003 絶叫マシンが大好きなのです
感想、評価、ブックマークありがとうございます。
朝起きれば、昨日負った火傷は少しだけ良くなっており、痛みも幾分か引いてきた。
それでもオプスはナホを歩かせたくはないのか、ナホをその背に乗せて歩いている。
「姫様。幻惑の魔術は使えますでしょうか?」
「ううん、使えない」
幻惑の魔術とは、相手の目を欺くための魔術だ。魔術で虚像を作り上げて相手を惑わす事が出来る。
「そうですか。……では、姫様は如何様にして街の中へ? 幻惑の魔術を使わねば、龍の目は誤魔化せないと思いますが」
「包帯巻いて目隠ししてたんだよ。あっ、でも包帯も鞄の中だ……」
包帯が無ければ目元を隠すことが出来ない。背中の傷はアルクの上着を羽織っているから隠すことが出来ているが、目元は布などが無いと隠すのは難しい。
「ついでに言えば、金も荷物の中だけどな。包帯も服も買えねぇぞ?」
「ならばあの上位龍の鱗を幾らか売ればよかろう。そうだな……小手一つ作れるくらいの量であれば、換金額は中位龍の比ではないはずだ」
「あ、そっか。それがあんのか」
自分で運んでいる訳ではないので、すっかりと忘れていたアルク。いや、死闘を繰り広げた相手を忘れるとかどういう神経しているんだと思わなくも無いけれど、いかんせん槍や戦う事以外にはあまり興味がないので、そこと結びつかないとすぐに記憶の片隅に追いやられてしまうのだ。
「じゃあ金は大丈夫だな。それより、姫さんの目をどう隠すかだが……」
少し考え、アルクは自分の袖を破くとナホに渡す。
「とりあえずこれ使えや。無いよかマシだろ」
「貴様! 姫様にそのような代物を渡すでないわ!! 姫様には目隠しでも高級な物を付けていただかなくてはならんのだ!!」
「あー、ぎゃーぎゃーうるせぇなぁ。代用なんだからなんでも良いだろうが」
「うん。僕も、これで大丈夫だよ」
元々アルクには与えられてばかりなのだ。文句を言えるような立場でもない。
慣れた手つきで目隠しをするナホ。けれど、そこそこ乱雑なので、髪の毛がぐちゃぐちゃになってしまっている。
「あ、あぁ! 姫様! 御髪にももっとお気を使ってください!」
「ん? なんでも良いよー」
「駄目です! 良いですか姫様! 姫様は世界の至宝! その御髪から爪の先まですべてが世界の至宝なのです! ぞんざいに扱っていいものではないのです!」
「姫さん、俺の方に乗れ」
「うん、そうする」
「なぜですか!?」
アルクの提案に即座に頷いたナホは、オプスの背から降りて、アルクの背中に乗る。
オプスにもいろいろと事情があるのかもしれないけれど、出会ってまだ一日経ったか経っていないかくらいの者に頭から爪先まで宝物と言われれば、その背中に乗っている事が恐ろしくなっても仕方が無いだろう。
大口を開けてショックを受けている様子のオプスに、少しだけ申し訳なさそうな顔をしながらも、やはり身の安全が一番大事なのでアルクの背中に乗っている事にするナホ。
それに、本来ならばこちらの方が良いのだ。アルクは今槍を失っている。そのため、戦力としては半減といったところだ。
逆にオプスは昨日戦った上位龍よりも上の実力を持っているので、オプスが手すきの方が何かあった際には都合が良いのだ。
「うぐぅ……で、ですが、その目隠しだけは直させてください。姫様も、ご自身がみっともない姿をしているのを、誰かに見られるのは好ましくないでしょう?」
「まぁ、確かに……」
みっともない、だらしないと思われるのはあまりよろしくはない。見た目が女の子になっているからではなく、人として当たり前の羞恥心があるからだ。
「では、直します。よろしいですね?」
「うん」
「では、失礼いたします」
一つ頭を下げてからオプスはナホが乱雑に付けた目隠しを優しく解き、これまた優しい手つきでナホの目元を布で覆う。
その際、アルクはいたずら心でナホをゆすってやろうかと思ったけれど、オプスがうるさそうだったので止めた。
ていうか、止まらなくて良いのかい。
なんて思いながらも、アルクは足を止めろとは言われていないので歩き続ける。
歩いたままで不安定な中、オプスは綺麗に、そして丁寧に目隠しをし直す。
「はい、出来ました」
「ありがとう」
「いえ、それが私の仕事ですので。窮屈ではございませんか?」
「うん、大丈夫」
「でしたら、良かったです」
満足げな顔をするオプス。
「しかし、やはりぼろ布ではいささか姫様の魅力を出し切れませんな」
「悪かったなぼろ布で」
「そう思うならもう少し速く歩け。いや、いっそ走れ。姫様のお体に障らない程度で走れ」
「無茶苦茶言うなこいつ」
しかし、早く街にたどり着いてまともな物が食べたいと思うのはアルクも同じである。
ナホの体に障らない程度というのがどの程度なのか分からないけれど、アルクは歩きから徐々に速度を上げていく。
