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004 まずは換金

 街に到着すれば、ひとまずやる事は一つだ。


「先に冒険者ギルドに向かいましょう。素材を換金しなくては元手がありませんので」


「そうだね。お金無いと宿も泊まれないし」


「姫様、御辛抱(ごしんぼう)させてしまい、申し訳ございません」


「ううん、気にしないで」


 背中の傷ももうそれほど痛みを主張しては来ない。まだまだ全快とは言えないけれど、それでも普通に動けるくらいには回復している。


「アルク、降ろして。おんぶされてると結構目立つから」


「分かった」


 アルクがしゃがみ、ナホがアルクの背中から降りる。


 オプスが気づかわしげにナホを見るけれど、ナホが大丈夫だと言うのであればそれ以上言うのは失礼であると心配を心中のみに留める。本当に駄目そうであれば無理にでも背負えば良い。とても心が痛むけれど。


 ひとまず、三人はこの街の冒険者ギルドへと向かう。


 冒険者ギルドへは近くの者に場所を聞いて簡単にたどり着く事が出来た。


 両開きの扉を潜れば、喧騒が耳に入る。


 この騒がしさはどこも同じなんだなぁなんて思いながら、きょろきょろと周囲を見渡す。


 色で他者の大体の力量を測ることが出来るようになってから、ナホは人をよく視るようになった。


 強さを知るのは必要な事だし、何より色んな色の人が居て見ていて楽しい。


「姫様、いかがなさいましたか?」


 きょろきょろと周囲を見渡していたナホに、オプスが尋ねる。目が見えない状態できょろきょろと見渡していれば、気になりもするだろう。


「色を視てるんだ」


「色、ですか……?」


「うん。あれ、話してなかったっけ?」


「はい。初耳にございます」


 そういえば、聞くだけで何もこちらかは話しをしていなかったなと思いながら、ナホは簡潔に話をする。


「僕、人の色が視えるんだ。その色の大きさや濃さで、その人の強さとかが分かるんだ」


「――っ、そうなのですね」


 驚いたように息を飲んだ後、感心したように頷く。


「ちなみに、オプスは綺麗な黒色で、アルクは濁った赤」


「え、俺の色濁ってんのか?」


「うん」


「ふっ、人柄が色にも表れているようだな」


「うるせぇ」


 なんで濁っているのかは分からないけれど、アルクの色は濁っている。その濁りは、出会った時から変わりない。


 お喋りをしながら、換金場所の列に並ぶ三人。その間もナホはきょろきょろと周囲を見渡して、冒険者達の色を視る。


 ……突出して強そうな人はいないみたいだね。まぁ、アルクとオプスが異常なんだけど。


 二人の輝きは他の者と比べるのが馬鹿らしいほどの輝度を誇っている。このクラスの輝きを持つ者などそうそう居はしないだろう。


 きょろきょろと物珍し気に周囲を眺めているナホ達を、逆に冒険者達も物珍し気に見ている事に、ナホは気付かない。


 アルクとオプスは戦い慣れしているために他人の視線には敏感だ。無造作に向けられた視線などすぐにでも分かる。敵意が無いのは分かっているのでそのままにしているが、オプスの方は無造作に向けられる奈穂への好色じみた視線に対して一秒ごとにフラストレーションがたまっている様子だ。


 筋金入りだなとアルクは呆れながら、騒ぎにならなきゃなんでも良いと特に言葉をかける事もしない。


 フラストレーションは溜まるけれど、下品に睨みをきかせるような事もしない。それをしてしまえば主の品格を疑われかねないから。


 主であるナホが気にしていないのであれば、自分が必要以上に気にしては仕方が無い。


 我慢しろオプスキュリテ……! 主が気に留めていない事を気にするな……! ああしかし、下衆な視線がなんと腹立たしい事か……!!


