い職人らしいな」


 感心したようにオプスが言う。


 一流の腕を持つ職人は、一流の審美眼を持つ。出なければ、最高の作品は出来上がらない。


 料理人が食材の目利きが出来るように、鍛冶師も素材の目利きが出来る。


「それを使って俺の槍を造ってくれ。金なら納得する額を――」


「金なんざどうでもいい。おいお前、お前が槍使いだな?」


 険しい顔でアルクに問う髭面の男。その問いに、アルクは頷く。


 そうすれば、髭面の男はにぃっと獰猛に笑う。


「裏に来い。どんな槍が良い?」


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