002 送魂の儀
オプスキュリテに背負われながら、テイン達が逃げた方向とは別の街へと向かう。
別の街まで何日かかるのか分からないけれど、段々と近付いているのは分かる。
なんとなくだけれど、匂いがするのだ。人や建物の匂いが漂ってくる。本当に薄っすらとだけれど。
街に近付いているのは分かったけれど、街にたどり着く前に日が暮れてしまった。三人とも夜目がきくのでこのまま進んでも良かったのだけれど、無理に進んでナホの身体に障ってもいけない。
それに、近くに火傷にきく薬草があったので、それで今日は一時しのぎをしようという話になった。オプスキュリテはナホの身を案じてこのまま先に進もうとしたけれど、アルクも上位龍と戦った疲れがあるため、今日は野宿をする事を進めた。
ともあれ、今日はこのまま野宿をする事になった。近くに生えていた薬草を摘んで揉み合わせてからナホの背中に塗りたくった。
「姫様、お体の方は大丈夫ですか?」
「うん、平気」
背中はじくじくと痛みを訴えてくるけれど、我慢できない程ではない。
ナホはオプスキュリテが広げた上着の上に横になりながら、ナホはオプスキュリテに問う。
「ていうか、オプス……」
おぷす、おぷす……と繰り返すナホ。
一回で名前を憶えきれていないナホに少しだけ苦笑を浮かべながら、オプスキュリテはもう一度名乗る。
「オプスキュリテにございます。どうぞ、姫様のお好きなようにお呼びください」
「ん。じゃあ、オプスで」
「はい。今日より私は、貴女様のオプスにございます」
礼儀正しく目礼をするオプス。
一応、全部憶えてないのは失礼だと思うので、脳内でオプスキュリテ、オプスキュリテと呟いて憶えようと努力する。
「して、いかがいたしました、姫様」
「ああ、うん。どうしてオプスは僕の事を姫様って呼ぶの? アルクみたいにふざけてる訳でもなさそうだし」
「俺は別にふざけてねぇだろ。姫さん最初に俺に名乗らなかったじゃねぇか」
「うぐっ、それは……」
確かに、ナホは滅龍者として名乗ることを躊躇い、アルクに名前を告げなかった。でも、だからといって途中で会った中位龍が口にした呼称をそのまま使う事もないと思う。
それに、ナホはもうナホと呼んでくれと言っているのだ。それなのに姫さんと呼ぶのはアルクの意地の悪さが現れているとしか思えない。
「何も後ろめたく思う必要はございません、姫様。このような何処の馬の骨とも知れない輩に名乗る必要などありません」
「お前も今んとこ何処の蜥蜴の骨とも知れねぇやつだけどな」
「誰が蜥蜴か貴様!!」
「お前だ黒蜥蜴」
「ほんっとうに、貴様は口が悪いな! よもや貴様、姫様にまでそのような口をきいているのではないだろうな!?」
「さー、どうだろうなー」
適当に誤魔化すアルクだけれど、ナホにはもう少し優しい言い方をする。それはナホが女の子だからであり、少しだけ、本当に少しだけ気を遣っているだけなのだ。
そんな事を知るよしもない二人は、こいつコミュニケーション能力は大丈夫なのかと思いながらも、ナホがオプスに声をかけて話を戻す。
「それで、どうしてオプスは僕を姫って呼ぶの? もしかして、龍姫って人と関係ある?」
ナホがそう問えば、オプスは少しだけ難しい顔をする。
「もしやと思っておりましたが、姫様はご自身の状態をよくご存知ではないのですか?」
「う、うん。気付いたら、この姿になってたから……」
「なるほど」
少し思案顔になるオプス。
「私は、白龍アナスタシア様に仕える龍にございます。姫様からはアナスタシア様の匂いがいたします」
「匂い?」
すんすんと自身の匂いを嗅いでみるけれど、いかんせん自分の匂いだし、白龍アナスタシアの匂いを嗅いだことも無いので、どうにも判別が出来ない。
白龍アナスタシアがどの龍の事なのかは想像がつくので、匂いを気にしながらも話を聞く。
「はい。と言っても、薄らと、よく嗅げばといった程度です」
「え、じゃあお前姫さんの匂いよく嗅いでんの?」
ひくわぁとすっとオプスから半歩距離を取る。
「そこまでしないと姫様を見付けられなかっただけで四六時中嗅いでいる訳ではないわ!!」
「アルク、茶々入れないで。話が全然進まないから」
「へーへ。ちっ、つまんね」
「こいつ……!」
悪びれた様子の無いアルクに、オプスは額に青筋を浮かべて怒りを露わにする。
けれど、説明が滞ってしまうので、これ以上アルクに構う事なくオプスは話しを続ける。
「姫様からアナスタシア様の匂いがするのは、姫様とアナスタシア様の魂が混じりあっているからでしょう」
「混じりあう?」
そう言われても、何処も変調は無い。いや、身体は変わり果ててしまったけれど。それ以外に自分を構成する何かが変わったようには思えない。
「はい。アナスタシア様は送魂の儀を用いたのでしょう。姫様に自らの魂を送り込み、姫様の魂と混じりあったのでしょう」
「なる、ほど?」
オプスの言いたい事は分かったけれど、なぜアナスタシアがナホに送魂の儀とやらをしたのかはまるで分からない。
アナスタシアがあの穴の中にいた龍だという事はなんとなくだけれど分かる。ナホが起きた時にアナスタシアの姿が無かったのは、送魂の儀でナホの中に魂が入りこみ、器である身体が崩壊したからだろうと勝手に解釈をする。
けれど、何故アナスタシアはナホに送魂の儀をしたのだろう?