 内なる自分と葛藤しているオプスからはただならぬ気迫が感じ取れ、前後にいる者はその気迫に思わず気後れしてしまうけれど、そうとは気付かずオプスはずっと心中で葛藤する。


 実を言えば、アルクやオプスも女性の冒険者から見られていたのだけれど、あまりそういう事に興味のないアルクは気にもしないし、自分の事に関心が無く、(ナホ)の事にしか注意を払っていないオプスが気付く事も無いのだけれど。


 それに、この三人の恰好はあまりにもちぐはぐだ。衣服も髪もぼろぼろなうえに、男物の服を上から羽織り、目には布を巻いているナホ。袖が片方千切れた服を着ていて、これまたぼろぼろな見た目をしているアルク。きっちりと燕尾服を着こなす、どこかの執事(バトラー)でもしているのかと思う程の美丈夫であるオプス。


 物珍しいどころか一体全体どういう組み合わせなのかまったく分からないこの一党(パーティー)に同業者として気を向けない者などいないのだろう。


 とまれ、そうこうしている内にナホ達の順番がやってきた。


「こんにちは。素材の換金でよろしいでしょうか?」


「はい。これを見てもらいたいのですが」


 にっこりと人好きのする笑みを浮かべるオプス。対外的な時の笑みだけれど、これがなかなか評判が良いので続けている。


 現に、オプスに微笑みかけられた係員の女性は、ぽっと頬を赤く染めて一瞬言葉を詰まらせる。


「いかがなさいましたか? 私の顔に、何か?」


「――っ! い、いえ! そ、それでは、中身を拝見させていただきますね!」


 必死に取り繕いながらも、女性係員はオプスがカウンターに置いた袋の中を確認するために、袋の中の物を取り出す。


「――っ! これは!!」


 袋の中からは、綺麗な紅色の鱗がいくつも入っていた。


 これがただの鱗でない事は、少し見ただけでも分かった。明らかに、格が違う。鱗を換金素材として持ってくる冒険者は数多くいるけれど、そのどれよりも質が良く、また状態も良い。


 そして何より、下位龍や中位龍とは比べ物にならない程に輝かしい。


 一目見ただけで確信する。これは、この素材は上位龍の物だと。


「こ、これをどこで手に入れたんですか?」


 少しだけ、探るような声音。


 探るような声音の意味を正しく理解しているオプスは動じる事無く笑みを浮かべる。


「倒して手に入れました。ああ、私ではないですよ? ここにいる野蛮人が倒したものですがね」


「おい誰が野蛮人だ」


「貴様以外誰がいる。姫様は淑女、私は紳士。そして貴様が野蛮人だ」


「おめぇはただの変態だろうが、このロリコン」


「なっ!? 私のどこが少女趣味だと言うのだ!」


「こんなちんちくりんを絶賛してるてめぇがロリコンだっつってんだよ」


「あうあーっ」


 ぐりぐりと頭を乱暴に回されるナホがあほっぽい声を上げる。


「その無礼な手を離さんか! それに、姫様はちんちくりんなどではないわ!!」


「あーそうな。お前にとってはそうだもんな。悪かったよ。趣味は人それぞれだもんな」


「貴様……!! 言いたいほうだい言いおってからに……!!」


 歯を食いしばりながらアルクを睨みつけるオプス。しかし、アルクは飄々と素知らぬ顔をしている。


「あ、あのー……」


 目の前で急にじゃれあう(・・・・・)二人に戸惑いながらも、係員はオプスに声をかける。


「……っ、すみません。お見苦しいところをお見せしてしまい」


「い、いえ……」


 我に返ったオプスが襟を正してから謝る。


 気を取り直して、係員に説明をする。


「この鱗は決して誰かから奪い取った物でも、盗んだ代物でもありません。証拠を今すぐ出せと言われれば、外に出て上位龍の死体を丸ごと出す他ないのですが……お互い、無駄な騒ぎにはしたく無いでしょう? それにどこの貴族からも上位龍の素材の盗難報告はないはずですが」