歩きからジョギング程になり、その速度は段々と加速していく。
まぁ、鍛錬とでも思えば良い。この程度の重しなら大した負荷にもならないけれど。
全力疾走には程遠いとは言え、それなりの速度で走るアルク。一応、オプスがうるさそうなのでナホにも確認を取る。
「姫さん、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
長い髪の毛を風になびかせながらナホは頷く。
走る速度は速いのだけれど、背中に乗っている自身に殆ど衝撃や揺れが無い事に驚く。脚に懸架装置でもついているのだろうかと思ってしまう程だ。
単に走るのが上手く、重心がぶれないだけなのだろうけれど、それにしたって不気味なくらい揺れが少ない。
快適なアルクの旅である。
しかし、結構な速度で走っているために風が強く、振り落とされたら軽傷では済まないだろう。
アルクに限ってナホを落とすなんて失敗をすることは無いと思うけれど、ふざけてゆすってくるかもしれない。
そう思ったナホはしっかりとアルクの背中にしがみつく。
絶世の美少女と言っても過言ではないナホに抱き着かれ、けれど、アルクは照れた様子もナホを意識している様子もない。なにせ、ナホはアルクの守備範囲外。魅力的だとは思うけれど、好みではないのだ。
そして、ナホも特に胸を押し付けているとかそういった事は考えてはいない。落ちたら怖いからしっかりとしがみついているだけだ。
当人達がまったく気にしていない中、二人の様子を横目で見ているオプスは微妙そうな顔をする。
自身が敬愛する主人がどこの馬の骨とも知れない男に胸を当てているのだから、従者を自称する身としては思うところが無い方がおかしい。
「ん、んんっ!! 姫様。少々密着しすぎではないですか? 少しお離れになった方がよろしいかと思います」
わざとらしく咳払いをして、オプスはナホに進言する。
けれど、ナホはきょとんとした顔をするだけだ。
「しがみつかないと落ちちゃいそうで怖いよ?」
「俺がそんなへますると思うか?」
「へまはしないかもだけど、いたずらで身体ゆするかもしれないでしょ?」
「こうか?」
「ほらそういう事するぅぅぅぅぅぅうううううううう!!」
言って、アルクは走りながらぶんぶんと身体を振って背負ったナホを振り落とそうとする。実際は脚をしっかり掴んでいるので落としたりはしないし、万一ナホが手を離してもナホの頭が地面に着かないような速度で走り続ければ良いだけだ。そうやって走っている間にオプスあたりがナホを元の位置に戻すだろうと楽観的に考えている。
うぎゃーと色気のない悲鳴を上げるナホを、アルクは更に面白がってくるくると回転したりジャンプをして前宙をしたり側宙をしたりと、アクロバティックに走り回る。そのたびに、ナホはうぎゃーっと悲鳴を上げる。
段々とナホをからかうのが楽しくなってきたところで、頭に衝撃が走る。
「止めんか馬鹿者が!!」
慌てて駆け寄ってきたオプスがアルクの頭を勢い良く叩いたのだ。
「姫様のお体に障らぬように走れと言っただろう!」
「ってぇ……」
軽い脳震盪を起こしながらも、アルクはしっかりとした足取りで走り続ける。
そこそこ本気で殴ったというのにぴんぴんしているアルクを見て、オプスはこいつ本当に人間か? とアルクの種族を疑いながらも、アルクに背負われたナホに意識を向ける。
「だ、大丈夫ですか、姫様? どこも痛めておりませぬか?」
オプスがナホを気遣うように声をかければ、ナホはアルクにしがみつきながらプルプルとそのか弱い体を震わせている。
「あぁ……貴様のせいで姫様が泣いて――」
しまわれたではないか。そう言おうとした時、ふふっと堪えきれないといったように誰かの笑い声がこぼれる。
その笑い声の主は怒っていたオプスでも、怒るオプスに面倒くせぇといった顔をしていたアルクでもない。
「ぷっ、ふふふっ。あははははははははっ」
アルクの背で、ナホは心底おかしそうに笑う。
「ひ、姫様……?」
ご乱心なされたかと思ったオプスであったけれど、どうにも心底から楽しそうに笑っているのを見て、気が触れた訳ではない事は理解する。
「凄いねアルク! 今のどうやったの?!」
はしゃぐナホに少しだけ面食らうアルクだけれど、直ぐに言葉を返す。
「どうって、普通に走って前宙とかしただけだぜ?」
「ねぇ、もう一回やって! さっきの凄かった!」
純粋に先程のアルクの動きを楽しんでいた様子のナホに、二人とも少々ばかり面食らってしまう。
アルクの上から落ちてしまうのが怖くてアルクにしがみついていたというのに、あれだけ派手にアルクが暴れまわったにも関わらず楽しそうにはしゃいでいるのだ。
普通、怖がるところではないのだろうか? 馬鹿と言いながらアルクの頭をぽかぽかと叩くのではないのだろうか?