アルクもそう思ったのか、オプスを訝しむように見る。
「よく嗅がねぇとその白龍の匂いはしねぇんだろ?」
「ああ」
「てことは、送魂の儀ってのは成功してはいるが、身体の主導権は姫さんにあるって事で良いんだよな?」
「そういう事になるな」
「それ、誰も得してなくねぇか? むしろ、その白龍にとってはデメリットしかねぇじゃねぇか」
アルクは送魂の儀というものを聞いたことが無い。そして、聞く限り混じりあった魂の主導権はナホにあり、アナスタシアは混じりあったまま消えたか、小さくなって魂の片隅にいるような印象だ。
「なぁ、その白龍はなんで送魂の儀なんて事をしたんだ? 俺にはそこがどうにもはっきりしねぇ」
「さぁな。それは私にもわかりかねる」
「お前、白龍の従者じゃねぇのかよ」
「私が若い時分にアナスタシア様はすでに姿をくらましている。アナスタシア様の真意もお考えも分からない」
つまり、どういうつもりでアナスタシアがナホに送魂の儀を行ったのかは、本人のみ知る事なのだ。
「姫さんは……」
本当に何も知らねぇのかと聞こうとして、アルクは口を噤む。
「すぅ……すぅ……」
いつのまにか、ナホは健やかな寝息を立てて眠りについていた。
初めての大きな戦闘、上位龍との対峙、そして龍の力の発露。今日は、ナホにとっては疲れ果ててしまう事が多すぎた。
これまたいつの間にか羽や角は消えており、肌に薄っすらと見えていた鱗も消えている。どうやら、ナホの龍化は一時的なものらしい。
アルクは自身の着ている上着をナホに乱暴にかけてから、焚火に薪を投入する。
「お前は、姫さんをどうするつもりだ?」
「どうするつもりも無い。姫様の中にアナスタシア様の魂が宿っている以上、私は姫様に付き従うだけだ」
「お前、本当に白龍の従者か? 従者なら、自分の仕える相手を助けようとすんじゃねぇのかよ」
「送魂の儀は、私ごときがどうこうできる代物ではない。それに、こうも混じりあっていてはもうどうしようも無い」
「じゃあお前どうすんだ?」
「さっきも言ったろう。私は姫様に付き従う。アナスタシア様が魂を託すに相応しいと考えた相手である姫様を、我が姫と仰ごう」
「いーのかよそれで」
アナスタシアの残滓が残っているだけで、ナホはアナスタシアその者ではない。それについて、本当に良いのかとアルクは尋ねた。
そんなアルクの問いに、オプスは苦笑しながら言う。
「アナスタシア様の匂いを少しは憶えていたが、この世界のどこにいるともしれないアナスタシア様を微かな匂いを頼りに探すのはさすがに骨が折れた。最初はがっかりもしたさ。この方はアナスタシア様ではないからな」
言って、眠るナホを見る。
少しだけ警戒をして、いつでもナホを守れるように足に力を込めておくアルク。
「が、アナスタシア様が残す事を選んだ方だ。であれば、私はアナスタシア様の御遺志を継ごう」
「そうかよ。ま、お前がそれでいいなら俺は口を挟まねぇよ。ただ、言っておくが姫さんは姫さんだ。お前の姫様の代わりなんかじゃねぇからな」
アルクがぶっきらぼうにそう釘を刺せば、オプスは驚いたように目を見開いた後、おかしそうに笑う。
「貴様は、野暮に見えて存外思慮深いのだな」
「一個人として見てやれってのはそんなおかしな事でもねぇだろうよ。ていうか、それぜってぇ褒めてねぇだろ?」
「当り前だ。私が貴様を褒めるなどあるわけが無い。まぁ、今のように感心させられる事はあるがな」
「いっちいち上から目線だなてめぇは……」
「当り前だ。私の方が長い時を生きているからな」
「の割には俺と張り合うように言い合ってたけどな」