「それは、そうですが……」


「申し訳ありませんが、貴女より上の者を呼んでいただいても構いませんか? そちらの方が話が早いので」


「わ、分かりました」


 オプスの言う通り、自分では判断の付けられそうもない案件だと判断した係員は、すぐさま席を立って上司の元へと向かう。


「おい赤毛のアホ」


「んだよ黒毛の変態」


「姫様がそろそろお疲れだろう。そこの椅子に座って茶でも飲んでいろ」


 ぶっきらぼうに言って、オプスがアルクに向かって金貨を指で弾いて渡す。


 オプスが渡した金貨を受け取ると、胡乱(うろん)な眼差しをオプスに向ける。


「てめぇ金持ってんじゃねぇか」


「手持ちは少ないのだ。元手が取れると踏めねば不用意に使えぬだろう。それよりも、早く姫様を座らせて差し上げろ」


「……わーったよ。行くぞ、姫さん」


「あ、うん。オプス、後よろしくお願いするね?」


「かしこまりました」


 ナホの言葉に慇懃に礼をするオプス。ただ燕尾服を着て従者を気取っている者であれば滑稽に見えるであろうその仕草も、オプスがすれば様になっている。


 しかし、荒くれ者どもが集う冒険者ギルドではいささか浮いてしまっている光景だ。


 もう少し抑えてほしいなぁなんて思いながら、ナホはアルクを引き連れてギルドの中にある食堂の方へと向かう。


 カウンターに座り、給仕に注文をする。


「茶を一杯。それと、果実水を一杯。あー、後適当に摘まめるもんくれ」


「かしこまりましたー」


 やる気なさげな返答をする給仕。まぁ、冒険者ギルドの給仕なんてこんなものである。


 少しすれば、飲み物と一口大に切られた干し肉と蒸かした芋を出される。


 ナホは果実水を飲みながら、蒸かした芋を食べる。


「芋というのは、どうして蒸かして塩をかけるだけでこうも美味しいのか……」


「まぁ、不思議と美味いよな。蒸かして塩かけるだけなのに」


 アルクも安いお茶を飲みながら、芋と干し肉を食べる。


「そういえばアルク」


「あ? なんだよ」


「槍どうするの? 新しいの出来るまで代えのやつ買うの?」


「そうなるだろうな。まぁ、あんま気乗りしねぇけど」


 安い槍を使って、その質感に身体が慣れてしまってはよろしくない。本命の槍を持っていない間は、他の槍を持つよりは空白の時間があった方が良いと思ってしまう。


 一度前の槍を忘れた後に新しい槍を迎え入れる。まぁ、そう簡単に槍の質感を忘れる事は出来ないのだけれど、それでも途中で雑な槍の質感を挟んでしまうのはあまりよろしくはない。


 紅蓮の龍と戦うときに二本代替品を使ったけれど、それは例外とする。あれは緊急事態だし、ああしなければ生き残れなかったから。


 ともあれ、そんな理由があるから、アルクは代えの槍を持つことに否定的ではある。けれど、ナホを守るという仕事があるため、そう贅沢も言っていられないので代替の槍を買う事にしている。