「姫さん、怒らねぇのか?」
「怒る? あっ! やるならやるって事前に言ってよ! びっくりするから!」
「いや、びっくりさせるためにやったんだから事前に言うわけねぇだろ……じゃなくて。怖くなかったのか? 結構派手に跳びまわったりしたんだが」
「最初はびっくりしたけど、楽しかったよ?」
小首を傾げて可愛らしく言うナホに、二人はよりナホが分からなくなる。
ここで補足をしておくのならば、ナホは地球では遊園地に行くのが好きだった。そして、特にジェットコースターなどの絶叫系マシンとかが大得意だったし、大好きだった。
幼い頃から遊園地に行けば絶叫マシン巡りをし、一緒に回っていた父親がグロッキーになって着ぐるみの足元で吐いてしまうくらいには絶叫マシンを回った。
そんな父親を更に連れまわして絶叫マシン巡りをするほど、ナホは絶叫マシンが好きなのだ。
だからこそ、アルクのあの迫力があり上下左右だけではなく、前後や上下反転といった空間を使った動きが楽しかったのだ。
つまるところ、アルクの意地悪な行動はナホの好みに合ったのだ。それこそ、屈託のない笑みを浮かべるほどに、ナホの好みど真ん中だった。
けれど、二人はそんなことは知らない。ナホの事を何も知らなければ、遊園地やジェットコースターなんて知らないのだから。
「ねぇ、アルクもう一回やって? ダメ?」
この世界に来てからまったく体験していなかったスリルに、ナホのテンションは上がり切っていた。
可愛らしく小首を傾げておねだりをするナホ。ちなみに、本人はこの行為は無自覚だ。父親と一緒に絶叫マシンを巡る時、小首を傾げて次に行こうと誘うときに幼い頃から小首を傾げていたために、それがこの年になってもくせになってしまっているだけだ。
可愛い息子に小首を傾げておねだりされてしまっては、父親も頷かざるをえず、毎度このおねだりに屈して地獄を味わっていたのだ。そのおかげで絶叫マシンに耐性がついてしまったのは、喜んでいいのか悲しめば良いのか分からないけれど、ナホが嬉しそうなのでそれで良いかとも思ってしまっていた。
ともあれ、そんなに可愛らしいおねだりをするナホだけれど、アルクにそれは通用しないし、オプスにも通用はしない。
「駄目だ」
アルクはナホは好みの守備範囲外だし、オプスがうるさいしナホは驚かないしで面白くないからもうやらないと決めてしまっている。
「だ、め……ですっ……!!」
オプスはナホのおねだりに屈してしまいそうになっているけれど、アルクのあの激しい動きでナホの体に障ってしまってもよくないと考えているために頷かない。
しかし、だいぶ効いているのか、思わず頷いてしまうのを堪えながらもナホのお願いを断る。
従うだけが従者ではない。主の身を案じるのも従者の仕事なのだ。
二人がダメだと言った事が気に食わなかったのか、ナホはぷぅっと子供っぽく頬を膨らませる。
「意地悪……」
「ぐはっ!?」
ナホの拗ねたような声はオプスには会心の一撃だったようで、胸を押さえて呻く。
そんなオプスを見て阿保かと思いながら、視線を前に戻す。
「お、見えてきたぞ」
視線を戻せば、その先には街を囲む防壁が見えてきていた。