「それは貴様が煽るからだろうに!」
「大人なら大人らしく流してみせろってんだよ。どうしてこう、龍ってのはどいつもこいつも頭に血が上りやすいんだかな」
紅蓮の龍もアルクの簡単な挑発に幾度も乗ってきた。オプスも初対面でアルクと言い合いをしている。
龍ってのは全員短気なんじゃねぇかと思いながらも、ナホは短気じゃなぇなぁと思う。まぁ、口煩くはあるけれど。
まぁ、ナホは龍ではなく、元々は人間であり、今でも人間としての色合いの方が強いのだけれど。
「ふんっ、私をそこらの駄龍と一緒にするな」
アルクの言葉に、オプスは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「奴らは貴様を取るに足らない存在と侮るがゆえに貴様の不遜な挑発に激昂するが、私は貴様がただただ憎たらしくて怒っているだけだ」
「へぇ。それじゃあお前は俺の実力を認めてるって?」
「当り前だ。主力武装を失ったにもかかわらず、その技だけで成り立てとはいえ上位龍を倒したその手腕を、私は正しく認めよう。業腹ではあるがな」
業腹ではあるのかと思いながらも、アルクはオプスの言葉に意外感を覚える。
龍には最強種であるゆえの傲りがあると、アルクは考えている。先程の紅蓮の龍もアルクを警戒はしていても、最後まで侮っていたために地に伏して死ぬのという無様をさらしたのだ。
けれど、オプスは正しくアルクの実力を認めると言った。龍としては珍しい考え方だと言えるだろう。
「……ていうか、お前さっき成りたてつったか? あの龍、上位龍になってまだ日が浅いのか?」
「ああ。上位龍に成ってから、まだ百年程だろう」
「まじか……」
龍にとって、百年はそんなに長い年月ではない。だが、百年しか過ぎていない龍であっても、アルクには強敵であったのだ。
龍との実力の差を今一度知らしめられる。
やはり、龍は強い。新しい技を編み出したとは言え、込める魔力量などまだまだ調整が必要だ。
「まぁ、貴様の場合は実力に武器の出来が伴っていなかったのが苦戦した理由であろうな。貴様が幾ら武を極めようと、使う武器が鈍らでは十分な実力を発揮できぬだろうしな」
言って、どこから取り出したのか、半ばから折れたアルクの槍を取り出したオプス。
「一介の冒険者であれば、これでも十分な代物だろうが、貴様にとっては納得のできる代物では無かろうよ」
言って、アルクに折れた槍を放り投げる。
アルクはそれを受け取ると、しげしげと眺める。
確かに、この槍は十分に業物だった。けれど、アルクが扱うにはいささかばかり出来が悪い。
「確か、今向かおうとしている街に優れた鍛冶師がいるはずだ。そこに行けば、この上位龍の素材で武具を造れるかもしれぬ。無ければ次の街に行くだけだが……」
オプスは健やかな寝息を立てるナホを見る。
「……姫様の養生も兼ねて、少しだけ街に滞在した方が良かろう。龍の力が薄いとは言え、回復力は人よりはある。正しく治療をおこなえば数日で完治するはずだ」
「そうか……」
少しだけ安堵したように息を吐く。
自分を助けるためにナホは背中に大きな傷を負った。それで痕が残ってしまうようであれば、さすがに申し訳が立たない。
「ま、俺も多少は疲れてるからな。少し休むのは賛成だ」
「では、次の街では物資の調達、及び休養としよう」
「ああ。悪ぃが、先に休むぜ。見張りは頼んだ」
頷き、アルクはその場にゴロンと寝転がると、少しもしないうちに眠りに着いた。
眠りこける二人を見て、オプスはふっと少しだけ微笑んだ後、焚火に薪をくべる。
「また、騒がしい旅になりそうだな」