 アルクが以前持っていた中位龍の素材を使った槍程の業物がそうぽんぽんと売っているとは思えないけれど、新しい槍が出来るまでの辛抱だ。


 しばらく芋をもふもふと食べながら待っていると、袋に金貨をたんまりと入れたオプスが戻って来た。


「換金が終わりました。……姫様、何を食べておられるのですか?」


「蒸かした芋。美味しいよ? オプスも食べる?」


「…………」


 芋をもふもふと食べているナホに言葉を失ったのか、オプスはしばしの間呆気にとられるも、すぐさま持ち直して一人ごちる。


「そうであった……アナスタシア様ではないのであったな……」


 オプスのその言葉を聞いて、ナホは少しだけ申し訳なくなる。


 おそらく、アナスタシアはこんな庶民じみた食べ物など口にしないのだろう。なにせ、龍姫様だ。食べている物が庶民であるナホと違うのだ。


 オプスを落胆させるくらいならと、ナホは蒸かした芋を食べる手を止める。


 しかし、それを見たアルクが面倒くさそうにオプスに言う。


「ったりメェだろうが。姫さんは姫さんだ。手前(てめえ)の前の主なんかじゃねぇよ。ちゃんと認識しろ」


「……っ。分かっている。貴様に言われるまでもない」


 それでも、アナスタシアの面影があるナホを、アナスタシアの癖や言動を当てはめてしまうのは、いささかばかりは致し方ないとは思う。


 だが、それはナホという一個人を尊重していないようなものだ。幾ばくかの同情の余地があろうとも、ナホを蔑ろにしていい理由にはならない。


 そういう意味を込めてのアルクの言葉を、オプスは真摯に受け止める。多少むかっ腹の立つ相手だろうと、自分の非は正しく認めなくてはいけない。


 深く頭を下げて、オプスはナホに謝罪する。


「失礼いたしました、姫様。今後、同じことが無いよう、気を付けます」


「ううん、気にしないで。オプスの気持ちもなんとなくだけど分かるから」


「お心遣い、感謝いたします」


 主の許しがあったにも関わらず頭を下げ続けるのは不敬である。オプスは失礼にならないような素早さで頭を上げる。


「んで、どうすんだ?」


「まずは薬や包帯を買う。その後に姫様の新しい服を買う」


「俺の槍はどうすんだよ」


「明日で良かろう」


「ざけんな」


「さすがに冗談だ。貴様でもいないよりはマシだからな。腕の良い鍛冶師の居場所を聞いてきた。薬と包帯、それに姫様の服を買った後で向かうとしよう」


「それでも優先順位下じゃねぇかよ……」


 まぁ、しかし、服を着替えたいと思うのはアルクも同じだ。オプスがいるので、戦力的には少しだけ安心できる。


「ま、良いわ。さっさと行こうぜ」


「むぐっ!?」


 アルクが最後の芋をナホの口の中に突っ込んでから立ち上がる。


 むぐむぐと芋を咀嚼しながら立ち上がろうとするナホの肩に優しく手を置いて、そのまま座らせるオプス。


「姫様、立って食べるのはお行儀よくありません。座ってお食べになってください」


 ナホを一個人として尊重するようにはするけれど、行儀の面では話は別だ。ナホが行儀の悪いことをすればちゃんと注意をする。それが、従者としてのオプスの役目だ。


「むぐ」


「食べ物を口に入れながら返事をしないでください」


 もぐもぐごくんと芋を飲み込む。


「分かった」


「よくできました。では、行きましょう」


 ナホの手を取り、自然な動作で椅子から降ろすオプス。


「お前面倒臭ぇな」


「従者として姫様の礼儀作法を正すのは当然だ」


「だから姫さんは――」


「なんであれ、礼儀正しい女性というのはそれだけで美しいものだ。姫様に美しくいてほしいと思う私の気持ちに嘘偽りはない。それが、どちらであっても、だ」


 例えアナスタシアでも、ナホでも、自身が敬愛する姫である以上従者としての役目を全うするのみだ。


「……姫さんが嫌がりそうなら止めとけよ」


「むろん、厳しくするつもりは無い。が、必要最低限の淑女としてのマナーは身に付けて貰うつもりだ」


「姫さん、面倒なら今からでもこいつ解雇した方が良いぞ?」


「うーん……オプスが僕のためを思ってくれての事だったら、僕頑張るよ」


「それでこそ姫様です!」


 純粋な笑みを浮かべて言うナホに、感動したように嬉しそうな笑みを浮かべるオプス。


 そんな二人を見て、面倒になっても知らねぇぞと思いながら、当人同士が納得しているならそれで良いやと投げやりに考えるアルクであった。


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